「負けました」
「知ってるよ。ものの見事に負けていたねぇ」
「もうちょっと取り繕いなさいよアンタは! いつものことだけど!」
もはや恒例となった反省会。旧理科準備室で開催されているそれは、負けたという報告から始まりました。いつものように、ブリッジコンプさんが叫んでいます。
議題は先日行われた共同通信杯のこと。私は出走し、2着に敗北した。
1着はナリタブライアン。前評判通りの強さを発揮しての1着、と言ったところでしょうか。
「や、やっぱり副会長さんは強いね。あんなにあっさり勝っちゃうなんて」
「フィクサー達なんか眼中にない、って感じだったもんね。路傍の石ころを見るような目をしちゃってさ」
「ムギギギ……! い、今のうちよ今のうち! そのうちウチのフィーが逆転するんだから!」
いざ対戦して分かります。彼女はとても強いと。世代最強の名は伊達ではないと、たった1走で思い知らされました。
(そもそものスピードが桁違いですね。私では到底たどり着けないような領域に、彼女はすでに立っている)
モノが違う。怪物と呼ばれているそうですが、まさにその名の通りでしょう。私なんか足元にも及ばない。
とはいえ、共同通信杯は反省点がたくさんあります。ナリタブライアンさんのことはどうでもいいので。
「今回のレースですが、ナリタブライアンさんを意識の外に追いやったのが間違いでしたね。彼女が囲まれているからと、他のウマ娘がマークするからと疎かになってしまいました」
「分かっているようで何よりだ。とはいえ、私としてもあの末脚は予想外の一言に尽きる。あんなに囲まれた状況で抜け出してくるとは誰も思わないだろう」
「いや切り替え早いわねアンタたち。毎度のことながら」
ブリッジコンプさんから呆れた視線を向けられますが、当然でしょう。
私はレースで負けた。それ以上でもそれ以下でもない。過去の事なんかいつまでも悔やんでいる暇はない、次のために前に進まなければいけません。
アグネスタキオンさんも理解している。だからこそ、私達は負けたことを引きずらない。そんなものは無意味な行為だから。
「後悔するのは時間の無駄なので。それよりも、今後はあの末脚が飛んでくることを警戒しなければなりません。クラシック三冠レースに、彼女は出てきますから」
「フィクサー君に同意だ。そもそも勝敗なんて興味がないんでね……そうだね、囲まれていようが常に警戒しなければならないだろう。そのためにも今以上に周囲への警戒を」
「おいゴラァ! フィーはともかくアグネスタキオン! なんてこと言うのよアンタは!」
「事実だ」
ブリッジコンプさんは何故怒っているのか。カルシウム不足なのでしょうか? 今度牛乳でも渡しておきましょうか。
とにかく、ナリタブライアンさんの対策は急務でしょう。クラシック三冠レースに出走する以上、彼女は必ず走ってくる。今の内に、出来る限りの対策を考えておかなければいけません。
ただ、彼女は純粋に強い。全ての値が私はおろか、クラシック級ウマ娘の枠組みを超えていると言っても過言ではない。そんな相手に勝つ必要がある。
ではどうするか? 答えは決まっているでしょう。
「彼女に勝つためには、大前提で彼女の得意な展開に持ち込まないことが絶対条件でしょう。それすらできないなら、蹂躙されて終わりです」
「あぁ。ただでさえ全ての分野で劣っているのに、相手がフルスペックで戦える舞台で挑むのはバカのやることだ」
「はい。なので、まずは彼女の得意な分野を研究しましょう。ついでに、苦手としていることも」
得意なレース展開に持ち込ませない。苦手な展開に持ち込んで、彼女の力を削ぎ続ける。それが最適解、レースに勝つための方法。
そうと決まれば、彼女が出走したレースを集めましょうか。いえ、集めなくてもアグネスタキオンさんが持っていそうですね。
「では、アグネスタキオンさん。ナリタブライアンさんのレース映像をお願いします」
「任せておきたまえ。ここにちゃんと用意してあるよ」
「いやに用意がいい……アンタのことだから、実験に使えそうなウマ娘のデータとして集めてそうね」
「その通りだともコンプ君! 彼女を調べることもまた、私の研究に役立つに違いないからねぇ!」
予想通り、アグネスタキオンさんはデータを持っていました。手間が省けて何よりです。
早速研究を、といったタイミングで、ブリッジコンプさんの心配そうな表情が目に入りました。
「あの、さ。フィー。ちょっと聞いてもいい?」
「なんでしょうか? 用件は手短にお願いします。時間は一分一秒も惜しいので」
アグネスタキオンさんが資料を用意している間、彼女の話に耳を傾けることに。いったい、何が気になるのでしょうか?
