【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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まずは導入部


相棒XファイルSPIRAL編
相棒編12話 長い一日の始まり


 

 四月の月曜日。

警視庁特命係の部屋には、春の柔らかな日差しが差し込み、蒸気と共にアールグレイの香りが立ち上っている。

 

 杉下右京は、パソコンに向き合いFBIのフォックス・モルダー捜査官から届いたばかりのメールを確認していた。

 

FROM: FOX MULDER

SUBJECT: Disturbance in the Data

 

杉下、新しい週の始まりだ。

昨日は日曜日だというのに地元警察から超常現象の専門家呼ばわりされて現地に向かったが、Xファイルの事件ではなく、空振りだったよ。

 

そちらは新しい警察署が新設されたそうじゃないか。スカリーが言うには、新しい組織の立ち上げには「予期せぬシステムの脆弱性」が付き物だそうだ。

珍しく地震が発生したのだが、まるで目に見えない何かが強引にこの世界の「ページ」をめくろうとしているかのように感じてしまってね……システムのバグに注意してくれ。真実はすぐそばにある。

 

 

「……目に見えない何かが、強引にページをめくろうとしている、ですか。相変わらずモルダー捜査官は、なんというか不吉な比喩を好みますねぇ」

 

 右京が独り言を漏らしたところで、勢いよく扉が開いた。

 

「右京さーん! お疲れ様です!」

 

 亀山薫だ。フライトジャケットに身を包み、手にはパンパンに膨らんだ紙袋を提げている。

 

「昼飯にって美和子が持って来てくれたんですよ。午後は新設されたばかりの『臨海副都心署』まで書類を届けなきゃならないんで、腹ごしらえです」

 

「ああ、お台場に新しくできた最新鋭のセキュリティを誇るという署ですね。……確か、あそこには警視庁が威信をかけて開発した『広域治安維持管理システム』が正式導入されるはずでした」

 

 

 特命係を出た二人は、臨海エリアへと向かう。

完成したばかりの臨海副都心署は、海からの反射光を浴びて輝く、総ガラス張りの近代的な建築物だった。

正面玄関では、システムの起動セレモニーを前に、警察官たちが慌ただしく行き交っている。

その人混みの中に、一人の男が立っていた。男の名は佐伯。

数年前、ある事件で容疑をかけられて最終的に無実は証明されたものの、その過程で職と家庭を失った男だった。

 

「……右京さん、あの男。なんかおかしくありませんか?」

 

 亀山が不審げに目を細めた瞬間、佐伯が抱えていた黒いアタッシュケースから、耳を裂くような高周波音が響いた。

署内に設置された最新鋭のモニター群が一斉に砂嵐へと変わり、異様な警告音が轟く。

 

「何をしているんですか!」

 

 右京の鋭い声が飛ぶ。

佐伯は、静かに微笑むと起爆スイッチに指をかけた。

 

「……新しい時代なんて、来なくていいんですよ。時間は、今日で止まるんだ」

 

 視界が、音のない真っ白な光に塗りつぶされた。

爆風が体を叩き、意識が熱の中に溶けていく。

 

 ――ガタン。

不意に、チェスの駒が盤上に倒れる音がした。

 

 右京が目を開けると、そこには春の日差しと紅茶の香りが満ちていた。

 

「……はいぃ?」

 

 右京は、自分の手を見つめる。火傷の跡も、爆発の記憶に伴う痛みもない。

ふと、パソコンに目をやる。

新着メールの通知。送り主は、モルダー。

 

FROM: FOX MULDER

SUBJECT: Disturbance in the Data (Duplicate?)

 

杉下、新しい週の始まりだ。

昨日は日曜日だというのに地元警察から超常現象の専門家呼ばわりされて現地に向かったが、Xファイルの事件ではなく、空振りだったよ。

 

そちらは新しい警察署が新設されたそうじゃないか。スカリーが言うには、新しい組織の立ち上げには「予期せぬシステムの脆弱性」が付き物だそうだ。

珍しく地震が発生したのだが、まるで目に見えない何かが強引にこの世界の「ページ」をめくろうとしているかのように感じてしまってね……システムのバグに注意してくれ。真実はすぐそばにある。

奇妙なことなんだが君に連絡をしなければならないという強い強迫観念に襲われた。

 

「……全く同じ文章を、もう一度?」

 

 右京が眉を潜めたその時、聞き慣れた音が響いた。

 

 ドタン。

 

「右京さーん! お疲れ様です!」

 

 扉を開けて現れたのは、先ほどと同じ紙袋を提げた、亀山薫だった。

 

「昼飯にって美和子が持って来てくれたんですよ。午後は新設されたばかりの『臨海副都心署』まで書類を届けなきゃならないんで、腹ごしらえです」

 

「……あれ? 右京さん、なんか変な顔してます?」

 

 右京の背筋に、氷のような冷たさが走った。

亀山薫の屈託のない問いかけ。それは、数時間前に特命係で右京が聞いた話しと、声のトーンから首の角度までが全く同じだった。

 

