【完結】その日、合歓垣フブキは警察に成った   作:曇りのち晴れ男

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第四話 ドーナッツの日

 

「……んぅ」

 

 窓の外から刺す光で目を覚ます。

 そういえば最近は連勤続きでまともに休んでなか……いや、サボってたか。

 どちらにせよ今日は堂々と休める日だ。

 すっかり雪が降り始める気温を、布団からはみ出た足が味わう。

 

「ふぁ~あ……う~さぶい……」

 

 カーテンを開ける。これほど楽しみな休日はいつぶりだろうか。

 いくら今日が記念すべきドーナッツ無料の初日とはいえ、一日が始まらなくては話にならない。

 洗面台で顔を洗い、歯を磨き、髪のセットを済ませる。

 パジャマを着替えたら食パンを取り出し、適当なペーストを塗ってテレビをつけた。

 

 たまには焼かない食パンも良い。

 

「現在、電話回線や連絡ソフト、電子機器に異常が発生しています。該当する方は──」

 

 テレビではそんなニュースがやっている、なにやら街中では騒がしいことになっているようだ。

 まぁ今日は休みだし、私には関係ないこと~。

 

 昨日の出来事が夢ではないことを確認するために、テーブルの上にあるドーナッツ半年食べ放題券に目を移す。

 

「ふふふ……これで私の学生生活は半年の安泰が約束されたも同然……」

 

 券を見て、我ながら変なことを言っている……。ただ、それだけの価値がこの券にはある。

 なにせ私がいつも食べているドーナッツが100点だとすれば、この券が対応しているドーナッツ屋さんは300点という具合のおいしさなのだ。

 ちょっと遠めなのがネックだけど、それらを消し飛ばす輝きだ……。しかもそれを先生と楽しめるなんて。

 

 一人でニヤニヤしていると、私の携帯が鳴った。キリノからのモモトークだった

 

『なんで忙しい日に限って休暇なんですかフブキ!』

 

 ん? どういうことだろう。昨日先生と一緒に急遽休暇申請をした時には今日の目立った業務はなかったはずだ。

 

『どういうこと?』

 

 キリノに直接聞いていると、どうやら生活安全局はおろか公安局にも電話が鳴りやまず、あっちこっちに走り回っているらしい。

 しかもその電話も機械音声で通報が入り、受けた通報も本当に起きているのが五分五分といった具合なようだ。

 警察の立場としては通報が入っている以上行かないわけにはいかない。そのために忙しいようだ。

 

「あ~……さっきテレビでやってたやつか……」

 

 しかしまずい、先ほどニュースを見たときは関係ないと割り切っていたが、ヴァルキューレにまでその被害が出ているのなら話は別だ。

 う~ん……本当は自分の用事を捨ててでも行った方がいいんだろうけど……。

 

「めんどくさいし、今いるメンバーで対処できてるなら私が行かなくても問題ないでしょ~」

 

 そう思い、キリノにはどうしても外せない用事としてモモトークを返した。

 今日の私にとっては、先生とのドーナッツタイムの方が最優先だ。

 

「さて、そろそろ行きますか~」

 

 朝ごはんもすましたところで、私はいつもの装備を持ってドーナッツ屋への歩みを始めた。

 

 ■■■

 

 アビドス・ゲヘナ・トリニティ……そこらの有名学園や、小さな学園、そのすべてから外れた辺境の地。そんな長い道のりを終えて、ようやくドーナッツ屋についた。足が小鹿のようにプルプルしている。

 う~ん、次から徒歩で来るのはやめようかな。

 店内に入ると、いつも嗅いでいる匂いとは違う少しだけ上品な香りがする。そうだ、これがこのお店のドーナッツだ。久しぶりに感じた。

 

「えーっと、この券を使いたいんですけど……」

 

「はい、食べ放題券ですね。かしこまりました。お包みしたいドーナッツをお選びください」

 

 わぁお。なんか上級国民になった気分だ。店員さんが紙切れ一枚見せるだけでドーナッツをまとめる準備をしてくれる。

 

 昔食べたドーナッツの記憶を呼び起こしたり、先生の好みから推測して最適なドーナッツを選んでいく。

 そんなこんなで、私と先生の分合わせて12個のドーナッツを包んでもらった。この券は一日一回、持ち帰れさえすればまとめる数に制限はないようなので、非常に太っ腹だ。

 

