【完結】その日、合歓垣フブキは警察に成った   作:曇りのち晴れ男

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最終話 戦いの果てに

 

 某経営コンサル企業、プロ・デュース──

 そこでは、今日も忙しそうに職員がせっせと働いている。

 仕事の愚痴を言う者、まじめに仕事をするもの。

 パッと見ればただの普通の企業だ。

 

 だがその地下では今まさに、自分たちの面倒を見てくれた恩師を弔うべく奮闘する生徒たちがいた。

 

 

『コノカ見て! 茶柱50本! 超縁起良くない!?』

 

『なんでわざわざ緑茶ゼリー作ってポッキーを刺してるんすか~、もう』

 

 公安局副局長に任命され、局長を支え続ける生徒、コノカ。

 いつも笑顔で誰にでも分け隔てなく接する彼女。だが副局長という立場の苦労は計り知れない。

 彼女の疲れを見抜き、いつも何気なくねぎらっていた先生。

 

「後ろから一掃してやれ!」

「うげっ……見つか──」

 

「邪魔はさせないっすよ」

 

 彼女の根回しの速さは尋常ではない。

 前線で突き進む局長らを守るため、彼女は全てのイレギュラーを排除していく。

 

 

『カンナはさぁ~……将来絶対キヴォトスの偉い人になるよねぇ。えへえへえへ……う”っ』

 

『先生、そう言ってくれるのはうれしいですが……少し飲みすぎですよ』

 

 公安局局長として任命され、自らの感情を必死に抑えて部下を率いてきた生徒、カンナ。

 中間管理職であるが故に上層部に圧力をかけられ、自らの正義すらわからなくなった時もあった。

 その正義を導き、カンナに再び光を戻したのが先生だ。

 

「なんだあいつ!?」

「化け物だ……!」

 

「はぁっ!!」

 

 先生が死んだ時ですら、彼女は部下のためを想い気持ちを抑えた。

 その抑えた感情を、何カ月も足取りを掴めなかった悔しさを、今の彼女は存分に開放できている。

 

 

『な~んで私の手錠を外そうとして先生まで手錠にかかっちゃうんですか!』

 

『いや、分かんない……本当になんで……』

 

 生活安全局への配属を命じられるが、警備局への復帰を望みに必死に努力する生徒、キリノ。

 基本的に不器用な彼女は、射撃をする際に犯人を狙って撃つと人質に当たってしまうことなどで、自信を無くしていた。

 そんな彼女の射撃精度が向上するまで、いつまでも向き合い続けたのは先生だ。

 

「突っ込んできた!」

「え、銃は!?」

 

「本官、この場合なら格闘の方が慣れてます!」

 

 今でも射撃の精度は悪く、全くと言っていいほど当たらない。

 だが短所だけが人の個性ではない。先生に見つけてもらった彼女の『長所』で前線を制圧していく。

 

 

 そして……

 

「最後に社長を見たのは地下五階! それぞれに分かれて各階の捜索を! そこのチームは脱出経路を先に塞いで!」

 

 合歓垣フブキ。生活安全局一年生。このキヴォトスで最も先生と仲が良く、最もお互いを知っていた──親友。

 自分の持てる時間を可能な限り先生と過ごし、また先生自身も自分の時間をフブキにささげていた。

 教師として叱ってくれたり、戦術思考を教えてくれたり、そして何よりあの楽しかった時間をくれた先生。

 

 一度はつまづき、視界が失われたこともあった。

 でも、もう一人ではない。周りを頼ることを彼女は思い出した。

 

 ■■■

 

「フブキ! 五階には私がついていく!」

 

 横で警備ロボの相手をしている局長が叫ぶ。

 確実に社長を捕まえるのであれば、ここは局長と私で乗り込むのが最善だ。

 

「副局長、ここら辺の部隊代わりにお願い!」

 

「承ったっすよ、はい行ってらっしゃい~」

「フブキ! ほかの階は本官たちに任せてください!」

 

 後ろの方で戦っていた副局長とキリノが私にそう言ったのを背中で受け取り、局長と共に地下五階へ行くためにエレベーターへ乗り込む。

 社長室に行くためのパスワードはすでに思い出しているため、追跡が止まることはなかった。

 

「こんなシステムだったのか……」

 

 パスワードを行先ボタンに打ち込むと、エレベーターは動き出す。

 局長もここに来るまでは壁をひたすらぶち抜いてきたそうで、なんとも力業な方法にびっくりした……。

 ……いや、この人ビルの壁登るんだった。

 

