「つつつ、次の相手がナリタブライアンンン!? 本気で言ってんのフィー!」
教室に響く、ブリッジコンプさんの大きい声。周りの子達が何事かと注目している。
ひとまず、目の前で興奮しているブリッジコンプさんを落ち着かせましょうか。
「声が大きいですよ。周りの子達が何事かと見ています」
「え? あ、ご、ごめんフィー」
幸いにもすぐに気づいてくれました。顔を赤くしつつ、謝るように頭を下げて椅子に座り直すブリッジコンプさん。
とはいっても、疑問が晴れたわけではありません。
いつものメンバーのジャラジャラさん、マリタイムシッパーさんの2人と一緒に、私をジト目で睨んでいる。
同じ過ちはしない。こそこそと、耳打ちをするように声を潜めて。
「本当なのフィー? アンタの次走、共同通信杯にナリタブライアンが出走してくるって」
「あああ、あのブライアンさんと一緒のレースだなんてぇ……い、今からでも別のレースに出走しようよぉ」
「さすがに分が悪すぎるって」
私の次走である、共同通信杯について聞いてきました。
いえ、メインの話題は私ではない。同じレースに出走する、ナリタブライアンさんのことがメインです。
嘘を言っても仕方ありません。今更レースを変えるつもりもない。
だから、ありのままの事実を伝えるだけ。
「えぇ、私の次走は共同通信杯で、対戦相手にはあのナリタブライアンさんがいます。それが何か?」
「いやいや、アンタも知ってるでしょ? ブライアンさんがどんだけ強いか」
頷く。さすがに知っています。教えられたのもそうですが、元々有名ではありましたので。
ナリタブライアン。チーム・ハダルに所属するウマ娘で、今最も注目を集めているクラシック級ウマ娘。
昨年度BNWとして名を馳せ、有馬記念でトウカイテイオーと死闘を演じた菊花賞ウマ娘・ビワハヤヒデの妹。
走りの才能は圧倒的。生徒会長であるシンボリルドルフが注目している他、姉であるビワハヤヒデ直々に担保されている。
「ブライアンは自分より強い。彼女はいずれ、かの【皇帝】に並ぶ怪物になる」
当初は身内からの甘い評価だと本気にしていなかった。姉としての情があるのだと本気にしない者もいた。
その評価がどのようになったのかは、今の彼女を取り巻く情勢を考えれば無意味な質問でしょう。
「朝日杯が特に顕著でしたね。大外まくりで進出、不利な要素を覆して最後には3と半バ身差で快勝」
「そうだよ! 朝日杯でさらに注目されるようになって、クラシックの最有力候補に躍り出たんだから!」
興奮気味に語るブリッジコンプさん。その目の奥から感じるのは、私に対する不安、でしょうか。
不安を抱くのは当然でしょう。私はこれと言って目立った活躍をしていない、オープンレースを1勝しただけの凡ウマ娘。
片やジュニア級の頂点に立ち、世代の顔役として名を上げた怪物。
同じレースに出走する。心配にもなるでしょう。
もっとも、私からしたら。
「どうでもいいですよ。誰が相手だろうが、私にとっては関係ありません」
相手が誰であっても関係ない。勝利をもぎ取るだけですから。
ブリッジコンプさん達は、当然のように不安そうな表情。何を言っているんだ、と言いたげな視線。
「で、でもフィクサーちゃん。さすがに今度はキツいよぉ。勝てっこないって」
「そうだよ。止めといた方がいいって、フィクサー。まだ間に合うんだからさ、別のレースに出走しよ?」
優しく諭しますが、何を甘えたことを言っているのか。
「お断りします。言ったでしょう? 誰が相手だろうと関係ない、と」
「で、でもぉ」
「大体、甘えたことを言ってんじゃねぇ。走ってりゃどの道ぶつかる相手、今当たるのと未来で当たるの、大して変わんねぇだろうが」
「フィクサー、フィクサー落ち着いて。素が漏れてるよ」
失敬な。私は普通です、普通。
震えるジャラジャラさん、私を止めるマリタイムシッパーさん、難しい表情をしているブリッジコンプさん。
