【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】 作:ベイベ後藤
サウスリムの喧騒から遠く離れた、砂埃の舞う一本道。
モルダーとスカリーが、ファイルに記された座標を目指して歩みを進めていた時、一台の古びたピックアップトラックが、逃げ水の向こう側から現れ、二人の前で静かに停車した。
「……スカリー、銃の用意を。公式な救助隊とは思えない」
モルダーが警戒し、DDSの画面に手をかけたその時、運転席のドアが開き、一人の男が降り立った。
使い古されたトレンチコートを纏い、顔には刻まれた深い皺。モルダーに「情報」を囁く男――ディープ・スロートが、そこに立っていた。
「……遅かったな、モルダー。サンダーバードとの共鳴に、予想以上の時間を要したようだ」
その声は、記憶の中にあるものよりも僅かに掠れていたが、有無を言わせぬ重みがあった。
「……これまでの事をどこかで見ていたのか?」
モルダーの問いに、ディープ・スロートは答えず、ただ遠くの空を見上げた。
「サマエルの残した傷跡は、今も世界に刻まれている。シンジケートは、それを恐れ同時に魅了されてもいる。
……元々私が君に魔導書を渡したのは、君が『悪魔の進路を変える楔』になると信じたからだ」
彼はトラックの荷台を指し示した。そこには、サンダーバードの棲家から持ち出した機密ファイルと対になる、巨大な「黒い石箱」が置かれていた。
「サンダーバードの解放は、序曲に過ぎない。君たちが手に入れたファイルには、サマエルが残した『毒』を浄化するための、最終手段が記されている」
ディープ・スロートの瞳には、かつてのような「導き」だけでなく、ある種の冷徹な「期待」が宿っていた。
「さあ、乗りたまえ。スモーキング・マンの目がこちらに届く前に、我々は『沈黙の聖域』へ向かわねばならない」
ピックアップトラックは、地平線を焼き切るような西日に向かって走り続けていた。
助手席に座るモルダーは、バックミラーに映るディープ・スロートの横顔を盗み見た。
彼は一言も発さず、ただ荒野の先を凝視している。
「サマエルが現れた時シンジケートは、それを『神の再臨』だと呼び利用しようとした。だが、あなたは違ったはずだ」
モルダーの問いかけに、ディープ・スロートが微かに口角を上げた。
「……神も悪魔も、本質的には同じエネルギーの指向性に過ぎない。
シンジケートの老人たちは、その力で自分たちの地位を永遠のものにしようとした。だが、私には予感があった。その力の残滓が、この星の地磁気を、そして人間の魂を腐らせていくことをな」
トラックは舗装路を外れ、地図に記載されていない塩湖の跡地へと入り込んでいく。そこには、一見すると廃墟となった古い格納庫のような建物があった。だが、トラックが近づくと空間そのものが「震える」ような違和感を放ち始めた。
「ここが『沈黙の聖域』……。
サマエルのプロトコルによって引き起こされた、磁気の死滅地帯(デッドゾーン)よ」
スカリーがDDSの画面を見て息を呑む。
センサーの数値は、もはや物理的な法則を無視して乱高下していた。
「サンダーバードから学んだ432Hzを忘れるな、モルダー。……これから君が対峙するのは、数千年前の神話ではない。
数年前に我々人類が自らの手で引き起こした、『現代の地獄』だ」
ディープ・スロートがトラックを止め、荷台の「黒い石箱」に手をかけた。
石箱の蓋がゆっくりとスライドすると、中から溢れ出してきたのは、琥珀色のサンダーバードとは対照的な、すべてを吸い込むような「漆黒の波動」だった。
格納庫の重厚な扉が開かれた瞬間、そこにあったのは物理的な空間ではなく、引き裂かれた「現実の死体」だった。
かつてミシシッピでサマエルが降臨した際の凄まじい磁界変異をシンジケートは、このネバダの地下施設へ「移植」し、凍結保存していたのだ。
天井からは鉄骨が重力を無視して螺旋状にねじれ、壁面には幾何学的な「サマエルの紋章」が、剥き出しの回路のように赤黒い発光を繰り返している。空気は重く、吸い込むたびに肺の奥で砂鉄が踊るような金属的な味がした。
「……信じられない。ここは時間の概念さえ歪んでいるわ。エントロピーが逆転している箇所がある」
スカリーがDDSの手元をライトで照らすが、光そのものが闇に吸い込まれ数メートル先も見通せない。
その暗闇の奥、施設の中央には心臓の鼓動のような重低音を響かせる「サマエルの残滓」――脈動する黒い霧の塊が鎮座していた。
「ヒーホー……。ここ、嫌いだホー。悲しい匂いがいっぱいするホー……」
ジャックフロストがモルダーのポケットの中で小さく震える。
「モルダー、あの黒い石箱を中央の祭壇へ。……サンダーバードから得た432Hzを、DDSを通じて石箱の波動と同期させるんだ」
ディープ・スロートの指示に従い、モルダーは漆黒の波動を放つ箱を抱え、磁気の嵐の中へと足を踏み出した。
一歩進むごとに、脳内にサマエルの狂気的な囁きが流れ込んでくる。
「……負けるか。僕は、あのサンダーバードの悲鳴を聞いたんだ。……そして、君の悲鳴も聞こえるぞ、サマエル!」
モルダーはDDSの出力を最大に固定し、サンダーバードから受け取った「宇宙の基本振動数」を放射した。
琥珀色の光と漆黒の霧が激突し、格納庫全体が激しく震動する。だが、その光景を遠隔モニターで見つめるスモーキング・マンの口元には、冷酷な笑みが浮かんでいた。
(……そうだ、モルダー。今、お前が放った432Hzこそが、サマエルの残滓を『人間が扱えるサイズ』に圧縮するためのフィルターだ。
ディープ・スロートが何を言おうと、お前は今、人類のために兵器を完成させているのだよ。)
琥珀色の光が漆黒の霧を収束させ、最後の一閃とともに格納庫に静寂が戻った。
中央の祭壇に残されたのは、脈動を止め、黒い宝石のような安定した「核」へと凝縮されたサマエルの残滓だった。
「……終わったの? モルダー」
スカリーが恐る恐る近づく。
DDSの針は、先ほどまでの乱舞が嘘のように一定の値を指していた。
サマエルの狂気は消えたのではない。「制御下」に置かれたのだ。
「ああ。……だが、妙な気分だ。何かを取り返しのつかない形で変えてしまったような、嫌な予感がする」
モルダーが、その「核」に手を伸ばそうとした瞬間、格納庫内のスピーカーから乾いた拍手の音が響いた。
『実に見事だったよ、モルダー。
君のおかげでサマエルの力は、ようやく我々の言語で記述できるものとなった』
モニターに映し出されたのは、紫煙の向こう側で冷笑を浮かべるスモーキング・マンの顔だった。
「キャンサーマン……。最初からこれを狙っていたのか。
僕にサマエルを『加工』させるために!」
『人は悪魔には勝てない。だが、優れた彫刻家がいれば、その牙を抜いてナイフに作り替えることはできる。
……ロナルド。君の育てた駒は、期待以上の働きをしてくれたな』
モルダーは隣に立つディープ・スロートを振り返った。
男は無表情のまま、祭壇に鎮座する黒い核を見つめている。
「……私の役目は、君に『手段』を与えることだった。それを使うのが君か、彼らか……。
その分岐点は、今この瞬間に訪れたのだ」
ディープ・スロートは、コートの内側から古びた、しかし不気味な脈動を放つ「もう一つのDDS」を取り出した。