凄まじき戦士、最後の砦と成れ 作:後醍醐
「悪いな、キリエライトさん。折角送ってもらったのに、追い出されちまって」
「いえ、構いません。先輩も、見事なガードでしたね。ほとんど寝ていらっしゃいましたが、何か武術を?」
「趣味の範囲になるけど、格闘技を少しな」
「格闘技……先輩は、鍛えられているんですね」
「そこまで本気で向き合ってるかって聞かれたら、首傾げるけどな」
廊下を行く呉島優一とマシュ・キリエライトは、雑談を交わしていた。
本来は、まだ説明会の最中なのだがレフ・ライノールが危惧したように優一が霊子ダイブの影響で眠気に襲われてどうにか起きようと踏ん張るものの結局立ったまま居眠りをしてしまう事になった。
そこに、所長であるオルガマリー・アニムスフィアからの平手が飛んだのだが、何と優一はコレを持ち上げた右腕の左前腕でブロック。
そのまま反撃のカウンターを見舞いそうになった所を、意識を回復させた優一が反射的に押さえ込んだ事で所長は殴り飛ばされずに済んだ。
もっとも、その後自分の説明会で居眠りされた事に業を煮やした彼女に追い出されてしまったのだが。
今は、優一の割り振られた居住用の個人部屋への案内をマシュが買って出た所。
「えっと……あ、ここですね」
「一人一部屋、か……えっと、48人だっけ?」
「はい。48人のマスター候補と、それからレフ教授の様な組織運営に携わる方々がいらっしゃいます」
「その一人一人に、部屋があるのか?」
「そうですね。ですが、職員の方々の中には職場である自分の持ち場に籠っておられる方もいらっしゃいますよ」
「急なブラック要素だな……」
この年で社畜は嫌だな、と顔を顰める優一。
不意に、マシュの腕に付けた端末が時間を告げた。
「あっ……」
「時間か?悪いな、ここまで送ってもらって。キリエライトさんも忙しいだろ?」
「いえ、大丈夫です。わたしが申し出た事ですから…………」
「どうした?」
「いえ……」
煮え切らない態度。しかし、時間は既に迫り切っている。
それが分かっている為、立ち止まった少女の背を押すように優一は口を開いた。
「あー、何だ……管制室に戻らなくちゃならねぇんだろ?」
「は、はい」
「…………頑張れよ、
「!いえ、そう言っていただけるだけ十分です。では、先輩。マシュ・キリエライト、務めを果たしてきます」
顔を上げた少女は、一つ頷いて踵を返すとその場を去っていた。
その足取りは何処か軽やかで、優一は離れていく背中を眺めながら自分の選択肢が間違っていなかった事を知る事が出来た。
胸の内が温まる様な気持ちになりながら、彼は自身に割り振られた部屋の扉を開ける。
「あ」
「あ゛?」
今まさに、お茶請けであろう和菓子を口へと運ぼうとしているゆるふわヘアの男と目が合った。
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「いやー、申し訳ないね。ここ、ずっと空き部屋だったからボクのサボり部屋にしてたんだ」
「堂々とサボりを公言するのは、社会人としてどうなんだ?」
「いやいや、円滑な作業には適度な息抜きってものが必要なんだよ」
「…………」
「あ゛っ!?未成年からの冷たい視線が突き刺さる!」
胸を抑えた男性に、優一のジト目が突き刺さる。
サボりの場面を目撃された為に、彼は証拠を隠滅するために目撃者である少年を部屋の中へと引きずり込んだのだ。
誰かいるとも思わなかった優一は、割とあっさり部屋の中へと引き込まれた。特に危機感を感じなかった為に反射的な攻撃も発揮されなかったらしい。
男性は、どうにか復帰するとお茶を二人分淹れて、更にお茶請けなのかあんパンをもって備え付けのテーブルに二人分乗せた。
「まあ、座って座って。このアンパンも美味しいんだよ。桜の花の塩漬けが乗ってて、アンコも甘さが控えめだけどそれがまた薄皮生地によく合うんだ」
「……一応、俺の部屋だよな」
椅子を示してくる男性に、優一は眉間を揉んだ。
既に情報過多である。そこに更に情報が上乗せされるなど頭痛を覚えても仕方がない。
諦めて、優一は椅子に腰かけて湯呑を手に取った。
「……砂糖入れたりしないんだな」
「ん?……ああ、確かに。緑茶に砂糖を入れる人はいるね。安心して良いよ、ボクはそんな事してないから」
「外国人、なのか?」
「少なくとも、日本人じゃないさ。ボクは、ロマニ・アーキマン。このカルデアで医療部門を任されてるんだ」
「……呉島優一……です」