 エレベーターはまだ止まらない。私も局長も時間を持て余し、装備のチェックをしている。

 先ほどの騒ぎで社長はおそらく逃げる準備を始めているはずだ、到着次第すぐに見つけなければ手遅れになる可能性が高い。

 私が緊張しているのを察したのだろうか、局長がいつもの声で話しかけてくる。

 

「緊張することはないさ、フブキがいつも言っているように、ほどほどに頑張ればいい」

 

「……らしくないこと言うね、局長」

 

 この事件最大の山場、最大の緊張の場の前にそう言ってくれたのが、すごくうれしかった。

 

 少しだけほっとした気持ちでいると、エレベーターが止まった。

 私は気を引き締めなおし、銃を握る。

 ドアが開いた瞬間──その刹那。

 

「うぉあっ!?」

 

「──っ!」

 

 金属音。

 空気を切り裂く鋭い射出音。

 

 私を気絶させた警備ロボのワイヤーが、ほぼ同時に私と局長の頭上を掠めていった。

 反応が一瞬でも遅れていれば、今ここで動けなくなっていただろう。

 床を蹴る感触が、やけに遠い。耳鳴りの中で、局長の動きだけがはっきり見えた。

 

「入るぞ!」

 

 声に引っ張られるように、私は部屋へ転がり込む。心臓が、痛いほど早鐘を打っていた。

 二人で協力し、ロボがワイヤーを戻している間に鎮圧する。

 部屋の奥では社長がデスクから必死に書類をかき集めており、いかにも逃げようとしている真っ最中だった。

 銃を構え、局長と発する言葉がシンクロする。

 

「「動くな! ヴァルキューレだ!」」

 

「くっ……」

 

 書類を集め終わったのか社長はすでに開いている本棚裏の隠し通路へと走っていく、すぐに私は足を狙い発砲するが、ギリギリ当たらなかった。

 本棚は自動でずるずると元の位置に戻っていく。すぐに地上に出なければ、逃げられてしまう。

 

「こういった事態を見越してコノカが地上に車を用意してくれてるはずだ。行くぞフブキ!」

 

「おっけー!」

 

 再びエレベーターに乗り込み、地上1階へと向かう。

 もしかしたら逃げられるかもしれないという恐怖に手が震え始める。

 

 職員用のエレベーターのため、一階に着いても同じような錆びた風景が広がっていた。錆びた職員通路を通り裏口へ出ると、案の定社長が車に乗り込み走り出そうとしている瞬間だった。

 局長がヴァルキューレの車に乗り込みエンジンをかけ、私も同じ車の助手席に続く。

 

 互いの車はD.U市街へと飛び出し、先生殺害の事件の幕を閉じるべく逃走劇を繰り広げ始めた。

 

 市街へ飛び出した瞬間、視界が一気に情報で埋まる。

 

 ギラギラと光る信号。驚いてこちらを見ている歩行者。

 当然道路を走る一般車。

 景色がどんどん右から左、左から右へ……すべてが速すぎて、脳が追いつかない。

 

 私は窓から身を乗り出し、必死に銃を構える。

 だが高速で動く視界に加え、激しい運転による揺れの上では照準がうまく定まらない。

 手が震えているのが、自分でもわかった。

 

「くっ……!」

 

 狙っているのは車体なのに、視界の端で人影がちらつき引き金に余計な力が入る。

 下手に外せば一般人に当たる可能性もゼロではないのだ。

 カーチェイスも拮抗している。思いのほか社長の運転技術が高く、長い間公安局長として犯人を追い続けてきた局長ですらなかなか距離を詰められない。

 

「車に乗りながらだと当たらないなぁ……!」

 

 一つのミスが命取り。

 奴からすれば一回のミスが自分の逮捕につながり、こちらからすれば一回のミスが今後一生の後悔へとつながる。

 揺れに加え、プレッシャーのダブルパンチで車を狙う銃口がさらに定まらなくなっていく。

 

「……どんな状況でも、余裕失ったら駄目なんだって」

 

 あぶないあぶない、いつもの私のモットーを忘れるところだった。

 当たったらラッキー。そのくらいの気持ちでやればいい。

 改めて銃を握りなおし、車を狙う。不思議と視界はクリアになっていた。

 

「よしっ!」

 

 数分間の逃走劇、その終わりは甲高い破裂音で終章を迎えた。

 私の弾丸が社長の車の後輪に見事当たり、パンクした音が聞こえる。

 だがどうにも様子がおかしかった。車がなかなか止まらない。どうして……。

 

