千両賞を制した翌日のこと。
「フィクサー君、第4コーナーでの手間取りようはどういうことかな?」
「すみません、内から抜かそうと思っていたのですが、開かなかったので。仕方なく外から」
「そういうことではない。そもそも、もっと早く内を捨てておくべきだったと言いたいんだ」
アグネスタキオンさんのラボ、旧理科準備室にて反省会をしています。
彼女はゲーミングチェアに、私はその辺にあった椅子に。
お互いに座って、前走の反省点を洗い出している。
ダメ出しはもっともです。本来であれば、もっと楽に勝てるレースでした。
「外から躱す判断が遅いのもそうだが、さすがにハイペースにし過ぎだ。もっと巧みにコントロールしなければならない」
「はい。2着の子は中団に控えていた子。ここまで上がってきたのは、ハイペースに勘づいたから」
「その通りだ。誰にも気づかれないほど巧くペースを乱さなければ、この先は勝てない。重賞に限らず、オープンレースでもだ」
私の走りはまだ無駄が多い。反省点なんて山のように出てきます。
ただ、悪いことだけではありません。
反省点があるということは、成長する機会があるということ。
できなかったことを次までに潰して、修正することができます。
私が強くなる余地は、まだまだ存在していることになる。
「さらに末脚に関しても物申すよ。スタミナの消費と前が開かなかったことを計算に入れても、君ならまだ早い上がりを出せたはずだ」
「……いや、あのさ」
「むっ、ベストには程遠いタイムですね。これは不覚、問題は何でしょうか?」
「あのさ」
「外から躱したのが響いているのだろう。躊躇して減速し、さらには余分にスタミナを消耗した。後ろも気にしすぎだし、前だけを」
「あのさぁ!」
反省会に、突如として大声が響きます。
マンハッタンカフェさん、ではありません。彼女は今席を外していますから。
声の主はブリッジコンプさん。ジャラジャラさん達を引き連れて、私達の反省会を聞いていました。
わなわなと震え、我慢ならないとばかりに声を上げる。
「勝ったんだからさ、1日ぐらいは喜んでもよくない!? なんで喜ぶこともなく反省会してんの!?」
もっと喜べばどうかと。あれほど欲していた勝ちを手に入れたのだから、嬉しがったらどうかと。説教をされました。
とは言いますが、私にそんな暇はありません。
「何を言ってるんですか。レースを勝ったら次のレースのことについて考えなければ。一度の勝利に喜ぶ暇などありません」
「嘘つけ! アンタ寮で小躍りするくらい喜んでたじゃない! 私は見たんだからね!」
「フィクサー君の言う通りだ。この先も勝つためには、もっともっと成長しなければならない。今のフィクサー君では不安要素が多すぎる」
「だとしても、だとしてもよ? もうちょっと褒めてあげなさいよ! 勝ったんだから!」
とは言いますが、私は別に褒められたいから勝ちたいわけではありません。
褒められないからといって、別にそれが? と思いますから。
「ブリッジコンプさん、私は別に、褒められたいから勝ちたいわけではありません」
「分かってるわよ、アンタは勝つのが好きだからってのは。でも、勝ったんだから褒められて然るべきでしょ!」
「そういうものですかね? 気にしたことがないから」
「ちょっとは気にしなさいよ!」
何をそんなに怒っているのか。怒るようなところは何もないと思うのですが。
不思議そうに思っていると、ジャラジャラさんがこそこそと私の方へ。
こっそりと耳打ちしてきます。
「コンプちゃん、フィクサーちゃんが勝ったのを凄く嬉しそうにしてたから。ようやく勝てたって、本当に嬉しそうに」
「そうなんですか」
「相変わらず薄いね、フィクサーちゃん」
いえ、これでも嬉しいですよ。
別に褒められるのが好きだから、というわけではない。
友達が嬉しそうにしているのは、嫌いではありませんから。
なんにせよ、ブリッジコンプさんを宥めなければなりません。
今もぷりぷり怒っている彼女を、どうにかして落ち着かせなければ。
「ブリッジコンプさん」
「なによ!」
「ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をして、感謝を伝える。
