1月のシンザン記念。阪神レース場は好天に恵まれ、良バ場での発走となっていた。
本レースは1人のウマ娘が注目されている。
彼女はここまで6戦3勝、2着3回と安定した成績を残しており、本レースでも力を発揮してくれるだろうと有力視されている。
抜けた1番人気。勝つならば彼女だろうと、ファンは期待を寄せている。
無論、そんな相手をダーティフィクサーが見逃すはずもなく。
あの手この手で脚を削り続けていた。
《先頭で逃げますオリジナルシャイン、オリジナルシャインが2バ身のリードを保って逃げている。2番手から8番手までは団子状態、先頭で引っ張るのはダーティフィクサーだ。ダーティフィクサーが2番手集団を引っ張り上げている》
1番人気のウマ娘とダーティフィクサーは隣の枠番、なおかつフィクサーの方が内側。
この時点で、フィクサーは最優先でやるべきことを決めた。
(こいつを私より後ろに、なおかつ内側に入れさせましょうか)
包囲網を形成すること。楽な抜け出しを決して許さず、最初から最後まで全力を出させることなく終わらせることに決める。
相手は抜けた1番人気のウマ娘。当然のことながら、全員に警戒されている。
その警戒を利用して、彼女を囲む包囲網を形成する。もしできなかったとしても、最低限最内を走れない状況に追い込む。
(1の矢でダメなら2の矢3の矢を。これもまた重要なこと、でしたね)
必要な情報が倍以上に膨らむが、それも全ては勝利のために。
出走するウマ娘のデータを全て叩きこみ、どうすれば望んだ状況に引き寄せることができるかを画策。
マイルのペースを計算し、どれだけスタミナを使えば可能かを割り出す。
強いウマ娘を徹底的に狙い撃つ。全力を出す暇もなく封殺する。そう誓って。
結果として、ダーティフィクサーの望んだ展開を引き出すことができた。
《ヴェナバラムは現在5番手の位置、5番手の内側を走りますヴェラバナム。まもなく第4コーナー、ここから位置を前に押し上げたいところです》
「こ、のぉ……っ!」
ダーティフィクサーの後ろ、1番人気のウマ娘であるヴェナバラムの苛立ちを孕んだ声が聞こえた。
内側に閉じ込められ、自由な動きを制限されている環境。
動こうにも周りが動かなければどうにもならず、多少の無茶をする必要がある。
なんとか隙を窺っているが、厳しいと悟ったのだろう。先行集団の真ん中で、悪態をついていた。
有利なのはダーティフィクサー。逃げウマ娘を虎視眈々と狙い、2番手の好位置につくことができた。
後は逃げウマ娘を躱すだけ。相手のスタミナは削られているので、抜くこと自体は容易である。
第4コーナーの終わり際。さぁ今から躱していくぞ、というタイミング。
《第4コーナーから最後の直線へ、最後の直線へと入ります。先頭を走るオリジナルシャイン2バ身のリードで逃げている。2番手ダーティフィクサーは外に膨らみながらも差を詰めてきました。先行集団もバ群がばらける、この最終盤でバ群がばらけます》
外に膨らんでしまった。最小限のロスでコーナーを回ろうとしていたのに、ウマ娘が通れるだけの隙間を空けてしまったのである。
しかも、本人は気づいていない。前との差を詰めることだけを考えており、自分の位置取りのことまで気が回っていない。
幸いにも、他のウマ娘も同じだった。内側が空いていることに気づいておらず、最内を走っていたウマ娘達も外に膨らんで走っている。
ヴェナバラムも例外ではない。冷静ではない頭で、外に膨らみながらスパートをかけている。
バ群がばらけた状態で入ってきた最後の直線。ダーティフィクサーは、残り200mでオリジナルシャインに並んだ。
《ダーティフィクサーがオリジナルシャインを躱して先頭へ。ダーティフィクサーが先頭を奪いました。オリジナルシャイン必死に粘る粘る、しかしダーティフィクサー先頭だ! 後ろからはサーガゴーズオン、1番人気ヴェナバラムは加速が鈍い!》
しかし、後続も一気に差を詰めてきていた。元々固まっていたバ群、ダーティフィクサーが追いつけるなら、他のウマ娘もすぐに追いつくことができる。