「奴の車の方がパワーが高い。もしくは対パンク用のタイヤが付いているかだな。このまま80kmは走り続けられるだろう」

 

 視線を一切前方から逸らさないまま局長がそう分析する。

 しかし局長は全く焦っていない様子で、むしろ私がタイヤに弾丸を当てたことにより安心している様子だった。

 それから数秒して、その安心の理由がわかった。

 

「ふぅ~……」

 

 局長は深呼吸をし、目をひときわ開いたかと思うと思い切りアクセルを踏み始める。

 これではもし奴が曲がった時、曲がり切れなくて逆に危ない……。

 だが局長は一切スピードを緩めず、ギアを上げていく。いくらパンクに強い車とはいえダメージは大きかったのか、奴の車のスピードが落ちていきだんだんと距離が縮まる。

 

「フブキ! 何かにつかまれ!」

 

 私たちの車が奴の車を追い越そうという瞬間。

 局長が思い切りハンドルを切ると、私たちの乗っていた車が綺麗な軸回転をし始めた。

 そのまま車は社長の進行方向へ割り込むように入り──

 

「うわぁっ!!」

 

 激突した。

 鉄の塊がぶつかり合う激しい衝撃音がしたかと思ったら、車同士は爆発を起こし、私に浮遊感を与える。

 

 どうやら私は運悪く車から投げ出されたようだ。全身を打ったようですごく痛い。ここ最近体を打ち付けすぎて本当に冗談抜きで痛い。

 頭を打ち付けた衝撃でぼやける視界を整え、周りの状況を確認する。

 爆発音の余韻が、まだ耳の奥で鳴っていた。地面の冷たさが、遅れて伝わってくる。

 

 ──赤い。

 

 局長の足元から、血が静かに広がっていた。

 音はない。

 ただ、染みるように。

 

「あ……」

 

 局長の呼吸音だけが聞こえる、荒い。

 それでも、まだ生きている。

 

 ……車が激突した後、局長の足が爆発の衝撃で跳ねた車の下敷きになっていたのだ。すぐにでも処置しないと局長の命に関わるだろう。

 私は応急手当をしようと局長に近づくが、局長はむしろ私に向かって吠えた。

 

「……フブキ、私はいいから奴を追え! 絶対逃がすな!!」

 

「え……で、でも……」

 

 局長の視線の先を見ると、すでに社長は車から脱出しており、あるデパートに逃げ込もうとしていた。もしあんな場所で奴を見失えば、もうこんな機会は二度と訪れないだろう。

 だがここで奴を追えば、もしかしたら局長の命が無くなる可能性が非常に高い。

 私はどうすればいい……? 

 味方の命か、敵の確保か。

 任務か、情か。

 大切な人を失う恐怖がチラつき、私には判断することができなかった。

 

「はっ……はっ……」

 

 鼓動が早くなり、世界がゆっくりになる。酸素がうまく入ってこない。

 

 ──そんな私の混乱は、局長の大きな声によってあっという間に解消された。

 

「走れぇぇえ──―っ!! フブキ──―っ!!!」

 

「っ……ごめん、局長……!」

 

 その気迫に逆らうことなど私には……いや、誰にだってできなかった。

 最後に走り出す前見えた局長の顔が、今までにないほど笑っていたように見えたのは気のせいだろうか。

 

「クソッ! なんで電話に出ないんだあの女……!」

 

「逃がさないよ!」

 

 建物の中へ社長が突っ込んでいく。私もそれに続きデパートの自動ドアが開いた瞬間、空気が変わった。

 暖房の熱、ひどく鼻にこびりつく香水、揚げ物の匂い。雑音。足音。叫び声。

 

 ──視界が、悪いな……。

 

「通して! 警察だよ! 通して!」

 

 奴を決して視界から外さず、叫びながら走る。

 肩がぶつかったり、腕を引かれたり。誰かが転びそうになったり。

 私はこの五カ月、何日も何日も訓練していたおかげか、どれだけ走っても疲れる気はしない。

 足を止めない、それだけを一心に走り続ける。

 

 人混みを掻き分け社長を追っていた、ある瞬間。私の視界は大柄な人の背中に遮られる。

 何とかどいてもらい、奴がいた場所を見るが……既に奴はいない。視線の先にはT字通路があった。

 

「……っ」

 

 心臓が跳ねる。

 一歩、遅れただけで──全部、終わる。

 

