【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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Digital Ghost編 3話

 

 

 地下三階の空気は、サーバーが発する排熱と、異界から漏れ出す冷気が混ざり合い、異常なまでの湿気を帯びていた。

 

 モルダーがコンソールへと駆け寄ろうとしたその時、背後の巨大なトーテムポール型インターフェースが、不吉な紅い放電を開始した。

 

「……スプーキー、動きが止まった。ササキの影が、何か別の形に凝縮されていく!」

 

 イヤホン越しに、桜井のキーボードを叩く音が一段と激しさを増す。

 

『マニトゥのプロトコルが書き換えられた……! モルダー捜査官、注意しろ。それは先住民族の精霊じゃない。

マニトゥの残滓と、アメリカの負の歴史が結合して生まれた、電霊だ!』

 

 佐々木の肉体から抜け出した「魂の奔流」が、サーバーのノイズを吸い込みながら、巨大な人型へと変貌していく。それは、煤けたロングコートを纏い、顔があるべき場所には無数のモニターが埋め込まれた、異形の死神だった。

かつて「マニトゥ」の犠牲となった者たちの苦悶の表情が、高速でフラッシュバックしている。

 

『「電霊」――ロスト・リンカー。

……開拓時代に荒野で死んでいった者たちの怨念を、NSAが光ファイバーの網で手繰り寄せ、一つの広域制圧用プログラムとして固定化したものだ』

 

 ロスト・リンカーが、半透明の右腕を振り上げる。その手には、電子の火花を散らす巨大な大鎌が握られていた。

 

「ハロー。……お前のデータも、コレクションに加えさせてもらおう」

 

 スピーカーからではない。ロスト・リンカーのモニターから、合成された無数の被害者たちの声が重なり合って響く。

大鎌が振るわれるたび、地下室のコンクリートの壁が、物理的な破壊ではなく「データの消失」によって削り取られていった。

 

「スプーキー! モコイさんの符が通用しない! この死神、空間ごと消去しているぞ!」

 

『落ち着け。奴の核は、佐々木の肉体を繋ぎ止めているメインフレームの「物理的な記憶領域(ストレージ)」にある。

……モコイ、モルダー捜査官を守りながら奴の注意を引け!』

 

「それがいいね。チミ! ボクが応援しちゃおカナ。」

 

 モコイが空中で宙返りし、自身の体を巨大な和紙の盾へと変形させる。

ロスト・リンカーが放つ電子の鎌を、モコイの柔軟な霊体が受け流すが、その衝撃でモコイの輪郭が激しくノイズに乱れる。

 

「……モルダー捜査官、今だ!

奴が攻撃にリソースを割いている隙に、メインフレームの背面パネルを開けろ!」

 

 桜井の叫びを受け、モルダーは火花散るサーバーの裏側へ回り込んだ。そこには、異様な光を放つクリスタル状の記憶媒体が、むき出しの回路に突き刺さっていた。

 

「これか……! これを壊せばいいんだな!」

 

 モルダーが拳銃のグリップでクリスタルを叩き割ろうとした瞬間、ロスト・リンカーのモニターがすべて赤く染まり、地下室全体に凄まじい音が轟いた。

 

「アクセス拒否――。不法侵入者は、デリート!」

 

 死神の鎌が、モコイの防御を突き破り、モルダーの背後に迫る。だが、その刃が届く直前モルダーのスマートフォンの画面に、桜井が送り込んだ最終プロトコルが走り抜けた。

 

『甘いな、アメリカの電霊。日本のハッカーをナメるなよ。……強制ログアウト・シーケンス、実行!』

 

 ロスト・リンカーの体が激しく点滅し、死神の姿が崩れ、無数の文字列へと分解されていく。

 

「な……何をしたんだ、スプーキー?」

 

『奴のOSの深層に偽りの「システム終了」命令を流し込んだ。……モルダー、今のうちにクリスタルを!』

 

 モルダーは渾身の力で、シグ・ザウアーの銃床をクリスタルに叩きつけた。

パリン、という音と共に、光が地下室に溢れ出す。

次の瞬間、天井を覆っていた「魂の奔流」が逆流するように佐々木の肉体へと戻り、サーバーの唸り声が、断末魔のような高音を発して停止した。

 

「……終わったのか?」

 

 モルダーが立ち上がると、そこには拘束から解き放たれて床に倒れ込む佐々木の姿があった。

ロスト・リンカーの姿は霧散し、施設内には静寂が戻る。

 

「……ああ、こちらのモニターでも確認した。生体マグネタイトの反応が消失したよ。

……よくやったな、モルダー捜査官。君は最高の「フィールドワーカー」だ。」

 

 イヤホンから聞こえる桜井の声には、わずかな安堵が混じっていた。

 

