勝利のエゴイズム   作:カニ漁船

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実験材料

 芙蓉ステークスが終わった次の日。

 

「次はどのレースを走りましょうか? 1ヶ月以内でマイルのレースとなると……よし、アイビーステークスを走りますか」

「ねぇフィー、レースってそんなポンポン走るものじゃないと思うんだけど」

「は? 寝ぼけたこと言わないでくださいブリッジコンプさん。走らなければ勝てないんだから、走るしかないじゃないですか」

「ダメだコイツ根本的に考え方が違う!」

 

 今回の感覚を忘れないうちに、次のレースを走ることを決めました。

 ブリッジコンプさん達は、信じられないような表情をしています。呆れも混じっていますね。失礼な。

 

「普通はさ、1ヵ月とか2ヶ月おきに走るもんじゃないの? なんで1ヶ月に2走ペースで出ようとするの?」

「実践に勝る経験なし。私の戦術的に、レースに出なければ鍛えることは出来ません。ならば走るしかないでしょう」

「別に実践じゃなくても……つっても、あたしらが何言ってもフィクサーは止めないだろうしなぁ」

 

 よく分かっていますね。止まる気はありませんよ、私は。

 

 今はマイルと中距離のレースに絞っている私。短距離もいけないことはないでしょうが、走ったことがある2つのレースを走るのが定石でしょう。

 長距離は論外。ジュニア級に長距離レースがあるわけないので、2つの距離に絞るのが安牌ですね。

 

「次こそは勝ちます、絶対に」

「いや、うん……もういいよ。ケガだけはしないでね?」

「ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ、身体だけは頑丈なので」

 

 次走はアイビーステークスに決定。出走登録のお願いだけ済ませて、後は本番に備えるだけです。

 

 

 で、迎えた本番のアイビーステークスですが、私の人気は14人中の9番人気。

 この辺はどうでもいいでしょう。人気よりも欲しいのは勝利なので。

 考えるべきは誰をマークするか、です。

 

(前回は1番人気をマークすると決めましたが、それだけではダメです)

 

 ここからすでに情報戦は始まっています。

 前走の勝敗、調子が上向いているかどうか、パドックでの様子は問題なかったか、今この場での状態はどうか?

 加味すべきことはたくさんある。その上で、誰を重点的にマークするかを決めなければなりません。

 

 最終的に、私がマークすると決めたのは4番人気の子。先行気味に走る彼女をマークし、私は走った。

 結果はというと。

 

《アイビーステークスを勝ったのはエレクトリファイド、エレクトリファイドが逃げ切りました。2着は4番人気クスタウィ、3着は》

 

 普通にマークを振り切られました。学んだことを何も活かせず、ただボコボコにやられただけ。

 私自身は4着。順位こそ上がってきていますが、勝てていない。

 

「……ッ!」

「いやいや、相変わらず怖すぎでしょあの子。てかこの前の芙蓉ステークスも出てたのに」

「オープンレースで、なんであんなに本気になれるのかね? 重賞ならともかくさ」

「関わらない方がいいよ。走りもなんか不気味だし」

 

 冷静になりましょう、私。順位こそ上がってきています。つまりそれは、私の考えは間違っていないということ。

 もっと冷徹に、とにかく徹底的に。

 非情になれ、知識を蓄えろ。

 もっとレースに対する理解を深めるべきです。そうすれば、そうしなければ。

 

「勝てない」

 

 地面の芝生を蹴り上げる。がむしゃらに、八つ当たりで抉った。イライラは収まりませんが、少しだけ気が晴れました。

 

 

 アイビーステークスに敗れ、いろいろと模索している最中。

 とにかく勝ちたい。そのためには足りないものが多すぎる。

 どうしたらいいか? 愚痴を吐き捨てるように呟きました。

 

 その愚痴をたまたま聞いていたブリッジコンプさん達から一言。

 

「そういえば、アグネスタキオンさんの話を聞いたことある? フィー」

「……アグネスタキオンさん?」

 

 アグネスタキオンさん知っているか、と。

 

 噂程度には聞いたことがあります。旧理科準備室を根城にして、日夜怪しげな実験をしている学園の生徒。

 授業は最低限しか出席せず、テストにも顔を出さない。

 挙句の果てにはモルモットと称して、生徒達を実験に協力させようとしてくる。

 生徒会も危険視している超問題児。それがアグネスタキオン。

 