 奴が向かったのは、右か、左か。

 一瞬の判断。

 

「……右!」

 

 ──こんな時、先生ならどうする。もっといい追跡の方法があるはずだ。

 脳裏に浮かんだ声を、振り払う。

 

「今は……考えない!」

 

 現状奴との距離を詰めに詰められているのだ、あとはもう突っ走るのみに決まっている。

 出口が見え、外気が一気に肺に流れ込んで、肺が焼けるような感覚がする。

 

 その先に奴がいた、私の勘もまだまだ捨てたもんじゃない。……外に出たならば二度と見失うものか。

 

「どこまで追ってくるつもりだ……!?」

 

「お前を捕まえるまでだっ!」

 

 奴を追い続けてデパートを抜け、路地を抜け、気づけば海の匂いがした。

 視線だけで周りを見渡すと、そこはふ頭。先ほどチェイスをしたデパートから少し離れた場所にあるふ頭だった。

 奴の進行方向にはコンテナが立ちふさがる。行き止まりだ。

 

 社長の足が止まる。奴は絶望したような表情で私を見て、強く睨んできた。

 

「もう……逃げられないよ」

 

 銃を構え、一歩ずつ距離を詰める。

 指先が、わずかに震えているのがわかった。

 

 それでも、逸らさない。

 

 社長の前に突如一人のロボットが立つ。今更奴を護衛しようとしているロボットのようだ。……あの会社がある場所からここまでわざわざ持ち主を追ってきたあたり、相当高性能……おそらくは最後の切り札だろう。

 

 ロボは私に向けて何かを向けている。

 決して小さいとは言えないような銃のような何か……あの大きさのものはどこかで……。

 

「そいつが持っているのはな……君の大好きな先生を殺した武器だよ」

 

 喉の奥が、きしんだ。

 

 ──ああ、そうだ、あの大きさ。先生の胸を貫通していた大きな穴と同じ大きさに見える。

 奴は武器を自慢するように話を続け始めた。

 

「それは……『対人徹甲弾』及び『対人徹甲弾用・携帯砲台』だ」

 

「人体を貫通するために作られた弾丸……ってことね」

 

「どうせ詰みならば……お前もあの世に送ってやる……」

 

 ロボは引き金に指をかけている、おそらく対人徹甲弾はすでに装填されている状態のようだ。

 あれほどの大きさの弾丸が撃ち込まれれば、いくら私たち生徒でも無事では済まないだろう……。

 

 さっきまであんなにうるさかった心拍は、えらく落ち着いていた。驚くくらい冷静だ。

 

「そういえば先生は最期の瞬間、必死に携帯を触っていたな。無様にうめき声をあげながらあがいていたよ」

 

 奴がわかりやすい挑発をしてくる。

 先生が痛みに耐える声を出すところ、その景色が鮮明に頭で再現される。痛かっただろう、寒かっただろう……。

 どれだけ心細かっただろう……。

 

「我々の企業の方針に口出しをしてくるから死ぬんだ、身の程を知らないバカだった」

 

 ──その言葉を言われた瞬間、私の中で、何かが切れた。

 そういえばこいつらが先生を殺した理由、動機を知らなかった。

 

 今、奴が語る動機、それは折り合いがつかなかったからだというのだ。

 経営方針について先生の協力を得たいということでシャーレに声をかけたこいつは、従業員の労働環境やバックヤードの衛生状態などを指摘されたのが気に食わなかっというのだ。

 だから殺した? その程度の理由で? こいつのわがままで? 

 

「せ……ん……せ……」

 

 奴らが、奴らのせいで、奴らの理不尽で

 先生が殺された、殺された。私が守るべきだった。

 

 守るべきだったのに、守れなか──

 守れ……? 守れ…… 守れ 守れ 守レ守レ守レ守レ

 

 ふわふわする、怒りすぎによるアドレナリンの過剰分泌だ。

 私が私じゃなくなる感覚がするが、もう止まらない。いくら感情を止めようとしても止めることができない。

 

「ア……アア……アァァ……」

 

 指先が黒く染まり。そのまま全身を覆いはじめる。

 

「な、なんだ!? くそっ……死ね! 合歓垣フブキ!」

 

 私の変化に驚く奴がロボに指示を出し、対人徹甲弾を私に放つ。先生の胸に見た穴と同じ大きさの弾が私の胸に突き刺さり、背中にまで貫通した。

 だが、出血はしない、むしろ穴は元からそこにあったかのようにその形をとどめている。不思議と痛みもない。

 

