「えっ?」
「はっ?」
目の前を覆い尽くしていた霧が晴れ、眼前に荒み切った大地が広がる。周囲は草木の一つもない岩山が聳え立ち、空気が澱んでいるのか、僅かに視界が揺らぐ。ふと頭上を見上げると、不毛な大地と不釣り合いなほど、秀美なオーロラが天を跨いでいた。
先刻まで晴れ渡る青空の下にいた二人の少年は、その余りの景色の移り変わりに、呆気に取られたのか、半開きの口から間の抜けた声が漏れる。
「ねぇ、かっちゃん……僕たち、さっきまでTDLで組み手していたよね?」
緑の髪色にそばかすのついた素朴な印象を持たせる少年──"緑谷出久"が、隣にいる薄金髪赤目の幼馴染に尋ねる。が、
「オ・レ・の・サンドバッグな!!そこを履き違えんじゃねェッ!!」
それに対し、妙に拘りのある彼───"爆豪勝己"が空気を揺らす程の声量で威嚇し、緑色の耳が劈く。
「……確かにデク、俺たちはさっきまで雄英の敷地内にいた。…ッたく、オールマイトのパチモン野郎をぶっ潰してから一週間。十日後には死柄木との闘いがあるっていうのによ」
「うん、そうだよ!僕たちは一刻も早く戻らなくちゃいけない。死柄木やAFOとの決戦が控えているんだ」
現在、彼等の世界は光明と混沌の狭間にあった。覚醒した死柄木弔、そしてそれを操る諸悪の根源"
彼等の進撃を止め、安寧と平和に満ちた世界を取り戻すために、一度瓦解しかけていた正義の意志達が再構築されている最中、二人は原因不明の超常現象に巻き込まれていた。
「実戦を想定して、ヒーローコスチュームを着ていたのが不幸中の幸いだったが、つーかここ何処だよ?幻覚系の個性にしては、音も気温も感触もやけにリアルじゃねえか」
そう吐き捨てるように爆豪が辺りを見渡す。緑谷も周囲を警戒する。幻覚系の個性を持つ敵の襲撃も考慮に入れたが、先程まで自分たちは雄英の敷地内にいたため、あらゆる面からその可能性を除外する。だとすれば、黒霧やAFOのように転送系の個性だろうか。しかしその黒霧は拘束されており、AFOの場合はマーキングした相手、或いは本人が直接乗り込まなければ意味を為さない。
緑谷が思考の海に沈みかけていたその時、バッと咄嗟に顔を上げる。
「デク?」
「危機感知が作動した、この岩山の向こう、十二時の方向に多数!……誰かを追っている?」
「んだとッ!?」
その瞬間、二人は「浮遊」の個性と爆破の応用で飛翔し、連なる巨大な岩山を登り始める。
「かっちゃん、今はここがどこか分からないけれど、助けを求めている人がいるなら、こんな些細な事関係ない!」
「ハッ、そんな事は百も承知だッ!!加速するぞォッ!!」
若干切れながらも、爆豪はさらに爆破速度を上げ、緑谷も足に「発勁」を蓄積し、岩山の奥の戦闘に備える。そして二人がものの数秒で登頂に成功すると、下を見下ろす。
「「なっ!?」」
そこには、巨大な異形の集団の行進に呑まれようとしているいたいけな兄妹と思われる子供の姿があった。
─────
数十年前、突如として日本各地に出現した異界の門、その門の先には東京都ほどの広大な空間が広がっており、その地を『魔都』と名付けた。
通常魔都に繋がる門の場所は固定されているが、稀に突破的に出現する門も存在する。その際一般人が迷い込んだり、そこに生息する異形生命体『黄泉醜鬼』が現世に漏出するといったケースがあり、それを『魔都災害』と呼ぶ。
今回魔都災害に遭遇してしまった幼い兄妹は、運悪く醜鬼の群れに遭遇し、追われていた。が、一分も経たずにその集団に追いつかれてしまっていた。
醜鬼の振り上げた腕を見て、涙ながらに咄嗟に兄が妹を庇った刹那、
「くたばりやがれ不細工仮面ゴリラァァッ!!」
遥か頭上から閃光が飛来し、醜鬼の群れが一斉に爆ぜる。
一体何が……!?
