何も起きない日々   作:地軸

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何も起きない勝利

白玉楼の客室、宛がわれた部屋の布団で目を覚ます。

 

となりで動く気配に、顔を向け視線を送る。

 

「おはよう。今日はどこへ行こうかしら」

 

 隣で浮かべられた、相変わらず胡散臭い笑顔。

 俺は迷わず言った。

 

「帰れ、賢者。お前の居場所はここじゃない」

 

 最適解を、最短で出せた。

 答えの内容よりも、この速さで口に出来た事を自分で褒めたい。

 

「なにを――」

 

「視線が違う。俺じゃなく、世界を見てる。

 息遣いが世界に馴染みすぎてる。存在の強度が違う。境界が揺れすぎだ」

 

 言葉にすると、自分でも淡々としすぎていると思った。

 

「だから言ったじゃない。無理だって」

 

 隙間が開き、もう一人の紫が姿を現す。

 賢者ではない、いつもの紫だ。

 

「本当にすごいわね。視線だの息遣いだの、境界を感じ取ってるなんて。ただの人間が」

 

「俺に分かるのは、紫の境界だけだ、他はわからん」

 

「そんなことないわよ。いろいろ見えるようになってる。

 隣にいて、同じものを見て、生きてるんだから」

 

「それでも、俺が感じてるのは紫がどう感じてるかだ。

 境界そのものが見えてるわけじゃない」

 

 賢者が、茫然と呟く。

 

「……私を通して世界を見ている。

 違う、世界じゃない。『八雲紫』を見てる。

 たまたま、他が目に入ってるだけ……?」

 

 一拍置いて、こちらの紫を見る。

 

「そっちの私は、どんな誑かし方をしたら、こんな人間が出来上がるのよ」

 

「別に。気づいた時には、彼はこうだったわよ」

 

「こいつを見てたら、こうなっただけだ。

 誑かされては……多分、ない」

 

 自信はなかった。

 目が離せない理由が、自分の意思なのか、魅力に誘導されているのかも分からない。

 けれど、どちらでも意味はなかった。

 

 始まりの選択は覚えている。

 それが今も続いている。それだけでいい。

 

「あと、今気づいた話だが」

 

 俺は賢者に笑顔を向けて言った。

 

「紫が、俺より先に起きるわけがない」

 

「なによ、それ」

 

「お前、俺を起こしたことあったか?」

 

「私を起こすのが、貴方の仕事でしょ」

 

「ゴミ出しと朝飯作りは、お前の当番の時もあるだろ」

 

「貴方が起こせば、私がやるわよ」

 

 賢者は肩を落とした。

 

「……はぁ。負けだわ、負け。私の負け。

 約束は守るわ。藍をしばらく貸してあげるし、お金も出す」

 

 賢者の言葉に俺は紫に問う。

 

「俺を利用して、賭けしてたのか」

 

「私にとっては賭けにもならないわよ。何? 怒った?」

 

「いや」

 

 俺は親指を立てた。

 

「でかした」

 

 まぁ、金はともかく、藍かぁ、どうすっかな。

 

 キャラと言い切るにはこいつに近すぎる、現実と呼ぶには浮きすぎてる。

 

 まぁ、紫のペット、そこらが落としどころか。

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