勝利のエゴイズム   作:カニ漁船

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幕間 モルモット志願

 旧理科準備室。本来であれば授業が始まっている時間に、ウマ娘の楽し気な笑い声が響く。

 アグネスタキオン。この場所を根城にしているウマ娘の1人であり、とある研究をしている学園の生徒でもある。

 

 彼女は今、興奮を抑えきれずにいた。

 

(今にしても、なんて強烈なファーストコンタクトだろうね。忘れることができない出会いだ)

 

 理由は昼休みに起きたとある邂逅。

 1人のウマ娘との出会いが、彼女の好奇心を刺激した。

 

 ダーティフィクサー。こちらも学園の生徒であり、アグネスタキオンに対して自分をモルモットにしてくれ、と売り込みに来たウマ娘。

 

(私の噂を知ってなお、彼女は私のところへと来た。強固な意志……いや、あれは狂っている、といった方がいいね)

「勝利に飢えた獣、といったところか。なんにせよ、モルモット志願は大歓迎だ!」

 

 ケラケラ笑いながら、PCのキーボードを叩く。

 画面に表示されているのは……ダーティフィクサーに向けたトレーニングメニュー。

 さらには、彼女の数値を測るためのメニューが書かれていた。

 

 手元には怪しい試験薬。おそらくダーティフィクサーに飲ませるであろう物を片手に、アグネスタキオンは興奮を抑えきれない。

 

「さてさて、彼女は私に何をもたらしてくれるのか。なんとなく気が合いそうだし、楽しみだよ」

 

 ダーティフィクサーに興味を惹かれるアグネスタキオン。

 早く放課後にならないかと、耳と尻尾を機嫌良さそうに揺らしながらデータをまとめていた。

 

 

 

 

 

 

 待ちに待った放課後。運動場にてアグネスタキオンとダーティフィクサーは再び出会う。

 

「では、データを集めましょう。まずは何から始めますか?」

「無難にハロンごとのタイムから測らせてもらおう。君の現在地点を確認するために、ね」

「分かりました。それと、こちら頼まれていたものです。私が普段やっているトレーニングメニュー」

「助かるよ。これでより詳細なデータが分かる」

 

 周りのウマ娘は敬遠している。その理由はやはり、アグネスタキオンがいるからだろう。

 2人に聞こえないよう、声を抑えて会話をするウマ娘達。

 懐疑的な視線もあるが、それ以上に感じるのは好奇心だ。

 

「ねぇ、アレってアグネスタキオンだよね? あんまり姿を見ないのに」

「本当。なんか、天才って噂だけどさ……実際どうなんだろう?」

「てか隣にいるのってダーティフィクサーさんじゃない? あの」

「あぁ、オープンレースで死ぬほど悔しがってる? あんまり想像がつかないペア」

 

 悪い意味で有名なアグネスタキオンだが、才能に関しては周りも認めるところ。

 彼女が何を目的に運動場へ来たのか、気になっているウマ娘は多い。

 さらには、連れ添うようにダーティフィクサーがいる。

 ダーティフィクサーもある意味有名になりつつあるウマ娘。

 彼女達に交流があったのか、何故2人でいるのか。気になって仕方ないウマ娘達だった。

 

 もっとも、ダーティフィクサー達はなにも気にしていない。

 周りから向けられる好奇の視線は欠片も気にしておらず、当初の目的を果たそうとしている。

 

「さて、ハロンタイムを測り終わったら、次は筋力測定にしようか。今日一日でできるだけ」

「全て終わらせます。その方が、一日でも早く勝ちに繋げることができますから」

「……くっくっく、君はそういう奴だね。安心したまえ、今日一日で終わるように組んである。もっとも、かなりのハードスケジュールになるが、構わないだろう?」

「当然です」

 

 粛々と、己のやるべきことをこなす2人。

 やっていることもただの測定でしかなく、物珍しいトレーニングをやっているわけではない。

 

「なんか、普通だね」

「特別なこと何もやってないし、気にするだけ無駄か」

「それより、トレーニングしようよ。私次のレースが近くてさ~」

 

 1人、また1人と。興味を失ったかのように踵を返す。

 気づけば周りの好奇の視線はなくなり、いつもの練習場の風景が戻っていた。

 

 

 ダーティフィクサーの数値を計測しているアグネスタキオン。

 真剣な眼差しで結果をノートPCに記録しており、数値を打ち込んでいく。

 

「次は走り幅跳びをしようか。良い結果を期待しているよ」

「何故走り幅跳びを?」

「どんなデータも無駄にはならないからだよ。さぁさぁ、検証開始だ!」

 

 データを測っている最中に、ある程度のことは分かっていた。

 眼差しは変えず、真っ直ぐにダーティフィクサーを射抜いている。

 

