【完結】その日、合歓垣フブキは警察に成った   作:曇りのち晴れ男

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第一話 先生と笑った日

 

 先生が死んだ。

 

 あまりにもあっけなく、

 あまりにもあっさりと。

 

 理由は、謎の軍勢からの襲撃だった。

 そのとき先生のそばには誰もいなかった。

 その地区を管轄しているヴァルキューレの拠点にも普段常駐しているメンバーは──誰一人として、いなかった。

 

 私も、例外じゃない。

 

 たまたま。

 偶然。

 運が悪かっただけ。

 

 そう言い聞かせるには、十分すぎる理由が並んでいた。

 先生はもう笑ってはくれない。怒ってもくれない。しゃべってもくれない。

 

「それで?」

 

 声が、頭のすぐ近くで響いた。

 

「ことの顛末を、教えてもらおうか。

 ──合歓垣フブキ」

 

 視界は暗い。

 冷たい石の感触が、背中からじわじわと染み込んでくる。

 手を動かそうとして、動かないことに気づいた。

 ……なぜ、こんなところにいるんだ? 

 

「……どうした?」

 

 少し間を置いて、別の声。

 

「思い出せないのか? 

 困ったな……若いのが、少し厳しく尋問しすぎたか」

 

 低く笑う気配。

 

「まぁ、だから私が呼ばれたんだが……」

 

 頬に、何かが触れる。

 冷たい。

 水か、それとも──。

 

「ゆっくりでいい。思い出すんだ」

 

 耳元で、囁くような声。

 

「じゃなきゃ私は、

 君をもっと痛い目に合わせないといけなくなる」

 

 頭の奥が、ずきりと痛んだ。

 

 先生が死んだ。

 

 その事実だけが、

 なぜか、やけにはっきりと残っている。

 

 

 ▼  ▼  ▼

 

『……の会社、【プロ・デュース】!皆さんに寄り添います!』

 

「フブキ? お~いフブキ~」

 

 ラジオの音と先生の声が聞こえる。お尻の下が温かい。

 どうやら張り込み中にボンネットの上で座りながら寝てしまったようだ。少し油断しすぎた。

 

「ふぁ~……、おはよ、先生」

 

「体悪くするよ。寝るならせめてシートに座りな。あと犯人見逃したらどうするの」

 

 超巨大学園都市、キヴォトス。数千の学園があるこの街では、日々日常と銃撃戦が交わっている。

 その中で、ヴァルキューレ警察学校というのがこの私、合歓垣(ねむがき)フブキの在籍している学校。

 このキヴォトスにおいて法的に治安を守る機関であり、学校でもある。

 ん~まぁ、要するに現場体験型の警察学校だね。うん、以上。

 

「先生が見ててくれるかな~ってぇ……」

 

「先生は警察代行じゃないからね?」

 

 頭に置かれる先生の手。私を包むその大きな存在でまた瞼が落ちそうになるが寸前で耐える。

 

 シャーレの先生――私たちにとっては……先生というしかないだろう。具体的に言うとすれば、この世界キヴォトスの根幹と言える『シャーレ』から派遣される何でも屋……みたいなもの。

 色々お世話になっている人に向けて大人が言う『先生』や、もちろん私たち学生から見た教師としての『先生』、それらを全部ひっくるめたような人だ。

 ひとしきり撫でられた後手が離れていくのは少し名残惜しかった。

 

「ねぇ~先生、なんで太陽って暖かいと思う?」

 

 困り顔をした先生に突拍子もないことを聞いてみた。先生は顎に手を当てうーんと何かを思い出そうとしている。

 先生はどんな顔をしていてもかっこいいなと思ったのは、秘密だ。

 

「確か赤外線がどうとかって理由だったかな。ハロゲンヒーターとかと同じ原理のはずだよ」

 

「残念~、正解は太陽も寝てるからだよ。寝ると体温が上がるでしょ? だから太陽も寝てるの。太陽が寂しくないように、私たちも添い寝してあげないとね~」

 

