魔都精兵の英雄   作:若人の気紛れ

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かなりの期間を空けてしまい、申し訳ございませんでした!


組長会議

 話は昨日に遡る。

 

「時間が止まってるだァ?」

 

 暗影揺れる魔界の空にて、かっちゃんの呆れと困惑を滲ませた声がよく響く。

 

「うん。正確には、静止に等しいほどの遅い速さで進んでいる、かな」

 

 僕は初代を通して知った、八代目の面影が察知した時空の流れについて、余計な脚色を加えずそのまま言葉にする。

 ちなみに気を利かせてくれたのだろうか。僕らを二人きりにするために、いつの間にか出雲さんは姿を消していた。

 

「前に話したと思うけど、僕の中には歴代のワン・フォー・オール継承者の個性因子が、先代たちの人格として宿っているんだ。そしてその人格の中には当然、八代目にあたるオールマイトの人格もある。まだ輪郭だけではあるけれど」

 

 知っての通り、八代目継承者のオールマイトこと"八木俊典"は、先代OFA継承者の中で唯一の生者である。僕の中にいる八代目の面影は、おそらくオールマイト本人が未だ生存している事に起因する。

 オールマイト以外の先代は、すでに皆その生涯を終えている。彼らの語るところでは、死と同時に、OFAに刻まれた個性に宿る人格が鮮明に顕現し、精神空間の中で初めて、明確な容姿と風貌を備え、言葉を発する存在となるのだそうだ。

 だから、今なお生きている八代目の実体は朧げで、存在を確立するには至っていない。

 

「んで、なんでテメーの中にいるオールマイトの個性因子が、その事情を知ってんだよ」

 

「人格を宿した個性因子は、元々持ち主だった人の魂を知覚できるんだ」

 

 問いを投げかけるかっちゃんに、僕はこれまでの状況から導いた推測を交えつつ、個性因子の仕組みを補足しながら、できる限り丁寧に言葉を選ぶ。

 

「事例があまりに少ない以上、その原理については推測の域を出ないけれど、例を挙げるならプラナリアの生態に近いと思う」

 

 プラナリアとは、淡水や海水などの水場に生息する扁形動物の一種であり、身体を切断されても分裂し、再生するといった脅威の再生能力を持っている。また、厳密には自身の細胞を模倣した複製であるため、同一の記憶を所持していることも、研究によって明らかにされている。

 

「その性質を肉体と個性の関係に当てはめて考えてみて、もし"個性"を肉体を構成する一部として解釈するなら、本体から切り離された個性因子は、プラナリアの断片と同じように、時間をかけて自己を再構築し、やがて一つの独立した意思を持つ存在へと変化する可能性があるとしたら、肉体と個性は、物理的には分離しているけれど、機能が喪失したわけではなくて、別の形で存在し続ける。例を挙げると、常闇くんの『黒影(ダークシャドウ)』や、ロディの『(ソウル)』とかが近しいんじゃないかな?」

「だけど、ここで一つの疑問が残ると思うんだ。個性が本体から切り離された存在であるなら、何故本体の"魂"を知覚できるのかという点なんだけど、確かに完全に独立した存在であるなら、感覚も意思も断絶して然るべきはずだ。それにもかかわらず、個性は本体の状態を把握できるのは、きっと『リモート通信』のような関係性だからだと思うんだ」

「肉体と個性は分離していても、両者の間には、かつて同一であった魂の情報を頼りに、不可視不干渉の細管で確実にリンクしていて、それで個性は本体の魂を、そのつながりを通して、魂の揺らぎや在り処を感じ取っていると仮定すれば、肉体を離れた個性がなおも本体を認識できる理由も、決して不自然ではなくなるんじゃないかな?」

「でもこのリンクは双方向というわけではなくて、本体は分離した個性とのつながりを自覚できても、五感まで知覚することができないから、個性因子と違って、共有することができないんだ。だから結果として、認識と知覚は個性側からのみ行われる、一方通行の関係となるんだ」

「本題に戻るけれど、僕の中にいるオールマイトの個性因子によると、本人の視界も朧げに感じ取ることが出来るらしいんだ。それで、僕らのいた世界が、殆ど静止していたみたいなんだ」