「とはいっても、近づかない方がいいかな~。変な実験ばっかやってるし、関わらない方がいいよ」

「いえ、聞かせてください。何故、私にアグネスタキオンさんの話を出してきたんですか?」

「近い近い。教えるから離れてフィー」

 

 ずいっ、と詰め寄る私を手で制するブリッジコンプさん。

 

 曰く、彼女は速いウマ娘になるための研究? のようなものをしているらしく、普段の実験もその一環なのだとか。

 

「とはいっても、危険な実験をしていることには変わりないけどね。普段一緒にいることが多い子も迷惑してる、みたいな話をよく聞くし」

「それに、先生からの評判もよくないもん。関わらない方がいいよ、フィクサーちゃん」

「評判よくないのも当然っしょ。だって授業を無断で欠席してるんだよ? でもテストの点は悪くないと来た。いいね~、天才様は」

 

 速いウマ娘になるための研究、ですか。

 まさか、まさかまさか。

 

(こんなにも都合の良い相手がいたとは)

 

 私に最も不足しているもの。先天的なスピードを補うことが出来るかもしれない。

 そう考えると、私の心は浮足立ちます。

 

「実験に巻き込まれて、身体が光ったって生徒もいるって噂だしね。害はなかったみたいだけど」

「ど、どういう実験したら身体が光るの? 不思議すぎる」

「アタシら凡人には分からない世界だよ。見えてるもんが違いすぎるし、住む世界が違うし」

 

 このスピードをどうにかできるかもしれない。

 それにだ。テストの点も悪くないということは、頭も良いということは確定。

 そもそも実験をするようなウマ娘ならば、私よりも知恵があることは間違いない。

 

「ま、関わらない方がいい生徒ランキングTOP3には入るからね。近づかない方がいいよ」

 

 よし、決めました。

 

「あり? 立ち上がってどうしたの、フィー? どこかに用事?」

「会ってきます、アグネスタキオンさんに」

「……え? 話聞いてた? 危ないから止めときなって」

 

 ブリッジコンプさんがなにか言ってますが、もう決めました。私はアグネスタキオンさんに会うと。

 まずはそうですね、モルモットとして志願しましょうか。

 彼女としても、メリットは大きいはずですから。

 

「ありがとうございます。では、早速旧理科準備室に行ってきます」

「待て、待てっ。待ちなさい! アグネスタキオンさんは危険だ、ってもういない!? 誰かー! フィーを止めてー!」

「……フィクサーちゃんにアグネスタキオンさんのこと喋ったの、間違いだったね」

「ホントよ。よくよく考えたら、強くなることに余念がないフィクサーが聞いたら飛びつくに決まってたじゃん」

「後悔してないで、シッパーもジャラジャラも止めなさいよ! あの子もう走って行っちゃったよ!」

 

 旧理科準備室の場所は把握済みです。なんの問題もなく着くことができる。

 

 さて、どのような人物か。いえ、どんな人物だとしても関係ありませんね。

 すぐにモルモットとして志願しなければ。それが強くなるための道に繋がっているのであれば。

 

 

 

 

 

 

 旧理科準備室。室内は薄暗く、また微妙に整頓されていない部屋。

 そこに彼女はいた。椅子の背もたれに身を預け、PCのキーボードを叩いているウマ娘。

 

「貴方がアグネスタキオンさんですね?」

「いかにも、私がアグネスタキオンだが……誰だい? 君は」

「私はダーティフィクサー。貴方のモルモットに志願しに来たウマ娘です」

 

 アグネスタキオン。ハイライトのない茶色の瞳が私を捉え、その顔は好奇心で染まっている。

 少なくとも、悪い感触は抱かれていない。

 

「ほほ~う? 私のモルモットになりに来たと。そう言ったのかい、君は?」

「えぇ。貴方は速くなるための研究をしていると聞きました。その研究の手伝いをさせてもらえればと」

「ハーッハッハッハ! 随分とへんてこな客人が来たものだね! 開口一番、自分をモルモットにしてくれとは!」

 

