【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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5話 分解される聖域

 

 アラスカの、極秘施設の最深部へと続く自動ドアは、凍りついた油圧シリンダーが悲鳴を上げるような音を立てて開いた。

 

 ジャックフロストを肩に乗せたモルダーと、依然として現実感を剥離された表情のまま銃を構えるスカリーの前に現れたのは、これまでの無機質なサーバーフロアとは一線を画す異様な光景だった。

 

 広大な円形の空間。

その中央には、氷の結晶で装飾されたかのような巨大なガラスの円柱が鎮座していた。

円柱の内部では、淡いエメラルドグリーンの発光体が、神経細胞のネットワークを模したかのように、複雑に絡み合い呼吸するように明滅している。

 

「……これは気象データの解析装置じゃないわ」

 

 スカリーが喘ぐように呟いた。

彼女の鋭い知性は、目の前の装置を生命維持装置と超並列量子コンピュータの歪な融合体として即座に認識していた。

 

 モルダーは吸い寄せられるように、その円柱へ歩み寄った。

DDSアプリを起動したスマートフォンの画面は、かつてないほどの輝度で警告を発している。

そこには、物理的な質量を持たないはずの「意識」が、0と1の格子状に分解され、強制的に符号化されていくプロセスが、リアルタイムで描写されていた。

 

[CRITICAL: CONSCIOUSNESS FRAGMENTATION DETECTED - SUBJECT NAME: SAMANTHA]

 

「サマンサ……」

 

 モルダーの指先が極寒のガラス表面に触れた。

その瞬間、円柱の中の光が激しく明滅し、スピーカーとも、あるいは脳内への直接投影とも、つかぬ幾重にも重なった少女の声が響き渡った。

 

『……お兄ちゃん、暗いよ。ここには私がいっぱいいるの』

 

「モルダー、触っちゃだめ!」

 

 スカリーの静止は間に合わなかった。

モルダーがガラスに触れた瞬間、施設の全てのモニターが、一斉に再起動し、そこに一人の男のシルエットが浮かび上がった。

逆光の中で紫煙を燻らせる、その姿をモルダーが見間違えるはずはなかった。

 

「……スモーキングマン」

 

『モルダー。君はいつも真実という名の毒を求めて深淵に踏み込みすぎる』

 

 モニターの中の男は冷淡な口調で告げた。

その声は、アラスカの冷気よりも鋭くモルダーの理性を削り取っていく。

 

『君が見ているのは、君の妹そのものではない。

彼女の記憶と、その時空間における存在確率を演算資源として抽出した「鍵」だ。

我々は、この世界のOSを書き換えるための管理者権限を彼女という犠牲を通じて手に入れた』

 

「彼女を解放しろ! これは科学でも政治でもない、ただの虐殺だ!」

 

『虐殺ではない。救済だ。

高次知性体が、この惑星を再構成する際、人類がデータとしてでも存続できる唯一の道なのだよ』

 

 スモーキングマンは、手に持った煙草の灰を落とす仕草を見せた。

その瞬間、円柱の光が赤く染まりジャックフロストが警戒の声を上げた。

 

「ヒーホー! モルダー、危ないホー! 偽物の心が溢れてくるホー!」

 

 円柱から溢れ出したのは、サマンサの姿を模した、しかし瞳のない情報の亡霊たちだった。

それらは、モルダーに縋り付くようにして彼の精神からエネルギーを吸い取ろうと蠢き始める。

 

「サマンサ……、違う、君たちは……」

 

 モルダーの冷静な判断力が霧散していく。

最愛の妹の姿をした怪物たちに、彼は引き金を引くことも術式を放つこともできずに立ち尽くした。

スカリーが援護しようと銃を構えるが、実体のない亡霊たちに弾丸は虚しく通り抜けるだけだった。

 

 一方その頃、ワシントンのFBI本部。

深夜の副長官室でスキナーは、デスクの上の非通知の電話を見つめていた。意を決して受話器を取った彼の耳に届いたのは落ち着いた、しかし威厳に満ちた英国訛りの男の声だった。

 

『スキナー副長官。君の部下たちは、今アラスカでパンドラの箱に指をかけている』

 

「……ウェル・マニキュアード・マン。あんたの組織が彼らを殺そうとしているのか」

 

『私は不必要な暴力は好まない。

しかしスモーキングマンのやり方は、私にも止められない。

スキナー、君にできることは、彼らが境界を超えてしまった時のための退路を確保することだ。

ビルの息子を、あんな凍てついた場所で腐らせるには忍びない』

 

 スキナーの背筋に冷たい汗が流れた。

シンジケート内部の不協和音。それが、今まさにアラスカで戦うモルダーたちの唯一の生存確率であることを彼は直感した。

 

「条件は何だ?」

 

『後で支払ってもらうよ。

今は彼らが自分たちの意志で戻ってくることを祈るがいい』

 

 通信が切れる。スキナーは窓の外、雨に煙る国会議事堂を見つめた。

彼にできるのは、組織という名の檻の中でモルダーたちの席を空けておくことだけだった。

 

 アラスカの施設では、モルダーが亡霊たちの波に飲み込まれようとしている。

 

「モルダー! 目を覚まして! 彼女たちはデータなの! あなたが求めている真実じゃない!」

 

 スカリーの悲鳴のような叫びが氷の聖域に響く。

ジャックフロストが、モルダーの前に立ちはだかり、命懸けの冷気障壁を展開した。

 

「死なせないホー! モルダー、こいつらを蹴散らすホー!」

 

 モルダーの目から絶望の涙が溢れ、それが頬で凍りついた。

彼は震える手でスマートフォンを握り締め、魔導書を強く抱いた。

真実の代償は、あまりにも重い。しかし、ここで止まればサマンサは永遠にシンジケートの計算資源として消費され続ける。

 

「……許してくれ、サマンサ」

 

 モルダーがDDSの撃滅コードを指でなぞった。

その瞬間ジャックフロストの放つ冷気が黄金色に輝き、施設のサーバー群を物理的に粉砕し始めた。

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