年が明けました。実家に帰るウマ娘も多い中で、私は。
「さて、と。アグネスタキオンさん、走り込みはこれくらいでいいでしょうか?」
「問題ないよ。きっちり2時間、10分の休憩の後次のトレーニングに移ろう」
「はい。付き合ってくれてありがとうございます」
「構わないよ。私も実家に帰らない予定だったし、実験が進むのであれば大助かりだからねぇ」
実家に帰ることなく、朝の河川敷でトレーニングに励んでいます。
アグネスタキオンさんも協力してくれて、2人で一緒にトレーニング。
ブリッジコンプさん達は、実家に帰ったのでいません。仕方ないと割り切りましょう。
ボトルを受け取って水分補給。少し休憩したら、すぐに次に移る準備をしなければ。
「次はなんでしょうか? 河川敷でやれることは限られていますが」
「あそこに木の杭があるだろう? アレを張り手で押し込むトレーニングだ」
「ふむ、分かりました」
パワートレーニング、なんですかね。よく分かりませんが。
休憩時間の間に、今後のことを話し合う。今年はとても大事な年ですから。
「君も今年からクラシック級。目標はやはり?」
「勝つことです。クラシック三冠だとかティアラ三冠だとか、そんなことはどうでもいい。勝利することを目標に掲げます」
「う~ん、良い意味でブレないね君は。好感が持てるよ」
ジュニア級からクラシック級に上がりました。それはつまり、三冠に挑戦することができる、ということです。
クラシック三冠は、皐月賞・日本ダービー・菊花賞の3つ。
ティアラ三冠は、桜花賞・オークス・秋華賞*1の3つ。
2つの路線のうち、どちらかを進むことになります。昔はどちらにも挑むウマ娘もいたそうですがごく少数、稀な例だとか。
クラシック三冠に進むウマ娘は中距離から長距離を、ティアラ三冠に進むウマ娘はマイルから中距離を。それぞれの距離適性と相談して、どちらに進むのかを決める。
私が走るのはクラシック三冠。中距離以上が得意らしいので、こちらの道に決めました。
「特に、長距離ともなれば君はさらに輝くだろう。スピードは天性の物だが、スタミナは努力で補える。そう、クラシック二冠ウマ娘であるブルボン君のようにね」
「つまりは、私にとって有利なレースが増えてくると」
「そういうことだ。そのためには、今からしっかりとスタミナを鍛えておく必要がある。ま、君は努力を怠らないんだ。勝手についてるだろうけどね」
距離が伸びれば有利になる。その言葉を信じて、私はクラシック三冠の道へと進みます。
とはいっても、課題が多すぎる現状。目の前のことからコツコツとやっていく他ありません。
「まずはシンザン記念です。もうすぐですし、気を引き締めていかなければ」
「目立ったメンバーはいないが、かといって君が勝てるわけでもない。なんにせよ頑張りたまえ」
クラシックレースに目を向けるよりも、目先のレースに目を向ける。
油断できる立場ではないから当然。先の未来を想像する余裕は、私にはないのだから。
クラシックのことについて確認し、そろそろ休憩も終わりそうかという頃。
「そういえば、君はどうしてレースの世界に来たんだい?」
そう質問されました。何故、トゥインクル・シリーズの世界に来たのか。そんな質問を。
……なんでそんな質問を?
「質問の意図が分かりませんね。どういう意味ですか?」
「なぁに、君にだってあるだろう? なんでこの世界で走っているのか、その理由が」
目の前の彼女は愉快そうに笑っています。可笑しそうに、楽しそうに。
「例えば私は、ウマ娘が至れる限界速度の果てを見たいからこそこの世界に来た。簡単に言えば、可能性の追求だよ」
「それは前に聞きました。それと今の質問にどういう関係が?」
「君にもあるはずだ。この世界に来た動機が。勝つこと以外で、君が走りに興味を持った理由があるんじゃないか? 私はそう仮定した」
つまり、トゥインクル・シリーズで走ることになった動機、でしょうか?