「つまり、今いる世界は僕らがいた世界の何万倍ものスピードで流れているんだ。感覚としては、『逆ウラシマ効果』みたいなものだと思う」

「死穢八斎會のクロノスタシスや、オール・フォー・ワンの個性かそのシンパ、ダツゴクの可能性も考慮に入れたけど、オールマイト本人の意識に異常はなくて、その本人も特に違和感を抱いている様子はないらしいし、それとさっき、オール・フォー・ワンたちの策略かもしれないと言ったけれど、そもそも奴の目的は、僕の『ワン・フォー・オール』が目的だから、脅威である僕らをわざと時間の流れが早い世界に飛ばしたとして、弱体化を図ろうとしても、それは彼方にとってもハイリスクで、最悪僕が死亡、又はこの世界の誰かに個性を受け継いでしまった場合、ヤツの『ワン・フォー・オール』を奪うといった目的は破綻する可能性の方が数段高くなる。そこまでヤツが追い込まれてるというのなら、そういった手段もなきにしもあらずだけど……それにしても、いや、そもそも一体どういう仕組みで僕たちをこの世界に」

 

 

「長ェわ!!要点だけ言えッ!!仕組みまで長々と解説すンなッ!!」

 

──────────

 

「どっちみち、テメーの話が本当だとして、根本的解決には繋がんねぇだろ。結局のトコ、原因すら分かんねーんだからよ」

 

 かっちゃんの言う通り、僕らに起きた現象が偶発的なものであるのか、人為的なものであるのか、未だ不明瞭。僕らがいた世界の現状こそ理解できたが、帰るための手段も、その手がかりすら見えていない。けれど、そこで二の足を踏む選択肢はない。

 

「だからこそ、僕たちにはこの世界の情報が必要なんだ。仮に、異界と定義付けられているこの『魔都』と呼ばれる世界に原因があるとしたら……」

 

「……あの緑髪が言ってた『八雷神』がクサいっつーワケか……そういう事かよ」

 

 彼女が言っていた、醜鬼を従え人類滅亡を主眼とする神と名乗る人外集団──八雷神。

 手放しで信じるにはまだ早いが、この魔都と呼ばれる異空間を統べる存在が彼女たちだとすれば、僕たちがここに来た手がかりを何かしら握っている可能性が高い。

 天花さんの提案を呑んだのは、魔防隊に協力することで、この世界に蔓延る悪意を禦ぎつつ、元の世界に帰還するための情報を集めるためでもあるのだ。

 

「確かに、僕たちは一刻も早く元の世界に戻らなければいけない」

 

 だけどそれ以前に、僕たちは"ヒーロー"だ。

 ヒーローならば、そこがどのような場所であろうと、救ける、といった己の職務を投げ出す事はしない。

 最悪この魔都の中で追われる事になろうと、デクに人を救ける行為をやめるという選択肢はなかった。

 

──────────

 

 そして、時は現在に戻る。

 

 八雷神が本格的に活動を始めた事により、定期的に組長会議が行われる事が決まったのが、ほんの先日。

 しかし、まさかこんなに早く開かれるとは誰もが思っていなかっただろう。各組長の前に置かれた簡素な資料を傍目に、和倉優希はその原因となっている当事者たちに目を向ける。

 昨日、この魔都で遭遇した"個性"と呼ばれる能力を使用する謎に満ちた少年。その内の一人は、あの天花さんと渡り合い、さらには目の前で巨大醜鬼を一撃で倒してみせた。もう一人に関しても、八千穂さんを倒した上で、日万凛さん達と共に醜鬼の大群を相手に大立回りしたという。

 結局あの後、"無窮の鎖(スレイブ)"の代償もあって会話を交わす事は叶わなかったが、いま一度彼らをよく見てみると、奇抜なコスチュームを着ていないのもあってか、そこにいるのは、俺とそう変わらない一般的な高校男子の姿だった。

 

 そんな二人に対し、会議室にいる者たちは容赦なく、まるで見定めるように感情を込めた視線を送る。

 好奇心、猜疑心、なんなら単なる敵意──もしも自分がその立ち位置にいたらと、想像しただけで嫌な汗が出てくる。

 

「ケッ!」

 

「かっちゃん!」

 

 しかしそれを金髪の彼は、物怖じすらせず、それどころか、目端をこれでもかと吊り上げて真っ向から組長たちに向かってガンを飛ばしていた。

途端に部屋の空気が下がったような気がするのは気のせいではないだろう。

 そしてその変化を感じ取ったのか、もう一方の彼が小声で彼を宥めている。

 昨日、僕たちの目の前で超常的な力を見せつけた二人。しかしとりあえずと支給された白のワイシャツに身を包んだ二人の姿は、どこにでもいる自分と同じ等身大の高校生だ。

 

