【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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相棒編16話 新世界への航路

 

 

 成田空港の喧騒を離れ、十数時間のフライトを経て、杉下右京と亀山薫が降り立ったのは、春の冷気が残るワシントン・ダレス国際空港だった。

謹慎処分中の身でありながら、右京は「公務外の個人的な旅行」という名目で、驚くほど迅速に手続きを済ませていた。

 

「右京さん、本当に来ちゃいましたね、アメリカ。……っていうか、俺たちのパスポート、よく止められませんでしたね」

 

 亀山が時差ボケの残る頭を振りながら、大きなボストンバッグを肩に担ぎ直す。

 

「衣笠副総監の誤算は、僕たちが命令に従うことを前提に組織を動かしている点にあります。……『自由』とは、時として権力者の想像力の外側に存在するものですから」

 

 右京は、コートの襟を正すと、迎えの車が待つパーキングへと迷いなく歩き出した。

彼らを待っていたのは、窓の煤けた古いセダンである。

運転席から降りてきたのは、どこか疲弊したフォックス・モルダーだ。

 

「……杉下。予想より三十分早い。ワープでも使ったのか?」

 

「おやおや、モルダー捜査官。またお会いできて光栄です。……アメリカへの風が僕たちの味方をしてくれたようですよ」

 

 二人は、かつて電子の海で交わした言葉を、現実の握手へと変えた。

亀山もまた、「久しぶりっすね」と声をかけながら、モルダーと握手を交わす。

 

 車はワシントンD.C.の街並みを抜け、J.エドガー・フーバー・ビル――FBI本部へと向かうかと思われたが、モルダーがハンドルを切ったのは、街外れにあるひっそりとした倉庫街だった。

 

「FBI本部でさえもう安全じゃない。あそこには、君の国と通じている連中が潜んでいる」

 

 モルダーが案内したのは、古いアパートの地下室だった。そこには、壁一面を埋め尽くす資料と、数台の最新鋭コンピューターが不気味な光を放っている。そして、画面に向かっていた赤毛の女性――ダナ・スカリーが、二人を振り返った。

 

「杉下警部、亀山さん。お久しぶりです。」

 

 スカリーの理知的な微笑に、右京もまた礼儀正しく頭を下げた。

 

「さて、スカリー捜査官。先ほどの『中央構造線』の話を聞かせていただけますか?」

 

 スカリーは、モニターに日本列島の地図を映し出した。そこには、「七つの警察施設」を設置した地点が、赤く点滅している。それらを線で結ぶと、日本列島を縦断する巨大な断層帯――中央構造線に完璧に沿っていた。

 

「日本の治安維持システムが送信している高周波。それは、単なるデータのやり取りではありません。特定の周波数で地殻に微弱な震動を与え、地層に含まれる磁性の鉱物…マグネタイトを『記録媒体』として書き換えている形跡があるんです」

 

「日本列島そのものをハードディスクのように変えようとしている、ということですか?」

 

 杉下の問いに、モルダーが重々しく頷いた。

 

「それだけじゃない。書き込まれているのは、データではなく『人間の意識』、『意識の残響』だな。

奴らは日本列島という巨大な装置を使って、日本国民の潜在意識に、ある特定の『秩序』を植え付けようとしている。……佐伯の怒りを使って時間を巻き戻したのは、その書き込みを確実にするための『試行錯誤』だったんだ」

 

 右京は、三上静が言った「小野田官房長の種」という言葉の意味を理解した。

官房長が求めていた日本版CIAやFBIの設立、警察権力の格上げといった目論見を本人の意図を歪め、新しい秩序とする企み。激しい嫌悪を覚えずにはいられない。

 

「……三上静さんは、どこにいますか」

 

 右京の問いに、スカリーが沈痛な面持ちで、部屋の奥のドアを指差した。

 

「彼女は、私たちの保護下にある安全な隠れ家に移送しました。……でも、彼女の精神は、まだ『午前三時』のバックドアにいるんです」

 

 右京が部屋の奥へと進むと、そこにはベッドに横たわる三上静の姿があった。

彼女は虚空を見つめたまま、小刻みに指を動かしている。

 

「……杉下、さん? 助けて……」

 

 その時、地下室の通信機が異常な電子音を立て始めた。

モニターに映し出されたのは、周囲の監視カメラ映像。そこには、数人の黒服の男たちが、このアパートに向かって無機質な足取りで進んでくる姿がある。

 

「……観測者の手が、ここまで伸びてきましたか」

 

 右京は、モルダーから手渡された身分証をポケットに収めた。

 

「亀山くん。ここからは、日本の法律も警察手帳も通用しません。……覚悟はいいですね?」

 

「当たり前ですよ、右京さん。俺たち、特命係ですから!」

 

 

 地下室の冷えた空気の中に、軍用ブーツがコンクリートを叩く無機質な音が響き渡った。

 

「……スカリー、三上静を連れて裏口から出ろ。ここは僕と杉下で引き受ける」

 

 モルダーが銃を構え、右京はその横で静かに、奪い取った襲撃者の無線機を調べ始めた。

 

「亀山くん、三上さんの保護を。彼女の脳内に残された『バックドアの鍵』が、この陰謀を物理的に証明できる唯一の記録です」

 

「分かりました! 右京さん、死なないでくださいよ!」

 

 亀山とスカリーは、混濁した意識の中で「スミソニアン……」と呟き続ける三上静を抱え、闇の中へ消えた。

 

 銃撃戦を切り抜け、モルダーのセダンでワシントンを脱出した右京は、スカリーから送られてきた座標を指差す。

 

「……目的地はスミソニアンの機密保管庫ですね。モルダー捜査官、そこに何があるのですか?」

 

「『ペーパークリップ計画』。第二次大戦後、アメリカがドイツの科学者を連れてきたプロジェクトだ。だが、その裏で日本の『ある研究者』たちの資料も回収されていた。

地磁気を使った精神支配……小野田公顕は、三十年前からその資料にアクセスしていた形跡がある」

 

 

 その頃、追跡を振り切るために猛スピードでハイウェイを飛ばすスカリーの車。

後部座席で三上静が、うなされるように呻き声を上げる。

 

「……種は地下に埋まっている……」

 

「三上さん! しっかりしてください!」

 

 亀山が叫んだ瞬間、車のカーステレオから、激しいノイズと共にあの「高周波音」が流れ出した。

 

『……亀山くん。杉下に伝えなさい。……「すべてを捨てる覚悟があるか」と』

 

 スピーカーから響いたのは、死んだはずの小野田官房長の声だった。

 

 

 保管庫に到着した右京とモルダーは、巨大な棚が並ぶ迷宮のような地下空間で、一通の古い封筒を見つけ出す。そこには、驚くべき文書が添えられていた。

 

「……これは、日本の警察庁がFBIと極秘裏に交わした、『意識の輸出』に関する覚書ですか」

 

 右京は冷徹な眼差しで、文書の末尾を指でなぞった。そこには、小野田官房長のサインと並び、モルダーと深い因縁のある「シンジケート」の刻印があった。

 

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