凄まじき戦士、最後の砦と成れ 作:後醍醐
特異点。人類史という古代から現代に至るまで連綿と紡がれてきた一反の布地に浮かんだ染みの様なもの。
そこは、言ってしまえばIFの世界。未来をひっくり返しかねない、誰かのもしも。
「いや、現代日本にスケルトンは居ねぇだろ!?」
「先輩!後ろです!」
「ラァッ!!」
腰の入った後ろ廻し蹴り。その堅い踵が、今まさに肉の無い顎骨を動かして寂びた剣を振り上げていたスケルトンの頭部を捉えた。
粉塵を巻き上げて粉砕、吹き飛ぶ頭部。更に、残った胴体目掛けて左前蹴りが撃ち込まれる。
意図しないレイシフトの結果、現状で呉島優一とマシュ・キリエライトの両名の双肩に人類の全てが乗っていた。
勿論、カルデア側からの支援がない訳ではない。だが、今現在においては通信を繋いだ上での周辺の魔力探知などが限界。
そこで、物資補給などを行うために、霊脈の噴出点を目指す事になった。
この地点を拠点とすれば、カルデアからの物資補給やリソースの補充が行える。より万全のバックアップを受ける事が出来るだろう。
問題は、その道中だった。
戦地となったこの特異点は、多くの死者が出た上にその大半が弔われる事無く投げ捨てられたような状態である為に怨霊となっている。
結果、スケルトンやゾンビといった怪物が跋扈する死の都となっている。
最初こそ、マシュが振り払っていたのだが、如何せん数が多い。
結果として、優一が蹴り砕ける事が分かりこうして戦線を共にしていた。
最後のスケルトンが砕かれ、周囲に敵影が無い事を確認して二人は肩の力を抜く。
「……ふぅ……状況終了。お疲れ様でした、先輩」
「おう。マシュも、怪我は無いか?」
「はい。ドクターの示した地点は、もう間もなくですね」
「にしても、霊脈か……魔術ってのは何でもアリか?」
「いえ、そう便利なものではありませんよ。魔術というのは、あくまでも有から有を生み出す等価交換が原則です。完全に何もない状況では、何もできません」
「……成程?俺でも、使えたりするのか?」
「魔術を扱うには、魔術回路が必要になります」
「魔術回路?」
「魔術師の持つ、疑似神経回路を指します。その働きとしては、生命力から魔力への変換や大規模な魔術を扱う際に用いる魔術式への接続などが主ですね。魔術回路が無ければ、そもそも魔術師には成れません。この数が多い程に優れた魔術師とされ、代を重ねた魔術師の家系ほど多く持つ場合がありますね」
「へぇ……俺みたいな完全な素人には、無いのか?」
「それも、場合次第です。先輩の様な一般の出身であっても魔術回路を持っている場合はあります。ただ、その本数は10に満たない事が殆どでしょう」
目的地へと向かう道すがら、マシュが講師役となって行われる
暢気なものだが、実際問題呉島優一は魔術のド素人。完全に何も知らない真っ新な状態で居るよりも、最低限度の自衛が出来る程度には知識を得ておこうという計らいからのモノ。
そのまま、言葉を交わしながら二人は燃え盛る街を進む。
「ッ!今のは……」
「悲鳴だ!」
「せ、先輩!」
不意に、二人の耳が声を捉えた。
マシュは咄嗟に立ち止まってしまったが、同じく声を聞いたであろう優一が一切の躊躇いも無く駆けだした事からその後を慌てて追いかける事になる。
瓦礫を飛び越え、炎を突っ切り傾いたビルの壁面を駆け抜けて、果たして二人が見つけるのは、
「あれは……!」
「所長、だったか」
逃げ惑う一人の女性。その背を追うのは、先程二人が粉砕してきたアンデッドの集団だった。
一流の魔術師ならば相性はあれども、それでも何かしら身を守る術を持っている。
だが、今の彼女は積み重なった混乱の結果冷静な判断を下せるような精神状態ではなかった。
「マシュ、跳べ!」
「ッ!?ま、マシュ・キリエライト、跳躍します!!」
突然の指示。一瞬方を跳ねさせた少女だったが、傍らの少年が一切視線をブレさせる事無く一点を見続けている姿を視認し、混乱を飲み下して勢いよくその体を宙へと投げ出していた。
