「さぁさぁ、楽しい反省会といこうじゃないか!」
「はい。お願いします」
もはや居慣れた旧理科準備室。マンハッタンカフェさんにコーヒーを貰って、シンザン記念の反省会をする。
でも、その前に。
「フィクサーくぅん、君はまさか珈琲派閥だったのかい?」
「こだわりはありませんが、しいて言うならコーヒーの方が好きですね」
「ふぅン、そうかい」
コーヒーを飲んでいることに対し、なにやら言いたげなアグネスタキオンさん。
ただ、これ以上言及するつもりはないのか、それっきり話題はなくなりました。
ノートPCの画面に映し出される、シンザン記念の映像。
映像だけではなく、写真もいくつか貼り出されています。特に多いのは、第4コーナー付近。
「今回のレース、まず物申したいのは第4コーナーの失態だ。あの膨らみようは看過できない」
「スピードを上げすぎて、ステップが雑になっていました。レース中にも気づきましたが、修正するには時間が足りなかったです」
「それが正解だ。無理に内を閉じようとすれば、走りの方が雑になる。走りが雑になれば、分かるだろう?」
頷く。
最後の勝負で、走りが雑になったら勝てる勝負も勝てません。加速が思うようにいかず、スピードに乗り切ることができない。
今回のレースで特に酷かったのは、コーナーを回る際の立ち回りでした。
私自身もレース中に思っていた。あまりにも膨らみすぎていると。
私が感じていることを、アグネスタキオンさんが見逃すはずがない。ネチネチと、執拗に責め立ててきます。
「スピードを出すことに意識を割きすぎだ。第4コーナーのコーナリングが特に酷いが、他も似たようなものだね。内側から抜かされなかったのは奇跡に近い」
「同意見です」
「がむしゃらに走っても無意味だと教えているだろう? 適切な場所で、適切な力を発揮しなければ加速は生まれない。今後のトレーニングでは、コーナリング技術を磨くこと。良いね?」
「分かりました。次こそは完璧に実践します」
「完璧を求めるものではないよ。ま、それくらいの気概で挑みたまえ」
コーナリングの講習は1時間ほど続きました。
講習、とはいっても、シンザン記念での失態を責められているだけの時間でしたけど。
仕方ありません。ミスをやらかしたのは私であり、言われて当然のことをやってしまったわけですから。
(まだまだ未熟ですね、私は)
相手を策に嵌めるだけではダメ。勝つには、私自身の技術も求められる。
必要最低限の技術、持っておかなければいけないものを、私はまだ身につけていない。
身につけなければなりません。今後勝つためには、より高い練度で極める必要がある。
コーナリングの技術だけじゃない。要求されるものは、もっとたくさんあります。
「向こう正面が顕著だが、走りのフォームが乱れている。周りのウマ娘に影響されて、君自身のペースが乱されているんだ」
「……これは気づきませんでした。反省です」
「ほんの些細なことかもしれないが、塵も積もれば山となる。塵を1つずつ潰していくために、日々のトレーニングでも注意を払って」
フォームの最適化、周りに流されないメンタル、加速の仕方、気づかれないチェンジオブペース。
弱い点を1つずつ洗い出す。洗い出して、次はどうするべきかを考える。
どうするかを考えて修正する。修正した箇所を、次のレースで実践する。
トライ&エラー。できるようになるまでやる、できたらさらに極める。何事も、トライ&エラーの繰り返しです。
ダメ出しが続く反省会。
ですが。
「ただ、スピードの持続は良い感じに伸びている。これは思わぬ収穫だね」
「スピードの持続、ですか」
「あぁ。スピードというのは、ただ速いだけでは完結しない。いかにそのスピードを持続することができるかもまた重要だ」
唐突に褒められます。末脚の持続時間が、伸びていると。
「局所的に最速で駆け抜けようと、一番最初にゴールしなければ意味がない。最速のスピードを持続する……これが大事になる」
「成程。いつも言っていますね」
「その通りだ。これから先、レースの選択肢は増えてくる。中距離以上ならば、君の末脚はさらに輝くことになるだろう」
口の端を釣り上げて、愉快そうに笑みを浮かべるアグネスタキオンさん。
楽しくて仕方がない。そんな表情。
「これから先も、休むことなく努力を続けるんだ。鍛え続けて、スタミナを付ければ。君はそれだけ速くなれる」
「速く、なれる」
「あぁ。今後のトレーニングはロングスパートの持続と、相手への嫌がらせに磨きをかけよう。それ以外のトレーニングは少し減らす」
今後の方針を決めて、楽しそうに笑っていました。
ロングスパート、ですか。
「考えもしなかったですね。末脚を持続させることは」
とにかく速くなればいいと考えて、速くなった脚を持続させようとは思いませんでした。