逃げるダーティフィクサー。がむしゃらに、自分が積み上げてきた全てを発揮して粘る。
脚色は衰えていない。スピードも十分だ。
だが。
《ここで大外からアクアラグーンが来たぁ! アクアラグーンが凄い脚で上がってきている! 瞬く間に躱し、先頭のダーティフィクサーも躱したぁ!》
そんな簡単に勝てるほど、レースは甘くはない。
元々スピードに不安があるダーティフィクサー。後続……差しウマ娘達が発揮する末脚には勝つことができず、なすすべもなく切り捨てられる。
スタミナに余力があったとはいえ、後続より消費していることは間違いない。
頭を使えばその分スタミナを使う。外に回って、距離のロスも発生した。追いつかれる時間を作ってしまった。
逃げるだけの脚が、ダーティフィクサーには残っていない。
最終的に、3人に抜かされて。ダーティフィクサーはシンザン記念を4着でゴールする。
《勝ったのはアクアラグーン、アクアラグーンが追い込んで勝ちました! 勝ったのはアクアラグーンです!》
掲示板へと視線を向け、番号を確認するダーティフィクサー。
4着に自分の番号が刻まれていることを確認し、彼女は。
「クソッッッ!!」
思いっきり、ありったけの力を振り絞って。悔しさを吐き出した。
周りのウマ娘が驚くほどの声量。観客からも何事かと視線を向けられるが、ダーティフィクサーは意に介さない。
(外を回ったロスを始めとして、コーナリングがまだまだ甘すぎる。もっと完璧に仕上げないと、この先のレースを勝てるわけがない……っ!)
「クソ! クソ! クソッ!」
地団駄を踏み、全力で悔しがる。もっとできることがあったはずだと、もっとやれたはずだと声を上げる。
正直なところ、初の重賞で4着は立派だろう。
掲示板入りするだけでも凄いこと。健闘だったと、好走だったと言い聞かせることは出来る。
だが、ダーティフィクサーにとっては1着以外は等しく無価値。負けは負けでしかない。
初の重賞で4着? だから何だ。結局のところは負けじゃないか。
なんの意味もない。慰められるなど、彼女にとって屈辱でしかない。
「お、お疲れ様ー、ダーティフィクサー! がんばったねー!」
だからこそ、声を上げるファンがいたとしても。
「うるせぇ! 負けたのに頑張ったもクソもねぇだろうが!」
これである。威嚇し、ファンに対して厳しいどころか罵倒にも近い言葉を浴びせる。
普段の礼儀正しい言動はどこにもない。荒々しく、周りの全てが敵だと思っているような威圧感で、悔しさを態度に出している。
もっとも、彼女のファンは理解している。ダーティフィクサーがこういうウマ娘だと。
だからこそ。
「こ、このギャップが堪らない~……っ! この罵声がないと、やっぱりフィクサーは語れないっ!」
「分かる、凄く分かるよ。これが良いんだよね!」
「あの声で罵倒されてぇ~」
訓練されたファンしかいなかった。
最後。ターフから去って退場する際。
「……申し訳ありませんでした」
一言。ファンに聞こえるように謝罪して、彼女はターフを去る。
これもまた、彼女のいつもの行動だ。おそらく、罵倒に対しての謝罪だろう。ファンはそう思っている。
勝つことに全力を注ぐウマ娘。勝てば全力で喜び、負ければ全力で悔しがる。
慰めの言葉に罵倒で返し、最後はお詫びとばかりに頭を下げる。
あまり良い反応をされないのは確かだ。せっかく慰めたのに、罵倒で返されるのだから腹も立つだろう。
ただ、ファンは知っている。ダーティフィクサーが一生懸命であるが故に、思わず声に出してしまうのだと。
誰よりも勝利を望み、全力を尽くしているからこそ、不甲斐ない自分が許せないのだと。思わずファンに当たってしまうのだと。好意的に解釈していた。
「お疲れ様ー、ダーティフィクサー!」
だからこそ、労いの言葉だけは忘れない。レースを頑張っている彼女へ向けて、ファンは温かい言葉を投げていた。
ダーティフィクサー。シンザン記念4着。
実際に解釈が合っているかは不明である。