自堕落な魔族は平和に生きたい   作:ヤキブタアゴニスト

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第七話 平和に暮らすための魔法

断頭台のアウラが討たれたことで、街の空気は一変した。

 

緊張は解け、人々は広場に集まり、簡素ながらも宴の場が設けられる。レンファとフリーレン一行は、その中心に招かれた。酒と食事が振る舞われ、感謝の言葉が途切れない。

 

 

 

その中で、何気ない調子で語られた。

 

「そういえば、そのエルフの方……魔王を倒した勇者パーティの一人なんだろう?」

 

その言葉に、レンファの動きが止まった。

 

周囲の人間たちは、フリーレンが伝説のパーティの一員であることに驚いたのだと思ったのだろう。だが、レンファが反応した理由は、そこではなかった。

 

魔王が、倒された。

 

その事実が、少し遅れて重なる。

 

レンファが思い返してみれば、街の人間たちは、魔王についてほとんど口にしない。

語られるのは、もっぱら断頭台のアウラの話ばかりだった。魔王軍、という言い方も、聞かなかった。

 

今になって、その理由がはっきりする。

 

どおりで、ここ数十年、連絡が途絶えていたはずだ。

最後に届いたのは、「しばらく謹慎していてくれ」という、要領を得ない一文だけ。要望していた素材の一つも添えられず、それきりだった。

 

 

理由が分かり、妙に腑に落ちる。

同時に、もう一つの時代が終わっていたことを、ようやく理解した。

 

「いずれ、魔族の時代が終わり、人の時代が来る」

 

どこかで囁かれていた言葉だが、レンファが寝ているうちにそれが近づいていたようだった。

 

そして、レンファの視線は、フリーレンの隣に立つ少女へと向いた。

 

フェルン。

 

聞いた話によれば彼女が行ったのは、遠距離からの魔法攻撃。しかも、殺傷のみを目的とした、無駄のない術式だったという。

 

記憶にある魔法使いの戦いとは、違う。かつては、そこまでの高速で魔法を撃ち合うような戦闘は存在しなかった。

 

魔法の進歩。そして、人間の進歩。

 

どちらも、想像以上だった。

 

「……急がないと」

 

 

 

声は低く、独り言に近い。だが、焦りを示すほどの熱はなかった。

 

平和に暮らすための魔法。

 

構想は、ずっと前からある。断片も、試作も、十分に揃っている。残っているのは、それを完成と呼べる形にまとめ上げることだけだ。

 

そろそろ、本気で手を付ける必要がある。そう判断するには、十分な材料が揃っていた。

 

「……戦う技術だけが、先に進む」

 

ぽつりと落とされた言葉は、誰に向けられたものでもない。魔族も、人間も、その点では変わらない。

 

 

宴もたけなわとなり、外の空気を吸おうと席を立ったところで、フリーレンと目が合った。ちょうど宿に戻るところだったらしい。

 

「フリーレン…さん……たちは、これからどうされるんですか?」

 

「私は北部高原を越えて、エンデ。大陸の最北部を目指すつもりだ」

 

「それって、たしか……」

 

「うん。魔王城があった場所だね」

 

レンファはその場所を思い出そうとする。けれど何も出てこない。

当然だ。あまりにも遠くて行くのが面倒だったので、結局一度も訪ねることが出来なかった場所だ。

 

夜気が少し冷たい。しばらく沈黙が落ちたあと、フリーレンがこちらを見て、唐突に言った。

 

「あのとき使っていた魔法は、なに?」

 

「あれは祖母から受け継いだ魔法です。魔族の動きを、ほんの少しだけ止められます」

 

適当な嘘だ。数百年使い続けて、もはや嘘として意識することもない。それに、そういう使い方もあるのは事実だった。

 

「そんな魔法が……。まだ知らない魔法ばかりだな。魔導書とか、残ってないの?」

 

興味深そうにフリーレンは身を乗り出す。

 

「うーん、修行して身につける類の魔法なので、そういう形で残っているかは……」

 

「そうなんだ」

 

フリーレンは、ほんの少しだけ肩を落とし、小さくうなずいた。その反応が、エルフらしく年齢に見合わず素直で、どこか幼い。

ただ、そういう魔法があるという経験をしてきているのだろう。一通りの質問をした後、フリーレンはレンファの魔法の理解を諦めたようだった。

 

「私はね、花畑を出す魔法が好きなんだよ」

 