 空虚感、罪悪感、殺意

 そのすべてが私を支配していく。

 

「フブキ……? フブキ!!」

 

 自分の足のけがを処置して駆けつけたのであろう局長の声が、最期に聞こえた。

 

「フブキ、その姿は、一体……」

 

 ■■■

 

 私の目の前に信じられない光景が広がっていた。

 車につぶされた足を必死に引き抜き、止血処理をしてフブキを追いかけたその後。

 

 私が付いた時にはすでにフブキが巨大な弾丸に撃ち抜かれて、その姿を黒く染めている瞬間だった。

 

 私の目の前にいるフブキは、身に着けている衣服と顔が銀河のような模様に包まれ、背中から黒い翼を広げて胸に大きな穴をあけた姿をしていた。

 見るだけで言いようのない『恐怖(テラー)』に身が包まれるような……。初めての経験だった。

 

「……そういえば、フブキを打ち抜いた弾丸はどこへ……」

 

 弾丸が貫通したのなら、その弾丸はフブキの背後に落ちているはずだ。だが私がいくら見渡しても、ふ頭のどこにも弾丸は見つからなかった。

 ふ頭ほど視界が開けた場所なら、どこかに無くなるということもないはずなのだ。

 全ての現象が理解できない。

 

 そうこうして考えている間に、すぐにその答えが出た。

 

「……っ! 吸い込まれるっ……!?」

 

 フブキの胸に空いた穴から、吸い込む反応が生まれる。それも非常に強力な力で吸われているようで、ふ頭に並ぶコンテナたちが一部浮くほどだ。

 私も社長も近くにあった段差につかまり、何とか吸い込まれないように耐える。フブキの胸に吸い込まれた物たちは、たちまちその形を消していった。

 

 どうやら吸い込まれたものは何であろうと分解されるようだ……。

 

「フブキを止めなければ……」

 

 また同じような過ちを、彼女に繰り返させるわけにはいかない。

 幸い側面に立てば吸引力の影響を受けづらいらしい。フブキの周りを這いながら側面に移動する。

 

「……フブキ! 目を……覚ませ!!」

 

 彼女の眼は白く濁っており、意識があるのかどうか怪しい。

 私が横からフブキに声掛けを続ける次の瞬間──

 

 彼女の体が、首を脱力したままぐるりとこちらを向いた。

 

「……っ」

 

 それだけで、空気が歪む。

 胸の穴が、真正面から私を捉え、私を吸い込もうとする。

 どうやらフブキの胸の穴に起きる分解反応は強い重力によるものらしい、私の胴体に強い圧力がかかり始める。

 

「──ぐっ……!」

 

 体が前に引かれ、私すら消し去ろうとする。おそらく今のフブキは無意識に目の前のものをすべて食べつくす魔物だ。

 私が止めなければならない……! 

 

 腕が悲鳴を上げる、吸われている。

 ただ引き寄せられているのではない。

 砕かれ、ほどかれ、分解されようとしている。

 

 ひときわ骨が内側から押し潰される感覚がし始めた。

 

「……っ、は……!」

 

 肺が圧縮され、息が吐き出される。

 あばらが、一本、また一本と悲鳴を上げた。

 

 ──それでも。

 

「……フブキ……!」

 

 私は、離れなかった。

 

 距離を縮める。

 もう、逃げるなんて選択肢はハナからない。

 

 胸の穴が、銀河のような模様の奥で光も闇も、同時に渦巻いている。

 

「……戻れ……!」

 

 声が、掠れる。

 それでも、叫ぶ。

 

 私は、残った力をすべて使って──

 フブキを、抱きしめた。

 

「……っ!!」

 

 瞬間、衝撃が走る。

 

 抱き寄せた腕が、内側に引き裂かれそうになる。

 胴体が、えぐられるような圧迫感。

 骨が、耐え切れずに軋み、鈍い音を立てて折れる。

 

 口から生暖かいものがこぼれ、視界が白く弾けた。

 

 ──それでも、腕を離さない。

 

「……っ、は……フブキ……!」

 

 名前を呼ぶたび、肺が痛む。

 声が、震える。

 

「……一人で……背負うな……!」

 

 吸引は止まらない。

 むしろ、強まっている。

 

 それでも、私は額を彼女の肩に押し付けた。

 

「……私は……局長だ……!」

 

 息を吐くたび、血の味がする。あまりの痛みに涙も出てくる。

 それでも、言葉を絞り出す。

 

