【女神転生 】「モルダー、あなた憑かれてるのよ」【相棒】   作:ベイベ後藤

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相棒編17話 審判の揺り籠

 

 

 スミソニアン機密保管庫、地下4階。

無機質なスチールラックが、地平線のように続くその場所は、歴史の闇に葬られた「不都合な真実」を収めた巨大な墓場だった。

 

 右京が指でなぞった覚書には、1990年代初頭の日付と共に、日本の警察権力を根底から書き換える恐るべき計画――「プロジェクト・パノプティコン」の概要が記されていた。

 

「……小野田官房長。あなたは、この時から既に準備を始めていたのですね」

 

 右京の声が、高い天井に虚しく反響する。

 

「モルダー捜査官。この覚書によれば、日本の『広域治安維持システム』のプロトタイプは、ここで完成されていたようです。それも、あなたに因縁のある『シンジケート』の手によって」

 

 モルダーは、隣のラックから「1994-JP-TOP SECRET」とラベルが貼られた古い磁気テープの束を掴み出した。

 

「信じられん。……彼らは、日本の警察に技術を供与する代わりに、日本列島という『地質学的特異点』を実験場として借り受けたんだ。

中央構造線の地磁気を利用すれば、衛星を使わずに全国民の脳波を一括制御できる」

 

 その時、保管庫の重厚な防爆シャッターが轟音と共に閉鎖された。

迷宮の通路の先から、カツ、カツ、と乾いた靴音が近づいてくる。現れたのは、ワシントンで右京たちを襲撃した黒服の男たちではない。

人間の顔を精巧に模した「アンドロイド」だった。

 

「おやおや。ついに、機械がおでましですか」

 

 右京は驚きを見せず、静かに眼鏡を直した。

 

『杉下警部。君の知的好奇心には敬意を表する。だが、ここは君の正義が届く範囲を超えている。……アメリカの深い闇に触れた者は、存在そのものを消去されるのがルールだ』

 

 人間に擬体したアンドロイドが、無機質な合成音声で告げる。その背後には、数体の武装ドローンが、獲物を狙う鷹のように浮遊していた。

 

 

 一方、スカリーのSUVで逃走を続けていた亀山たちは、ワシントン郊外の放棄された通信施設へと逃げ込んでいた。

三上静の意識は、混濁を極めている。

 

「……バックドア、開いたわ。小野田官房長が、待っている。午前三時の、その先で……」

 

 彼女の指が、空中で見えないキーボードを叩くように動く。その動きに呼応するように、通信施設の巨大なパラボラアンテナが、ギチギチと音を立てて日本の方角へと回転を始めた。

 

「スカリーさん、これを見てください!」

 

 亀山が指差したモニターには、日本列島のリアルタイムの磁場データが映し出されていた。中央構造線上の七つの拠点が、まるで鼓動するように一斉に脈打ち、強大なエネルギーを太平洋へと放射している。

 

「日本が……日本が燃えてるみたいだ!」

 

「いいえ、亀山さん。これは燃えているんじゃない。『同期』しているのよ」

 

 その時、再び機械的な声が響いた。

 

『……亀山さん。回転を止めてはいけないよ。新しい秩序には、多少の犠牲はつきものだから』

 

「官房長! あんた、本当に死んだのか!? 一体どうしようっていうんだ!」

 

 亀山の叫びに、ノイズ混じりの笑い声が応える。

 

『……どうって観測しているだけですよ』

 

 

 スミソニアンの地下。

ドローンの銃口を向けられた右京は、手にした覚書を高く掲げた。

 

「モルダー捜査官! この覚書の末尾にある暗号……これは地磁気の周波数ではなく、座標です!」

 

「分かっている! だが、ここを切り抜けなければ、その座標に辿り着く前に、僕らは二人揃って死体だ!」

 

 モルダーが発煙筒を焚き、保管庫は赤い煙に包まれた。

右京は煙の中で、アンドロイドを見据える。

 