「あ、君が最後に選ばれたマスター候補だね。敬語は、要らないよ。堅苦しいのは好きじゃないんだ。ボクの事もロマニじゃ呼びにくいだろうから、Dr.ロマンとでも呼んでおくれよ」
「あ、ああ…………え、医療部門を任されてるって事はお偉いさんだろ?何でここに居るんだよ」
「う゛っ……え、えーっと」
優一からの指摘を受けて、視線を逸らしたロマニは湯呑へと口を付けて顔を逸らす。
ジト目が突き刺さるが、サボりとしてこの部屋を利用していたのは確かなのだ。現に、今は口封じのために甘味とお茶をごちそうしている始末なのだから。
旗色が悪いと判断したのか、ロマニは咳ばらいを一つ挟むと頬を引きつらせて、更に饅頭を取り出した。
「良いかい、呉島君。休める時に、休む。コレも社会人には必須なスキルなんだよ」
「さっきも似たような事言ってたな。後、良い事言ってる風だが
「うぐっ!ま、まあ、このお饅頭も美味しいから!」
「はぁ……」
差し出された饅頭を受け取って、優一は溜息を吐き出した。
自身への評価が右肩下がりしている事を、ロマニも察する。
「う゛う゛ん!と、時に呉島君。君、何か困ってる事はないかい?カルデアには、日本人のスタッフって居ないしさ。ボクも日本人ではないけど、ある程度の知識はあるつもりだしサポートするのも仕事だからね」
「…………んじゃ、一つ良いか?」
「うんうん!勿論、構わないとも!」
「ここって、何をする組織なんだ?」
「…………へ?」
思わぬ質問だったのだろう、ロマニの目が点となる。
しかし、優一としては当然の質問でもあった。
最初に出会ったマシュやその後のレフからの説明は無かった。説明会にしても、眠気が酷くほぼ聞けずにそのすぐ後に追い出されている。
この部屋に至るまで、マシュとの雑談はあったがそれでも数分程度で思ったよりも話が弾んで質問まで辿り着かなかった。
予想外ではあったが、自分で手を差し伸べた手前ロマニとしてもだんまりを選択する事は出来ない。
「ええっと、とりあえず前提の知識として何だけど。呉島君、ここにはどんな説明を受けて連れて来られたんだい?」
「いや、何の説明も受けてないな」
「えぇ………ボクが言うのもなんだけど、知らない相手に何も聞かずについていくのは良くないよ?」
「んな事言われなくても分かってるっての。相手が何の説明もなく拉致って来たんだから仕方ないだろ」
「うっ……それは、同僚が申し訳ない……んんっ!それはそうと、この施設の説明だね。承ったよ」
咳ばらいを挟んで、ロマニは右手の指を立てた。
「まず、この施設について。ここは、人理継続保障機関フィニス・カルデア。立ち位置としては、国連の関連で良いかな。この辺りは、利権やら何やらで結構ごちゃごちゃしてるんだけど」
「成程……」
「で、このカルデアが設置された経緯としては、2016年で人類の滅亡が証明されたからなんだ」
「…………それは、ノストラダムスの大予言とかそう言う話か?」
「よく知ってるね。といっても、少し違うかな。この滅亡を導き出したのは、科学と魔術の合わせ技に因る所が大きい」
「魔術……」
「一般家庭の出身な呉島君には馴染みが無いと思うけど、ここはそう言う組織でもあるからね。まあ、兎に角。この人類の滅亡を回避するために、色々やっていく場所、程度の認識で良いよ。正直な話、呉島君は最後にやって来たマスター候補で、一般人でもあるからね。メインは慣れた人たちがやってくれるよ」
「…………頭痛くなってくるな」
湯呑を啜って、優一は死んだ目となりながら呟いた。
自分の与り知らぬ所で、何か大きな出来事に巻き込まれているのだから彼の辟易とした気持ちも当然というものだろう。
他にも話を聞こう。そう決めて、優一が口を開く――――前にロマニの腕に付けた端末が着信を告げた。
『ロマニ、少し良いかな。どうにも、バイタルに不調の見られる者が数名居るようなんだ』
「やあ、レフ。それは、大変だね。直ぐに、鎮静剤を打ちに行くとしようか」
『ああ、頼むよ。医務室からなら、2分ほどで着くだろう?』
「……直ぐに行くよ」
通信が途切れ、ロマニの蒼い顔が錆びたブリキ人形の様なぎこちない首の動きと共に向けられた。
「ど、どうしよう呉島君。ここからだと、走っても5分前後かかるんだけど」
「いや、サボってるからだろ。とりあえず、走るしかねぇんじゃねぇか?」
「うぅ……と、兎に角急ごう!」
まずは片づけ、と動こうとするロマニに対して優一はやっておくと部屋から蹴り出そうとお盆へと手を伸ばした。
瞬間、世界が揺れる。