「貴方達が、緑谷出久と爆豪勝己ね」

 

「は、はい!」

 

「…ああ。……つーか初対面で呼び捨てかよ

 

「かっちゃん!」

 

 総組長の透き通った声が豪勢な会議室に響く。……なんだろう。なんか急激に胃が痛くなってきた。京香さんが言うには、総組長は三番組組長のベルさんのように、自らを畏怖する人間を気に入る傾向があるらしい。しかし逆に、自身に反抗する人間に対しては……。

 隣では京香さんも若干不安を滲ませた汗を垂らしている。一方の天花さんは、想定内と言いたいのか、目を閉じて静観を貫いていた。

 

「単刀直入に言うわ。貴方達は人間?それとも、この世界(わたしたち)の敵?」

 

 突き刺さるような鋭い視線と、氷のように冷えた声音が、広い会議室の空気を一層強く張り詰めさせる。

 総組長としての貫禄と、正体不明の存在に向けられた威圧感が、言葉の端々に滲んでいた。

 

「……僕たちは、人間です。それに、この世界に害を齎すつもりもありません」

 

 総組長の放つ圧迫感に気圧されながらも、緑谷は迷いなく言う。しかし、彼女の視線は、二人を見つめたまま微動だにしない。

 

「あなた達の調書を拝見したけれど、『雄英高校』、『折寺中学』、『オールマイト』、『オール・フォー・ワン』………私は世界中を飛び回ってるけれど、貴方達が口にした学校も人物の名前も、一度も耳にしたことがない」

 

 まるで二人の様子を観察するように、彼女は目を細める。

 

「もちろん、政府にも問い合わせたわ。けれど回答は同じ。つまりね、貴方達の話には信憑性がない。私としては、貴方達の作り話だとしか断じる事ができないの」

 

 やはりか、と緑谷は俯き思案する。

 この世界は、緑谷たちがいた世界とは違い、女性のみが"個性"に似た能力を行使できる世界。

 昨日、五番組で爆豪が怪我の治療を施されてる間、天花にこの世界における簡単な話を聞いた限り、男性が能力を使用するといった前例はないという。そんな女性上位の世界にとって、突然現れた能力を行使する男性の登場は、確かに異端という言葉では収まらず、真っ先にこの世界における"(ヴィラン)"のような存在を疑うには事足りる。

 

 また、当時の二人はTDLで訓練中だったため、所持品は身に着けていたヒーロースーツと拡張装備のみで、身元を示す物は何もなかった。……仮にあったとしても、それを証明するための情報を裏付ける記録やデータベースそのものが存在しなければ意味はないが。

 

「だろうな」

 

 もっとも、二人にもそれは分かりきっていた事実だ。この世界を取り巻く理そのものが異なる以上、自分たちの個人情報など役には立たない。

 

 自分たちの持つ情報がこの世界に存在しない以上、次に考えられるとすれば、敵の個性による攻撃だが、その可能性は昨日、先代継承者たちとのやりとりと爆豪との議論を通して既に排除していた。そうしてあらゆる可能性を一つずつ潰した結果、二人はある結論に辿り着いていた。

 

「……ですので、もしこの世界に僕たちが話した地名や人物、その他名前が存在しなかった場合、現状考えられる可能性を供述したのですが…」

 

「……貴方達が、別の世界からやってきた、という話を鵜呑みにしろと?」

 

「仕方ねぇだろ。これが現段階で考えられる最有力説なンだからよ」

 

 二人の報告書の中にある一文を読んだ恋が、眉を顰める。二人の情報が確認できなかった場合、保険として彼らは別の世界からやってきた可能性があると、記述されていたからだ。

 

「話にならねぇな」

 

 ドガッ、と鈍い音が会議室に響く。

 二番組組長──上運天美羅が、躊躇なく机の上へ足を乗せ、椅子にもたれかかりながら二人を睨みつけていた。

 

「テメェらの言っている話には信じるに値する根拠ってもんがねぇ。出来の悪い荒唐無稽な作り話を聞かせやがって、嘘をつくならもっとマシな嘘をつけよ」

 

「同感です。上運天組長が仰った通り、彼らの話には論理的な根拠がない。それに加え、我々と似た異能を持つ彼らをこのまま放置するのは危険です」

 

