何も起きない日々   作:地軸

4 / 15
何もできない都市伝説

 

なにもできないメリーさん

 

 

「私メリーさん今駅の前に」

 

「間に合ってます」

 男は電話を切った。

 

 どういう経緯で引っ張ってきたのか分からないが、

 どうやら何かに憑かれていたらしい。

 

 やれやれ、と息をついた、その瞬間。

 

 再び携帯が鳴った。

 

「私、メリーさん。今、貴方の家の――」

 

「ねぇ」

 

 背後から、妙に低い声がした。

 

「私ってものがありながら、他の女を連れてくるって、どういうつもり?」

 

 振り返ると、そこには八雲紫がいた。

 

 片手で、年のいかない少女を釣り上げたまま。

 

「いや、そんな浮気したみたいな言い方されてもな。ちげーだろうよ。それより離してやれ、可哀そうに震えてんぞ」

 

「……なんで」

 

 紫の目が細くなる。

 

「なんで、その子の肩、持つのよ?」

 

 少女は今にも泣きそうだ。

 

「やっぱり若い女がいいのね。キーッ、この泥棒猫!

 あなた、私の男に手出すなんて、いい度胸じゃない!」

 

 完全に昼ドラだった。

 

「やめい! 人聞きが悪い!」

 

「もう、ノリが悪いんだから」

 

 紫は急に興味を失ったように少女を見下ろす。

 

「ほら、貴女も帰りなさい。いくら美味しそうでも、他人の獲物に手出すんじゃないわよ」

 

「え、あ、あの……?」

 

 返事を待たず、紫は隙間を開いた。

 

 次の瞬間、少女は空間の彼方へ放り捨てられた。

 

 バタン、と隙間が閉じる。

 

 しばらくして。

 

 どこか遠くで、か細い声が響いた。

 

「私、メリーさん……。今、何が何だか分からないけど……」

 

 一拍置いて。

 

「もっと恐ろしいものの片鱗を、味わったの……」

 

 通話は、そこで切れた。

 

 男は、黙って携帯を見下ろした。

 

「……今日も異変じゃないな」

 

 紫は満足そうに頷いた。

 

 

 

 

何もできない口裂け女

 

 

「……私って、綺麗?」

 

 マスクをつけた女が、唐突に声をかけてきた。

 最近こういうの、多くないか?

 

「やめとけ」

 

 即座に言う。

 

「俺が綺麗って言っても、不細工って言っても、どっちに転んでも面倒なことになるだけだ」

 

「ねえ、私ってキレ――」

 

 言葉は途中で途切れた。

 

 音を立てて、空間が裂ける。

 この獲物以外の人間を寄せ付けないはずの怪異の空間が、紙みたいに破かれた。

 

「お待たせー。待った?」

 

 買い物袋を片手に、

 待ち合わせに遅れた彼女みたいな自然さで――

 不自然の極みが現れた。

 

「いや、遅えよ! 一時間以上待ってるわ!

 なんで女の買い物ってこんなに長いんだよ!

 おまけに変なのにも絡まれるし!」

 

 その時ようやく、紫は女――口裂け女に視線をやった。

 

 そして、にっこり笑う。

 

「ねえ」

 

 一歩、前に出る。

 

「私の男に、何か用かしら?」

 

 ダン、と踏み込むその動きは、

 ナンパ男から彼女を守る彼氏そのものだった。

 ノリノリだ。悪癖全開だ。

 普通は性別が逆だが。

 

「ひ、ひぃっ……」

 

「はいはい」

 

 紫は楽しそうに続ける。

「お前さんが、自分の方が綺麗だって言い張るなら」

 

 俺は、紫ではなく、

 口裂け女だけを見て言った。

 

「その続きは聞いてやるよ」

 

 一拍置く。

 

「……ただし」

 

 ちらりと、横に立つ存在を示す。

 

「こいつと張り合う覚悟があるなら、な」

 

 それは挑発じゃない。

 比較でもない。

 

 ――警告だった。

 

 この先は、

 美醜の話じゃなくなるという。

 

 すると紫は、嬉しそうにその腕にしがみついてきた。

 

「私の方が綺麗って言ってるわよね?」

 

 満面の笑み。

 

「ねえ、聞いた? 私、綺麗らしいのよ」

 

 そして、くるりと口裂け女の方を向く。

 

「ねえ、貴女はどう思う?」

 

 低い声。

 

「わ・た・し・っ・て・綺・麗?」

 

「き、きれいですううううううう!!」

 

 必死に走って逃げていく口裂け女。

 

 その背中が見えなくなるまで、紫は手を振っていた。

 

 腕の中の妖怪を見下ろしながら、思わず呆れる。

 

「なあ……最近、こういうの多いんだけど」

 

「そりゃそうよ」

 

 紫はあっけらかんと言う。

 

「私がそばにいて、あなたが私を見てるんだもの。

 視線の境界が緩んで、そっちも見えるようになっただけよ」

 

「……お前のせいじゃねぇか」

 

「じゃあ」

 

 紫が、少しだけ首を傾げる。

 

「私を見るの、やめる?」

 

 即答だった。

 

「お前から目、離せるわけないだろうが」

 

 紫は満足そうに笑い、

 そのまま腕に体重を預けてきた。

 

 境界は、どこにも開かなかった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。