何も起きない事件
「事件よ、貴方」
珍しく、八雲紫が真剣な顔でそう言った。
「は?」
間の抜けた声が返る。
その一言で、平和な日常が壊れる――はずだった。
「マヨネーズが切れたわ」
音が、しなかった。
「……はぁ?」
数秒遅れて、ため息が落ちる。
「勝手に買ってこい、馬鹿。てか使いすぎだろ。なにマヨラーになってんだ、幻想郷の賢者。太るぞ」
「もう、幻想郷の賢者じゃありませんー」
わざとらしく間延びした声。
「それに妖怪は太りませんー」
「何、ガキみたいな言い方してんだババァ」
「ババァはやめなさい」
紫は頬を膨らませる。
「もう。ちょっと揶揄ってみただけなのに。つまんないの」
そう言いながら、彼女は無意識のように手を上げた。
境界を開く仕草だった。
――けれど。
「ほら、行くぞ」
そう言って、差し出されたのは能力ではなく、手だった。
「あら。手を握ってほしいの?」
仕方ないわねぇ、と言いながら、紫は素直に腕にしがみついてくる。
「だー、もう……いいから行くぞ」
「ねぇ、アイスも買っていい?」
「一個だけだぞ」
「やった」
そんな他愛のない会話を交わしながら、二人は外に出る。
境界が閉じる音はしなかった。
代わりに、安アパートの扉が、バタンと鳴った。
それは、異界と現実を隔てる音ではない。
ただの、帰宅の音だった。
これは、境界を越えて飛び超えるよりも、
地に立って、二人で歩くことを選んだ妖怪の話だ。
何も起きないナンパ
その男は俺より、金をもっていて地位もあって顔も良かった。
「ねぇ、そこの君俺と一緒にドライブしない?」
俺はその男に嫉妬も苛立ちも覚えなかった。
「どう、この車数千万はくだらないんだけど、このシートに君を招待したいんだ」
差があまりに有りすぎるから?確かにそうだがそんなのは理由にならない
「きゃぁ、ナンパされちゃったわ、貴方、やっぱり私の美しさは人を惑わすのね」
「そうだな、うつうくしいな、よかったなぁ」
「なによ、その棒読み、わたしナンパに乗っちゃうわよ、いいの?」
「いいね、そこのブ男君、君は彼女にふさわしくない、さっさとあけわたせよ」
「はぁ、お前自分にこの女がふさわしいと思ってんの?やめとけ、やめとけ、釣り合うわけないだろうがボケが」
「はっ、なんだ男の嫉妬は醜いぞ」
「やめてー私をとりあって争わないで」
「お前もさっさと断れ、可哀そうだろうが」
俺がこの男に感じたのは哀れみだった。
「なに、私が貴方のそばを選ぶって思ってるの?」
「違うのか?」
視線は逸らせない
「そうね、そこの君、というわけだから私は彼のそばから離れる気はないの他の子をさがしなさい」
紫は有象無象をみるかのように男に視線をやり俺の腕にしがみ付く
「なにをっ」
男が紫の肩に手を伸ばした瞬間
「ああそうだね、うん、お幸せに」
震えながら去っていった、可哀そうに。
「いやぁん、怖かったわ」
「隣にいた俺が怖かったわ、どんだけ力を放出してんだよ、視線だけ人が死ぬんじゃねぇかとおもったぞ」
「だって乙女の体に触れようとしたんだから仕方ないわ」
しっかりと全身押し付けるように腕に抱き着いてくる事象乙女の妖怪が、今日も俺を選び続けている。