【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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7話 終焉と再生

 

 

 グランドキャニオンの深部に、かつて存在したあらゆる光を飲み込む「闇」が奔流となって溢れ出した。それはカリ・ユガの門――この世界を一度崩壊させ、再構築するための根源的な混沌の息吹だった。

 

「信じられない!光ファイバーのデータが物理的に崩壊している……」

 

 スカリーが、ギメルのバイタルデータをモニタリングしながら叫んだ。

 

「ローンガンメンに繋いでくれ! このエネルギーを、DDS経由でメルカバーの中枢へ逆流させるんだ!」

 

 モルダーが、激しく振動するヴィシュヌ片岩の岩盤を背に指示を飛ばした。

 

 

 メリーランド州。ローン・ガンメンの本拠地。

 

「よーし俺に任せておけ! 思い通りになんかいかせるかよ!」

 

 ラングリーが、丸眼鏡の奥に映る血走った目でキーボードを叩く。

DDSを通じて、彼らのシステムに介入し、カリ・ユガのデータをシステムの「バグ」として、メルカバーの基幹プログラムへと叩き込んでいた。

 

「ラングリー、システムの同期率が低下し始めたのはいいが、中枢の智天使ケルプが自己破壊シーケンスを起動させたぞ。この闇を、現実世界ごと消し去る気だ!」

 

 バイアーズとフロヒキーの絶叫が響く。

グランドキャニオンでもギメルが状況を把握してはいるが、有効な対策が打てずにいた。

 

「……ダメです、ケルプの論理がシステムの自壊を優先させてる!」

 

「……僕が中へ行く」

 

 モルダーはDDSを掲げ、カリ・ユガの門へと歩み寄った。

 

「モルダー、正気なの!? 」

 

「この闇の中には、彼らがシステムの『ゴミ』として捨てた、人々の記憶が眠っている。その中には、失われたサマンサの記憶も……」

 

「モルダーさん……。私が、道案内します」

 

 リサが狐の姿に戻り、モルダーの腕に飛び込んだ。黄金色の毛並みが、カリ・ユガの闇の中で唯一の光となっている。

 

「モルダー、必ず戻って。……真実は、あなたがここにいることそのものなんだから!」

 

 スカリーの激励を背にモルダーは、カリ・ユガの闇の中へと飛び込んだ。

崩壊するメルカバーの中枢。

0と1の数字が剥き出しになって破裂する。

モルダーの精神は、システムの自壊プログラムによって侵食され始めた。

 

『……フォックス・モルダー。汝もまた、共に消えるのだ』

 

「モルダーさん! あそこです!」

 

 リサが、システムの奥底に隠された、一つの「論理ファイル」を指し示した。それは、ケルプがアルカディア計画の触媒として利用しようとした、人々の「幸福への願望」が凝縮されたコアデータだった。

 

「……サマンサ」

 

 モルダーは、崩れゆくデータの中から、一人の少女の姿を見つけ出した。

幼い頃のままの、自分を待っていた頃の彼女の姿を。

 

『……兄さん、ずっと信じてた』

 

 サマンサの幻影が、モルダーの手を握った。

その瞬間、カリ・ユガの闇と、サマンサの記憶が融合し、メルカバーのシステムの自壊を、逆説的に「世界の再生」へと昇華させる。

 

 

 現実世界。ワシントン上空。

光の渦メルカバーが、最後の閃光を放って霧散した。

グランドキャニオンの地下空洞では、ヴィシュヌ片岩の岩盤が沈黙し、カリ・ユガの闇が収束していく。

 

「……モルダー、帰ってきて。お願い」

 

 スカリーは、モルダーの冷たい手を握り、ゆっくりと待っている。

その瞳には、この世界が持つ不確かな「光」が宿っていた。

 

 戦いの終わりに、彼は確かな「仲間」の力を知った。そして、失われた妹の魂が、この不完全な世界の再生の一部となったことを。

 

 

 グランドキャニオンの地下深く。

沈黙を取り戻したヴィシュヌ片岩の前に、モルダーは呆然と立ち尽くしていた。その手には、もう何も残っていない。だが、胸の奥にはサマンサの温もりが、確かな「真実」として刻まれていた。

 

「……終わったのね、モルダー」

 

 スカリーが歩み寄り、彼の肩に手を置いた。傍らでは、ギメルが自由になった自分の手を見つめ、静かに涙を流している。

 

「いや、スカリー。これは、隠蔽されていた『歴史』の表層が剥がれたに過ぎない」

 

 モルダーの視線の先、傍らに立つアルバート・ホスティーンが、割れた岩盤の奥から一つの「欠片」を拾い上げた。それは金属のようでありながら、脈動する有機体のように見える、琥珀色の結晶体だった。

 

「ナバホの古き歌には、こうある。……星の民は、自らの『秩序』を種としてこの大地に埋めた。」

 

 アルバートの声は、洞窟の壁に反響し、神話の重みを帯びる。

 

「モルダー、お前たちが戦ったメルカバーや智天使は、遥か昔に宇宙から飛来した存在だ。

彼らにとって、この地球は不完全な混沌に満ちた苗床に過ぎない。彼らは、人類の遺伝子を自分たちの望む『神の兵隊』へと書き換えようとしているのだ」

 

「それが、ミレニアムが標榜する千年王国の正体……。異星の知的生命体による、地球の完全な論理的植民地化ということか」

 

 モルダーが呟くと、リサが狐の姿で足元に擦り寄った。彼女の瞳には、太古からこの大地に根差してきた「混沌」の記憶が宿っている。

 

「……彼らは、自分たちを神の使いだと呼びます。でも、私たち大地の悪魔や精霊は知っています。彼らはただ、この世界の『揺らぎ』が我慢ならないだけなんです。美しくも残酷な、この生命のデタラメさを、彼らは『罪』と呼んで消し去ろうとしている」

 

「科学的な『最適化』、あるいは宗教的な『救済』。形はどうあれ、彼らが目指すのは多様性の抹殺だ」

 

 スカリーが、拾い上げた結晶体を科学者の目で見つめた。

 

「でも、モルダー。あなたは今日、その完璧な論理の中に『サマンサの愛』という、定義不能なノイズを投げ込んでシステムを壊した。それは、人類がまだ支配しきれない『混沌』を持っている証拠よ」

 

 

 一週間後。ワシントンD.C.。

何事もなかったかのように平穏を取り戻した街で、モルダーとスカリーは、FBIのXファイル課にいた。

メルカバーの降臨未遂は、「大規模なオーロラ現象と通信障害」として処理され、ミレニアムの関与も闇に葬られた。

 

「……スカリー。今回の事件で分かったことが一つある」

 

「なにかしら?」

 

「神も悪魔も、そして異星人も。彼らは皆、僕たちの心という名の『ポータル』を狙っている。」

 

 モルダーは、窓の外を見上げた。空には光の渦の残滓が、薄い雲のように漂っている。

 

「それでも、僕は信じたい……この不完全で、騒がしくて、愛おしい世界を。」

 




当初は5話を目処にまとめようと思っていましたが書いてるうちに長くなりました。
グランドキャニオンを舞台にした話はまた書きたいです。
次は相棒編を更新予定
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