勝利のエゴイズム   作:カニ漁船

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勝つための策略

 最初に挑んだオープンレース、コスモス賞。

 前回と同じ調子で臨みました。何も心配はいらないと、自信を持って挑んだ。

 

 結果はブービーの惨敗。掲示板入りですらない有様。

 最初に感じたのは何でしょう。

 負けた悔しさか、自分の努力が通じなかった悲しさか?

 自信を持って臨んで、ブービーだった呆れか? 努力が足りていない、まだこれからだという、根拠のない期待か?

 

 否、そのどれでもありません。

 私が抱いた感情は。

 

(なにを慢心していたのか。たかがメイクデビューを勝っただけで、満足していたんですか、私は)

 

 自分自身に対する、怒りです。

 

 全身の血液が煮えたぎる。沸騰しそうなほどに、周りを溶かしてしまいそうなほどの熱を感じている。

 

「ち、ちょっとあなた! だ、大丈夫!?」

「え? ……きゃあ!? ち、血が出てる!」

 

 力強く握った拳からは血が流れる。気づいた子達が悲鳴をあげた。

 どうでもいい。自分に対する怒りが抑えきれない。

 

(何もかもが足りなかった。スピードも、スタミナも、パワーも、全部が足りませんね)

 

 足りないものがあるのは自分の努力不足。私には、努力が足りませんでした。

 もっと自分を追い詰めなければ。トレーニングメニューの見直しも必要ですね。

 

「こ、こわ~……負けたからって、あそこまで悔しがる?」

「G1とか重賞レベルならともかく、ここオープンレースだよ? どんだけ悔しいの?」

 

 勝つためにはもっと実力をつけなければ。

 甘い自分はここで殺す。次挑む時は、もっと冷静にレースを運ばなければいけませんね。

 

(次こそは勝つ)

 

 心に誓って。

 

 

 

 

 

 

 コスモス賞に負けてからは、さらにトレーニングに打ち込むようになりました。

 レース映像を何度も見直して、どこで仕掛けるべきだったかも考えた。

 負けた相手のメイクデビューも、可能な限り見直した。

 自分が出走していない、他のオープンレースの映像も見ました。なにか参考になると思ったから。

 

(……そもそもの基礎能力からして、私とは大違いですね)

 

 その結果分かったことは……私には才能がないってことです。

 比べれば比べるほど、実感してしまう。映像越しでも分かるくらいに、私には才能がないことを分からされました。

 スタミナや根性、賢さはまだ良い。鍛えていれば自ずとつくものですから。

 けれどもスピード。先天的に決まってしまうこの才能が、私にはありませんでした。

 

 レースの最高格付けであるG1は当然として、重賞に挑むのにすら必要な才能もない。

 運が良いことにメイクデビューを勝ちましたが、その先がありません。下から2番目のPre-OPも入着できない、OPレースを勝つことができない。

 私にはその程度の才能しかなかった。故郷では一番だった私の脚も、中央では凡才どころか才能と呼ぶのすら烏滸がましいレベルだった。

 

 当然です。私の生まれ故郷は九州のド田舎。同年代のウマ娘すらもほとんどいない環境。

 そんな場所のお山の大将なんて、たかが知れている。

 未勝利戦を勝ち抜けて、調子に乗っていた私の鼻は、オープンレースで見事にへし折られた。

 

(どれだけ大言壮語を並べようが、勝たなければ全部無意味。ゴミ以下の価値しかない)

 

 たった1戦で悟った。私の才能はここまででしかないと。この先運良く勝ち進めたとしても、実力で勝利をもぎ取ることは出来ないと。

 なんとなく分かるものです。自分が凡才で、周りと比べて劣っていることは。

 メイクデビューの勝利は、本当に奇跡でしかなかった。そのことを分からされた。

 

 悔しかったですね。どれほど努力を重ねても、周りに置いていかれる。

 倍の努力を重ねても、周りは私よりも先に進んでいるのですから。

 

(考えろ、考えろ。勝つためにはどうしたらいい? 私が勝つためには)

 

 だからといって、諦めるなんて手はありませんが。

 

 当然です。私は勝つためにここに来ました。

 だからこそ、必要なのは諦めることではなく、どのようにして勝つか。

 私にできることは、とにかく考えること。才能の劣る私が中央で勝つためにはどうしたらいいか、そのことだけを考えていました。

 

 考えて考えて。考え抜いた果てに、1つの結論に辿り着きました。

 それは。

 

「……相手に全力を出させない、相手を私と同じ土俵に引きずり込めばいいのではないでしょうか?」

 

 とにかく相手の嫌がることをする。ゲームで言う、デバフ戦術です。

 考えてみれば、スピードだけでレースが決まるなら世話しません。

 作戦なんてものは生まれない、速いウマ娘だけが勝つことになってしまう。

 けど、そうはなっていない。ひとえに、スピードだけでは勝てないから。

 

