自堕落な魔族は平和に生きたい   作:ヤキブタアゴニスト

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第十一話 黄金郷への道

 

レンファをシュタルクが連れてきたとき、フリーレンは少し驚いていた。以前話した限りでは、明確な敵意はないけれど、どこか触れにくい相手だった。

 

 

でも、パーティに加わったレンファは予想以上に、うまく噛み合った。

 

旅が楽になったのは、まず移動手段だった。

オイサーストである程度素材を処分したと言っていたから、それで路銀は思ったよりも潤沢だったらしい。気づけば荷馬車を買っていて、それからは移動そのものがずいぶん穏やかになった。

 

 

歩き続けるより、車輪が回る方が疲れない。それに少なくとも、フェルンとシュタルクからすれば、移動が早いことは思ったよりも嬉しいことだったようだ。

 

そして、レンファの魔法は、旅の穴を埋めるというより、穴があったこと自体を消してしまうようだった。

 

敵の妨害魔法、未知の毒、襲い掛かってくる魔物。

そういう面倒を、レンファは次々と処理していく。アウラのときに見せた、摩訶不思議な魔法。レンファのその魔法はあっという間に危険だけを確実に無力化していく。

 

荷馬車の荷台を見ると、さらにレンファの異常さが分かる。

魔道具。魔物の素材。小さな封魔鉱結晶。瓶や袋。よく分からない薬草の束。

まるで儀式でもするみたいに積み込まれていて、フリーレンにとっても調べて飽きないものだ。

 

 

レンファの故郷の魔法の捉え方も、フリーレンにとって新鮮だった。

魔法を「技術体系」として理解するんじゃない。武道で体の使い方を覚えるみたいに、魔力の動かし方を身体で覚える。魔力を練って、流して、止めて、意志で形にする。

長く生きていて、いろんな魔法使いを見てきたけど、あの感覚は珍しい。

そんなレンファに、フェルンが「魔族を殺す魔法」を教えている。

 

 

焚き火のそばで、二人の会話が聞こえた。

 

「それって、女神様の祝福とかと似ているような気もします」

 

フェルンがそう言うと、レンファは少し考えるように首を傾げた。

 

「えっと、ちょっと似てるかも。私の故郷だと、祝福や呪いって言葉もなくて……全部、魔法だったので。 むしろ、そんな攻撃しかしない魔法っていうのは無かったです」

フェルンが瞬きをする。たぶん、世界の見え方が違うのだと思った。

 

フリーレンはその会話に混ざって言った。

 

「まあ、実際のところ、理解できない魔法を呪いって呼んでるだけだからね」

 

レンファは、小さく笑った気がした。

 

 

レンファは続けて言う。

 

「魔法っていうのは、魔力とイメージと意志の力の結集。どうしてか魔力が重視されてるけど……私の魔法は、イメージと意志の力を重視してる。魔法っていうのは、願いを具現化して共有するもののはず。魔力で敵の防御を貫くだけが魔法じゃない。そう思わない?」

 

フェルンはまっすぐ頷いた。

 

私は少し迷ってから、正直に答えた。

 

「ほんとにそうだよ。私の一番好きな魔法は、花畑を出す魔法だよ。」

 

レンファは目を丸くして、それから柔らかく笑った。

 

「いいね。 私もいつか、平和な世界を作るような素敵な魔法を使えるようになりたいな。」

 

そう語る目は、まっすぐだった。どこか眩しいくらいに、未来を信じている目だった。

 

 

ただ。

だんだんと、レンファの様子がおかしくなっていった。

 

いや、正確には、再会してからの時点で、もうずっとおかしかったのかもしれない。少なくとも、グラナトの街で会ったときのレンファは、こんなふうにやる気に満ちてはいなかった。

 

あのときは、面倒を避けるために、最低限だけ動く、地下牢でもそんな雰囲気だったはずだ。

 

なのに今は違う。彼女は、面倒を避けるどころか、面倒を追いかけているみたいだった。

馬車を操りながら、ふいに空を見上げる。そして天に向かって、魔法を空撃ちする。

何かを狙っているわけでもない。敵がいる気配もない。ただ、真上へ。夜の空へ。黙って撃つ。

 

かすかな魔法の光が、闇に吸い込まれて消えていく。そのたびにレンファの肩が少しだけ軽くなるように見えて、逆に怖かった。

 

本人は練習と言っているが、それにしては余りに切実なように見えた。

 

フェルンも最初は何も言わなかった。でも何度も続くうちに、さすがに眉をひそめるようになった。シュタルクは、最初のうちは「何してんだ?」と笑っていたが、途中から笑わなくなった。

 

限界らしきものが来たのは、もっと後だ。

レヴォルテと名乗る魔族を倒し、トーア大渓谷を抜け、黄金郷に迫ろうというころだった。

 

 

黄金郷。

 

かの七崩賢が一角、マハトが築き上げた、時間の止まった場所。世界そのものが、ひとつの呪いになっている場所。

 