 手を叩いて大笑いをしているアグネスタキオン。

 正直な話、彼女の機嫌は今重要じゃない。必要なのは、手を貸してくれるかどうか。

 

「それで、どうするんですか? 私はどんな実験にも協力する覚悟ですが」

「……ふぅン。随分とまぁ躊躇がないようだが、私の噂を知らない」

「知っています。なんでも、生徒を危険な目に遭わせる問題児だと」

「そうか。ならば、それを承知の上で私のモルモットになりに来たと?」

 

 頷く。私は強くなるためにここに来た。そこに偽りはありませんから。

 

「どうでしょうか? 貴方は実験のモルモットが欲しいと聞いています。私では不足でしょうか?」

「いやなに、不足というわけではないが……あいにくと信じられないというのが私個人の意見でね」

 

 懐疑的な目を向けられる。私の心の奥底を覗き見るような、不躾な視線。

 

「開口一番自分をモルモットにしてくれなんて、正気の沙汰じゃない。なにか裏があると考えて然るべきだ」

「裏はありませんよ。私は強くなりたいだけです」

「その言葉のどこに信憑性がある? 確かにモルモットは募集中だが……そうだねぇ、理由を話したまえよ」

 

 先ほどまで大笑いしていた姿が信じられないほどに、こちらを疑っているような表情を向けている。

 何故そのような表情をされるのか、私としては理解に苦しむ。

 理由に関しても、先ほど言った通りのことでしかない。

 

「どうして私のところに来たのか? 何故モルモットに志願するのか? その理由に正当性がない限り、信じるなんてこと」

「強くなりたい以外の理由が必要ですか?」

「ほう?」

 

 嘘なんてない。嘘を吐く必要なんてどこにもありません。

 

「私は貴方のところに来れば強くなれると思ってここに来ました。実験の危険性なんてどうでもいいんですよ、私にとっては」

「……代償が、君の今後のレース人生を左右するとしてもかい?」

「知ったことじゃありません。その程度で強くなれるのであれば、私は喜んで協力しましょう」

 

 強くなりたい理由も、1つのことに集約されています。

 何も変わらない。いつだって変わらない。

 

「それで勝てるなら。私程度の命、差し出したって構わない」

「……」

「答えてください。私をモルモットとして受け入れるか否か」

 

 勝ちへの道に繋がっているのであれば、私は私がどうなろうと知ったことじゃない。

 

 沈黙が流れる室内。破ったのは、アグネスタキオンさんの笑い声だ。

 

「ハハ、ハーッハッハ! く、狂っている、本当に狂っている! 君は、自分がどれほど狂った発言をしているのか、気づいていないのかい!?」

「狂っている? どこがですか?」

「しかも、無自覚と来たか! これはこれは、とんでもない客人だ!」

 

 私は勝ちたいという気持ちを伝えただけです。狂っているとは思っていません。

 

「大前提で、私はまだ結果を出していない。つまりは、君が聞いた噂というのは眉唾物である可能性がある。そうは考えなかったのかい?」

「別に、些細なことでは? 少なくとも、ウマ娘が速くなるための実験をしている。その噂があるだけで充分です」

「アッハッハ! その程度の情報で、面識のないマッドサイエンティストのモルモットに志願するとはっ。その時点で大概狂っているよ」

 

 まだ大笑いしているアグネスタキオンさん。

 どっちにしても、さっさと決めてもらいたいものです。

 

「私をモルモットにするか否か。どうする」

「いいだろう。君のお望み通り、モルモットにしてやろう」

 

 私の言葉を遮って、アグネスタキオンさんは私をモルモットにすると約束しました。

 

 これで当初の目的は達成。勝ちへの道に一歩前進ですね。

 

「そうですか。ありがとうございます。では、いつから実験をしましょうか? この後しますか?」

「まぁまぁ待ちたまえ。何事にも準備というものがある。今日はひとまず別のことをしよう」

「何をしましょうか?」

「君の現時点の数値を知りたい。だから、この後運動場に行ってデータを取らせてもらうよ」

 

 この選択が吉と出るか凶と出るか、ではない。

 私の選択で吉にする。それだけです。




この主人公ちゃん今までの中でぶっちぎりでイカれてると思います。
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