【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

68 / 72
相棒編13話 砂時計のひび割れ

 

 

 三度目の、四月六日。

杉下右京は、紅茶の香りが鼻をくすぐるよりも早く、携帯電話を掴んでいた。

 

「右京さーん! お疲れ様です!」

 

 扉を開けて現れたのは、先ほどと同じ紙袋を手に持った亀山薫だった。

右京は、彼を手で制して電話をかける。

 

「臨海副都心署ですか。至急、システム開発責任者の女性に繋いでください。……名前? おそらく、三上静さんという方のはずです」

 

 右京の脳内にある人事データベースから、広域治安維持管理システムの開発リーダーの名を割り出していた。だが、受話器の向こうから返ってきたのは、無機質なノイズと、聞き覚えのある「高周波音」だった。

 

「……おやおや、通信障害ですか」

 

 右京は、携帯電話を置いた。電話というデジタル経路ですら、この「ループの壁」を越えることはできないらしい。

 

「亀山くん。悪いですが、今すぐ臨海副都心署へ向かいます。ただし、車は使いません。……電車を使います」

 

「えっ? 電車で行くんですか? 書類、嵩張るし重いんですよ!」

 

「いいから、早く!」

 

 右京は知っていた。車を使えば、あの事故渋滞で時間を浪費してしまう。ならば、公共交通機関ならどうか。しかし、駅に到着した瞬間、無情なアナウンスが流れた。

 

『ただいま、変電所の不具合により、全線で運転を見合わせております……』

 

「……徹底していますねぇ」

 

 右京は、皮肉な笑みを漏らした。物理的な移動手段すら、世界が「定刻」を強制してくる。結局、二人はタクシーを捕まえて、一回目、二回目とほぼ同じルートを辿らざるを得なくなった。そしてまたしても、別の事故によって足止めを食らう。

 

 臨海副都心署に到着したのは、またしても「あの時刻」だった。

 

「右京さん、あ! あの男、なんかおかしくありませんか?」

 

 亀山の言葉を無視し、右京は男を素通りした。

 

「亀山くん、男は頼みます! 僕は二階へ!」

 

「えっ、ちょ、右京さん!?」

 

 亀山が、慌てて男へと駆け寄る中、右京は署の正面玄関を突破し、階段を駆け上がった。目指すは、二階のシステム管制室。

 

 重厚なセキュリティドアの前に辿り着いた時、右京は確信した。ドアの電子ロックが、まだ「未起動」の状態で開いている。中へ飛び込むと、そこにはあの女性が、操作パネルの前に座り込んでいた。

 

「三上……静さんですね」

 

 彼女は、ゆっくりと振り返った。その顔は、深い疲弊に満ちている。

 

「杉下、右京。……今回は、ここに来るまでが早かったわね」

 

 彼女の口から出た言葉は、右京の推測が正しいことを証明していた。

 

「やはり、あなたも……自覚があるのですね?」

 

「自覚? そんな生易しいものじゃない。私は、このシステムの一部なの。……あの男が爆弾を起動させた瞬間、このシステムが私の意識をネットワークに同期させ、そして……時間が巻き戻る。私は、止まらない砂時計の中に閉じ込められた砂粒なのよ」

 

 三上静がパネルに触れると、モニターに「波形データ」が表示された。

 

「見て。世界が悲鳴を上げているわ。……もうすぐよ。また、あの光が来る」

 

「三上さん、止める方法は、必ずあります。そのシステムのバックドアを!」

 

「無駄よ。……誰かが、この円環の外側から、強制的な『エラー』を叩き込まない限り……」

 

 外から、亀山の叫び声が聞こえてきた。

そして、三度目の地震。

視界が白く爆ぜる直前、三上静は右京の耳元で、幽霊のような掠れた声で囁いた。

 

「……『観測者』の位置を変えて」

 

 ――ガタン。

 四度目。

右京は、チェスの駒を今度は掴んで離さなかった。

パソコンの通知音が響く。

 

FROM: FOX MULDER

SUBJECT: (Urgent) Disturbance in the Data 2

 

杉下、Xファイル課に置いてあった気圧計が割れた。

中から出てきた水銀が、奇妙なことに床の上で文字を描いている。

『HE IS WATCHING』

スカリーは、正気とは思えないと言っているが、君ならわかるはずだ。

そこに、三人目の誰かがいないか?