そう思った束の間、胴体に黒い何かが巻き付いたかと思ったら、力強く尚且つ優しく繊細に、上に引っ張り上げられた。
「二人とも、もう大丈夫。」
声のした方に顔を向けると、黒緑をベースにオレンジ色のラインが入ったスーツに、黄色のマントを羽織った少年が屈託のない笑顔を向けていた。
子どもたちはその笑顔を見て、心の中に底知れぬ安堵感が広がる。まるで空想の中のスーパーヒーローがそのまま出てきたかのような頼もしさがあった。
「何故かって、僕たちが来た!」
─────
(つ、ついオールマイトの十八番を言ってしまった〜!)
まずは継続的に高火力攻撃を繰り出せるかっちゃんが先行し、能無に似た生物を攻撃。その隙に、僕が「浮遊」しながら、「黒鞭」で遭難者二人を救出。不安に揺れる兄妹を安心させようと、無意識に自分が言われて一番安心のできる、恩師の言葉を復唱していた。
受け売りだったけれど、彼らの表情を見るに効果は適面のようだったみたいだ。
あとは────。
「オラオラどうしたァァッ!!図体がデケェだけのウドが死ねェェェッ!!」
荒声をあげながら、化け物たちを一方的に蹂躙する幼馴染の方を見遣る。その鬼神の如き所業は、地獄の大炎宛らだ。
「ハッ!丁度良い!汗も十分溜まった。俺の新技『クラスター』がどこまで通用するか、試し撃ちでもさせてもらおうか!食らえェェェッ!!」
冬のインターンで学んだ「溜めて」「放つ」を昇華させた新技。汗腺を活性化させて大量の汗を頒布し、起爆。質量を伴う光が集団を覆い尽くし、熱と風の暴虐が全身を焼き尽くす。
しかし、
(──ッ!僅かに残った下半身から、徐々に肉体が形成されている!超再生能力!!)
撃ち漏らした化け物の下半身から、徐々に肉体がボコボコと再生しつつあった。
「かっちゃん!!」
「ギャーギャー煩え。最初の一撃を食らわせた後、奴らの傷が治るのを見て、何となくそんな気はしてた。だからよォ、汗をもう一段仕込んでおいた」
当の本人は焦る様子もなく、静かに右手を前にかざす。
「コッチは超再生持ちの相手も前提に戦ってンだ。そういう相手にはよォ、再生出来ないほどの火力を内側からぶつけて木っ端微塵にすれば万事解決だよなァ!!」
(人間の血流は体全体を循環するまで大体30秒。コイツらの血色が気色悪い事と巨躯の肉体である事の点を除けば、一般的な身体機能は俺達と大した差異はねェ筈だ)
「塞がれちまったが、念の為汗を断面に浸透させておいて正解だったぜ!爆ぜろォッ!!」
Boom‼︎
化け物達の全身を循環したニトロの汗が一斉に起爆し、轟音を立てて四散する。流石の化け物も木っ端微塵となっては再生できないようで、そのまま青い炎を発生させて消滅した。
「チッ……やはり繊細な操作が課題か。だがコツは掴んだ…!これを他の技にも転用すれば…」
「やった!凄いよ、かっちゃん!」
「"大・爆・殺・神・ダイナマイト"と呼べ!それでデク、ガキ共の方は?」
「大丈夫、幸い怪我はないみたい。それと、極度のストレスにさらされていたみたいで、安心したかと思ったら眠っちゃった」
下に降りた爆豪の元に、黒鞭で子供達の体を抱えた緑谷が駆け寄ると、子供達を起こさないようにゆっくり地表に下ろす。
「それにしても一体ここはどうなってんだよ?正体不明の怪物といい、少なくともここは俺たちの知ってる世界じゃねぇ」
「うん……思ったんだけどかっちゃん、もしかしたら此処って……」
にょん
「「ッ!?」」
緑谷が自らの見解を話そうとした瞬間、子供達を中心に空間が歪んだかと思ったら、そこから誰かの手が眠っている子供達を手繰り寄せ、そのまま歪みと共に消失する。
「なっ……ッ!?かっちゃん!!」
「言われなくても分かってるわクソがァッ!」
鳴り止まない危機感知。二人が瞬時にそこを飛び退くと、先程までいた地面に数段の銃弾が突き刺さる。
「チッ……外したか」
撃たれた方向に視線を向けると、崖の岩肌の上から此方に銃口を向ける軍服を身に包んだ青緑のツインテールの少女が、険しい表情でこちらを睨みつけていた。
「あの子たちは……!」
緑谷が彼女の隣にいる金髪ショートヘアの女性の方に目が行く。彼女の腕には、先程まで一緒にいた兄妹が抱かれていた。
「さっきの歪みはあの人の……!」
「テメェら、いきなり何すんだ!」
「黙れ!醜鬼が人の言葉を喋るでない!!」
"醜鬼"?もしかしてさっきの怪物の事を言っているのか?