「これしかありません、か。そのためには、いろいろと組み替える必要がありますね」

 

 そこからは早かった。レースでされたら嫌なことを徹底的に研究して、併走やレースにぶつけ続けました。

 基本的なささやき戦術に攪乱するための位置取り。

 相手を容易に抜け出させないためのポジション取りに、徹底して張り付くマーク戦術。

 相手の研究も欠かしません。苦手分野を研究し、追及して、とにかく責め立てる。

 

 ブリッジコンプさん達に協力を仰ぎました。力を貸してほしいと。

 彼女達は快く力を貸してくれました。本当に、この出会いに感謝しなければなりません。

 

「ねぇフィクサーちゃん。レース中変なことやってたよね? なにやろうとしてるの?」

「黙っててください。今考えてる最中なので……タイミングずれた。もっと粘ってもよかったはず」

「あ、うん。相変わらず考えてる時のフィクサーちゃんおっかないね」

 

 当然、最初の内は結果が出ません。いかに手札が充実していようと、切りどころを間違えれば力は発揮できない。

 なにより、考えることが倍以上に増えています。自分の走りを貫くことに加えて、相手を封じることにも意識を割かなければいけませんから。

 それも、ただいたずらにやればいいというものではありません。

 最大の効果を発揮する場面でぶつける。そうしなければ効果はありませんから。言うは易く行うは難し、ですね。

 頭では分かっていても、いざ実践となると厳しいものがあります。だからこそ、併走で試し続けました。

 

 時にはブリッジコンプさん達以外の人にも頼みました。

 恥も外聞もありません。土下座をしてでも頼んだ。

 

 良い顔はされませんでした。

 

「レース中に変なことするのやめてよ、ダーティフィクサー。併走なんだからさ、せめて気分よく走らせてくんない?」

「楽な道に逃げてしまいました。タイミングも遅かった、ささやきのレパートリーも増やさないと」

「聞きなさいよ人の話! もうあんたの併走受けないかんね!」

 

 対戦相手からは嫌がられる。それも当然で、妨害するように走る私の存在は鬱陶しいことこの上ないから。

 結果として、併走を断る方々も現れました。私の置かれている状況的に、無視できない痛手。

 ですが、練習しなければ意味がありません。練習でできないのに、本番で発揮できるはずがない。

 私が勝つためにはこれしかない。このデバフ戦術に縋るしかない。

 

(なんでもいい。とにかく考えることを絶やすな。相手の弱点を虐め抜いて、勝つための思考を怠るな)

 

 天才達相手に残された最後の手段。弱らせて、私と同じ舞台にまで引きずり込む。

 勝つためならば惜しくない。どれほど嫌われようが知ったことではありません。

 

 真っ暗になった空の下。練習場の照明がいつ落ちてもおかしくない。

 いつもの倍のトレーニングを終わらせ、必死に息を整える。

 もうすぐ門限の時間だ。急いで帰らなければなりません。

 

 その中で、私は誰に向けてでもなく宣言する。

 

「私は絶対に勝利する……蔑まれようと、泥水を啜ることになろうとも、私は勝ってやるっ!」

 

 地べたを這いずろうが構わない。軽蔑の眼差しを向けられようが構わない。そう、勝つためならば。

 

 

 これは挑戦です。メイクデビューを抜ける程度の才能しかない私が、この先勝ち続けるための挑戦。

 弱者の意地。みっともなくて、周りから蔑まれ、後ろ指を指されるような道かもしれません。

 

 それでも構わない。

 

「賞賛なんていりません、名誉もいりません。私が欲しいのはたった一つだけの栄光……レースの1着だけです」

 

 人並み以上の努力を重ねましょう。人並み以上に賢くなりましょう。

 観客からすれば不快かもしれません。派手に勝つわけでもなければ、実力を見せつけるわけではない。

 周りのウマ娘を弱くして、棚ぼた的な勝ちを狙う私の存在は、きっと良い気がしないはずです。

 

 でも、弱い私が勝つためにはそれしかありません。とにかく研鑽を重ねて、いつか勝利をもぎ取る。

 その先が地獄だろうと構わない。全てはそう──勝利のために。

 

 

 

 

 

 

 戦術を決めてからはレースにも多く出走しようと決めました。

 事は単純。練習でできたことを本番でも活かせるようにするためです。

 

 練習と本番は違います。プレッシャーに環境、同じ条件ではありませんから、練習でできたことが本番ではできないなんてこともざらです。

 そうならないためにも、本番に慣れておく必要がある。

 幸いにも、私の体はとにかく頑丈でした。今までケガらしいケガもなく、病気もない。

 健康優良児であったことが、今ここで助けになっている。

 