この場にいる中で賛同者は0人。とはいっても、関係ありませんか。
「今更覆す気はない。私は絶対に共同通信杯に出走する」
「う、う~ん……」
「第一、何故走る前から負けると決めつけるんですか?」
本当に、心底理解できない。
「勝率が1%しかない、1%を切っていようがどうでもいいんですよ、私は。少しでも可能性があるならば、自分の命さえも賭けに使う。それが勝負の世界、当然の理でしょうが」
「いや、それはおかしい。普通の人は命まで賭けんて」
「は? 私はそんな甘えた覚悟でこの世界に来ていません。勝つためならば全てを尽くす、己の存在全てを燃やし尽くす。その覚悟で、私はターフに立っている」
勝つために死力を尽くすのは当然のこと。才能のない私は、そこまでしないと勝利を掴み取ることができないのだから。
私は勝ちたい。レースで、勝負で勝ちたい。
勝ちたくて勝ちたくてたまらない。勝つことこそが私の存在意義なのだ。
けれども、私には才能がない。メイクデビューを勝ちあがるのが精々で、重賞で掲示板入りするのも奇跡に近い、その程度の才能しかない。
そんな私が勝つためには、全てを賭けるしかない。己の命すらも賭けて注ぎ込むしかない。
「どれだけ止められようが、私は絶対に出走します。この意見を曲げるつもりはありません」
相手が天賦の怪物だろうと、私のやることは一切変わらない。
勝利をもぎ取るために、ナリタブライアンだろうと下すだけです。
私の覚悟を聞いて、ジャラジャラさん達は黙り込んでしまいました。
もはや止めることは出来ないと悟ったのでしょう。
「ふぃ、フィクサーちゃんがそこまで言うなら……うん。もう止めないよ」
「そーそー。それが無難だってジャラジャラ。それに、これがフィクサーらしいじゃん?」
「う、うん。そうだね。フィクサーちゃんらしいかも」
どういう意味が込められているかは分かりませんが、とにかく一件落着ですね。剣吞な雰囲気から一転、和やかな空気に戻る
「ねぇフィー。ちょっといい?」
前に。ずっと黙り込んでいたブリッジコンプさんが口を開きました。どうやら、私に質問があるようで。
「構いません。なんでしょうか?」
「いやね、ちょっと気になったことがあんのよ」
神妙な顔つきで、いかにも物申したそうな雰囲気をしている。何を言われるのか、興味をそそられる。
彼女からの言葉に身構えます。
「いやね、アンタのことだからナリタブライアンのことは覚えていたと思うのよ。実際にアンタは覚えてたんじゃない?」
身構えていましたが、なんとも肩透かしの質問。普通の疑問でした。
「そうですね。覚えていましたよ」
「でしょ? つっても、アンタはバトルジャンキーじゃない。好んで挑むような子じゃないのは、アタシもよく知ってる」
なにが言いたいのでしょうか。いろいろと聞いてきますが。
しかし、ここから核心に触れる内容かもしれない。雰囲気が変わって、神妙な顔つきになりました。
再度、私は身構えます。
「それを踏まえた上で、アンタに聞きたいのよフィー。嘘をつかずに答えて」
「嘘を吐く気はありませんが、どうぞ。なんでしょうか?」
1つ深呼吸をして、ブリッジコンプさんは。
「アンタ、絶対ナリタブライアンが出走することを知らずに共同通信杯にエントリーしたでしょ? 近いからこれでいいや、って感じで選んだでしょ?」
私にそう聞いてきました。ナリタブライアンさんが出走することなんて知らなかった、出走するレースにたまたまいただけ、なんてことを。
いやはや、凄いですねブリッジコンプさんは。
「よく分かっていますね、ブリッジコンプさん。ズバリその通りです」
「やっぱりじゃないのよこのおたんこニンジン!! ちったぁ出走メンバーのこと考えてからエントリーしろぉぉぉ!」
彼女が聞きたかったのはこのこと。共同通信杯にエントリーした理由について、でした。ちなみに、理由はブリッジコンプさんが語った通りです。エスパーか何かでしょうか。