(成程、ね)

「フィクサー君。君はどこかのクラブに所属していたことはあったかな?」

 

 計測中にも関わらず、ダーティフィクサーへと声をかけた。

 声はしっかりと届いている。怪訝な表情を浮かべているが、答えは返ってきた。

 

「どこかのクラブに所属したことはありません」

「ほうほう。指導者もいなかった、と?」

「そういうことになります。そもそも、私の生まれは九州の田舎なので。入るクラブがなかった、というのが適しています」

「それはまた、随分と遠いところから来てるね」

 

 その後も、休憩の傍らでアグネスタキオンは様々なことを聞いた。

 

「メニューは誰が組んでいるんだい?」

「私です。いろいろ調べて、最先端のメニューを取り入れています」

「自分で組んでいるのかい? トレーナーは?」

「私のトレーナーは名義貸しですので。お互いに不干渉を貫いています」

「あぁ、それでここにもいないってことか。それは好都合かもしれないね」

 

 先ほど提出してもらったトレーニングメニューのこと。

 トレーナーのこと。普段のトレーニング時間のこと。

 全てを事細かに記録していく。忘れないようにするために。

 

 ある程度聞き終わり、また計測に集中する時間。

 アグネスタキオンはデータを取りつつも、別のことを考えていた。

 ダーティフィクサーのこと。とりわけトレーナーのことだ。

 

(名義貸し、か)

 

 なぜこの場にいないのか? どうしてトレーナーではなく自分を頼ってきたのか。

 名義貸しという言葉が、アグネスタキオンを納得させた。

 

 名義貸しトレーナーは、レースを走ることだけを目標にしたウマ娘が頼るトレーナーである。

 トゥインクル・シリーズで走るには、トレーナーと契約することが絶対条件。ここに例外はない。

 

 ただ、トレーナーの数は限られている。大人数を見ることは出来ない。

 学園は生徒であるウマ娘の方が圧倒的に多い。中央に所属しているトレーナーだけでは、面倒を見切れないというのが現状だ。

 そうなると、才能のあるウマ娘が優先的に契約される。

 中央は完全な弱肉強食の世界。非難することなどできないだろう。

 

 才能のないウマ娘はトレーナーと契約することができない。そういう子は大抵、走ることなく学園を去るか別の科に転科するかのどちらかだ。

 そんなウマ娘の最後の拠りどころが、名義貸しトレーナーである。

 

(どうしてもレースを走りたいウマ娘のために、名前だけ貸すトレーナーの総称。彼女もその類だったか)

 

 あまり健全ではないと非難の声を上げられ、一部では問題視されている。

 トレーナーとウマ娘の繋がりは大事とされており、絆がウマ娘の力を引き出す、なんて都市伝説もあるくらいだ。

 絆の欠片も感じられない名義貸しトレーナーなど、周りからしたら良い気分はしないだろう。

 

 だが、彼らがいることで退学者を引き留められるのも事実だ。

 少しでも長く学園に滞在することができる。幸せかどうかはともかくとして、実際に中央に残っているウマ娘はいる。

 彼女らが一定数いる以上、なにも言うことは出来ない。

 暗黙の了解。それが名義貸しトレーナーの実情だ。

 

(もっとも、私には特に関係のない話か。人とウマ娘の間にある絆がもたらす力には興味があるがね)

 

 適当に思考を打ち切って、ダーティフィクサーの時間にあてた。

 これまでの計測でアグネスタキオンが下す評価は、普通。

 

(いざ数値を測ってみたが、成程。普通としか言いようがないね)

 

 びっくりするくらい普通だ。

 少なくとも、メイクデビューを勝ったウマ娘の平均はある。悪くない数値であることは間違いない。

 スピードとパワーは僅かに劣るが、補うようにスタミナと根性の値が平均より上。

 ある程度の適性も予測することができた。

 

(得意とするのは中距離から長距離。この時期だと、勝てないのも仕方ないか)

 

 豊富なスタミナを活かすことができる場所が、ダーティフィクサーの最適性。

 マイルで掲示板入りしていることに驚くが、適性としては合っていないのがアグネスタキオンの判断だ。

 

 なのにどうして出走したのか?