私がトゥインクル・シリーズを走る目的は、言うまでもなく勝つため。勝つことを目的にして走っています。
しかし、彼女が聞いているのは別のこと。この世界に入ることになったきっかけ、それを聞きたいのでしょう。
アグネスタキオンさんならば、可能性を見たいから。それを理由に、たくさんのウマ娘がいるトゥインクル・シリーズへと参入した。
では、私は? 私はどうして、この世界に来たのか。
「別に勝つだけならばトゥインクル・シリーズでなくてもいい。別の競技に進めばいいことだ。走ることじゃなくても、ね」
「ふむ、一理あります。これでもe-sportsは得意なので、そちらに進む道もあったでしょう」
「そうなのかい? いや、君がゲームが得意なのは置いといて、だ。なんで走ることを選んだのか、その理由を私は知りたいのさ」
「なぜですか?」
「純粋な興味だよ」
理由はない。興味を持ったから、気になったから聞いただけ。
ま、別に隠すようなことでもないので構いません。
「聞いたら驚くと思いますよ。ちなみに、ブリッジコンプさん達は驚いていました」
「ほほ~う? それはますます興味を惹かれるねぇ! ぜひとも教えてくれたまえよ!」
「構いません。別に、隠すようなことでもありませんから」
私がこの世界に来たきっかけ、トゥインクル・シリーズを走ることにした理由。
それは、とても単純なことです。
「憧れ、ですよ。私は、憧れてこの世界に来ました」
「……ほう?」
「憧れる誰かがいた、その人みたいに輝き、勝ちたいと思った。だから私は、九州を飛び出してこの世界にやってきた。それがきっかけです」
憧れ。私が走るきっかけになったものは、とてもありふれた、子供らしいものです。
「驚いていますね。ブリッジコンプさん達も、似たような反応をしていました」
「あー、まぁ……確かに驚いたよ。まさか、そんな理由だったとは」
我ながら、なんとも陳腐な理由だと思いますけどね。
この世界に入ったきっかけは憧れ。憧れて入って、入ったからには勝ちたいと思ったから、今トゥインクル・シリーズを走っている。
憧れとは言っても、その人みたいになりたいとは思いません。あの人と私は別、どう足搔いてもあの人みたいになれるとは思えませんから。
それに、憧れはあくまできっかけにすぎません。走る目的は勝つこと、昔も今も変わらない。
「ま、あくまできっかけの話ですよ。誰にだってあるでしょう?」
「確かにそうかもしれないね。いや、それにしても……意外と言わざるを得ない。まさか、君がねぇ?」
「確かに想像しにくいですが、そこまで言いますか? ブリッジコンプさん達もそうでしたが」
信じられないものを見る目を向けられています。よほど意外だったのでしょう。なんて失礼な。
「だって、君は勝利以外の全てを排斥したモンスターじゃないか。それが、ねぇ?」
「失礼ですね。はたかれたいんですか?」
「事実だろう? 君は勝利以外に目を向けない、勝つためならなんでもするウマ娘じゃないか」
いや、まぁ、確かに、百歩ぐらい譲ってそうかもしれませんが。
「訂正してください。さすがの私でも、勝つためにルールに抵触するような行為はしません。ドーピングも論外です。私にも譲れないラインというものはあります」
「悪かった、悪かったよ。ただ、ドーピングが論外というのは気が合うね。私も、ドーピングはくだらない行為だと思っているよ」
「当然です。死んでも勝つというのは当然ですが、違法な薬物で強化するというのは度し難い行為ですから」
「うん、だから君は勝ちに狂ったバケモノと言われるんだよ」
呆れた視線を向けられました。
話しているうちに休憩は終わり。すぐに再開の準備を整えます。
「走り込みは体を温めるための準備運動だ。筋肉をほぐして、より効果的に強化するために頑張りたまえよ~」
「分かっています。プロテインも飲みましたし、準備は万全です」
「後、寒いから早いところ戻ろうじゃないか~。今日くらいは日が沈む前に帰りたいからね~」
「なら、1人で帰ればよろしいかと。私はメニューが終わった後も続けますので」
「寂しいじゃないか! というか、少しくらい減らしたまえ君は! 言っても無駄だろうけど!」
一分一秒も無駄にはできません。次のシンザン記念に向けて、努力を積み重ねていかなければ。
◇
すっかり暗くなった帰り道。アグネスタキオンさんをおぶって、私は栗東寮に帰ってきました。
玄関には寮長のフジキセキさんが待ち構えています。
怒る、気配はありません。苦笑いを浮かべて、私達を見ている。
「おかえりなさい、フィクサーにタキオン。今日も遅かったね」
「ただいまです、フジキセキ寮長」
「全く本当だよ! もう少し時間に気を付けたまえフィクサー君は!」
「普段の君が言えたことじゃないよタキオン。冷えただろうから、急いでお風呂に入っておいで」
言われて、部屋へと戻ろうとする。その時。
「あ、そうだ。フィクサー宛に荷物が届いていたよ。後で取りにおいで」
「私宛に、ですか?」
「そう、君宛に。多分、君のご実家の方からかな?」
私に荷物が届いていると。そう聞かされました。
私宛に荷物、ですか。
「すぐに戻ります」
「お風呂に入ってからでも……って、もう聞こえてないか。フフ、よっぽど嬉しいんだね」
実家からの荷物、早く受け取りに行かないと。箱の中身、気になって仕方ありませんから。
お風呂の準備を整える前に、私は部屋に戻ってフジキセキ寮長から荷物を受け取りました。
住所と宛名を確認して、私の荷物であることを確認。
逸る気持ちを抑えつつ、ハサミを使って開封する。
「野菜に飲み物、醬油に……後は手紙ですね」
実家からの仕送り。中に入っていた手紙を見て、ついつい微笑む。
(千両賞おめでとう。遠いところにいるけれど、心は近くに。ずっと応援しているからね……)
「フフフ」
体は大丈夫か? 病気はしていないか? 友達とはうまくやれているか?