何をすればいいのか迷いましたけど、これがいいのではないかと。
ブリッジコンプさん達に向かって、感謝の言葉を送る。
「そういえば、言ってなかったと思いまして。ブリッジコンプさん達のおかげで勝てました。貴方達の協力があってこその勝利です」
「……急に何よ。それが、なんだってわけ?」
「普通の感謝です。なんでもないような、ただの感謝。力を貸してくれてありがとうと、そのことを伝えようと思いました」
あいにくと、私には怒っている理由が分かりません。
勝利に賞賛を求めない私には、勝ったのだから褒められるべきと考えるブリッジコンプさんの考えは理解できない。
「ただ、一応。これでも喜んでいるんです。勝ったらやっぱり、嬉しいですから」
「……だったらもっと喜びなさいよ。やっとオープンレースを勝ったのよ? あんなに頑張って、やっと勝ったのよ?」
「喜んでばかりはいられないからです。次の戦いはもう始まっている、その戦いに向けて、私は頑張らないといけません」
けど、友達である彼女が怒ったままというのは悲しい。
私でも、その程度の感情はあります。
「次も、その次も勝つために。私は研鑽を怠るわけにはいきません。ただでさえ、私は才能が有りませんから」
「……フィー」
「ただ、誤解はしてほしくない。私は、ちゃんと嬉しく思っていますよ。レースの勝利も、私のために怒っているであろうブリッジコンプさんの気持ちも」
もう一度、深くお辞儀をする。感謝を伝えるために、誠意を理解してもらうために。
時間にして数秒。沈黙を破ったのは、ブリッジコンプさんの大きなため息。
「ま、アンタそういう子だもんね。どこまでも勝ちに狂ってるというかなんというか」
「私は狂っていません」
「あーはいはい狂ってない狂ってない……悪かったわよ。アンタが喜んでないと思って、ちょっと冷静じゃなかった」
頭を下げられます。冷静ではなかったと、謝罪の言葉ももらって。
まぁ、なんにせよ。一件落着ですかね。冷静になれたみたいですし。
「で、そろそろいいかな? 反省会の続きをしたいのだが」
流れを切るような、アグネスタキオンさんの言葉。
反省会の途中でしたね。すぐに戻らなければ。
「アンタはアンタで、この状況でよくそんな言葉が吐けるわね。もういいけど!」
「私はこういうウマ娘なのでね。時間は一分一秒でも惜しい、反省会を終わらせて、早く実験をしたいのだから!」
ブリッジコンプさんも諦めたようですし、続きといきましょう。
どことなく怒っているのは、多分気のせいです。
諸々の反省点を洗い出し、今日の実験に移ります。
とはいっても、今日は室内でできるもの。大したことではありません。
「今後のレースローテはどうするつもりだい? このままオープンレースを走り続けるのかな?」
なので、こうして話すくらいには余裕があります。普通の実験ですから。
レースローテ、ですか。
「重賞に挑戦しようかと。目標は、高い方がいいですから」
「成程成程。では、いずれはG1に?」
「そのつもりです。いずれはG1でも勝てるようなウマ娘になりたいと思っています」
興味が注がれたのか、目を細めるアグネスタキオンさん。
勝てばいい。そう公言している私らしからぬ言葉だと思ったのかもしれません。
「君は一度もG1を勝ちたいなんて言わなかった。どういう心境の変化だい?」
「深い理由はありませんよ。上へ上へ、ひたすら上へ。誰が相手でも、私は勝ちたいですから」
「ほう。君の根源的欲求は変わっていない、その対象が上になっただけ、という話か」
「そういうことです」
今後の目標設計に関して、2人で話し合う。
ブリッジコンプさん達は静かにしていますが、もう我慢ならないとばかりに声を上げた。
「なんッッで! アンタは普通に会話できるのよ!? もっとツッコミどころあるでしょ!」
「眩しい! なんでフィクサーちゃんの体が光ってるの!?」
「アタシはもう慣れたよジャラジャラ。フィクサーもなんも気にしてないし」
私の体は現在進行形で赤く発光しています。警戒色ですね。
