自堕落な魔族は平和に生きたい   作:ヤキブタアゴニスト

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第八話 箱詰めの魔族

 

結界の完成のために考えたとき、グラナトの街では、これ以上まともな素材は期待できなかった。

 

通りに並ぶ店はすでに見尽くしている。魔導具屋、骨董商、研究者崩れの私設工房。どこも似たような品ばかりで、魔力の残滓も薄い。研究に使えるような素材は、過去の誰かがすでに掘り尽くしていたのかもしれない。

 

アウラのせいで物流が止まっていたというのがあるので一概には言えないが、それでも限界は明白だった。この街の規模では、これ以上の成果は望めない。

 

もっと大きな街。人も物も魔力も、滞留する場所へ行く必要がある。

 

そう考えた時点で、次に向かうべき場所は自然と定まっていた。

 

オイサースト。

昔から魔法研究が盛んな街。素材の流通も整い、古い術式や半ば忘れられた素材が、市場の片隅に紛れ込むことも多い。……だったはずだ。

 

レンファにとっては、都合がいい。多少面倒だが、必要なものは揃う。

 

ただし、距離がある。

徒歩で向かうには、あまりにも遠かった。人間なら数週間、いや数か月。荷を抱えたままなら、途中で金が尽きて立ち止まる。ましてやレンファなら、歩いていけば道端で力尽きて数年ではすまないに違いない。

 

もっとも、それは人間の話だ。

こういうとき、魔族というかレンファには独自の選択肢がある。

自分で歩かない。時間を意識しない。移動という行為を、他者の労力に変換してしまう。手間を払うのは金だけでいい。自分の体力と意思を使うのは、どうしても必要な場面だけ。

 

 

レンファは街の外れで静かに手配を済ませた。荷車による荷物の輸送。頑丈で、積み荷が揺れにくい構造の馬車は一度にかなりの量の荷物を運ぶことが出来る。行き先はオイサースト。支払いは前金。余計な質問をさせない程度に、少し上乗せもしておく。

 

中身は物品という扱いだ。書類上は、魔導具の部品と保存資材。高価ではあるが、生き物ではない。重さも、箱の数も、どれも普通の範囲に収まっている。誰もそれは何だと強く問わない。問う側にとっても、興味を持つほどの価値がある荷ではない。

 

荷の一つに、少し大きめの木箱があった。厚い板で作られ、角は金具で補強されている。内側には緩衝材が何重にも詰められ、空気穴は見えない位置に小さく穿たれていた。外から見れば、普通の梱包と変わらない。丁寧で、過剰で、少しだけ高級品っぽい。それだけだ。

その中で、レンファは動かない。

体を丸め、手足を縮め、呼吸を浅くする。眠るというより、意識を沈める。飲まず、食わず、考えることすらやめる。思考の端がふっと軽くなり、言葉になりかけた疑問も、面倒だからという理由でそのまま落ちていく。

揺れは感じるが、不快ではない。むしろ規則的で、眠りを深くする。外の音も、車輪の軋み、馬の鼻息、人間の会話、そんなものは次第に遠ざかる。昼と夜の区別も、意味を失う。木箱の中では、どちらも似た暗さだ。

時間の感覚は、ゆっくりと溶けていった。

 

起きているのか眠っているのか、境界が曖昧になる。自分がどこにいるかも、そこまで重要ではない。目的地がオイサーストであることだけが、薄い札みたいに意識の底に貼りついている。剥がれなければ、それでいい。

 

それが可能なのは魔族だからだ。

そして、必要最低限の活動しかしない生き方を選んできた、レンファだからだった。何かを我慢しているという感覚すら薄い。そもそも動き続けることを正常だと思っていない。世界の大半が無駄に動き回っているだけだ、という冷めた理解がある。

 

 

荷車は静かに街を離れる。石畳を抜け、土の道に入り、やがて視界からグラナトの街が消える。

 

目的地は、オイサースト。レンファは起きることもなく、ただ眠り続ける。木箱は、ただの荷物として扱われ、北部の山の中を、何事もない顔で運ばれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レンファが馬車にのって街を離れたころ、フリーレンたちも北へ向けての旅を始めていた。

 

「フリーレン様、あの人は……?」

 

宿へ戻る道すがら、フェルンがぽつりと切り出した。それは無理もない疑問だった。あの場にいたほとんどの者は知らない。七崩賢が無力化された直接の原因が、フリーレンではなく、レンファと名乗ったあの少女だったことを。

 

しかも戦いと呼ぶのも憚られるほど一方的だった。術式は短く、動作も少ない。詠唱らしいものすらなく、魔法が発動した瞬間にはすでに決着がついていた。

 

それにもかかわらず、魔力感知で捉えられる彼女の魔力は、良く見積もっても熟練の魔法使い程度。フリーレンはもちろん、フェルンよりも明確に少ない。フリーレンたちから見ても魔力量を偽っているような揺らぎが見えないので、隠しているとも考えにくかった。

 

それに、通常ならばあのような魔法を使えば、周囲にもっと荒れた魔力の痕跡が残るはずだった。

 

だが、残っていない。術式は見たことがなく、構造も読み取れないうえ、外部への魔力漏出がほとんどない。まるで必要な分だけを、必要な場所にだけ通しているかのような精度だった。人間が扱う魔法としては、あまりに完成されすぎている。

 

「怖いくらいに、害意がなかった」

 

 フリーレンは歩調を変えず、淡々とそう答えた。

 

「殺す気も、誇示する気もなかった。ただアウラを止めただけ。ああいうのは、かえって怖い」

 

「逆に言うと、不自然じゃないか?」

 シュタルクが眉をひそめる。

 

「七崩賢相手に、あそこまでしておいて、感情が動いてないなんて」

 

「うん……」

 

 フェルンは小さくうなずいた。

 

「見た目どおりの年齢にしては、落ち着きすぎていました。なにかが表に出ていないのに、内側にだけ溜まっている感じがして」

 

しばらく三人の間に沈黙が落ちる。

 

「何者だったんだろうな」

 

少し考えてから、フリーレンが言葉を続ける。

 

「……もしかして、魔族?」

 

「それはないですよ」

 

 フェルンの返事は即答だった。迷いも含みもなく、断定に近い。

 

「帽子の下にも角はなかったですし、魔力の量が少なすぎます。それに、わざわざ七崩賢を殺す理由がありません」

 

「でもよ」

 

 シュタルクが歩きながら口を挟む。

 

「人間にも見えなかったぞ。あの落ち着き方とか、距離の取り方とか。なんというか達観しているというか」

 

「うん。私も聞いたことはないけど……ハーフエルフかもしれない」

 

 フェルンが首をかしげる。

 

「そんな人、いるんですか?」

 

「いないわけじゃないよ」

 

 フリーレンは前を向いたまま答える。

 

「エルフと人間が結婚することは、理屈の上ではね。ただ、時間の流れが違いすぎるから、ほとんど続かないだけ」

 

「理屈の上、か……」

 

シュタルクは納得しきれない表情で息を吐いた。

 

だが、フリーレンだけは別のことを考えていた。あの魔法の違和感が、どうしても頭から離れない。魔力の量ではない。術式の巧拙でもない。

 

止めたのは魔族の身体ではなく、行動でもなく、精神そのものだった。ああいう魔法は、教えられて身につくものじゃない。生きている時間そのものが、術式になっている。

 

そう、例えば魔族のように…

 





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