「一つ、教えてください。小野田官房長が、これからの人類に託したのは、『支配』ですか。それとも……『試練』ですか」

 

 アンドロイドは答えず、無数のレーザーサイトが右京の胸元に集束した。

爆発的な電子音と共に、日米合同の陰謀が、最後の審判を下そうとしていた。

 

 

 赤い煙が立ち込めるスミソニアンの地下4階。ドローンの銃声がコンクリートの壁を削り、火花が暗闇を走る。

 

「杉下、伏せろ!」

 

 モルダーが叫び、ラックの影から応射する。右京は覚書を懐に収めると、床を転がるようにしてアンドロイドの側面に回り込んだ。

 

「モルダー捜査官! このアンドロイドは、電波で制御されていません。

三上さんが開いた『バックドア』から、地磁気の変動を介して直接プログラムを読み取っています。磁気を乱せば止まるはずです!」

 

「言うのは簡単だが、ここは磁気テープの宝庫だぞ!」

 

 モルダーが、近くのスチールラックを体当たりで倒した。崩れ落ちた古い磁気テープの束が、アンドロイドの足元に散らばる。

右京はその隙を見逃さず、手に持っていた高電圧のペンライト――日本から持参した、あの日お台場で使用した即席装置の残骸――を、剥き出しになった床の電源ラインへ突き立てた。

 

 青白いスパークが保管庫を駆け巡り、局所的な強磁界が発生する。

アンドロイドの合成音声が不気味に歪んだ。

 

『……ア……ア……ザ……。杉下……。……やはり、お前は……面白い……』

 

 アンドロイドが膝を突き、ドローンが力なく地面に墜落した。

静寂が戻った保管庫で、モルダーが肩で息をしながら立ち上がる。

 

「……今のは、小野田、とかいう男の声か?」

 

「ええ。……彼は僕たちがここに来ることすら、あらかじめ『観測』していたのでしょう」

 

 二人は、シャッターの非常解放レバーを操作し、地上へと駆け上がった。

外は土砂降りの雨。モルダーのセダンに飛び乗った右京は、覚書に記された座標をカーナビに入力させた。

 

「ポトマック河畔……。ここから北へ三十マイルほど。かつて冷戦時代に、潜水艦の通信用低周波アンテナが設置されていた放棄地です」

 

「そこが『種』のオリジンか」

 

「ええ。そして……三上さんの精神を繋ぎ止めている、バックドアの『心臓』がある場所です」

 

 

 その頃、郊外の通信施設。

亀山は、暴走を続けるパラボラアンテナの制御盤と格闘していた。

 

「クソッ! 止まんねえ! スカリーさん、これ、無理やり電源切ったら三上さんはどうなるんですか?」

 

「脳内の神経回路がシステムと同期している今、強制終了は彼女の精神を完全に破壊するわ。……でも、このまま同期が100%に達すれば、日本の中央構造線を通じて、『新秩序』のプログラムがアップロードされる。……選ぶしかないのよ、亀山さん」

 

 スカリーの瞳には、科学者としての非情な決断と、医者としての葛藤が揺れていた。

後部座席で三上静が、血の気の引いた顔で微笑んだ。

 

「……いいんですよ。壊して。……私ごと、この『悪夢』を」

 

「そんな馬鹿なこと言うなよ!」

 

 亀山が怒鳴る。その時、パラボラアンテナの影から、再びあの声が響いた。

 

『……亀山さん。相変わらず、君は熱い男ですね。でも、杉下ならこう言うはずだ。「真実を知るには、最後まで付き合う必要がある」と』

 

 

 雨を切り裂き、右京とモルダーの車がポトマック河畔の放棄地に滑り込んだ。そこには、巨大なアンテナ塔が、天を突く墓標のようにそびえ立っていた。

アンテナの基部にある観測小屋。そこには、あの日お台場にいた「四人目」の正体が待ち構えている。

 