「ナリタブライアンに負けて、なにか感じたことはないの? 力の差とか、ヤバいとか」
ナリタブライアンさんと戦って感じたこと、ですか。
「強いですね。ですが、次は勝てるように努力をします。それだけです」
それ以外に何を語ればいいのでしょうか。彼女は強かった、私は弱かった。だから私は負けた。あのレースで語る内容なんて、これだけです。
ですが、ブリッジコンプさんは納得いってない様子。相変わらず私を心配するように見つめています。
「……それ以外にもあるんじゃないの? 勝てるわけないとか、別のレースに出ようとかさ」
「別に。勝てないなら勝てるようにするだけ、たったそれだけのことじゃないですか」
「ほ、本当にそれだけなのかな? だって、完膚なきまでに負けたんだよ? あんなに頑張ってたのに、力の差を見せつけられて負けちゃったんだよ?」
「心にクるもの、あったんじゃない? いくらフィクサーでもさ、あんな風に負けちゃったら精神的にクるでしょ」
はぁ、そうですか。心にクるもの、というのもよく分かりませんし……別に何も感じません。
「分かりませんね。私はあのレースで負けた、それ以外のことがありますか?」
「いや、本当にさフィー。頑張ったからこそ悔しいっていうか」
「そもそもの話、なにが精神的にクるんですか? そこが理解できません」
悔しいという感情は勿論あります。死ぬほど悔しいですし、不甲斐ない自分に吐き気がする、殺したいほど怒りが沸く。
ただ、どれだけ振り返ったところでレースの結果は変わらない。
「勿論、負けたら悔しいです。悔しくて悔しくて堪らないですし、不甲斐なさで自分を殺したくなる」
「いや怖っ!? そこまで思う必要ないでしょ!」
「それだけ屈辱的なんですよ。私にとって負けるということは」
「……だったら、逃げちゃおうなんて思わないの? 負けるの嫌なら、勝てる勝負に挑もうって思わないの?」
「微塵も。勝てない相手がいるなら勝つまで挑む、負けて地べたを這いつくばろうが、いつか掴み取る勝利のために歩みを止めるつもりは毛頭ありません」
変わらないなら振り返るだけ無駄でしかない。悔しがるだけ時間の無駄、引きずるだけ無意味。それだけのこと。
なによりも。
「そもそも、誰が相手だろうが関係ないんですよ。逃げた先に、私が望む景色はありはしないんですから」
「誰が、相手でもっ」
「えぇ。だから、負けたのが悔しい。じゃあ次は勝つ。共同通信杯の出来事はそれで終わりです。それ以上の情報はありません」
ナリタブライアンさんが相手だから、とかどうでもいい。私にとって、彼女は対戦相手の1人でしかないのだから。
言うべきことは言い終わりました。ブリッジコンプさん達は。
「……ほんと、アンタはどこまでもブレない子だね。アタシら、アンタのメンタルを舐めてたよ」
「う、うん。フィクサーちゃんのこと、なにも分かってなかった」
「そうですかね? よく理解していると思いますが」
「いいや、フィクサーの芯の部分までは理解できていなかったよ。ホント凄い子だね、フィクサーは」
笑いました。どうやら、彼女達は納得したようです。それならよかった。
「話は終わったかい? なら、早速ブライアン君の対策会議と行こうか」
「はい、やりましょうか」
ちょうどよくアグネスタキオンさんが資料を用意して戻ってきました。やるべきことをやりましょうか。
◇