 こんな事したらお店としても赤字だろうに……店員さんも笑顔を崩すことなく包んでくれるのでそこはプロを感じる。

 ……いや、美食研究会にこの券が渡っていたら、このドーナッツ屋さんはつぶれていたかもしれない。

 そういう意味では私はこのお店を救ったのかもしれないな。

 

『ビビビビビビビビ!』

 

「うわっ、そういえば鳴るの忘れてた」

 

 お店を出てしばらくすると、私の髪飾りが激しい警告音を出し始めた。

 警告音、というよりは信号だ。

 これは数週間前、先生が念のためにとシャーレの知識を集結して作ってくれた安全装置だ。

 

 これは装着者のバイタルだったり体温などを常に計測して、ピンチかそうでないかを判別してくれる優れものだ。ペアリングした装置はピンチの人がいるとこのように警告音を鳴らし、別で接続している端末に現在地を送信してくれる。

 今のところ付けているのは私と先生しかいなく、制作コストも高いので特別商品化するつもりすらないらしい。世界でたった一組のペアアクセサリーだ。

 

 これが鳴っているということは先生のバイタルが異常をきたしている……ということに普段はなるのだが、どうにも鳴り方がおかしい。

 警告音が不規則に付いたり消えたりするのだ。

 こうなると先生のバイタルが激しく良くなったり悪くなったりを繰り返さないとありえないので、おそらくは朝ニュースでやっていた電子機器のトラブルだろう。

 

「えいっ。……だれがこんなトラブル起こしてるんだか」

 

 髪飾りの裏についているスイッチを押し、警告音を鳴りやませる。

 

「先生とはあの公園で待ち合わせだったよね……」

 

 今日先生とドーナッツを食べる約束をしているのは、先生と初めてドーナッツを食べたあの公園。

 あの時とは関係値もドーナッツの価格も季節も真逆。

 一緒に食べる時間を想像して、公園に向かう足取りが早くなる。

 

「先生には、いろんなものもらったなぁ……」

 

 帰り道を歩きながら、先生と出会った日を思い出す。

 

 ヴァルキューレ警察学校に入った私は、任務の最中にサボるくせがいつの間にかついただらしない警察だった。

 だけど、あの人に出会ったおかげである程度私は変わった。

 先生が連れだしてくれるおかげで、楽しく任務ができる。

 

 それだけじゃない。

 先生がもたらしてくれたことが、スライドショーのように思い出される。

 

 先生がくれた笑顔。 先生が買ってくれたドーナッツ。

 先生が教えてくれた雑学。 先生が見せてくれた正義。

 先生と楽しんだクイズ。  先生と行ったカラオケ。

 先生と打ったバッティングセンター。 先生と見た映画。

 

 先生の教えてくれた感情。

 

 公園についてからも、私の思考は止まらなかった。

 

「……みんなが言うみたいに、先生とお似合いなのかなぁ……」

 

 ヴァルキューレの一部の人たちは、私たちをカップルだの夫婦だの言って茶化してくる。

 私自身は何も考えていないが、確かに普通の人たちから見たらカップルみたいなものなのだろうか……。

 

 そういえばいつだったか、カップル割のパフェをもらうために嘘ついたりしたっけ。

 

「ふぅっ……」

 

 ようやく待ち合わせ場所の公園についた。時間はすでに15時を回っている。午後から先生が来るから、いつでも受け入れの体制はできているといったところか。

 冷たいベンチに座ると、ちょうど先生からモモトークが入った。

 

『大体15時半くらいに着きます』

 

 私の携帯には、そのメッセージと現在の先生の自撮りが送られてきた。こんな冬の日にワイシャツで歩くとは元気だなぁ……。

 写真には街中でピースをしている先生が映っている。

 

『なるはやでね』

 

 先生のモモトークに返信して、手首から上も衣服に突っ込んで暖を取る。

 まだかな。

 

 先生とのデートを楽しみにすると、時間が遅く感じる。

 

 ……ん? デート? 