私を心配する言葉がずらりと並んでいて、ムズ痒いものを感じます。
同時に感じる、家族の温かさ。頑張ろうって気持ちになる。
さて、確認は手短に済ませて、すぐにでもお風呂に入らなければいけません。
大浴場の時間も限られています。締め切られる前に、お風呂に入らなければ。
着替えを用意して、部屋を出る直前。
(そういえば)
段ボールに入っているあるものが目に映って、つい考えこむ。頭に浮かぶのは、アグネスタキオンさんのこと。
「普段から遅くまでトレーニングにつき合わせていますし、なにかお礼をしなければ」
今日も遅くまで付き合わせてしまいました。だから、なにか目に見える形でお礼をしなければ。
段ボールの中にあるアレは、お礼にちょうどいいかもしれません。私は好きですし、こちらではちょっと珍しいものかもしれませんから。
問題は、口に合うかどうか。そこが問題ですね。
ま、合わなかったらその時はその時です。別の形でお礼をするとしましょう。
今はとにかくお風呂へ。急がないと。
「明日にでも持っていきましょうか」
部屋の扉を閉めて大浴場へ。アグネスタキオンさんと一緒に、今後のプランを話しながら湯に浸かりました。
日付が変わって次の日。トレーニングを始める前に切り出します。
「アグネスタキオンさん。甘いものはお好きですか?」
「なんだい唐突に。まぁ好きだが」
甘いものは好き。成程、なら都合が良いですね。
寮を出る時に一緒に持ってきた段ボール。この中に入っているものを見せる。
「それは……芋、かい? それもさつま芋か」
「はい。いつもトレーニングに付き合ってもらってますので、なにかお礼をしようと思いまして」
「お礼で、甘いもの。ということは、焼き芋か」
「はい。落ち葉を集めて、これを食べましょうか」
雪が懸念でしたが、幸いにも今日は晴天。雲1つない快晴です。なにも問題はありません。
落ち葉を集めて、チャッカマンで火を点ける。アルミホイルに巻いた芋を放り込んで、じっと待つ。
「冷える時期に焚火はぴったりだねぇ。それにしても、どこで調達したんだい?」
「実家から送られてきました。甘いものが好きなら、今回の焼き芋は特に気に入ると思います」
「ほほ~う。それは楽しみだ。もし気に入らなかったら、今日使う予定の薬品を倍にしよう」
それはそれで構いませんが、完成までじっと待ちます。焚火で温まりながら。
しばらく経って。そろそろでしょうか。
木の枝で落ち葉をかき分けて、中から焼き芋を取り出します。
割って中を確認。
「……ふむ、良い感じですね。それではアグネスタキオンさん、どうぞ」
「ありがたくいただこう。ふむ、これは」
中を見て驚いていますね。私としてはこれが普通だと思っていたので、こちらの焼き芋を見て驚きましたが。
火を通っているのを確認した後、かぶりつきました。反応のほどは。
「これはこれは、凄いねぇ。これほど甘い焼き芋は食べたことがない」
「一応、こっちでも売ってるらしいですけどね。ただ、味は実家の方が上だと自信があります」
「それも納得の出来栄えだ。もっと寄越したまえ」
「どうぞ。まだまだたくさんありますので」
とても好感触。おかわりを催促されるほどに気に入ってくれました。良かったです。
新事実 ダーティフィクサーが走るきっかけになったのは憧れだった。