 

「最近はマイルレースに出走しているようだが、中距離のレースまで待たないのかい?」

「やりたいことがあるので、とにかくレースに出なければならないんです。相手が嫌がるデバフ戦術は、実践で磨かなければなりませんから」

「勝てるレースに出走する、なんて選択肢もあると思うが?」

「私程度の才能で、勝てるレースなんてあるはずもありません」

「そんなことはないと思うがね」

 

 ダーティフィクサー曰く、相手の選択肢を狭める戦術を磨くため。

 そのために適性的に合わないマイルのレースに出走している。そう判断した。

 

(とはいっても、確かに厳しいものがある。強ち間違いではない、か)

 

 データを照らし合わせ、今後のプランを立てる。

 ノートPCを見つめるアグネスタキオンの表情は、妖しい笑みを浮かべていた。

 

 

 欲しいデータを取り終わり、解散する運びとなった2人。

 すでに他のウマ娘達は運動場から立ち去っており、残っているのは2人だけである。

 

「い~いデータが取れたよ! このデータを基に、今後の実験のプランを作る。明日までには作るよ」

「ありがとうございます。では、明日もよろしくお願いします」

「勿論だとも。私のモルモットとしての働き、期待しているよ?」

「えぇ。そちらこそ、私が強くなるために、ひいては勝利のために。お願いします」

 

 夜も遅い時間。門限ギリギリであるにもかかわらず、2人は悠長に話している。

 寮に戻る最中も、お互いに親交を深めるために話しており、走ったりはしていなかった。

 幸いにも門限の時間までには帰れたが、寮長であるフジキセキからは少しだけお小言を貰った2人である。

 

 寮に戻ったアグネスタキオンは、早速データをまとめようとする

 

「タキオンしゃん、さすがにお風呂は入った方がよろしいかと~……」

「おっと、そういえばそうだったね」

 

 前に。寮のお風呂場へと向かい、いつでも寝れるように準備を整えた。

 

 上がった後はデータをまとめる。そして、まずはなにから着手すべきかを考えた。

 

(まずはトレーニングメニューの見直しからだね。確かにアレは最先端ではあるが、彼女に適しているとは思えない。もっと良いトレーニング法がある)

 

 考えて、練習内容から変えることに決めた。

 よく調べた上で組んだことが分かるメニューだが、無駄が多い。

 周りが推奨しているからこれでいいだろう、と考えたのが丸わかりのメニュー内容。

 専門家ではないアグネスタキオンだが、ダーティフィクサーには合っていないと判断した。

 

(最先端のトレーニングが合っているとは限らない。それに、とにかく数をこなせばいいというわけではない)

 

 最適なメニューを組めるわけではないが、今よりかはマシなものを組める。

 見直しから着手し、その後は明日使う予定の試験薬のデータをまとめた。

 

 消灯時間ギリギリまで見直していたアグネスタキオン。同室のアグネスデジタルが肩を叩く。

 

「あ、あの~。そろそろ消灯時間なので、お布団に入った方がいいですよ?」

「もうそんな時間か。1日が30時間になってくれないかねぇ」

「お、鬼でも宿そうとしてます?」

 

 1つ伸びをして、ノートPCを畳む。

 ずっと机で作業をしていた影響か、気持ちいいくらいに骨の音が鳴っていた。

 

 タキオンの様子を一部始終見ていたデジタルは、言うまいか悩んでいたが。

 

「あ、あの、タキオンさん。随分と熱心に練習メニューを組んでましたけど、デビューするんですか?」

 

 尋ねる。基本的に推しであるウマ娘のことにはNoタッチを貫くデジタルだが、好奇心の方が勝った。

 もしかしたら、アグネスタキオンがデビューを考えているのかもしれない。そう思って。

 

 アグネスタキオンは首を横に振る。

 

「いや、これはモルモット君のメニューでね。つい最近、志願してくれた子がいるんだ。その子の物だよ」

「あ、そうなんですね。それにしてもタキオンさんのモルモットに志願するなんて、なんてうらやま、いえ、凄い子ですね」

 

 とんでもないことを言いかけるが、気にした様子を見せない。

 クックック、と笑うアグネスタキオンに対し、アグネスデジタルは続ける。

 

「どんな子なんですか? タキオンさんがそんなに面白そうにする子って」

「ん~? そうだねぇ」

 

 唇に手を当てる。

 思い出していた。今日の計測のことを。

 

 少しでも手を抜こうものなら指摘するつもりだった。

 データは正確でなければ意味がない。手を抜いたデータなど必要がない。

 その心配はいらなかった。一度たりとも手を抜いていなかったから。

 

(何より)

 

 感じたのは圧。何が何でも成し遂げるという、強固な意志。

 モルモットに志願した時と何ら変わらない、真っ直ぐな瞳を思い出す。

 邪魔をするなら容赦はしない。誰であろうとねじ伏せる。

 いや、そんな生易しいものではない。

 アグネスタキオンの生存本能が警鐘を鳴らすほどに、気圧された。

 

 当時の状況を思い出して、アグネスタキオンは笑い。

 

「勝利に狂ったバケモノ、さ」

 

 呟いた。

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