体が発光していますが、些細な問題でしょう。人体に有害なわけではありませんし。
「ところで、次走はどうする予定なんだい?」
「次走はシンザン記念の予定です」
「そのまま普通に会話すんな! てか早っ!? 来月にはもう出走すんの!?」
驚いていますが、今更でしょう。
そもそも私は2週間に1回は出走していますので。本当に今更です。
それでも、私のレースローテに関して、ブリッジコンプさんは物申したいらしく。
「フィーはさ、もうちょっとレース間隔空けようよ。いつか体壊しちゃうよ?」
「レースに出なければ経験値は得られません。それに、私の体は頑丈なので。ケガ知らずの病気知らずです」
「フィクサーちゃんの場合、ケガとか病気をしても黙ってそうだし……」
「さすがの私もケガをしたら休みます。逆に、それ以外の理由で休む必要性を感じません」
ジャラジャラさんから失礼なことを言われますが、ケガや病気になったら休みます。
ケガで動いても意味はありませんし、病気は周りに感染するリスクを孕む。
動かない方が得策な状況では、私は休みます。
逆に、明確に休む理由がなければ、休む必要性を感じません。
自己研鑽にあて、勝つための時間にあてればいいのですから。
話を戻してレースローテへ。質問した本人であるアグネスタキオンさんは。
「シンザン記念か。その先は決まっているのかい?」
私のレースローテに関して、気になるかのような発言を続けます。
シンザン記念の次、ですか。
「特には決めていません」
「ほうほう、シンザン記念から先は決まっていない、と」
「はい」
「それがどうしたって言うのよ? なんか関係あるわけ?」
微妙に刺々しいブリッジコンプさんの言葉。
アグネスタキオンは特に気を悪くした様子を見せません。
「レースローテの把握は大事だからね。特に、来年はクラシック戦線だ。ここから本番といっても過言ではないだろう」
「そうですね。今のところ、私はクラシックレースに出れるかは分かりませんが」
「出れるとは思う。オープンレースとはいえ、掲示板内には入っているからね。これから先もレースに出ることを考えれば、難しいことではない」
ただ、と付け加え、アグネスタキオンさんはデータを見せてきました。
見せられたのは、クラシックの有力候補達です。
その中で一際注目しているであろうウマ娘、赤いマークが入っています。
彼女の名前は──ナリタブライアン。
「ただ、クラシックレースに出るのであれば覚悟した方がいい。オープンレースとは比べ物にならない上、このナリタブライアン君が相手になる」
「ナリタブライアンって、生徒会の副会長さんじゃん。うわー、フィクサーと同じ世代だったのかー」
「す、すっごく強いって噂になってる副会長様だ!」
声を上げるブリッジコンプさん達。無論、私も名前は聞いたことがあります。
朝日杯を制し、世代の顔役になりつつあるウマ娘。
ムラっ気があるものの、強さに関しては圧倒的。
彼女と併走をして、心を折られたウマ娘がいるなんて噂もある。
真偽のほどは定かではない。けれども、そんな噂が立つくらいには強い。
すでにクラシックの1つは固いと言われている、生徒会の副会長。
とはいっても、気にするところはそこではありません。
「私が勝つ可能性はどれほどですか?」
私にとっては勝てるかどうか。それだけの話でしかない。
世代の顔役がどうとか、私にとってはどうでもいい。
勝つか、負けるか。たったそれだけの、シンプルな話です。
アグネスタキオンさんは考えない。即答する。
「ほぼ0」
成程、ほぼ0ですか。
「0じゃないんですね。なら、いずれは勝負することになるかと思います」
「えぇ~……? 大丈夫? フィー。副会長ってめちゃ強って話だし」
「レース、見たことあるけど、勝つ時は本当にぶっちぎるんだよ? 大丈夫? フィクサーちゃん」
「知りませんそんなこと。レースなんて勝つか負けるか、それ以外はありません」
「アッハッハ! 君ならそういうと思っていたよ!」
愉快そうに笑うアグネスタキオンさん。
心配そうに私を見つめるブリッジコンプさん達。
対称的な反応。だけど、気にしない。
(ナリタブライアン、ですか)
いずれは彼女にも勝つ。