アグネスタキオンさんに教えられて、気づくことができた。
やはり、彼女は凄いですね。
もっとも、私は呆れられた視線を向けられています。
アグネスタキオンさんだけではなく、同じ部屋にいるマンハッタンカフェさんからも。
「なんだろうねぇ。フィクサー君は頭が良いのに、時折凄くバカになるね」
「失礼ですね。誰がバカですか誰が」
「……否定、できません。たまに、本当にたまに、フィクサーさんは、とんでもない見落としを、しています」
なぜお2人は私をバカだというのか。全くもって理解できません。
いえ、2人だけではない。ブリッジコンプさん達もまた、私のことをバカと言うことがあります。
(何故、バカと言われるのでしょうか? テストの成績は悪くありませんし、将棋もお2人より強いのですが)
「私の成績は悪くありませんが。どの点がバカなのでしょうか?」
「う~ん……バカと言われて、すぐにテストの話を持ち出すところとかだね。そういうことじゃないんだよフィクサー君」
ますます分かりません。なぜ私がバカと言われるのか。
聞いても教えてくれませんでした。ならばまぁ、聞く必要はないでしょう。気になりますけど。
反省会は終わって、今アグネスタキオンさんはデータをまとめています。
過去のだけではなく、この先必要になるであろうデータ。
今後のトレーニングでどれだけの成長が見込めるか、メニューの見直すべき箇所を修正して、必要なものを取捨選択。
今の私のデータをまとめている。そんな時に。
「この頑丈さが羨ましいねぇ、本当に」
ぼそりと、彼女は呟きました。
今まで見たことがない表情で。自分で言ったことに気づいていないのか、訂正することもなく。
彼女は、アグネスタキオンさんは。私の頑丈さが羨ましいと言った。
いえ、彼女だけじゃありません。
「はい。本当に、羨ましい」
聞こえていたのでしょう。マンハッタンカフェさんもまた、同意するように声に出しました。
頑丈さが羨ましい、ですか。
(私の取り柄、になるんでしょうか? よく分かりません)
小さい頃から風邪知らずのケガ知らず。なので、なにが羨ましいのかは私には分からない。
アレでしょうか。たくさんトレーニングができるとか、そういうのでしょうか。
その線が濃厚ですね。そうと仮定しましょう。
下手なことは言えません。なので、私から言えることは。
「はい。病気に罹ったこともなければ、ケガをしたことがありません。両親に貰った、頑丈な肉体です」
誇りに思っている。頑丈な自分の肉体を、卑下することも謙遜することもなく、ただ誇る。
お2人は微笑んでいました。
「そうかい。大切にしたまえよ」
「はい。ご両親のこと、好きなんですね」
「えぇ。自慢の両親です」
和やかな雰囲気が流れる。ゆっくりとした時間でした。
そんな折に、ふと思い出します。
「あ、そうでした。私の次走が決まりましたよ」
次のレースが決まったことを。トレーナーさんに提出して、ほぼ確定であることを伝えます。
アグネスタキオンさんから呆れた視線を向けられますが、気にすることなく聞いてきました。
「次のレースはなんだい? 2週間後かい?」
「いえ、1か月後ですね。共同通信杯です」
「ふぅン、1か月後か……ん? 共同通信杯? 君は今、共同通信杯と言ったか?」
それも、何度も確認するように。
私も、嘘ではないことを証明するために、改めて伝えます。
「はい。私の次走は共同通信杯です。東京レース場の1800m、G3のレースを走ります」
「頑張って、ください。応援、しています」
マンハッタンカフェさんから応援の言葉を貰いますが、アグネスタキオンさんは考え込んでいます。
なにか気になることがあるのか、まとめていたデータを後回しにして、新聞記事を漁っている。
探して探して、お目当ての物を見つけたのか、口の端を釣り上げました。
「ほっほ~う、これはこれは。中々興味深い相手がいるじゃあないか」
「興味深い相手、ですか。誰のことでしょうか?」
「君のことだから、とにかく出れるレースに出る気だったんだろう。ただ、今回の共同通信杯には彼女が出る」
人差し指を手に当て、面白おかしそうに笑っている。
そんな彼女の口から出てきた名前は。
「ナリタブライアン。最優秀ジュニア級ウマ娘に輝いた、フィクサー君の世代の頂点が出走するレースだ」
私の世代の頂点に立ったウマ娘。クラシック最有力候補と呼ばれている、ナリタブライアンさんでした。
とはいっても、特に興味を惹かれるわけではありません。
「そうですか。まぁ、誰が相手だろうと関係ありませんが」
「……軽い、調子。心臓の強さは、尊敬します」
「これはい~いデータが取れそうだ! というわけで頑張りたまえよフィクサー君」
「こっちも、こっちで、図太い」
誰が相手でも、私の目的に変わりはありませんから。
次の舞台ではブーちゃんが相手。