「なんだそりゃ」

 

 無論張り込み中に寝るわけはないのだが、先生は私のそんな回答に口を大きく開けて「あっはは」と笑ってくれた。

 私のこんな軽口も、先生は受け止めてくれる。

 

 この日常は、きっといつまでも続いていく。

 

 

 ▼  ▼  ▼

 

 

「ヴァルキューレ警察学校、生活安全局……なぜ『生活』の『安全』を守る局がここに来た?」

 

 奴が手に持っているのは私の資料だろうか。

 暗い部屋に加え疲れ切った両目ではその内容を捉えられない。

 ぼろぼろに傷ついた髪飾りが自重で落ちると、奴は私の頭に付けなおした。

 

「お前らは……何、者」

 

 度重なる尋問で苦しみを叫び続けた喉は擦り切れ、声を出すと痛い。

 

 やっとの思いで言葉を紡いだというのに、奴は答える必要がないと一蹴した。

 ここに来るまでの出来事がすべて思い出せない。

 奴が言ったように尋問のショックはすごく大きかったようだ。

 

「で、もう一度聞く。君はなんでここに来たのかな? ……確か君は先生と仲が良かったそうじゃないか。先生との馴れ初めを思い出すのもいいかもしれないな。何か思い出すかもねぇ」

 

 目を閉じ、痛みからガンガンと警鐘を鳴らす頭を回転させ思い出す。

 先生の生きていたころ、先生と何をしたのか、先生と何をしゃべったのか。

 尋問という以上奴らに話したらダメなのかもしれない、でもここで思い出せなければ私自身も何もできない。

 

 思い出せ。

 そうだ、確か私は先生と出会ってから色々変わって……

 

 

 ▼  ▼  ▼

 

「フブキ?どうしたんですかそんなにぼうっとして」

 

「別に?ただ……なんか平和すぎるなぁって。最近はなんか、こう、惰性で平和を貪ってる気がして。事件の一つでも解決したい気分……」

 

「平和で良いじゃないですか!あのフブキがそんなこと言うなんて……!」

 

「なんか失礼じゃない?」

 

ぽっかぽかの陽気が私たちの頭に乗っかる昼の始まり。

そんなキヴォトスの市街を歩きながらキリノと会話を交わす。

中務キリノ……私の同級生だ。私とは違い熱心に警察の仕事を全うする子なのだが、絶望的に銃の扱いが苦手な子だ。

銃撃戦なんて毎日のように起こるキヴォトスでは、銃の扱いが苦手だと戦力外も同然。そのせいかキリノは警備局志望なのに生活安全局に配属されている。

 

「熱でもあるのでは……」

 

「ない。も~、私だってサボってばっかりじゃないからね?」

 

私のおでこに手を当てるキリノを退けて、目的地もなく『パトロール』という建前で歩き続ける。

出来ればベンチとかに座ってサボりたいんだけど、キリノがいるしそう簡単には歩みを止められないだろうなぁ……。

タイミングをうかがいながら歩いていると、その時はきた。

 

「……紙を~!!」

 

ある工事現場の横を通りかかったとき、簡易トイレからそんな声が聞こえた。

あまりに迫真なその声にキリノが反応し、声の主はドアを開けないまま私たちに話しかけてきた。

どうやらトイレの中の紙がすべてなくなってしまい、他の現場メンバーもお昼ご飯を食べに行っているというのだ。

このままでは大切なお昼の休憩をトイレで過ごすことになってしまうとトイレの主は言う。

 

「分かりました!本官がトイレットペーパーを買って来ます!ここで待っていてくださいフブキ!」

 

キリノは思い立ったようにそう言うと、トイレットペーパーを買いに猛ダッシュでどこかへ向かってしまった。

 

「じゃ、そういうわけだから、もう少し待ってて」

 

残された私はトイレの主にそれだけ言ってその場を後にした。

 

■■■

 

