【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】 作:ベイベ後藤
地上の入り口付近で起きた爆発の衝撃は、地下のコンクリート壁を伝い、モルダーの足元を激しく揺らした。
天井の剥落した破片が、動かなくなったサーバー群の上に降り注ぐ。
「スプーキー、今の爆発は何だ! 敵は軍の特殊部隊か?」
モルダーは意識の混濁している佐々木を左肩に担ぎ、右手のシグ・ザウアーのセーフティを解除した。耳元のイヤホンからは、桜井が複数のキーを同時に叩き、システムを掌握しようとする猛烈なタイピング音が響いている。
『いや、正規の軍じゃない。ハッキングで傍受した無線記録によると、彼らは「民間軍事会社」を装ったファントムソサエティの実行部隊だ。装備は最新鋭、かつ迷いがない。……口封じを命じられたプロだよ』
「プロ、か。……歓迎すべき相手じゃないな」
モルダーは、前方で道案内をするモコイに目を向けた。和紙のような質感の緑色の体が、暗い通路を淡く照らしている。
「ボクって物知りさんだからね。こっちこっち。
……非常用エレベーターはダメダメだけど、古い換気シャフトが生きてる。……しっかり着いて来るんだよ、チミ。」
モコイは、特徴的な口調ながら確かな足取りで配管の間をすり抜けていく。
彼が指し示した先には、錆びついた梯子が伸びる狭い縦穴があった。
『モルダー捜査官、そのシャフトを登れば、施設北側の森林地帯に直結している。
……今、施設の監視カメラにダミー映像を流して時間を稼いでいるが、長くは持たない。急いでその穴に入れ!』
モルダーは佐々木を落とさないよう、必死で梯子を登り始めた。背負った佐々木の体温は異常に低く、時折「光が……アメンティの門が……」とうわ言を繰り返している。
地上まであと数メートルというところで、上方のハッチが強引にこじ開けられた。
逆光の中に現れたのは、ガスマスクのようなタクティカル・マスクを装着し、全身を漆黒の防弾アーマーで固めた二人組の兵士だった。
彼らの手には、サプレッサー付きのアサルトライフルが握られている。
「標的を確認。……2人だ。」
無機質な声と共に、銃口がモルダーに向けられた。梯子を登る途中のモルダーには、回避する術はない。
『モルダー捜査官、 伏せろ!』
桜井の叫びと同時に、モルダーのスマートフォンが、頼みもしないのに最大音量で高周波の電子音を撒き散らした。
桜井が「COMP」の機能を転用して、スピーカーから指向性の電磁パルスを放出したのだ。
「ぐっ……、視覚センサーが……!」
兵士たちのマスクに内蔵されたディスプレイが火花を散らし、彼らは一瞬の隙を見せた。
「……モコイ、今だ!」
「ヤルね。ボク……『マハ・ザン』」
モコイが短く呟くと同時に、激しい衝撃波がシャフト内を駆け上がり、二人の兵士をハッチの外へと豪快に弾き飛ばした。
モルダーは、その隙に一気に地上へと這い出し夜の森へと佐々木を抱えて転がり込んだ。
背後の施設では、証拠を隠蔽するためか、さらに大規模な爆破が開始されていた。
オレンジ色の炎が夜空を焦がし、数分前まで「マニトゥ」の心臓部だった建物が、瓦礫の山へと変わっていく。
『……間一髪だったな。モルダー捜査官、生きてるか?』
「……ああ。だが、僕の車が火に包まれていなければよかったけどね」
モルダーは、遠くで燃える自分の車のシルエットを見つめ、苦笑した。
『車ならまた買えばいい。……それより、300メートル北に古い廃屋がある。
僕が手配した予備の『足』をそこに隠しておいた。……モコイさん、ナビゲートを頼むぞ』
「いいよ。……じゃあ着いてきてネ、モルダー。」
モコイが、促して闇の中へと消えていく。
モルダーは、夜の静寂が戻りつつある森を走りながら、改めて自分の手にあるスマートフォンの画面を見た。そこには、日本で戦い続けている、会ったこともない「もう一人のスプーキー」との作戦行動が、デジタルの光として灯り続けている。
「……スプーキー。この事件、ワシントンD.C.まで繋がっているかもしれないぞ。
君もアメリカまで来たらどうだい?陰謀のフルコースをご馳走するよ。」
『……検討しておこう。だが、まずは佐々木を安全な場所に運ぶのが先だ。
ファントムソサエティは、一度狙った獲物を逃がさないだろう。これからは、現実と電脳、両方の戦場を駆け抜けることになるぞ』
モルダーは、深い闇の向こう側にある「真実」を見据えた。
電子の冥府「アメンティ」を巡る戦いは、まだ始まったばかりだった。
森を抜け、桜井が手配した「予備の足」――泥まみれの古いジープに佐々木を押し込んだ時、東の空が白み始めていた。
モルダーは激しい疲労を覚えながらも、慣れた手つきでエンジンをかける。不機嫌な咆哮を上げ、車体はワシントンD.C.へと向かうハイウェイに乗った。
「……スプーキー、聞こえるか。ササキを連れて郊外のセーフハウスへ向かっている。……だが、彼の状態が良くない。