「……君もな、スプーキー。……だが、見てくれ。このクリスタルの破片。表面に、何か刻まれている。」

 

 モルダーが拾い上げたのは、破壊されたクリスタルの欠片。そこには、「ファントムソサエティ」の刻印があった。

 

「……やっぱりな。アルゴンの亡霊は海を越えて、この国にも巣食っていたというわけだ」

 

 桜井の呟きが、次なる戦いの火蓋を切る合図のように聞こえた。

アメリカと日本。二人のスプーキーを繋ぐ回線は、まだ切るわけにはいかないようだ。

 

 

 機能を停止したサーバーの放熱ファンが、虚しい余韻のように回転を止めていく。

モルダーは、床に横たわる佐々木の体を抱き起こした。佐々木の顔色は青白く、まるで数日間一睡もしていないかのように、瞼が細かく震えている。

 

「……ササキ、聞こえるか。僕はFBI特別捜査官のモルダーだ。もう安全だ。」

 

 何度か呼びかけると、佐々木の瞳がゆっくりと焦点を取り戻した。しかし、その瞳に映っているのはモルダーの顔ではなく、今なお網膜に焼き付いている「別の場所」の残像のようだった。

 

「……光が……光の糸が、無数に……」

 

 掠れた声が漏れる。モルダーはイヤホンの音量を上げ、日本の桜井にもその声が届くようにした。

 

「……佐々木か? 僕だ、桜井だ。

何を見た、向こう側で何が起きていたんだ」

 

 桜井の声を聞くと、佐々木は縋り付くようにモルダーの腕を掴んだ。

 

「桜井……。あそこは、地獄なんかじゃなかった。

……あまりにも美しくて、恐ろしい場所だった。光ファイバーの中を流れるデータの一粒一粒が、星のように輝いて……。

俺は、自分の意識が解けていくのを感じた。名前も、記憶も、恐怖さえも……。ただ、巨大な『意思』の一部になっていくんだ」

 

 佐々木の話によれば、彼はマニトゥ・プロジェクトの基幹サーバーに侵入した際、逆にシステム側に「逆探知」されたのだという。しかし、それは通常のハッキング防御ではなかった。

 

「……奴らは、俺の脳をプロセッサとして利用していただけじゃない。俺の意識を……いや、世界中のネットワークに繋がった人間たちの『無意識』を繋ぎ合わせて、一つの巨大な……『偽りの神話』を編み上げようとしていたんだ」

 

『神話だと? 佐々木、具体的に説明してくれ』

 

 桜井の声に、焦燥が混じる。

 

「マニトゥは単なる通信プロトコルじゃない。……それは、電子の海に住まう『神』を育てるための揺り籠だ。

ファントムソサエティの連中は、かつてのパラダイムXよりも広大で、もっと逃げ場のない檻を作ろうとしている。

……彼らはそれを『アメンティ』と呼んでいた。死者の魂が裁きを待つ、デジタルな冥府だ」

 

 モルダーは、手の中にあるクリスタルの欠片を見つめた。

ファントムソサエティ。彼らが日本で失敗した計画を、アメリカの政府機関という巨大な隠れ蓑を使って、より大規模に再起動させている。

 

「……魂を、デジタルな冥府に閉じ込める。そうすれば、人々を肉体という制約から解放し、完璧に管理できるというわけか。かつて僕が追った、エイリアンによる植民地化計画よりも、よほど効率的で残酷なやり方だ」

 

 モルダーが呟くと、佐々木は激しく咳き込みながら続けた。

 

「……それだけじゃない。彼らは、その冥府の『王』を電子の海から実体化させようとしている。

ロスト・リンカーは、そのための門番に過ぎなかった。……桜井、気をつけろ。奴らは、もう次のノードを……ワシントンの中枢を狙っている」

 

 佐々木の言葉が終わると同時に、施設の非常用発電機が唸りを上げ、再び照明が赤く点滅し始めた。

 

『モルダー捜査官! 施設の外に反応がある。異常発生だ! 奴ら、口封じに来たぞ。しかも、今度は電子的な攻撃じゃない。物理的にだ!』

 

 桜井の警告とほぼ同時に、地上の入り口付近から爆発音が響いた。

モルダーは佐々木を肩に担ぎ、シグ・ザウアーを構え直した。

 

「スプーキー、脱出ルートを確保してくれ! ここを墓場にするつもりはない」

 

『任せろ。……モコイさん、まだ動けるか? モルダー捜査官の退路をガイドしてくれ!』

 

「もっちろん! ボク、道案内は得意よ。……チミ、こっちこっち!」

 

 モコイが再び実体化し、複雑に入り組んだ地下通路を照らす。

電子の冥府「アメンティ」。その恐るべき計画の断片を知った二人のスプーキーの前に、今度は現実世界の脅威が牙を剥こうとしていた。

 

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