 さらに八番組組長──ワルワラ・ピリペンコも、美羅の意見に同意する。彼女の瞳からは、目の前の相手を最初から信用する価値すらないと断じるような、絶対零度の拒絶の意思が感じ取れた。

 

「八雲さんは面白い話だと思うけどな〜、でもまぁ確かに、信じろ、と言われたらちょっと厳しいかもしれないね」

 

 ある程度興味を持ってくれてる五番組組長──蝦夷八雲も、二人の話を信じるには否定的だ。

 

「でも八雲さん的には、君たちが別の世界から来た!っていう証拠さえ見せてくれれば、信じてみても良いと思うんだけどねー。あればの話だけど」

 

「あぁ、そんなモンあるわけねェだろ」

 

「……えぇ?八雲さん、一応助け舟を出したつもりだったんだけど」

 

 爆豪の返答に、八雲は思わず苦笑を漏らした。

 彼女が提示したのは、半ば形式的なものであれ、彼らに残された数少ない突破口だった。しかし、当の本人はそれをあっさり切り捨ててしまう。

 身の潔白を証明しなければならない立場にありながら、自ら証明の手段はないと言い切る。それはこの場においてはあまりにも致命的な発言だった。疑いを晴らすどころか、自ら疑念を補強しているようなものだ。

 事実を述べているだけだとしても、聞く側からすれば「証拠はないが信じてほしい」と言っているのと変わらない。少なくとも、今この場で彼らを値踏みしている者たちにとっては、到底受け入れられる話ではない。

 

(アイツ、いったい何を考えているんだ!?)

 

 京香が思わず椅子から立ち上がりそうになるも、なんとか踏み止まる。爆豪の発言は正直である一方、恋相手にそれはあまりにも悪手。誠実さで乗り越えられるほど、魔防隊総組長は甘くない。

 

「ふふふ、言っておくけれど、私相手に感情で揺さぶろうとしても無駄よ?」

 

 恋が笑みを浮かべるが、その目はまったく笑っていない。

 しかしそれも想定内だと言いたげに、爆豪は目線だけ彼女を見上げると、隣にいる緑谷に軽く目配せする。

 

「政府直属の軍事組織のトップ相手に、最初(ハナ)から感情論でどうにかなるとは思ってねェよ。……つーか、俺たちに証明する術が無いこと知ってただろ」

 

 性格が悪い。

 

 某アホ顔に「クソを下水で煮込んだような性格」と評された爆豪ですら、この状況における彼女の意地悪さには、キレる気すら失せていた。

 

 やはり最初から緑谷に一任しないのは正解だった。

 

 国を第一に重んじる国家至上主義者にして、文武共に最強のリアリスト。

 当初、爆豪は他人の心を動かす事に長けた緑谷を主体に、彼女たちの感情に強く訴える方針を考えていたが、感情と仕事を分別できる相手に緑谷一辺倒では無謀だろう。

 

 だが国を守るという強い信念がある以上、少なくとも彼女の心は鬼ではないはずである。こういう相手を頷かせるには、工夫がいるのだ。

 

 今度は目配せされた緑谷が、一歩前に踏み出す。

 

「山城総組長。確かにあなた方にとって、僕たちは、危険な存在に変わりはないでしょう」

 

「……ですが、"地球の答え"と称されるあなたの実力ならば、いつでも僕たちを殺す(・・)ことは容易いはずです」

 

「……何が言いたいのかな?」

 

 この時、会議室の空気が僅かに張り詰める。恋の声音は穏やかであるが、その瞳からは無言の圧力が向けられる。

 

「先ほど述べたように、僕たちはあなた方と敵対するつもりなどまったくありません。僕たちのこの世界における最終目的は元の世界に帰還すること。そのために、それまでの保護と、僕たちを呼び寄せた推定原因である"八雷神"の討伐に協力したいんです」

 

「この俺を差し置いて、"神"と名乗る人外集団だそうじゃねェか。まだその他能力の可能性を捨てたワケじゃねェが、今考えられうる中で一番可能性が高ェ。

 それに都合の良い事に、奴らは人類滅亡を目指す"(ヴィラン)"。つまり俺らとテメェらの共通の敵だって事だ」

 

 神を名乗る存在であれば、人智を超えた力を持っていたとしても不思議ではない。

 しかも近年、その神々の活動は活発化しているという。

 各組員たちが彼女たちの圧倒的力の前に蹂躙されたという事実がある以上、魔防隊が新たな戦力の確保を視野に入れていても不思議ではなかった。

 