聞いていたジャラジャラさん達も呆れた表情をしています。何故でしょうか。
「本当に、本当にさフィクサーちゃん。せめて条件とか出走メンバーのこと考えて走ろうよ……その方が絶対勝率上がるよ……」
「知りません。誰が相手だろうと勝ちに行くだけですから」
「もう本当バカ! とんでもない大バカ! なんでこう、この子は不器用なのかねぇ!?」
「誰がバカですか。せめて私よりテストで良い点取ってから言ってください」
「そういうことじゃないよフィクサー。本当にあんたは愛すべきバカだねぇ」
3人から非難轟々。どうしてこうなったのでしょう。全くもって意味が分かりません。
◇
お昼休み。私は、ある人のところへと向かっている。
「呼び出しとは珍しいですね。お互いに、不干渉を貫くものだと思っていましたが」
ある人、というのは私のトレーナーさん。名義貸しトレーナーのところです。
彼が私を呼ぶことなど滅多にない。あったとしても、レース場の開催変更の報せといった事務的な連絡くらい。
それ以外で会話を交わすことなどまずありません。
だから、呼び出しの内容もある程度察しがつきます。大方、レース場の変更があったかどうかでしょう。
トレーナー室の扉の前に立って、ノックをします。中から声が聞こえたのを確認して、部屋に入る。
「失礼します、ダーティフィクサーです、河地トレーナー」
「あぁ、来たか。ダーティフィクサー」
不愛想な声。最低限の身だしなみを整えた姿。
無気力で、生きる活力がなさそうに見える男性。
この人こそが私のトレーナーさん、河地トレーナー。とはいっても、名義貸しなので他のトレーナーさんとはちょっと事情が違いますが。
手短に済ませましょう。お昼休みの時間も有限ですから。
「本日はどういったご用でしょうか? 共同通信杯の開催地が変更された話でも上がりましたか?」
「いや、違う。今回お前に来てもらったのは、勝負服の件だ」
早速聞くと、用件は勝負服のことだったらしいです。
なんでも、私の勝負服が届いたとのこと。
「届く日は〇〇日。採寸を済ませる必要があるから、準備をしておけ」
「分かりました。用件はそれだけでしょうか?」
「あぁ。用件はそれだけだ」
淡白なやり取り。およそ担当ウマ娘とトレーナーとは思えない会話。冷え切った、お互いのことになんて興味がないかのような会話。
これでいい。私達は、これでいいんです。
お互いに不干渉を貫くビジネスライクの関係。
私がレースに出るために彼の存在は必要であり。
彼は学園に在籍するために私という存在が必要。
たった、それだけの関係です。
(アグネスタキオンさんの言う、トレーナーとの絆が力になる現象……興味はありますが、望みは薄いでしょう)
こんな感じですからね、私とトレーナーさんの関係は。別段、なにか思うことはありませんが。
用件はそれだけだったので、すぐに退出します。
扉に手をかけて、立ち去ろうとした瞬間。
「待て、ダーティフィクサー」
トレーナーさんに呼び止められました。珍しく、本当に珍しく。
振り返る。トレーナーさんの表情は、よく分かりません。ただ、いつもと違う表情をしていることだけ分かりました。
「なんでしょうか?」
聞き返す。目をそらし、私の方は見ていません。
苦悶している。何か悩んでいる。何に悩んでいるのかは分かりませんけど、どうしようかと悩んでいるのが分かる。
待つ。彼が何を言うのか、聞くために待ちます。
時間にしてどれほど経ったか? 数分か、数十分か。気づけば時間さえも忘れて、私は扉の前で彼の言葉を待っていた。
ようやくひねり出したであろう、彼の言葉は。
「……なんでもない。呼び止めて悪かった」
なんでもないんですか。なんとも、肩透かしを食らった気分です。
「そうですか。それでは改めて、お疲れさまでした、トレーナーさん」
扉を開けて退出します。去り際、後ろの方から。
「……頑張れよ」
そう聞こえたのは、きっと幻聴ではないのでしょう。