「……お前を……部下として……!」

 

 視界の端で、ロボが地面につかまり、社長が悲鳴を上げているのが見えた。

 だが、もうどうでもいい。

 

「……友として……!」

 

 抱きしめる腕に、力を込める。

 震える体で、必死に。

 

「……そして……!」

 

 声が、割れる。

 

「……先生の代わりに……!」

 

 フブキの体が、わずかに──

 本当に、わずかに、揺れた。

 

「……フブ……キ……」

 

 私は、最後の力で、囁く。

 

「……帰ってこい……!」

 

 次の瞬間。

 

 胸の穴の吸引が、

 一瞬だけ、揺らいだ。

 

 ■■■

 

 暖かい。

 

 誰かが、私を抱きしめてる。

 

「……キ……!」

 

 ……? 何で局長の声が──

 

「……フブ……キ……」

 

 ……うん。たくさん間違えて、たくさん迷ったけど、でも最終的に社長を追い詰められているよ。

 追いつめて……? 

 

 そういえば……対人徹甲弾を受けてからの記憶がないんだよね……。

 

『フブキ、ダメだよ』

 

 だんだんと意識がはっきりしてくる。

 私の前に立つ局長が見えてきた。

 

「……帰ってこい……!」

 

「っっ」

 

 意識が戻ってきた。

 目が覚めた時に見えたのは、なぜか私を抱きしめていた局長だった。

 その服はいびつな形になっており、口から大量に血を吹いている。

 

「局、長……? なんで……?」

 

「行け……フブ、キ……」

 

 局長の腕が、まるでカタツムリのようにゆっくりとしたスピードで私たちの横を指さし始める。その指がさす先には最後の護衛ロボと気絶している社長がいた。

 私の背中に回されていた腕がゆっくりと脱力し始める。局長が倒れた音が響いた。

 

「局長っ! ……息は、してる……」

 

「……」

 

 局長は返事をしないが、生きてはいる。

 私はまた、何かしてしまったのだろうか。

 

 理解が追い付かない、悲しみもある。だけど……

 

 ……だけど、きっと局長は任務を遂行しろというはずだ。局長は私に「行け」と言った。

 

 局長の手当てに集中したいかの如く、指がそちらに向かおうとした。

 だが必死で自分を押し殺し、局長がせめて楽な姿勢でいられるようにあおむけにしてから護衛ロボの方に向かう。

 私の貫かれた胸はいつの間にか再生していた。服も最後に見た黒い服ではなく、いつもの服に戻っている。

 

「……Kivotos Student Police Department」

 

 コツコツと乾いた足音を立てながら、自分に言い聞かせるようにぽつりとつぶやく。

 

 その言葉を口にした瞬間、

 胸の奥で何かが──かちりと、はまった。

 時刻は夕暮れ、今日は曇りだから空は赤くならず、青暗い空模様の下で銃を握りなおす。

 

 最後の護衛ロボが、ゆっくりと立ち上がる。さっきは対人徹甲弾の圧力であまり見えていなかったが、他の個体とは明らかに違う。

 装甲は厚く、細かい箇所に追加フレーム。胸部のコアが、不気味な光を放っている。

 

「……私は、ヴァルキューレ警察学校一年生、生活安全局の合歓垣フブキ。……時間もないからさ、さっさと行くよ、お邪魔ロボ」

 

 銃口が向けられ、発砲音と同時に反射で身を翻す。

 

 直後、地面が爆ぜた。衝撃波が、背中を叩く。どうやら撃ったのは弾丸ではなくグレネードだったようだ。

 転がりながら、ロボの側面に滑り込む。

 

「っ……!」

 

 直後私の足が悲鳴を上げ、体勢を崩してしまう。ここ数カ月の疲労と拷問によって体が万全じゃないのだ。

 ロボは躊躇しない。

 私のその隙を卑しく見つけて照準を定め、狙いを修正し、射撃。

 無駄のない動きで、こちらを追い詰めてくる。

 

 通り過ぎる弾丸が私の頬を焼いて非常に熱い。

 

「くすぐったいじゃん……っ!」

 

 上手く銃を使って防御しながら反撃に出るが、ロボも応えるように射撃する。

 足を止めず、移動しながら発砲……。だが、あんまり効いていない。当たりはするのだが、奴の装甲が硬すぎる。

 

 普段であればああいう重装備な奴は楽勝なのに……! 