「つまり──テメェらに使われてやるって言ってンだ

 

「へぇ…」

 

 爆豪の言葉に、会議室の空気がわずかに揺れる。

 

 信用できないのなら、自ら首を差し出して首輪を付けてしまえば良い。

 今の二人は、この世界にとって紛れもない異物であると同時に、扱い方次第では計り知れない利益を生み出す存在でもある。

 それらが推定オールマイト級の力を持つとされる総組長の管理下に置かれてしまえば、少なくとも魔防隊側から見れば生殺与奪の権を握られている以上「制御不能な爆弾」ではなくなる。

 

 無論、爆豪自身はこの提案に最後まで不満だったが、一晩に及ぶ緑谷の必死の説得の末、折れた彼は渋々受け入れることになった。

 

「……でも、それだけじゃ、君たちを受け入れる魔防隊(わたしたち)のメリットが薄いわね」

 

 彼らの思惑を見透かすように微笑を浮かべる恋。だが意図を理解しているなら話は早い。

 

「ええ。それに、僕たちへの不信感も拭えていないことも理解しています」

 

 緑谷は静かに頷く。

 

「だからこそ、取引をしませんか?」

 

 彼女たちがこちらを信用するには眉唾物だとすれば、不利な立場にいる以上、最大限の譲歩をするしかない。

 

 そこで彼らは交渉材料として、二枚のカードを切る。

 その内の一枚は、先ほども挙げた"戦力"。魔防隊組長を返り討ちにしたという事実は、対抗出来る戦力として申し分ない事を証明している。

 そして残りのもう一枚も、この世界においては無視出来ない鬼札になるだろう。

 

 今度は爆豪が口を開く。

 

「俺らのヒーローコスチュームやサポートアイテムには、『面制圧重装機動ストレイフパンツァー』をはじめとした、個性社会が積み上げてきた技術の結晶が詰まってる。

 この世界では到底お目にかかれねェ別世界の技術なんてモン、権力者共からすりゃ喉から手が出るほど欲しいだろ」

 

 彼らが提示するもう一枚とは、この世界の誰も持ち得ない知識と技術の一端である。

 事実、個性社会の科学技術はこの世界の常識を大きく凌駕している。未知の技術体系や可能性が秘められたソレは、国家規模で考えても無視できるモノではない。

 

 もっとも、それらの装備は本人の生体認証を前提としているため、仮に二人を排除して技術だけを強奪しようとしても、運用は不可能に等しい。

 

 さらに言えば、設計思想や開発ノウハウの多くはサポート科の専門知識に支えられているため、解析は出来ても、再現できるかは別問題だった。

 

 提供すると言っただけで、再現を保証したわけではないので、嘘はついていない。

 

 緑谷はサポート科の仲間たちが築き上げた技術を勝手に交渉材料へ使うことに抵抗を覚えていたが、その懸念も爆豪に上記の理由を挙げて論破された。

 詐欺師紛いの手法であるが、イレイザーヘッド(相澤先生)の合理的虚偽と比べれば希望を与えてる分、幾分か良心的だろう。

 

「もちろん、人間かどうか疑うのであれば、血液検査でも身体検査でも受けます」

 

 緑谷は真っ直ぐ恋を見据える。

 

「それでも僕たちを信用できないというのなら……その時は覚悟を決め、どんな処分も受け入れます」

 

 言うべきことは全て言った。

 あとは相手の判断を待つしかない。

 そもそも、この会議は彼らの処遇を決めるための場である。保護されるだけでも御の字だろう。

 だが元の世界へ帰るためには、どうしても八雷神との接触が必要不可欠なため、高望みしてしまったワケだが。

 

 一方、最も上座に配置された総組長の席の上で、恋は彼らの提案に黙考していた。

 彼らの提案自体は悪くない。もし彼らの世界の技術力が手に入れば、日本はより世界を引率する先進国として、より発展するかもしれないし、これらの功績は総理大臣に就く際の武器にもなる。

 だが、世界全体の秩序と天秤をかけるとなると、話は別になる。

 

 この女尊男卑の社会が最も恐れていることは、女性が所持している権利や社会的地位が失われ、今まで虐げてきた男性に対する優位性を失うこと。もし二人の存在が明らかになれば、今の女性優位社会の構造を揺るがしかねず、この世界の権力者たちからしてみれば、都合の悪い存在でしかない。

 