 小屋の扉を開けると、そこには優雅に回転する蓄音機と、丁寧に用意された二人分の紅茶が、テーブルの上に置かれていた。そして、テーブルの向こう側には、ホログラムではない、実体を持った「小野田公顕」が、生前と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべて座っていた。

 

「……おやおや。杉下。四月六日は、もう過ぎてしまったよ」

 

 小野田は、湯気の立つカップを口に運んだ。

 

「……お久しぶりです、官房長。……いえ、官房長の人格を完全にコピーした、AIパノプティコンの『核』と言うべきでしょうか」

 

 右京は、対面の椅子に迷いなく腰を下ろした。モルダーは銃を構えたまま、その異様な光景に眉をひそめている。

 

「どちらでも構いませんよ。私が私であるという観測結果がここにある。……それだけで十分でしょう?」

 

 小野田は、窓の外で荒れ狂う嵐を見つめた。

 

「……日本という国はね、杉下。あまりに脆い。個人の正義、個人の感情。……それも良いが、不確かなものに頼っていては、この先を乗り越えられない。だから、私がシステムとなった。日本の中央構造線を同期させ、一つの強固な狂いのない『正義』として機能させる。……それが、この国に遺せる最後の慈悲なんですよ」

 

「慈悲、ですか。……あなたがやろうとしているのは、個人の尊厳という名の『命』を奪うことに他ならない。……三上さんを、佐伯さんを、そして日本国民を、チェスの駒のように仕立て上げることが慈悲だと仰るのですか!」

 

 右京の声が、かつてない怒りに震える。

 

「駒が無くては、ゲームは成立しませんよ。……モルダー捜査官。あなたの父親も、かつて同じことを言っていた。『世界を守るには、世界を欺かなければならない』と」

 

 小野田は、モルダーに視線を向けた。

 

「シンジケートも、日本の警察も、求めているのは同じだ。管理された平和。……君たちが追っている『真実』なんてものは、その平和を壊す毒になってしまう。」

 

「……毒を飲んででも、僕は目を開けていたい。あんたのような亡霊に、未来を飼い慣らされるくらいならな」

 

 モルダーが、銃のトリガーに指をかける。だが、右京がそれを手で制した。

 

「官房長。あなたは一つ、重大な計算違いをしています」

 

「……計算違い? 」

 

「ええ。……あなたは、システムが国民の意識を上書きできると考えている。しかし、人の心には、論理では説明できない『ノイズ』がある。

あの日、亀山くんが投げた鉄筋がドローンを貫いたように。……佐伯さんの絶望が、システムの予測を超えて時間を巻き戻したように。『想い』は、いかなるプログラムをも超えるのです」

 

 右京は懐から、煤けた万年筆を取り出し、テーブルの上に置いた。

 

「これは、あの日あなたが僕に贈ってくれたもの……の、代わりのようなものです。現実の痛みを、僕に教えてくれたペンだ」

 

 万年筆の先から、微かな液体が漏れ出した。それはインクではない。モルダーがFBIから持ち出した、ナノマシンを分解するための強力な電磁パルスを発生させる液体金属だった。

 

『おや。それは……』

 

 小野田の顔が、初めて僅かに歪んだ。

 

「回転を止めるのは、僕ではありません。……三上さん、聞こえていますね?」

 

 右京が、スマートフォンをスピーカーにする。通信施設の亀山が、三上の手を握りしめ、叫んでいた。

 

「三上さん! 右京さんが信じて待ってる! あんたが作ったシステムだろ! 自分で落とし前つけろ!」

 

 三上静が、薄く目を開けた。

 

「……バックドア、全開。パノプティコン、強制同期……開始」

 

 彼女が、虚空で指を弾いた。

瞬間、ポトマック河畔のアンテナ塔から、空を焦がすような青白い放電が立ち昇った。

 

「……杉下。お前は……最後まで……」

 

 小野田のホログラムが、ノイズに分解されていく。

 

