【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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アリゾナの赤い迷宮 4話

 

 

「機密保持プロトコル……排除を開始……」

 

 ノイズ混じりの声と共に、基地内の気圧が急激に変化した。

亡霊のプログラムが、生命維持システムを逆回転させ、室内の酸素を排出し始めたのだ。

 

「スカリー、伏せろ! モニターを見るな、視覚から直接神経を焼こうとしている!」

 

 モルダーは叫び、スカリーをデスクの陰へと引き寄せた。

モニターの「影の男」は激しく明滅しながら不規則な周波数を放っている。それは、もはや映像ではなく人間の脳波を強制的に書き換えるための磁気パルスだった。

 

「ハァ……ハァ……モルダー、意識が……遠のくわ。……あの亡霊、自分たちが味わった『同化』の苦しみを私たちで再現しようとしているのよ!」

 

 スカリーが苦しげに胸元を押さえる。

彼女の視界の端で、自分の指先が微かに透け始め、背後の岩壁の色が肌に透けて見え始めている。

強磁場による「現実の剥離」が、再びこの部屋で始まろうとしていた。

 

「ヒーホー! やめるホー! モルダーたちが消えちゃうホー!」

 

 ジャックフロストが勇気を振り絞り、輝くモニターの群れに飛びかかった。

彼は黄金の林檎の力を指先に集め、モニターのガラス面に直接「氷の回路」を描き始める。

 

「電気の流れ、止めてやるホー! 全部カチコチに凍っちゃえホー!」

 

 フロストの冷気がモニターの熱を奪い、電子の動きを物理的に凍結させていく。

明滅していた「影の男」の顔が、氷の結晶に遮られ、歪んでいく。

 

「……今だ。話を聞いてくれ、プロジェクト・テンペスト!」

 

 モルダーは朦朧とする意識の中で、DDSをコンソールに接続した。

彼は亡霊を排除するのではなく、サンダーバードから受け取った「432Hzの共鳴波動」を、基地のネットワーク全体へと流し込んだ。

 

「君たちが求めていた『調律』は、もう終わったんだ。……もう、苦しむ必要はない。

サンダーバードは、許したんだ」

 

 その言葉と周波数が、数十年彷徨い続けた電子の亡霊に触れた。

 

 432Hzの波動が基地の隅々にまで浸透すると、狂ったように点滅していたモニターが、一転して穏やかな琥珀色の光に包まれた。

凍りついたモニターの向こう側で、目鼻のなかった「影の男」の輪郭が、ゆっくりと人間の形を取り戻していく。

 

「許し……。そうか……。我々は、聴こうとしていなかったのだな」

 

 スピーカーから流れるノイズが消え、一人の老いた男の穏やかな、しかし後悔に満ちた声が響いた。

 

 酸素の排出が止まり、室内に新鮮な——しかしアリゾナの砂埃を孕んだ空気が流れ込む。

スカリーの指先も、確かな質量を伴って実体を取り戻していた。

 

「あなたたちは、何をしようとしていたの?」

 

 スカリーが、まだ震える声でモニターに問いかける。

影の男は、悲しげに首を振った。

 

「サンダーバードは……地球の鼓動そのものだ。我々は、それを『動力源』として利用しようとした。だが、神を縛る鎖など、この世には存在しない。

我々は自分たちの傲慢さによって、磁気の牢獄に囚われたのだ」

 

 影の男の手が、モニター越しに何かを指し示した。

メインコンソールの裏側から、一冊の厚く焼けた機密ファイルがせり出してくる。

 

「これを持って行け……。

プロジェクト・テンペストの黒幕は、この地の下ではなく、もっと高い場所にいる。……我々の過ちを、これ以上繰り返させてはならない」

 

 その言葉を最後に、モニターの光がふっと消えた。

それと同時に、基地全体を支えていた地磁気のパワーが消失し、岩壁から不気味な軋み音が響く。

サンダーバードの嵐が去り、この仮初めの避難所もまた、大地の重力に従って崩壊を始めようとしていた。

 

「モルダー、急いで! 基地の構造が持たないわ!」

 

 モルダーはファイルを掴み、ジャックフロストをポケットに押し込むと、再び開いたハッチへと駆け出した。そこには、再び力を取り戻したサンダーバードが、琥珀色の翼を広げて待っていた。

 