(大事なのは、失格にならないこと。レースにも出れなくなりますし、私にとって不利に働きますから)

 

 降着もそうですが、失格になれば厳しい処分が下されます。それだけはしないようにと、頭に入れておかなければ。

 

 

 コスモス賞から1ヵ月経った芙蓉ステークス。ひとまずはここに出走することにしました。

 これといった有力ウマ娘はいません。私は11番人気で、出走しているのは15人。

 

(中山レース場の芝1600m*1。バ場の状態は良、天気は曇りですか)

「実力が出やすい場面、ですね」

 

 枠は基本内枠有利。下り坂スタートだから序盤から早いペースで流れやすい、と、頭の中でレースを組み立てる。

 出走するウマ娘にも気を配ります。彼女らのことは、しっかりと下調べしてきている。

 

(少なくとも、私より上であることは確かです。どれだけ力を削ぐことができるか、それに掛かっています)

「奇数枠のウマ娘からゲートにお願いしまーす」

 

 やるべきことをこなすのではない。やるべきこと以上にこなす。

 100%の力で足りないなら、120でも150でも使う。

 それが、私の勝利に必要なことだ。

 

 

 レースの序盤から、1番人気の子に競り合い続けました。

 今回の1番人気の子は差しの子。普段私が走っている位置よりも後ろになります。

 だからといって関係ありません。目標に定めたのだから、徹底的にマークする。

 

「ぐっ、このっ!? どきなさいよ!」

 

 彼女の前を走り、徹底的に力を削ぐ。

 後ろを走ったことを後悔させるぐらいに、とにかく集中力を乱す走りを心掛けます。

 力を削ぐだけじゃダメです。私も勝ちに行くスタイルでなければ、何の意味もありません。

 絶妙なバランスで走る必要がある。この配分が上手くできずに勝つことは出来ない。

 知ったことか。できなければ負ける、ならばやるしかない。

 

 前を走りつつ、1番人気のウマ娘を睨みつけ、周りのウマ娘を威嚇するように走る。

 先行勢を焦らせるだけではなく、周りにいる差しの子達も焦らせる。

 

「ウイニングライブのバックダンサーで踊る景色……味あわせましょうか」

「な、なんですって~……ッ!?」

 

 ささやくことも忘れずに。冷静さを失わせるだけでいい、少しでも気を逸らせればこっちのものです。

 考えろ。思考を絶やすな。周りを支配する気で走れ。

 

 私が選んだのは、そういう道だ。

 

 

 ……とはいっても、最初から全てが上手くいくはずもなく。

 

《おっとこれは大波乱、大波乱の決着だ芙蓉ステークス。勝ったのは12番人気のキタラリズム、キタラリズムだ! 1着は最後方から追い上げたキタラリズムです!》

《1番人気のシャウトマイネームは抜け出しに手間取りましたね。キタラリズムはマークされることなく悠々と上がってきていました》

 

 人気はあくまで人気でしかありません。必ず1番人気の子が勝つわけじゃない。

 つまるところ、私はまた負けました。

 5着。ギリギリ掲示板に入った、といったところでしょうか。

 

(掲示板に入った、じゃない。負けは負けですッ)

 

 あぁ、ダメですね。また血液が沸騰しそうになる。自分自身への怒りが抑えきれない、反吐が出る。

 

「クソ、邪魔さえなければッ」

 

 周りからの視線も気にならない。私自身への怒りに、全身が沸騰している。

 

「クソクソクソクソ、クソがッッ!!」

「な、何アイツ。私の邪魔ばっかしてたのに、何にキレてるわけ? こわぁ……」

 

 見直す必要があります。何もかもが完璧じゃありませんでした。

 ラチを蹴り上げそうになる気持ちをグッと抑えて、控室へと戻っていく。この後のウイニングライブに向けて、準備をしないといけません。

 

 控室で1人、今後のプランを練る。

 

(ですが、間違ってはいなかった。コスモス賞よりもまだ、手応えを感じました)

 

 このプランを継続していきましょう。相手を弱らせて、同じ土俵に引きずり込む。

 周りの声なんて関係ありません。私が生き残る道は、これしかないのだから。

 

「すみませーん、ダーティフィクサーさーん! そろそろライブの準備をお願いしまーす!」

「今良いところなので……次のレースはどこにしましょう? とにかく1ヶ月以内が望ましいですね。となれば候補となるレースは」

「もうライブ始まりますよー!」

 

 控室でずっと考え事をしていたら、スタッフにずるずると連れていかれました。もうちょっとぐらい待ってくれても……いや、時間ギリッギリですね。ごめんなさいスタッフさん。

*1
2013年まで1600mだったそうな。ウマ娘だと2000m

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