「亀山くん。……その紙袋の中身は、美和子さんの作った『おにぎり』ですね?」

 

「え? あ、はい。なんで分かったんですか? まだ袋も開けてないのに」

 

 亀山が不思議そうに紙袋を覗き込む。

 

「中身は、鮭と、梅。それから、美和子さん特製の蜂蜜に漬けた南高梅ですか?」

 

「ええっ!? 予知能力ですか右京さん。当たってますよ。美和子が握ってくれたやつです」

 

 右京は、返答を待たずにパソコンの画面を凝視した。

モルダーからのメール。内容は、一度目に届いたものと寸分違わないが、最後に付け加えられた「強い強迫観念」という一文が、この事態が単なる自分の脳の錯覚ではないことを雄弁に物語っている。

 

「亀山くん。……今日という日が、初めてではないと言ったら、君はどうしますか?」

 

「は? ……何言ってるんですか。今日は、四月六日の月曜日。

新設署の記念すべきシステム稼働日ですよ。右京さん、寝ぼけてるんじゃ……」

 

 右京は、チェス盤に目をやった。先ほど倒れたはずの駒は、何事もなかったかのように元の位置に整然と並んでいる。もし、今ここを出て、一回目と同じ行動を取れば、自分たちは再び臨海副都心署の前で男に遭遇し、あの白い光に飲み込まれることになる。

 

 「右京さん、どうしたんですか。……臨海副都心署、早く行かないと遅れちゃいますよ」

 

「……いいえ。亀山くん、予定を変更します。書類を届ける前に、やるべきことができました。至急、臨海副都心署にいる男を確保します」

 

「は? どういうことですかそれ。何かあるんですか?」

 

「説明は後です。とにかく、今すぐ向かうのです!」

 

 右京は上着を掴むと、戸惑う亀山を促して特命係を飛び出した。

(時間を短縮すれば、男が爆弾を起動させる前に取り押さえられるはずだ)

 

 一刻も早く現場へ。車を走らせ、二人は臨海副都心署へと向かう。一回目よりも早く到着するはずだった。しかし、橋を渡り切ろうとしたその時、前方を走るトラックが不自然なスリップを起こし、道路を完全に塞いだ。

 

「うわっ! 危ねぇ!」

 

 亀山が急ブレーキを踏む。

 

 事故は回避できたが、不測の事態に巻き込まれてしまう。まるで、見えない力が彼らの到着を「予定通りの時刻」に調整しようとしているかのようだ。

 

 結局、二人が臨海副都心署の前に辿り着いたのは、一回目と全く同じ時刻になってしまった。

 

「右京さん、さっき言ってた男って……あ! あの男、なんかおかしくありませんか?」

 

 亀山のセリフが、一回目と重なる。

人混みの中に立つ、黒いアタッシュケースを持った男。

 

「止まりなさい!」

 

 右京は、男に向かって駆け出した。

 

「そのケースを置きなさい! 話を聞きます!」

 

 男が振り向く。その瞳には、一回目と同じ「虚無」だけが宿っていた。

右京に驚く様子すらない。彼はただ、機械的にスイッチへ指をかける。

 

「……無駄ですよ。時間は、今日で止まるんだ」

 

 その時だった。臨海副都心署の二階、強化ガラスで仕切られた「システム管制室」の窓際に、一人の女性が立っているのが右京の目に飛び込んできた。

白衣を着たその女性は、男を見るでもなく、混乱する警察官を見るでもなく、ただ真っ直ぐに「杉下右京」を見つめていた。

 

 彼女の頬を、涙が伝っている。

彼女は、右京に向かって静かに首を振った。まるで、『何をやっても無駄だ』 と告げているかのように。

 

「あなたは……!」

 

 右京が叫ぼうとした瞬間、足元から不気味な震動が突き上げた。モルダーのメールにあった「地震」だ。

視界が、音のない真っ白な光に塗りつぶされる。熱が、意識を、そして時間を再び、黒い渦の中へと引きずり込んでいった。

 

 ――ガタン。

三度目。特命係の部屋。

盤上から倒れたチェスの駒。

パソコンが、新着メールの着信を告げる。

 

FROM: FOX MULDER

SUBJECT: (Urgent) Disturbance in the Data

 

杉下、スカリーが信じられないことを言い出した。

昨日起きた地震の波形データが、そちらの東京で観測されたものと「デジタル上で完全一致」している。

あり得ない。世界が同じ溝をなぞっている。

君は、まだそこにいるのか? 誰かがこのリズムを支配している気がしてならないんだ。

 

「……ええ。まだ、ここにいますよ。モルダー捜査官」

 

 右京は、震える手で紅茶のカップを掴んだ。

一回目、二回目。犯人の男には自覚がないのだろう。しかし、あの窓際にいた女性――。

 

「……彼女だけは、僕を見ていた」

 

 右京の瞳に、事件解決への鋭い光が宿る。

 

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