 

「そっか、私先生とデートしてるのか」

 

 気づいてから顔が少し熱くなった。

 ……ヴァルキューレのみんながお似合いという理由もわかるかも。

 

 ゆっくり先生のことを待って、15時半が来た。

 

「……」

 

 先生が来ない。仕事が立て込んでいるのだろうか。

 

 最初は、気にしなかった。

 

 午後の公園は思っていたより人が多く、子どもたちの笑い声や、遠くを走る車の音が絶え間なく耳に入ってくる。その中にはカップルも多くいた。そういえば今日はクリスマスか。

 ……先生が少し遅れるくらい、よくあることだ。頑張って待とう

 

 ベンチに座ったまま、私は膝の上に置いたドーナッツの箱を見下ろす。

 まだ温かさが残っている気がして、開けるのをためらった。

 

 しばらくして、手袋越しでも分かるほどベンチの冷たさが染みてきた。

 無意識に肩をすくめて携帯を取り出す。

 

『着きそう~?』

 

 送信してすぐに画面を閉じる。

 返事が来る前提で動くのは、なんだか負けた気がした。

 

 雪が少し強くなってきた。周囲の景色が少しずつ変わっていく。

 さっきまで近くにいた人たちはいなくなり、代わりに知らない顔が増えている。

 

 もう一度携帯を見る。

 通知は……ない。今度は通話ボタンを押しかけて、やめた。

 万が一にも仕事中かもしれないし、邪魔したら悪い。

 

 そう言い聞かせながら、私は箱の端を指でなぞる。

 紙が少しだけ湿っている。……嫌われてしまったのだろうか。

 胸の奥がドーナッツみたいにぽっかり空いている。

 

 時間が経つにつれて、胸の奥がざわついてくる。

 理由は分からない。

 ただ、落ち着かない。

 

 もう一度、モモトークを送った。

 それでも、返事はなかった。

 

 気づけば、吐く息が白くなっている。

 手先も、足先も、じんわりと冷えていた。

 

 ──さすがに、長い。

 

 携帯を耳に当てる。

 呼び出し音が数回鳴り、そのまま切れた。

 

 胸の奥に、嫌な予感が落ちる。

 

 事故? 

 トラブル? 

 連絡が取れない理由はいくらでも思いつくのに、どれも考えたくなかった。

 

 私は、ゆっくり立ち上がった。

 

 これ以上ここにいたら、本当に風邪をひいてしまう。すでに二時間は経った。十分だろう。

 そう自分に言い訳をして、公園を後にする。

 

 振り返らずに歩き出した、そのとき。

 

 携帯が震えた。

 

「あっ……先生」

 

 家までの帰り道、なんと先生からモモトークの通知が来たのだ

 先生がどんな言い訳をしてくるだろうと少し怒りながら携帯を見る

 

『本当にごめんなさい。遅れました。私の空いている明日にしましょう』

 

 どうやら先生は仕事が立て込んでしまっていたようだ。先生の方からリスケの提案が来たので、とりあえずのところは家までの足取りを続けることにした。

 まったく。明日は今日以上に包んでもらって先生にいつも以上に付き合ってもらおう。

 

『は~い』

 

 そう返信して、携帯を閉じた。

 先生が遅刻どころか予定破棄なんて珍しいなぁ。

 2時間の間、一つも手を付けなかったドーナッツを頬張る。 

 

「ん”っ! 美味しい!! い~ね~ぇ……このドーナッツなら半年間食べ続けられそうだよ」

 

 ■■■

 

 

 雪の降る街中。

 

 そこを一人の少女が歩いている。

 

 今日一日、合歓垣フブキとは違う日々を過ごした無関係の子だ。

 

 時刻は15時。

 

 今日の疲労を早く回復させるため、自宅へとルンルンで急ぐ。

 

「……ん? なんか変なにおいが……」

 

 路地裏のある場所に差し掛かったところで、違和感に気付く。

 

 いつもはするはずのない、鼻をねじ切るような異臭が彼女に届いた。

 

 普通の人なら気にすることなどない。だけど少女は好奇心に駆られ、路地裏に入っていった。

 

「……ひっ、きゃああああああああああああ!」

 

 少女の目の前には、大人の男の死体が落ちていた。

 

 左手にタブレットを握った、スーツの大人。

 

 その胴体には、大きな穴が一つ空いていた。

 

 彼女でも分かるほど、致命的な傷だ。

 

「誰かああああああああ!!」

 

 悲鳴を上げても雪によってその声は吸収され音量が下がる。

 

 街中の街頭テレビだけは、変わらず放送を続けていた。

 

 

 

『メールやSNSなどの電子機器異常は現在も続いています。親しい人物がいつもと話し方が違う、そう感じたらすぐ解析ソフトを通すようにしてください。繰り返します──』

 

 

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