 

「……ええ。モルダー捜査官。三人目どころか、四人目が必要かもしれません」

 

 

 四度目の、四月六日。

杉下右京は、握りしめたチェスの駒を静かに盤上へ戻すと、すぐさまパソコンに向かう。

モルダーへの返信を打つためだ。現場に行ってからでは、世界の「修正力」が働くことを、彼は既に学習していた。

 

TO: FOX MULDER

RE: (Urgent) Disturbance in the Data 2

 

モルダー捜査官。その水銀に「三上静」という名を問いかけてください。彼女が、今回の鍵を握る観測者です。

 

FBIの回線を経由して、臨海副都心署のシステム内で「午前三時のログ」を調べてください。

このシステムは、前日から当日に日付が変わる瞬間、全データをバックアップします。

午前三時は、システムが外部との同期を断ち、自己診断を行う時間です。

 

その後システムの「午前三時のログ」へ、FBIの回線から継続的に応答確認を打ち続けてください。

システム内部からは、扉は開きません。ですが、僕が現場で「システムが予測し得ない物理的ノイズ」を発生させます。

磁場の盾が一瞬だけ揺らぐはずです。その隙間に、あなたの『視線』を叩き込んでください。そこに、円環を断ち切るための「唯一の隙間」があるはずです。

 

 

 送信すると同時に、背後で扉が開いた。

 

「右京さーん! お疲れ様です!」

 

 亀山が紙袋を提げて入ってくる。右京は、彼が口を開く前に先手を打った。

 

「亀山くん。おにぎりは後です。すぐに出かけますよ。今度は僕の車で行きます。君は、助手席でずっと『空』を見ていてください」

 

「え? 空ですか? 天気とか……」

 

「いいから、お願いしますよ」

 

 右京の愛車が、お台場へとひた走る。

助手席の亀山が、窓の外を見上げたまま掠れた声を出した。

 

「……なんか、変なんです。空に、見たこともない『ノイズ』が見える気がして。テレビの砂嵐みたいなやつが、一瞬だけ」

 

「ほう……。それは、どのあたりですか?」

 

「あそこの、臨海副都心署のビルの上です。なんだか、誰かに覗き込まれてるみたいな、嫌な視線を感じるんですよ」

 

 亀山の「身体的記憶」が、時空の歪みを捉えていた。

臨海副都心署へ到着。時刻は、またしても「あの時」だ。

右京は車を降りると、迷わずトランクから「ある物」を取り出した。それは、現場で拾い集めていた、焼損した電子部品の残骸と、高電圧の予備バッテリーを即席で組み上げた、不格好な電磁放射装置だった。

 

「……右京さん、あの男。なんだか様子がおかしくないですか?」

 

 亀山が、爆破犯の佐伯を指差す。だが、右京は佐伯を見なかった。

署の入り口にある「広域治安維持システム」の外部センサーの真下に装置を置いた後は、手筈通りに事が進んでいるかモルダーを信じるのみだ。

 

「……位置、確定。モルダー捜査官、頼みましたよ!」

 

 右京がスイッチを入れた瞬間、装置から目に見えない強力な電磁ノイズが至近距離でセンサーを直撃した。

システムが「未知の過負荷」を検知し、防壁がコンマ数秒だけ反転する。その刹那、モルダーが打ち込み続けていたFBIの衛星回線が、空から降り注ぐ不可視の雷のごとく、通信アンテナを貫いた。

 

 署内の全モニターが激しく明滅し、システム管制室の三上静が、驚愕の表情で窓に張り付いている。

佐伯が、耳を押さえてうずくまった。

 

「ぐわぁぁ! なんだ、この音は……!」

 

 爆破のスイッチが押されるよりも早く、外部からの「異物」の侵入にシステムが悲鳴を上げる。

世界は、これを「致命的な例外エラー」として処理しようとし、激しい震動が臨海副都心署を襲う。

 

「右京さん! 空が……空が割れる!」

 

 亀山の声と共に視界が白ではなく、深い「闇」に塗りつぶされた。

 

 ――ガタン。五度目。

右京が目を開けると、そこはいつもの特命係の部屋ではなかった。

窓の外は真っ暗で、壁の時計は「午前三時」を指して止まっている。

目の前には、現実の肉体を持って、泣き腫らした顔の三上静が立ち竦んでいた。

 

「ようこそ。バックドアの内側……午前三時の世界へ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。