呼吸は安定しているが、目が……焦点が合っていないんだ」
モルダーがバックミラー越しに後部座席を確認する。佐々木は、もはや「光が」といううわ言さえ口にせず、ただ虚空を見つめたまま彫像のように固まっていた。
『……生体マグネタイトの強制抽出による後遺症だろう。
彼の精神の一部が、まだアメンティのサーバー内に囚われたままだ。
……モルダー捜査官、僕の仲魔モコイさんはまだそこにいるか?』
「ああ、助手席でふんぞり返っているよ」
モコイは、和紙のような質感の足をダッシュボードに乗せ、興味深そうに外の景色を眺めていた。
「……チミ、運転が荒いね。ボク、酔っちゃうカナ」
『モコイさん、佐々木のバイタルを霊的にスキャンしてくれ。
僕が日本から送ったコードで、一時的に彼の意識を「スリープ状態」に固定できるはずだ』
「OK。……ほら、チミ。ちょっと動かないでね」
モコイが後部座席に身を乗り出し、佐々木の額に小さな手を置く。瞬時にスマートフォンの画面にバイナリデータの奔流が走り、佐々木の瞳が静かに閉じられた。
「……やったよ。これでしばらくは魂が漏れ出すことはないネ。」
「助かるよ、モコイさん。……スプーキー、これから僕の相棒と合流する。
彼女は医者だ。ササキを科学的な側面から診てもらう必要がある」
『……スカリー捜査官か。ローン・ガンメンから聞いているよ。』
モルダーは、路肩に車を止めた。数分後、眠気と警戒心の混じったスカリーの声が受話器から響いた。
「……モルダー? 今、何時だと思っているの。
メリーランド州の森林火災のニュースなら見たわ。またあなたの仕業じゃないでしょうね」
「スカリー、至急会いたい。救出しなければならない患者がいるんだ。」
二時間後。ワシントン郊外の古びたモーテルの一室で、スカリーは佐々木の瞳孔をペンライトで照らし、眉をひそめていた。
「……瞳孔反射はある。脳波も、一見すれば深い睡眠時のそれと変わらない。けれどモルダー、この男性の身体的反応は……異常よ。
新陳代謝が極端に低下しているわ。」
「……スプーキー、彼女の意見を聞いたか?」
デスクの上に置かれたスマートフォンから、桜井の低い声が響く。
『……正確な分析だ、スカリー捜査官。
初めまして、僕は桜井。あなたの相棒をサポートしているコードネーム「スプーキー」だ。』
スカリーは一瞬、驚きに目を見開いたが、すぐに冷静な分析官の顔に戻った。
「……モルダー、あなたが日本のハッカーと共謀して、また非公式な捜査を進めているのは後でじっくり聞くわ。それで、この患者の『中身』は今、どこにあるというの?」
『……アメンティ。ファントムソサエティが構築した、デジタルな冥府の中だ。
いきなりこんな事を言っても信じられないかもしれないけどね。』
桜井が画面に地図を転送する。そこには、ワシントン記念塔を中心に、ペンタゴン、そしてリンカーン記念堂を結ぶ巨大な幾何学模様が、赤いグリッド線で描かれていた。
「……この街を設計した際に残した、都市計画のレイラインか?」
モルダーが地図を覗き込む。
『いや、もっと物理的なものだ。
1930年代、ワシントンの地下に張り巡らされた巨大な地下道と、当時は「実験用」とされていた輸送システム。
ファントムソサエティは、その古びたインフラを光ファイバーの代わりに利用して、巨大な召喚回路を完成させた。……中心地は、スミソニアン博物館の近くにある「旧郵便局タワー」だ』
「……アメリカの歴史が蓄積された、まさに魂の宝物庫か」
スカリーは、にわかには信じがたいという表情を浮かべながらも、モルダーの真剣な眼差しを無視することはできなかった。
「……もしその『召喚』が行われたら、どうなるの?」
『全米の通信網がアメンティに接続される。
……人々は寝ている間に、自分の意識が巨大なネットワークに吸収されていることにも気づかず、現実世界は魂を失った肉体の抜け殻だけで溢れることになる。』
「……そんなこと、させるわけにはいかないな」
モルダーはホルスターを整え、ジャケットを羽織った。
「スカリー、君は佐々木の保護を頼む。……スプーキー、ナビを頼むよ。
……ああ、それからモコイ。悪いが、もうひと仕事付き合ってもらうぞ。」
「いいよ、チミ。ボクもワシントンの地下観光なんて、ワクワクしちゃうネ。」
モコイが軽やかに飛び出して行く。
日本のスプーキー、桜井。ワシントンのスプーキーモルダー。
異なる「真実」を持つ者たちが今、アメリカの心臓部で蠢く電子の陰謀を止めるために動き出した。
「……スプーキー、一つ聞いていいか。君のCOMPに、ファントムソサエティを打ち砕く強力な悪魔は入っていないのか?」
『……強力なのはリソースを食うからな。……だが、安心しろ。
君のその「無茶苦茶な運」をブーストするくらいのプログラムなら、いつでも用意できている』
モルダーは微かに笑い、モーテルの部屋を飛び出した。
朝日が昇り始めたワシントンの街並みが、今日はどこか、透き通って見えている。