【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】 作:ベイベ後藤
格納庫の各所から、ステルス迷彩を解いた特殊部隊が音もなく現れる。だが、隣に立つディープ・スロートは、動じることはなかった。
彼が持つ「もう一つのDDS」それは、モルダーの持つ最新型とは対照的に、剥き出しの真空管が怪しく明滅する、異形のデバイスだった。
「……スモーキング・マン。君の求める『規格』など、深淵の前では無意味だということを忘れたのか」
ディープ・スロートがDDSのスイッチを入れる。瞬間、格納庫内の影が不自然に伸び、床からドロリとした漆黒の液体が這い出してきた。
「いでよ……。深淵の底、音もなく歩む者」
現れたのは、実体を持たない「影」そのものの悪魔だった。それは人の形を模しながらも、顔の部分には虚無が広がり、周囲の光をすべて吸い込んでいく。
特殊部隊がその影を捉えようとするが、影の体を透過しただけだった。
「……隠密系の悪魔だと? 古臭い魔導に固執して、何ができるというのだ」
モニターの中のスモーキング・マンの眉が微かに動く。
「これは『兵器』ではない。
君には決して理解できない……私と、この者との古い『契約』だよ」
影の悪魔が、音もなく床を滑り特殊部隊の「影」へと潜り込む。次の瞬間、部隊員たちは自分自身の影に首を絞められるかのように、声を上げる間もなく崩れ落ちていった。
「……バカな。影そのものが質量を持っているというのか!?」
モニター越しに、スモーキング・マンの余裕が崩れた。
ディープ・スロートが掲げたDDSから溢れ出したのは、単なる悪魔のデータではない。それは彼がシンジケートの創設期から、世界の裏側で血を流し、神話の残滓を食らって生き延びてきた「呪われた歴史」そのものだった。
「スモーキング・マン……。君が、いろいろな物を改竄隠蔽し、吸い殻を積み上げている間、私は、この世の理から外れたモノたちと直接言葉を交わしてきた。
……この神は、規格化などという無作法な真似は許さない」
ディープ・スロートがDDSのブーストスイッチを叩くと、真空管が過負荷で白熱し、彼の体内から凄まじい密度のマグネタイトが霧となって噴出した。
背後に立ち上がったのは、巨大な二体の象頭神が抱き合う、異形のシルエット――「秘神 カンギテン(歓喜天)」。
膨大なエネルギーを消費するその神を、彼は己の寿命を前借りして現世に繋ぎ止めた。
その姿は実体を持たず、ただ周囲の光を屈折させ、空間そのものを「沈黙」させていく。
特殊部隊の放つ高周波弾やレーザー照準は、カンギテンの影に触れた瞬間に「最初から存在しなかったかのように」消失し、銃声さえも虚空に吸い込まれた。
「モルダー、スカリー! ぼさっとするな、今のうちにサマエルの核を確保しろ!」
ディープ・スロートの鋭い声に、モルダーは我に返った。
祭壇では、圧縮された「サマエルの核」が、周囲の混乱を嘲笑うかのように黒い光を放っている。
「スカリー、あれをDDSの電磁ケージで包むんだ。スモーキング・マンの通信網が復旧する前に!」
「分かったわ。でもモルダー、彼を見て!
マグネタイトの消費が早すぎる……バイタルが低下しているわ。あの神を維持するために、自分の存在そのものを『燃料』にしているのよ!」
スカリーの指摘通り、真空管DDSを握るディープ・スロートの体は透き通るほどに白く、その瞳からは光が失われつつあった。
かつて人類を守るために魂を切り売りしてきた「情報の亡霊」。
彼は今、秘神の影へと自身の人生を溶かし込んでいた。
その時、格納庫の防衛システムが狂ったように再起動した。
天井の自動機銃が、もはや敵味方の区別を捨て、祭壇の「核」とディープ・スロートを同時に殲滅せんと照準を定める。
自動機銃の砲身が赤く焼けるほどに、格納庫内は弾丸の嵐に包まれた。だが、カンギテンの「沈黙の領域」は、そのすべての破壊を無効化し続けている。
ディープ・スロートは、もはや自力で立っておらず、宙に浮く異形の影に支えられるようにして、薄れゆく意識を繋ぎ止めていた。
「モルダー、急いで……! 彼のマグネタイトが底を突くわ!」
スカリーがDDSの電磁ケージを「サマエルの核」に被せ、ロックを完了させた。
漆黒の脈動がケージ内に閉じ込められた瞬間、施設全体を揺るがしていた重低音が、不気味な高音へと転調した。
「……逃げろ、モルダー。父に、誇れるような男になれ……」
ディープ・スロートの掠れた声が、銃声の消えた空白の空間に響く。その時、メインモニターのスモーキング・マンが、震える手で新たなシガレットを口に運んだ。
彼の瞳には、祭壇の横で必死に生きようとするモルダーの姿が焼き付いている。
(……惜しいな、モルダー。お前は私と共に、この神を御する側の人間になるべきだった)
スモーキング・マンの指が、コンソールのボタンの上で静止する。このボタンを押せば、地下の核燃料が臨界に達し、すべてが砂へと還る。
モルダーの才能を、その魂を、自らの手で葬るという苦い決断。だが、彼の本能が、わずか数秒の猶予をモルダーに与えた。それは、彼が持ちうる唯一の「親愛」の形だった。
「……ヒーホー! モルダー、危ないホー! あそこの壁、爆発するホー!」
ジャックフロストが叫ぶ。スモーキング・マンが与えた数秒の間に、カンギテンの影が最後の力を振り絞り、格納庫の厚い防壁を「概念ごと」消滅させ、外部への脱出口を穿った。
「ディープ・スロート! 一緒に来るんだ!」
モルダーが叫ぶが、ディープ・スロートは穏やかな笑みを浮かべたまま、秘神カンギテンの影が彼を優しく包み込み、光の中へと溶け始めていた。
背後で「沈黙の聖域」が音もなく、しかし絶対的な質量を持って崩壊していった。
ネバダの塩湖に、巨大なクレーターが穿たれる。
爆風がモルダーとスカリーの背中を押し、二人は電磁ケージに収められた「サマエルの核」を抱えたまま、砂漠の冷たい地面へと投げ出された。
「……ハァ、ハァ……。スカリー、無事か?」
「ええ……。でも、座標の記録も、施設に残されたデータも、すべて熱線で焼き切られたわ。」
モルダーは、砂にまみれた右手のDDSを見つめた。液晶には、もはや432Hzの共鳴も、カンギテンの反応も残っていない。ただ、ケージの中で脈動を続ける「サマエルの核」だけが、冷たく、重く、そこにある。
遠く、サウスリムの断崖の上で。
スモーキング・マンは、地平線から立ち昇る巨大な火柱を、セダンの窓越しに見つめていた。
彼は結局、最後までボタンを押し切ることはなかった。
(……生き延びろ、モルダー。
お前がその『核』をどう扱うか、それが人類が神話に下す回答になる)
彼は深く紫煙を吸い込み、窓を閉めた。
黒いセダンは、夜の闇に溶けるように走り去っていく。
一方、モルダーの腕の中にあるケージ。
その漆黒の宝石のような表面に、スカリーには見えない「亀裂」が走り始めた。
「……モルダー、見て。DDSに新しいログが……。これ、人間の思考波形じゃないわ」
モルダーの脳裏に、古く、巨大な「意思」が直接響き始める。
(……お前は私を『器』に閉じ込めた。ならば、その影響を受けよ)