「ちょ、ちょっと待って下さい!僕たちは"醜鬼"という怪物ではありません。僕は雄英高校1年A組の緑谷出久、隣にいるのは同じくA組の爆豪勝己!」
「おいデクテメェ、何勝手に教えてんだ、それに俺を以下同文でまとめんじゃねェ…!」
目の前にいる二人の少年のやりとりに子供達を抱えていた女性は僅かに目を細める一方、未だ銃口を向けている少女は更に苛立った表情を浮かべる。
「雄英高校……?そんな学校聞いた事がない。それに、先程の異能!何故男の身であのような力を使える!」
「あぁン?テメェ個性も知らねェのか?若作りとコスプレに気を使い過ぎて、脳みそがボケてんじゃねェのか!」
「ちょ、ちょっとかっちゃん!?変に刺激しちゃマズいよ!」
緑谷が必死に抑えようとするが、お互いすっかり火がつき、もうどうしようもない。
「なんじゃと貴様!まだ十代のこの私様を愚弄するか!!やはりその悪人相、新種の醜鬼か!!今ここで葬り去ってくれる!!」
「上等だコラァ…!取り敢えずいつまでも俺たちを見下ろしてんじゃねェよ、とっとと降りて来い…!見下ろしてやンよ…!」
「落ち着きなさい八千穂」
譲り合いの観念すらない一触即発の空気。しかしここで、隣にいた金髪の女性が、今にも発砲しようとする八千穂と呼ばれた少女の前に立ち、手を掲げて彼女を制止する。
「ぐっ……天花…」
「先程はいきなり攻撃を仕掛けて申し訳ありません。私たちは《魔防隊》。この"魔都"の災害から人々を守るための組織です。私は魔防隊六番組組長"出雲天花"。隣の彼女は副組長の"東八千穂"」
魔防隊───聞いた限り、僕らの世界のヒーローのような存在だろうか。その後も、この魔都で実る桃の存在。それを食する事で得られる恩恵。そしてそれは女性にしか発現しないこと。
"個性"と"能力"といった面では似ている面はあるが、それは似て非なる力。
緑谷が息を呑んで耳を傾けていると、ほんの微量ながら、彼女の纏う空気が変わる。
「私たちの使命は、醜鬼の脅威から人々を守る事。貴方達は男子であるにも関わらず、能力を使用し、あたかも醜鬼の群れの殲滅を成し遂げた。貴方達の能力……その正体を確かめさせて頂きます」
「ッ!!」
危機感知による警鐘がけたたましく鳴る。爆豪もそれを感じ取ったのか、グッと腕を垂れ下げながら腰を低く据えて構える。
「大人しく着いてくるのであれば、手荒な事はしないと約束します。但し、抵抗するのであれば、命の保障はしません」
合理的且つ最善を突き詰めれば、大人しく降伏するのがベストだろう。けれど、彼女の言葉とは裏腹に、僕達二人に対する敵意が止めどなく流れてくる。大人しく着いて行ったところで、きっとタダでは済まない。
『出久君、私たちは貴方の選択を尊重するわ』
『だが小僧、"
此方としては敵対する意志はない。何なら醜鬼ではないという誤解も解かなければならない。何より、おそらく此処は僕たちの元々いた世界とは違う異世界。どうしてこんな世界に迷い込んでしまったのか分からない事だらけだけれど、まずは目の前の相手に話をしない事には始まらない。
できれば双方拳を収めて話し合いをしたいけれど、此方を見据える彼女は僕たちを見極めているのだろう。
ならば、彼女の望み通り僕たちの力を示して、無理にでも聞いて貰うしかない。
「『黒鞭』+『発勁』+『煙幕』……!」
「はッ!丁度物足りなかったところだ!思う存分俺の踏み台になって貰うぜェッ!!」
全身から黒いムチ状のエネルギーと煙幕を噴出し、もう一方も掌からバチバチと火花を散らす。
「八千穂」
「分かっておる、この崇高なる私様を侮辱した罪、徹底的に後悔させてくれる!」
二人の少女も、拳銃と両手を掲げて構える。
「僕たちの存在を示して、必ず元の世界へ帰る……!」
お互いが背負う"