 

 ロボが距離を詰めてくる。機械らしい重い足音が爆音で近づいてきた。

 次の瞬間──

 あのワイヤーが放たれた。

 

「あぶな──っ!」

 

 紙一重でかわすが、私の上着に刺さってしまっている。

 ロボは急いでワイヤーを巻き戻し、私の体を引き寄せ始めた。電流こそ流れないが、拘束された状態は非常にまずい……! 

 

「くっ……!」

 

 ならばこそ、私はその力を利用した。

 引かれる勢いのまま、地面を蹴ってロボの懐へ──

 

「今だ!」

 

 至近距離で、銃を撃ち込もうとした瞬間だった。

 私の銃から不吉な音が鳴る。

 

「弾詰まり……っ!?」

 

 最悪だ。普段から整備していなかったせいだ……! 

 思考が一瞬、真っ白になる。ワイヤーがどんどんと巻き戻され、ロボが体に隠していた刃物を刺されそうになった。

 

 ──だが、そうはさせない。

 私は上着の内側から第17号ヴァルキューレ制式拳銃を取り出す。無論この銃は私の銃ではない、局長の愛用する銃だ。実は先ほどこういう時のために局長の懐から取り出していた。

 

 警察として窃盗はよくないが、今回ばかりは本当に助かったと言わざるを得ない……。

 私はロボの関節部に弾丸を撃ち込む。

 先ほどからずっと見えた、一瞬だけ見えるわずかな隙間。大昔の戦士は鎧を着たがこういう隙間が弱点なのだと、何かで読んでいたのが早く気付くきっかけになった。

 

 火花が散って、ロボの動きがほんの一瞬だけ鈍る。

 

 ──その一瞬で、十分だった。

 

 私は、ワイヤーの刺さっている上着を脱ぎ捨てコンテナに飛び乗り……さらに跳ぶ。

 

 視界の端に、局長の姿を見る。あの人に教えてもらった執念が、私に勝利をくれた。

 コンテナからしばらくロボを見下ろした後、私は落下しながら銃を捨てる。

 そして──

 ロボの背中に、全体重を叩きこんだ。

 

「──はぁっ!!」

 

 私の全体重でできる限り装甲にダメージを与え、キリノから教わった体術で抑え込む。そしてロボの首元、一番大事なパーツが集まる部分に手をねじ込み、思い切りねじる! 

 ぶちぶちとコードがちぎれる音、エラーの音。それらが混ざり悲鳴のような音を出す。

 脳裏に先生の姿が浮かぶ。

 

 奴……社長は笑うだろう、死んでる先生のためになぜそこまでするのかと。

 俺たちを邪魔をした先生は死んで当然だったのだと。

 

 違う。先生は死んでなんかいない、私の中でずっと生きて私を見ていてくれる。その存在が脈を加速させる。

 いつだって私は、正しい正義を宿してやる!

 

「……私の、"勝ち"だっ!!」

 

 持てる力をすべて出し切り、ロボの頭部パーツを破壊した。

 

 私が離れると、とたんに固まる躯体。

 

 ──静寂。

 

 波の音だけが、ふ頭に戻ってきた。勝ったんだ……。

 

 ……いや、まだ終わってない。

 

 勝利の余韻もそこそこに、近くに落ちていた私の銃を拾い、弾詰まりを直す。

 いつの間に意識を取り戻していたのだろうか、社長のもとへ私は近づいて銃口を向ける。

 もう距離を詰める必要もない。

 

「は、はは……撃てよ」

 

 突如社長がそのように言い放つ。開き直ったのだろうか。

 

「俺を殺せば、ヴァルキューレは人殺しをするのだと広まる。だが撃たないわけにはいかないよなぁ? 仇だぞ?」

 

 私の手にまたかすかな怒りが思い出される。

 確かに言い方を変えれば、先生の仇をとる絶好のチャンス。

 

 銃口を頭部にくっつける。

 奴は死ぬかもしれない状況だというのに私を見て狂ったようにまだへらへらしていた。

 

 私は──

 

 私は銃を下ろし、静かに手錠をかけた。

 

「なっ……撃てよ! 撃っちまえ! それで楽になるぞ!」

 

 手錠をかけると人が変わったように私に射撃を懇願する。その意図はおそらく、捕まって裁きを受けるくらいなら、今ここで死んで楽になりたいという欲望だろう。

 私は、絶対に撃たない。

 

「ねぇ、なんで私が撃たないか、知ってる?」

 

 ……静かにそう質問をしてみる。

 すでに冷静さを失った奴はその質問に全く耳を傾けない。

 