 風が甘味料の匂いを運び、私の鼻腔を刺激する。

 やはりこのお店のドーナッツは魅力的だ。特に張り込み捜査の最中に食べるドーナッツとコーヒーは格別なんだ……。

 いつものようにたくさんのドーナッツを買おうとしていると、見たことのあるような風貌の大人がいた。小奇麗なスーツを着て、いかにも忙しいビジネスマン……いや、管理職かな?左手にタブレットを大事そうに抱えてる。

 私の前に立つその人は、数多くのドーナッツの中から美味しいと思うものを探してるようだった。

 

「もしかして、シャーレの先生?」

 

「え?君は……」

 

 横から顔をのぞかせてその人に声をかけると、やはり私の記憶に間違いはなかったらしくその人は自分を先生だと名乗った。まだ私は会ったことがなく、何かの資料で先生の顔を見た程度だったけれど、こんなところでばったり出くわすとは。

 

 私の方もそつなく自己紹介を済ませ、もしかしてこのドーナッツ屋が初めてなのかと聞いてみた。

 案の定初めてのお店でどれが美味しいのかわからず迷っていたらしい。そこはやはりドーナッツマスターの私の出番といったところか、美味しいドーナッツを厳選して先生に教えてあげた。

 

 まさか私の分まで買ってくれるとは思わなかったけど。

 

「いやぁ、全部美味しいなぁ。フブキは本当にグルメなんだね」

 

 適当な公園でベンチに座り、二人でドーナッツを食べていると先生がそのように言ってくれた。

 別に美食研究会なわけではないが、そういってくれると嬉しい。

 

「ドーナッツ限定だけどね~。私の方こそ、買ってくれてありがとう」

 

「厳選ドーナッツを教えてくれた感謝料だよ」

 

 先生は顔の横でピースを作り微笑む。なんか、意識しちゃいけない感覚があるような……気のせい気のせい……。

 

 都合よくできた木の陰にこれまた都合よく流れるような涼しい風、公園のベンチで食べるドーナッツはこれがあるからいい。

 

「ん、フブキ」

 

 公園で遊ぶ子供たちを眺めながら無心でドーナッツを食べていると、突然先生が私を呼んだ。

「ん」の一文字で返事をすると、顔を拭われる感覚があった。ふいに訪れた触られる感覚に驚き、感覚の主をたどる。

 見ると先生が私の唇付近を指でなぞった感覚だったようだ。

 

「チョコ、付いてたよ」

 

 そう言った先生は人差し指に薄くついたチョコを見せてきた。

 ティッシュがなかったのだろうか、なんとあろうことか先生はその指を口に運びチョコをなめた。

 

 決して接吻などををしたわけではない。しかし『私の口に触れていたもの』を『大の大人』が口に運ぶその光景はいささか刺激が強すぎた。

 下手にチョコが残り何度も何度も舐めるのは下品だからだろうか、先生はカカオ色を一切残さないようしっかりとチョコを舐めとる。

 なんてことはない光景なのに、心臓が高鳴るような。

 息をすることを忘れてしまうような光景に、私は声すら出せなかった。

 

「……? どうしたの、フブキ」

 

「う~~ん……わいせつ罪かな?」

 

「なんで!?」

 

「いんや、先生と生徒の立場ならセクシャルハラスメントも成立するね……」

 

「だからなんで!?」

 

「わお、無自覚なら相当だね。先生」

 

 先生は何が何だか分からないようで、あたふたとしている。

 まぁ仮にも警察にこんなこと言われたら動揺するか。

 

 まぁまぁそんな恥ずかしいことはさておいて……。

 

 どうやら先生は最近キヴォトスに来たばかりらしい。個性豊かな生徒たちとはなかなか馬が合わず、先生としてどうなのかと悩んでいるところなようだ。

 話していると、これがなんと私と先生は結構話の趣味が合う。先生もそこそこ甘党なようで、だからドーナッツを大人買いしているのだ。

 

「フブキが僕の初めての友達だ」

 

「友達? 生徒じゃなくて?」

 