会議を終えて、旧理科準備室を後にした私達。ブリッジコンプさん達は用事があると途中で離脱、学園の廊下を1人で歩きます。
今日のトレーニングをどうしようか? 悩んでいるその時。
「あ、見つけたよフィクサーちゃん!」
声をかけられました。声の主は目の前に、彼女は……サクラローレルさん。
「ローレルさんですか。こんにちは」
「うん、こんにちは」
それなりに付き合いのある子。私と同じ時期にデビューをして、つい最近勝ち上がった子です。
それにしても見つけた、とは。私を探していたのでしょうか。
「それで、何かご用でしょうか? 見つけた、ということは私を探していたのでしょう?」
「うん、探してたよ。この前の共同通信杯、凄かったって伝えたかったんだ」
どうやら、共同通信杯のことについて言いたいことがあると。凄かった、ですか。
「どこが凄かったのか、理解ができませんね。それを伝えるべきはナリタブライアンさんでは?」
「う~ん、ブライアンちゃんが凄かったのはそうだけど、フィクサーちゃんも凄かったなって。そう伝えたかったの!」
「負けたのに何が凄いんですか」
よく分かりませんね。負けてよいことなんて、反省して次に活かすこと以外にないと思います。
サクラローレルさんの意図が分かりかねている時。
「頑張ったから凄い、なんてわけじゃないよ? ブライアンちゃんと戦って折れてないのが凄い、って伝えたかった」
「……はぁ」
もっと分からないことを言われました。折れていないのが凄い?
先ほどからずっと微笑みを浮かべているサクラローレルさん。なにか面白いことでもあるのか、はたまたそれ以外のことがあるのか。
「ほとんどの子達はみんな下を向いてた。でもフィクサーちゃんは悔しさを吐き出していた。なかなかできることじゃないと思うんだ」
「私にとっては当たり前のことです。当たり前のことを凄いと言われても、はぁ、としか」
「フィクサーちゃんにとっては当たり前でも、他の子はそうじゃない。それはつまり、特別で凄いってことじゃないかな?」
親に褒められている時のような、思わず嬉しくなってしまうようなサクラローレルさんの言葉。きっと彼女は、他の子にもこういう感じで褒めているのでしょう。
あんまり、嬉しくはありませんが。
「ですが、私にとって共同通信杯は負けたレース。なにも凄くありませんし、誇れるようなものじゃない」
「ふふ、ストイックなんだね」
「当然の考えです。用件はそれだけですか? それだけなら、私はこの辺で」
凄いってことを伝えたかっただけ。それならば、もう用件は終わりでしょう。彼女の横を通り抜けて立ち去る。
彼女は最後に。
「それでも、凄いことは凄いよフィクサーちゃん」
「……」
「自分で凄くないって思ってても、私はフィクサーちゃんのことを凄いと思った。だからそれだけ伝えたかった」
これからも頑張ってね、と添えて私が歩いてきた方向へと去っていった。ウインクも忘れずに。
サクラローレルさん、ですか。
「よく分かりませんね」
彼女は同世代。何時か戦うことになるでしょう。その時は、彼女の研究もしなければなりませんね。
さて、いろいろとありましたが、改めて。
「あれ、フィクサーさんだ。なんか機嫌良さそう」
「うん。耳と尻尾がぶんぶん動いてるよね」
「ありゃよっぽど嬉しいことがあったんだろうね~」
次のトレーニングメニューを考えないと。
ダーティフィクサーのヒミツ
顔には出ないが耳と尻尾にはよく感情が出る