 サンダーバードの背に跨り、モルダーとスカリーは垂直の絶壁を一気に駆け上がった。

琥珀色の翼が空気を叩くたび、眼下の峡谷は瞬く間に遠ざかり、コバルトブルーの空が視界いっぱいに迫る。だが、地上まであと数十フィートの地点で、モルダーのDDSが鋭い警告音を発した。

 

「モルダー、レーダーよ! 地上のリムに、複数の高出力な火器管制レーダーが展開されているわ!」

 

 スカリーの叫び通り、サウスリムの断崖には、黒い戦闘服に身を包んだ特殊部隊が展開していた。

彼らが構えているのは、「プロジェクト・テンペスト」を現代の技術でアップデートした、対空高周波兵器である。

 

 その光景を、峡谷から少し離れた黒いセダンの後部座席から見つめる男がいた。

窓を僅かに開け、指先に挟んだシガレットを燻らせる男――スモーキング・マンである。

 

「……撃て。だが、無駄に終わるだろう。」

 

 彼の言葉は冷酷な予言だった。

特殊部隊の指揮官が合図を送ると、数基のアンテナから不可視の指向性電磁波が放たれた。それは、いかなる最新鋭戦闘機をも墜落させる「電子の死神」だ。しかし、サンダーバードはそれをあざ笑うかのように翼を一段と大きく広げた。

 

 モルダーがDDSを通じて送り続け「432Hz」の共鳴が、サンダーバードの周囲に完全な磁気シールドを形成していたのだ。

電磁波は琥珀色の光に触れた瞬間に屈折し、虚空へと霧散していく。

 

「ヒーホー! あんなのおもちゃだホー! もっとすごいの、お返ししてやるホー!」

 

 ジャックフロストが、サンダーバードの背の上で立ち上がった。

彼は黄金の林檎の冷気を、サンダーバードが放つ琥珀色の雷光と融合させ、巨大な「氷の雷」として地上へと投げ返した。

 

 

 地上の火器管制システムが、氷を帯びた雷撃によって次々とショートし、白煙を上げて沈黙していく。

 

 特殊部隊が混乱に陥る中、サンダーバードはサウスリムの断崖を飛び越え、遥か彼方の荒野へと二人の捜査官を静かに降ろした。

巨大な翼が巻き起こす砂塵が収まった時、そこにはもう、琥珀色の主の姿はなかった。ただ、モルダーの手の中にあるDDSに、432Hzの微かな余韻だけが残されている。

 

「……行ったわね。彼はまた、地層の奥底で眠りにつくつもりかしら」

 

 スカリーが乱れた髪を整えながら、遠ざかる空を見上げた。その手には、亡霊から託されたあの焼けた機密ファイルが握られている。

 

「いや、サンダーバードは解放されたんだ。……僕たちの手でね」

 

 モルダーはファイルを受け取り、震える指でその表紙をめくった。そこには、1950年代のプロジェクト開始に関わった高官たちの署名が並んでいた。だが、末尾の黒塗りにされた極秘サインの筆跡に、モルダーは目を見開いた。

 

「……スカリー、このサインを信じられるか? ……ディープ・スロートだ。彼は最初からこの『テンペスト』の核心にいたんだ」

 

 その時、荒野の地平線に、一台の黒いセダンが走り去るのが見えた。

車内のバックミラー越しに、スモーキング・マンは遠ざかる二人の姿を見つめていた。

彼は新たなシガレットに火を灯し、ゆっくりと紫煙を吐き出す。

 

 シンジケートは、かつての戦いで思い知らされていた。

「真の悪魔」の前では、人類の科学など赤子に等しいということを。だからこそ、彼らは方針を転換した。

悪魔を「制圧」するのではなく、その強大な力にどうすれば「影響」を与え、その軌道を僅かでもズラすことができるか。

このサンダーバードとの接触も、そのための壮大な弾性試験に過ぎない。

 

(……人は悪魔には勝てない。だが、その指先に触れることはできる。そしてその接触が、神話の歯車を狂わせるのだ)

 

 スモーキング・マンは、モルダーが432Hzという「調和」でサンダーバードを動かしたデータを、冷徹に分析していた。

彼にとって、モルダーが「調律者」として機能したことは、新たな実験の成功を意味していた。

 

(……行け、モルダー。お前を待っている『友人』が、次の真実を教えてくれるだろう)

 

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