「知るか!! 早く撃って仇をとって見せろよ!!」

 

「ヴァルキューレは、私にとってたった一つの居場所だから」

 

 それだけ言い放ち、私は局長の元へ戻っていった。

 奴は諦めたのか、後ろから声が聞こえることはもうなかった。

 

 ■■■

 

「や……たな……フブ、キ……」

 

 局長が今にも消えそうな声で話しかける。困った……今この場でできる処置なんてたかが知れている。

 先ほどのカーチェイス後の足のケガ、それに加え原因がわからないあばら骨の複雑骨折。肺の損傷。

 このままなら間違いなく出血多量で死に至る。

 

 私が局長の前でどうにか助けられないかあたふたしていると、どこかから声が聞こえた。

 

「終わったみたいっすね」

 

「フブキ────っ!!」

 

 遠くの方から、暖かい声がする。

 

「キリノ! 副局長!」

 

 おそらくはビル地下での戦闘を終え、私たちを探していたヴァルキューレの部隊たちが到着する。

 時間の経過から考えて、すでに社長確保が終わっていると判断したらしく、全員の手には救命道具が用意されていた。

 すぐに精鋭部隊、もとい救命部隊がまるで大好きな飼い主を見つけた犬のごとく局長に群がり各々の処置をする。

 

「いやー、間に合ってよかったっす。姉御」

 

「ありが……とう。け、ど……全員で……囲う必要……ある、か……?」

 

「精鋭部隊の愛情の表れっす」

 

 局長は救命部隊にもみくちゃにされながら苦笑いして副局長と話している。

 そんな風景を見ていると、突然キリノが私に抱き着いてきた。

 

「犯人逮捕、おめでとうございます!」

 

 キリノの声が、やけに大きく聞こえた。胸に抱きつく温もり。

 戦闘による運動で非常に代謝が高くなっているんだろう、生きている証みたいな体温。

 

 ──でも。

 

「……」

 

 どうしても言葉が出てこなかった。

 “おめでとう”

 その言葉が、喉の奥で引っかかる。

 私は私自身が一番知っている、過去自分が、どんなことをしたかを。

 権力の暴走を起こし、一人で突っ走って、命を賭けて、皆を危険に巻き込んで。

 今回は全員無事で済んでいるが、もし誰かが運悪く命を落とす結果になっていたのなら? そう考えただけで、背筋が冷える。

 

 私は、祝福される側じゃない。

 

「……キリノ」

 

 そっと肩に手を置いて、距離を取る。

 

「私……」

 

 言いかけた、その時。

 

「……フブキ」

 

 掠れた声が、私の名前を呼んだ。

 振り向くと、いまだ救命部隊に全身を揉まれている局長がこちらを見ていた。

 苦しそうなのに、目だけは、はっきりしていた。

 

「……来い」

 

 命令で放っていないのが分かる一言。

 私は後ろの方であぶれた救命部隊を少しだけ割って局長のもとに歩いていく。

 局長は、ゆっくりと息を整えてから言った。

 

「……今のお前は……生徒じゃない」

 

 胸が、きゅっと締まる。

 

「この場の……部隊長だ」

 

 その言葉で、私の中の迷いが、すっと引いた。心が救われるような、非常にクリアな感覚がする。

 ──そうだ。

 今、私が立つ場所はここだ。

 

 私は背筋を伸ばし、震えそうな声を、無理やり飲み込む。

 周囲を見る。

 キリノ、副局長、精鋭部隊。

 全員が、こちらを見ている。

 

 私は、深く一礼した。

 

「……皆」

 

 声は、意外なほど落ち着いていた。

 

「今回の事件、無事に解決できたのは……みんなの一人一人の力のおかげ、……です」

 

 慣れない『ですます口調』を使い言葉を紡ぐ。局長も副局長も、キリノ、精鋭部隊も私の言葉に耳を傾けていた。

 

「私は……何度も間違えちゃったけど……それでも、最後まで立っていられたのは……皆がいたからです」

 

 拳を自然と握りこむ。

 

「犯人は逮捕できた。負傷者は出たけど……全員、生きてる」

 

 ほんの一瞬だけ言葉を切る。大きく息を吸ってから、確実に全員に聞こえるよう力を込めてはっきりと発声した。

 

「……みんな、ありがとう。そして──お疲れさまでした」

 

 その場の全員が敬礼の姿勢をとって私を見ていた。

 





どうも曇りのち晴れ男です。
あと一話だけ続きます。
あとがきもその際に……
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