「……ええ。さようなら、官房長。あなたが愛した日本は、僕たちが泥臭く守っていきますよ」

 

 強烈な閃光が小屋を包み込み、すべての電子機器が沈黙した。

 

 

 夜明け。

ポトマック川のほとりで、右京とモルダーは、並んで昇る朝日を見つめていた。

日本からは、中央構造線の異常磁場が完全に消失したとの報告が入っていた。

衣笠副総監が進めていた計画は、物理的な「核」を失い、霧のように霧散した。

 

「……杉下。これで、終わったと思うか?」

 

 モルダーが、ひまわりの種を口に含んだ。

 

「いいえ。……亡霊は形を変え、またいつか現れるでしょう。ですが、その時はまた、僕たちの『ノイズ』がそれを止めるはずです」

 

 背後から、SUVを運転するスカリーと、窓から身を乗り出して手を振る亀山の姿が見えた。

 

「右京さーん! 無事ですかー!」

 

 右京は、微かに微笑んだ。

 

「ええ。おにぎりを食べるには、絶好の朝ですよ、亀山くん」

 

 日米を股にかけた「長い月曜日」が、ようやく本当の火曜日の朝を迎えた。

 

 

 数日後、ワシントン・ダレス国際空港の搭乗ゲート前。そこには、いつものスーツ姿に戻った杉下右京と、大量のアメリカ土産を抱えた亀山薫の姿があった。

 

 見送りに来たモルダーとスカリーは、どこか名残惜しそうに二人を見つめている。

 

「杉下、君が日本に帰れば、警察上層部がまた難癖をつけてくるだろう。……必要なら、スキナー副長官に頼んでFBIから『公式な抗議』を入れてもいいんだぞ」

 

 モルダーが冗談めかして言うが、その目は真剣だった。

 

「おやおや、お気遣いなく。大丈夫ですよ」

 

 右京は不敵な笑みを浮かべ、スカリーへと向き直った。

 

「スカリー捜査官、三上さんの容態は?」

 

「順調よ。脳内の受信チップは無事に摘出されたわ。彼女、しばらくはアメリカで地質学の勉強をしたいんですって。……今回の『書き換え』の傷跡を癒やす方法を、自分なりに見つけたいと言っていたわ」

 

 その言葉に、亀山が明るく笑う。

 

「三上さんならやり遂げますよ。……あの『長い月曜日』を乗り越えた仲間ですからね」

 

 搭乗のアナウンスが響く。

 

「さあ、行きましょうか、亀山くん」

 

「はい! ……あ、二人とも今度日本に来てくださいね!」

 

 モルダーが小さく手を挙げ、スカリーが優しく微笑む。

 

 

 機内。

窓の外に広がる雲海を眺めながら、右京は手元にある煤けたペンを見つめていた。

インクは切れている。だが、その軸に刻まれた傷の一つ一つに、消えることのない「現実」の重みが宿っている。

 

「……右京さん。官房長が最後に言ってた『慈悲』って言葉……」

 

 亀山が不意に口を開いた。

 

「……結局、あの人は俺たちのことを信じてたんですかね。それとも、やっぱり支配したかっただけなんですかね」

 

「……さあ、どうでしょうねぇ」

 

 右京は静かに目を閉じた。

 

「……ただ、あの人は知っていたのでしょう。僕たちが、どれだけ高い壁を前にしても、それを乗り越えようとする『愚かさ』を持っていることを。……そして、その愚かさこそが、世界を救うノイズであるということに」

 

 右京のスマートフォンの画面が、一瞬だけ明るくなった。

通知はない。しかし、画面の隅に消え入るような小さな文字で、一言だけ浮かび上がっている。

 

 『WELL DONE』(よくやった)

 

 右京が、それを確認すると文字は砂のように崩れ、消えていった。

 




小野田官房長は退場したの早すぎましたよね。もっとドラマで見たかったです。
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