凄まじき戦士、最後の砦と成れ 作:後醍醐
運命に踊らされているのだとしても、それでもその足を屈する理由にはならない。
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「――――い。お――――、――――い」
(………………だ、れ……………?)
沈んでいた意識が、水面を目指して駆け上がっていく水泡の様に引き上げられていく。
そうして、開かれた瞼。広がった視界の一番最初に飛び込んできたのは、鮮やかな菫色だった。
視線がぶつかり、沈黙が流れる。
「…………おはよう?」
「目覚めの挨拶としては正解だとは思われますが、今この場ではそぐわないかと」
少年の朝の挨拶に、菫色の少女は温度の感じられない声でそう答えた。
沈黙。横になった少年は周囲へと視線を巡らせて、自身が今寝転がっているのは無機質な廊下の中央である事に気付く。
(何で、俺ってこんな所に寝てたんだ……?)
疑問が頭を過るが、いまいち動きの鈍い脳ミソは答えを弾き出してくれない。代わりに、鈍い頭をそのままに体を起こして立ち上がる。
「ええっと……何から話すべきか…………」
「この様な場合ですと、まずは互いの自己紹介から始めるべきではないでしょうか」
「そうか……?そうだな。自己紹介は大切だ」
少女の言葉に、少年は頷く。
「俺は、
「はい。わたしは、マシュ・キリエライトです。よろしくお願いします、
「ああ、よろしくなキリエライトさん」(先輩……?)
頷きながら、優一は内心で首をかしげていた。
彼と、マシュ・キリエライトと名乗った少女は完全な初対面。少なくとも、17年間の歴史を遡っても記憶に一掠りもする事は無かった。
その疑問を解消しようと、優一は口を開く。
だが、その口から言葉が紡がれる前に何か白いものが少年の肩へと飛び乗ってきた。
「フォウ!」
「んぶっ!な、なんだ……?」
「あ、フォウさん。こちらにいらしたんですね」
「フォウさん?」
「フォウ!」
一声鳴いて、白い不思議生物は優一の肩からマシュの腕の中へと飛び込んだ。
そして一頻り体を擦り付けたかと思えば、抱えられた腕の中から飛び降りて硬質な床に爪を鳴らして着地。ゆらゆらと尻尾の先端を揺らしながら二人の周りを歩き始める。
そんな不思議生物の登場に、優一は眉を上げた。
「猫……いや、犬?それとも、リス…か?」
「フォウさんは、このカルデアに住み着いた不思議生物です。神出鬼没で、よくカルデア内を彷徨っているんです」
「成程……?」(カルデア……?)
首を傾げながら頷く優一だが、また疑問が増えてしまった。
なぜ自分はここに居るのか。どうやって来たのか。連れて来られたのか。自発的に来たのか。
疑問は尽きない。故に、先程フォウに邪魔された質問をしようと、再度優一は口を開き――――
「ここに居たのか、マシュ。ダメだぞ、断りもなく移動するのは…………っと、先客がいたのか」
第三者が再び割り込んでくる。
緑色のシルクハットに、これまた緑色のコートを着た男性やって来たのだから。
彼は優一へと人当たりの良い笑みを浮かべた。
「ああ、君もここに居たのか。初めまして、私はレフ・ライノール。このフィニス・カルデアで顧問を務めさせてもらっているんだ」
「は、はあ……」
よろしく、と差し出された手を取る優一。だが、その内心は積み重なる耳に馴染みのない単語がこびりついて荒れていた。
「えっと、俺は――――」
「適応番号48。呉島優一君。君が、このカルデアの48人目のマスター候補という事さ」
「……」
ついていけない。がここまで流されっぱなしで黙っていられるものではない。
「……スンマセン。その、少し良いですかね。あの……ライノールさん?」
「何かな?」
「その、マスター候補ってのはそもそも何ですか?」
「ん?」
思わぬ問いだったのだろう。レフは眉を上げる。
「うん?……少し、待ってもらえるかな」
腕を組み、右手で顎を扱いたレフはその開いているのか閉じているのか分からない糸目を虚空へと投げてから何かしら思案をし始める。
そして、頭の中の整理が終わったのか再び目の前の少年へと向き直った。
「呉島君。すまないが、君はこの施設の説明を受けたかい?」
「いえ……そもそも、俺が覚えてるのは……献血に行って、そのままそこのスタッフ?に声を掛けられてから頼みがあるって言われて……頷いたらここに、ってどうしたんです?二人揃って顔色悪いっすよ」
喋っていたお陰か、頭の回転が戻ってきた優一は自分のここに至るまでの状況を思い出していた。
献血の経験があった事から、優一はその日も時間が空いたために実施されていた催しに参加。その結果、職員の一人である人物に付き纏われ、その勢いに根負けして頷けば気付けばここに居た。
(訳が分からねぇな)
思い出しても、意味不明。優一は頭を振った。
自分で考えても答えは出ないと思ったのだ。何より、目の前には自分よりも情報を持っているであろう人たちがいる。
優一の予想通りか、レフが困った表情で両手を打ち合わせて頭を下げてきた。
「申し訳ない、呉島君。こちらのスタッフが粗相をしてしまったらしい。恐らく、期限間近の状況でマスター適性のある一般候補生を見つけた結果暴走してしまったのだろう」
「先輩のお言葉通りでしたら、コレはまず間違いなく拉致の手際です。裁判になれば、こちらの敗訴は免れません」
「全くもってその通りだ。加えて、何の説明も無いまま、入館時のシミュレーションを受け慣れない霊子ダイブ行った結果夢遊病のような状態でここを彷徨っていたんだろう。重ね重ね、申し訳ない」
再び頭を下げてくるレフ。コレに困るのは、優一の方だった。
「あ、いや……まあ、何か訳の分かんねぇ事に巻き込まれたのは分かるけど……んじゃあ、ちょっと幾つか質問良いっすかね?」
「勿論――――と言いたい所だが、丁度いい。これから、ここの所長であるオルガマリーが説明会を行うんだ。そこに参加してみなさい」
「レフ教授。わたしが案内にご同行してもよろしいでしょうか?」
「ああ、頼むよマシュ。今は起きていられても、霊子ダイブの影響は大きいだろうからね。今度は、誰にもm地受からないような場所で昏倒してしまうかもしれない。そう言う訳で、呉島君。どうだろうか?」
「んじゃあ、それで。えっと、キリエライトさん。頼んで良いか?」
「はい。マシュ・キリエライト、ご案内いたします」
「それじゃあ、ライノールさん。俺達はここで」
「ああ」
ひらりと手を振るレフに見送られて、少年少女は並んで廊下を去っていく。
「……」
その背を、温度の無い目が見つめていた。