そんな場所の手前で。レンファは、ふと天を見上げた。空は薄く、冷たい。

まばらな雲だけが無機質に散らばっている。

 

そして次の瞬間。

 

レンファは、突然笑い出した。

 

「……あは」

 

小さな笑いだった。けれど、止まらない。口元だけじゃなく、喉の奥から漏れるような、抑えきれない笑い。

 

「あはは……っ、あはははは……!」

 

それは楽しさから来る笑いではなかった。どこか壊れた歯車が、空回りしている音に似ていた。笑っているのに、目が笑っていない。むしろ、目だけが妙に冷えていた。

 

フェルンが立ち上がる。

 

「レンファ?」

 

シュタルクも顔を上げる。

 

「お、おい……どうしたんだよ」

 

レンファは答えない。

 

ただ笑いながら、野営を始めていた荷物の山を一度だけ見回した。

 

焚き火用に集めた枝。水袋。簡単な寝具。

どれも、途中だった。

いつもなら、レンファは必要以上に手際よく整えていたはずだ。

 

 

そして、軽く一歩、後ろへ下がった。

 

「……ねえ」

 

笑いがまだ残っている声だった。乾いていて、軽い。言葉の形だけが浮いている。

 

言いかけて、そこで止まる。続きが見つからないみたいに、口が閉じる。

 

そのまま、レンファは走り出した。

 

何の前触れもなく。荷物を置き去りにして。馬車も置いて。フェルンの呼びかけも、シュタルクの叫びも、聞こえていないように。

ただ、黄金郷の方向へ。

 

 

シュタルクが反射的に追おうとする。

でも一瞬遅れた。

その間に、木々に隠れたレンファの姿は見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フリーレンたちとの旅は、少なくとも物質的には多くのものをレンファに授けていた。

討伐したドラゴンの牙。小さな封魔鉱の結晶。雪花結晶。

それから、人間の魔法。

 

……けれど、それだけでは足りない。

 

結界を完成させるには、結局のところ、決定的な“偶然”が必要だった。

そして、それは訪れた。それも、これまでの積み重ねなど後さと感じられる程度のものだ

 

しかも、それは一つではない。

 

 

普通なら、そんなものは起こらない。起こるはずがない。

 

レンファ自身、期待するのをずっと諦めていた。

 

 

日課のように怠けさせる魔法を撃とうとして、レンファは天を見上げた。

薄い雲。冷えた青。遠くで揺れる光。

 

 

「……え?」

 

己の目を疑った。

正確には、信じる方が怖かった。天脈竜。遥かな天空を飛ぶ、気まぐれな竜。

結界に必要な膨大な魔力。結界の要となる、貴重すぎる存在。これまで積み上げてきた疲労も、消耗も、計画の停滞も、全部、吹き消すような幸運だった。

 

レンファの心臓が、一拍遅れて早くなる。体の奥の怠惰が、ざわりと揺れた。欲望の形を思い出したみたいに。

 

しかも、場所が最適だった。

 

黄金郷。

たしか魔王軍にいたマハトという奴が作った領域。街そのものを、莫大な魔力で黄金に変えてしまった場所。

 

時間が止まったままの、歪んだ楽園。

 

でも。

 

どんな魔法でも魔法は魔法だ。魔力から構成されるならそこを直接いじればいい。解除できるなら、魔力は取り出せる。そして、その魔力は、流用できる。

黄金郷の街を結界に取り込む。

 

街そのものを結界の内側に封じてしまえばいい。そうすれば、素材を探す必要もない。護る場所を探す必要もない。結界の核を、世界ごと抱え込める。

レンファの脳裏に、完成形が一瞬で浮かび上がった。

怠惰が、ようやく報われる未来。努力の対価としての、永い眠り。誰にも邪魔されない、静かな時間。

 

そして最後。

 

ここからは帝国が、すぐ近くだ。

崩壊させるためには、ここから怠けさせる魔法を打ち込めばいい。帝国の結界へ。街へ。 軍へ。仕組みそのものへ。

 

幸いなことに、レンファは我慢していた。無理をしていた。勤勉の真似事を続けていた。

その分だけ、怠惰は溜まりに溜まっている。パワーアップしている。いつもの何倍も濃くて、重くて、形を持っている。

 

 

結界が軌道に乗ったら、もう頑張らなくていい。

 

「……1000年くらい寝てもいいかな」

 

レンファは小さく笑った。 今度は、さっきみたいな壊れた笑いではない。欲しいものが

見えたときの笑いだ。

 

空には天脈竜。足元には黄金郷。すぐ近くには帝国。

 

これ以上ない舞台が、全部そろってしまった。

だからこそ、レンファは走り出した。 野営も、荷物も、仲間も置いて。

今この瞬間を逃したら、二度と来ない。

 

怠惰のために生きてきたレンファが、怠惰を叶えるために、初めて、本気で走る羽目になった。

 

 

 






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