本来、マシュ・キリエライトの体術の成績はそれ程宜しくない。それこそ、身の丈を超える大盾を振り回しての戦闘行為など熟そうとすれば直ぐに無理が出てしまう程に。
そんな彼女をこうして一人の戦士として戦場に立たせている理由は、彼女自身の体にあった。
超質量の砲弾が、今まさに生者を自分達の仲間に引き入れんとしていたアンデッドの群れに襲い掛かる。
その勢いと衝撃は、アスファルトの地面を更に粉砕し、揺れによって前を走っていたオルガマリー・アニムスフィアが転倒するほどのもの。
「な、何が……ひっ!」
「所長!ご無事でしょうか!?」
「あ、え……?マ、マシュ?そ、その姿は……」
呆けるオルガマリー。そんな彼女の背後に足音がもう一つ。
「……勢い任せに、ビルに上るもんじゃねぇな。ちょっと手間取った」
「ッ!?あ、あなた……!」
片手を上げて合流してきた少年に、オルガマリーは更に目を見開いた。
自分の説明会に遅れて参加してきたかと思えば立ったまま居眠りをした上に、自身の平手を防いだ上で追い出した一般人だったのだから。
「何が、どうなってるのよ……!」
*
小休止。目的地を目指す道すがらで、戦い通しであった二人と状況が全く飲み込めていないオルガマリーの情報の擦り合わせの時間を取っていた。
「――――はぁ……兎に角、応急処置にしかならなくとも今は良いでしょう」
眉間を揉んでため息を吐くオルガマリー。
彼女の対面ではそれぞれ瓦礫に並んで座った優一とマシュ。それから、優一が腕に着けていた端末から表示されるホログラフの画面が浮かんでいた。
画面の向こう側では、陣頭指揮を執るロマニと生き残ったスタッフたちによる爆発に巻き込まれたマスター候補含めた者たちへの凍結による仮死状態での保存作業が行われている。
カルデアは、壊滅的な被害を受けたと判断していい。既にこの時点で、オルガマリーは泣きそうだった。否、ロマニに指示を飛ばした時には、怒鳴りながらも半分泣いている様なものだった。
「それじゃあ、ここからはこの特異点から脱出する手段よ」
「所長は、何かお考えが?」
「ええ。最初にレイシフトする事になったこの特異点Fでは、聖杯戦争が行われていた記録が残っていたの」
「聖杯戦争?」
首を傾げる、マシュ。無論、魔術知識のない優一も似たようなものだ。
オルガマリーは、人差し指を立てると生徒たちへの教鞭を振るう。
「大規模な魔術儀式よ。聖杯については、分かるかしら?」
「……アレか?聖遺物とか、その辺りの話か?ロンギヌスの槍とか」
「まあ、似た様なものね。といっても、聖杯戦争の聖杯はあくまでもその名を借りたもの。その機能は万能の願望器よ」
「ですが、所長。魔術において、神秘とは秘匿するものです。ここまで大規模な破壊を行う事があるのでしょうか?」
「必要性は兎も角、街一つを崩壊させる事なら可能だわ。サーヴァントの宝具なら、ね」
「サーヴァント?それって、今のマシュの状態の事か?」
「マシュは、特別よ。本来は、座と呼ばれる場所に登録された英霊がサーヴァントのクラスに当てはめられた一側面をこの世に現界するの。
「…………頭が痛くなってくるな」
優一は、眉間を揉んだ。
街の惨状を作ったであろう存在に目星がついたとはいえ、裏を返せばその破壊規模の攻撃をぶち込んでくる相手が居るという事でもあるのだから。
その後、件の聖杯戦争に用いられたであろう聖杯の回収を目指す事になった一行。
兎にも角にも、行動を開始し――――
『三人とも!直ぐにその場を離れるんだ!!』
ロマニの悲鳴のような通信が飛び込んでくる。
直後、ゾッと背筋が粟立つ様な気配が現れた。
「――――ああ、まだ生き残りが居たのですね」
静かな声だった。しかし、嫌にその場に響き渡る重さをもっていた。
現れたのは、一人の女。
ただの女ではない。その身体は、まるで影に汚されたか、或いは泥に汚れた様な暗く黒いそんな有様。
『そこに居るのは、サーヴァントだ!!』
絶望が立つ。