 他方で、彼らは自分たちに保護を求めている状況下にあり、彼らは規則上「要保護者」という扱いになる。

 彼らが言う通り、強引に排除する手もあるが、魔防隊内部での後の自分の評判を考えれば、これ以上追及するのは得策ではない。

 

 しかし彼らの存在によって齎されるかもしれない混乱も、けっして看過できない事だった。

 

「……ひとつ質問をしてもよろしいですか?」

 

 会議室に沈黙が漂う中、九番組組長──東舞希が静かに手を挙げる。

 

「これは個人的な興味によるものですが」

 

 彼女が総組長席と緑谷たちに視線を送ると、当人たちは頷く。それを視認した舞希が椅子の上から立ち上がると、緑谷たちと向き合う。

 

「なぜ、あなた達はヒーローを目指しているの?」

 

 彼女の言葉に、緑谷たちは目を見開く。

 

「あなた達の話が本当であるとするならば、私たち魔防隊と同じように、命をかける仕事なのでしょう」

「あなた達をそこまで突き動かすモノがいったい何なのか。私は、あなた達の本心が知りたいの」

 

 二人を見つめる真摯な眼差し。緑谷は、少し考えるように俯向くと、真っ直ぐと顔を上げた。

 

「憧れた人がいるんです」

 

 芯が込もった声で言葉を紡ぎながら、緑谷は『平和の象徴』と呼ばれた男の姿を思い浮かべる。

 

「その人は、どんな時でも笑顔を絶やさずに、傷ついた人々を救け、平和を護る為に尽力してきた人なんです」

 

 人々を救い出し、凶悪なヴィランを次々と打ち倒すことで犯罪への抑止力となり、混迷の最中にあった社会の在り方を一変させた存在。日本からヴィランによる組織犯罪を撲滅した事で、日本に数十年に及ぶ平和を築いた事から、『平和の象徴』として謳われるようになった。

 しかしその裏で、彼は人知れず血を吐きながら、与えられた称号の重圧に耐えながら、彼は人々の平穏のために、『平和の象徴』で在り続けた。

 

 そんな彼が、身の丈に合わないと思っていた自分の夢を、嗤わずに、認めてくれたのだ。

 

「最初はその人のようになりたい、と思ってヒーローを目指していたんです。けれど、色々な人と出会うにつれて、辛い思いをしている人が沢山いると知って、────僕はその人たちに明るい未来を示せる人間になりたい、と思ったんです」

 

 緑谷の言葉に、会議室にいた全員が沈黙する。緑谷の言葉の重さに揺るぎはなく、その場にいた誰の目にも、彼の覚悟は明らかだった。

 

「……俺はデクと違って、大層な理由じゃねェ。俺は『平和の象徴(オールマイト)』の勝つ姿に憧れた。だから俺は超えるために、ヒーローを目指してンだ」

 

 そう言うと、胸の前で掌を広げた爆豪が、『神野の悪夢』の惨劇を反芻しながら、後悔と罪悪感を噛み締めるように、拳を作って握り締める。

 

「それに、ムカつくンだよ。オールマイトが築いた平和(モン)をぶっ壊そうとしてる奴らが」

 

 二人の口から発せられた言葉は、紛れもない本心。当初二人に敵対的だった者たちも、勢いを無くしたように口を閉ざしている。

 京香も胸中で感嘆し、彼女の後ろに控えていた優希も、この光景に胸を撫で下ろした。チラリと反対側に座る天花の顔に視線を移すと、この結果を分かっていたのか、優希たちにむけ軽く微笑んでいた。

 

「答えてくれてありがとう。私からの質問は以上です」

 

 二人の言葉に納得したのか、柔らかい笑みを浮かべて腰を下ろす。

 優希は、会議室の空気の変化を感じ取っていた。会議が始まったばかりの張り詰めた空気と違う、好転した空気。この後の二人に対する判決の是非は言うに及ばないだろう。

 

「……いいわ。それじゃあ、緑谷出久と爆豪勝己の処遇を多数決で決めましょうか」

 

 終始厳しい視線を浴びせていた総組長も、ため息をつくように、軽く息をつく。各組長に意見を促す彼女の声には、どこか諦めの色が混じっていた。

 

 組長たちが順番に挙手し、各々の意見を述べる。しかし彼女たちの意見はみな、言葉は違えど、意味や方向性は同じだった。

 

 

 

 その結果、全会一致で、緑谷と爆豪は、彼らの提案を全面的に受け入れられる形で、魔防隊に保護される事となった。

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