フリーレンはそう言って、どこか遠いものを見る目をしていた。役に立つわけでも、戦いを有利にするわけでもない。ただ、そこに在るだけの魔法。

それなら……

喉の奥まで言葉が上がってきて、私は慌てて飲み込んだ。私ももし”人間の幼児を出すだけの魔法”があったら、好きになってしまうかもしれない、なんて。

 

「じゃあ、元気で」

 

「……また」

 

短い別れの言葉だけを交わして、互いに違う夜へと歩き出す。足音はすぐに宴の残り香に溶け、あの会話も、きっと時間の中に沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ……頑張るか……」

 

長い魔族生でも数えるほどしか呟いたことのないセリフを呟いて、レンファは数日ぶりに部屋からでる。

 

平和に暮らすための魔法。

 

レンファにとって、それは理想であり将来設計に近かった。勇者を倒す魔法でも、世界を変える奇跡でもない。ただ、面倒なことが起きないようにするための仕組み。

その本体は、巨大な結界だった。

 

結界の内側では、他者を攻撃することができなくなる。剣を振るう意志は途中で萎え、呪文は詠唱の前にどうでもよくなる。怒りは形になる前に霧散し、行動そのものが億劫になる。

 

敵意を削ぎ、争いを成立させない。暴力を封じるのではなく、暴力を選ぶ理由そのものを消す魔法だった。

 

完成は目前だった。

 

最大の問題だった結界維持の魔力についても、すでに解決の目処は立っている。内部にいる人間たちから、ほんの少しずつ魔力を抽出する。自覚も負担もない程度に、気力が抜け落ちる分だけを。それは、レンファが得意とする「怠けさせる魔法」の毒性を弱めたものと同じだった。

 

敵意への対処も同様だ。

争いごとを心底面倒だと感じるレンファ自身の意志。それを触媒として、人間の「波風を立てたくない」という感情を増幅する。結界に取り込まれたものから、順番に大人しくなる。

 

人々は、平和に暮らす。多少気力は削がれるが、日常生活には支障がない。働き、食べ、眠り、時々笑う。そしてレンファは、その平和の縁から、ほんの少しのおこぼれをもらう。

一週間に一つでも十分だ。レンファはそんなつつましい生活をしたいだけだった。

安全で、静かで、退屈な世界。それでいい、とレンファは思っていた。そんな生活をレンファはこの上なく明瞭にイメージできていた。

 

問題の一つは、結界の外側だった。

 

大半の地域は、怠けさせる魔法を広域に打ち込めば勝手に鎮圧できそうだった。別に全ての人間が必要なわけでもない。そこまで行けば、広まっても結界を使って感染を地域に限定できる。反乱も侵攻も、準備段階で面倒になって自然消滅する。そのうち、国家が怠惰で崩壊するかもしれない。

 

ただ一つだけ、例外がある。

 

人類の魔法技術が最先端に集積した地域、帝国。

理屈の上では、互いに結界の要を守り合う構造にしてしまえば安全なはず。けれども、あそこは昔のままなら異様に魔法技術が発展している。優先して潰しておかないと、こっちの結界くらいなら解除されるかもしれない。

 

 

そして、もう一つ。

 

結界の起動に必要な「最初の魔力」だけが、どうしても問題として残っていた。

 

起動さえすれば理論上は簡単だ。

 

どこか一つの街を結界に取り込めば、あとは連鎖的に広がっていく。内部から魔力を回収し、その魔力で結界を維持し、維持された結界がさらに人を取り込む。構造としては、ほとんど自律増殖に近い。

だが、その最初の一歩が重い。起動時には、結界全体の骨格を一気に展開するだけの魔力が必要になる。

 

なにしろ、レンファ自身の魔力量はたいしたことがない。鍛錬してこなかったのだから当然だ。魔族としての長い命と素養はあっても、日々を怠惰に過ごしてきた結果が、ここに出ている。

 

 

そもそも、自分の魔力を当てにする設計が間違っている。そんな不安定なものに命運を預けるくらいなら、最初から安定した供給源を確保したほうがいい。

 

魔力の籠った物品。長い時間をかけて蓄積された魔導具、儀式用の触媒、あるいは歴史そのものを内包した遺物。

それらから魔力を抽出し、蓄え、起動時に一気に放出する。手間はかかるが、確実だし、何より楽だ。

 

レンファは、必要な物品のリストを頭の中で並べながら、軽く欠伸をした。平和に暮らすためには、まず少しだけ、面倒な準備が必要らしい。

 

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