「こんなに話してて楽しいなら、友達だよ」

 

 そう言われて、私は一瞬だけ言葉に詰まった。

 その感情に名前を付ける前に──外が、騒がしくなる。

 

 公園の中央から、甲高い声と、何かが倒れる音。

 

「……あー……」

 

 路地の向こう。

 制服を着崩した女ヤンキー達が数人、通行人に絡んでいるのが見える。ヤンキー達は公園のおばあちゃんやおじいちゃんをビビらせてお金をたかろうとしていた。警察としては対処しないわけにはいかないだろう。

 

 まぁそれはそれとして、近くにヴァルキューレの生徒がいるなら?そっちに対応してもらった方が体力を温存出来てエコ活動になる。私は左肩に付けた無線を確認する。

 ……反応は、ない。

 

「近くに、ヴァルキューレの人はいないのかぁ……」

 

 私はしぶしぶ立ち上がり、銃を肩にかけた。

 解決しに行くわけじゃない。ドーナッツタイムを崩したくないのでこの場を離れたいんだ。

 

「じゃあ、フブキが行く?」

 

「いや、もしかしたら親戚かもしれないしさ……」

 

「すっごい銃向けてるよ?」

 

「ほら、ごっこ遊びかもだし……」

 

「あれ実銃だよね?」

 

 ……先生はどうしても私に解決させる気のようだ。

 そんな問答を数回繰り返して、先に私が折れた。

 

「は~……めんどくさ……」

 

 そう答えた瞬間、耳元で先生の声が落ち着いて響く。

 

「人数は四。逃げ道は二つ。

 正面から行くと挟まれる。木の陰、使える?」

 

 一瞬で、頭の中に地図が描かれる。

 

「……使えるね、死角もそこそこあるし」

 

「じゃあ、二人をそっちに誘導。

 残りは、僕の合図で一気に制圧しよう」

 

 指示は短く、無駄がない。

 なのに、不思議と不安はなかった。

 

「うん」

 

 裏路地に回り込み、物陰から様子を窺う。

 タイミングを待つ。

 

「──フブキ、今」

 

 合図と同時に動く。

 先頭の一人を制圧。

 残りは混乱し、先生の指示通りに動いたところを、順に取り押さえた。

 

 数分後。

 

「……はい、全員確保。いや~疲れた……」

 

 息を整えながら報告すると、先生は少しだけ目を見開いた。

 

「すごいね。

 フブキ、僕の指示を全然疑わなかった」

 

「そりゃー、大人の言うことだし、ね~」

 

 そう言うと、先生は少し照れたように「あっはは」と笑った。

 喉の奥で弾ける、あの笑い。

 

「……楽しかった」

 

 その言葉を聞いて、私もつられて口元を緩める。

 

「じゃあ、私はこの子達の処分をキリノに丸投げしてくるよ」

 

 先生は少し考えてから、頷いた。

 

「うん。またね」

 

 少し歩いてから、言い忘れていたといわんばかりに先生が声を投げた。

 

「……フブキ!」

 

「……ん~?」

 

「また一緒に話そう! その時は、もっとたくさんのドーナッツを買って!」

 

 軽い調子の声が、夕方の空気に溶けていく。

 私は小さく手を振って、先生に背中を見せた。

 

 胸の奥に妙な温かさが残っている。

 

 先生の指示に従ったから勝てた。

 それだけのはずなのに──

 それ以上の何かを、確かに受け取った気がした。

 

 ……楽しかった……? 

 

 友達、なんて言葉はまだ照れくさい。

 けれど、また一緒に話したいと思うくらいには、

 あの人との時間が、私の中に残っていた。

 

 次は、もっとたくさんのドーナッツを。か……。

 そんな約束が、少しだけ楽しみになっている。

 

 「あ!フブキ!ひどいですよ本官を置いていくなんて!……えっ。あのフブキが事件を解決して犯人を連れている……!?」

 

 「あ~……まぁ、いろいろあって……」

 

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