アランナラがゆく! 作:ナラ
『むかし、むかし、あるところに丸っこくて野菜のような見た目をした、可愛らしい妖精がありました。
優しくて、温かくて、愛しい妖精は、元は一粒の小さな種でした。
ある時、花の海で一人静かに笑う少女が、こう願いました。
「この小さな種が、暗黒の潮をも乗り越えて、新たな光へと花咲きますように⋯」
と、少女は言った後、静かで、小さな種が芽吹くには相応しい場所へと向かい、土を掘り返し、種をのせて、優しく土を被せてあげました。
その後も、忘れずに毎日水やりをしました。
すると、次第に小さな種は大きな樹へと芽生え、真っ赤な花が咲き、赤くて硬い皮に覆われた果実が実りました。少女が果実を採り、皮を丁寧に切っていくと、そこには宝石のように輝く鮮やかな赤い果粒がぎっしりと詰まっていたのです。
「小さな種が、これほど大きくなるとは⋯」
少女は驚いたけれど、とても喜びました。
さらに長い年月を経て、真っ赤な果実は何度も実り、大地に落ちて、新たに樹が芽生え、花が咲き、真っ赤な果実が実りました。かつて小さな種だったものは、種だった頃の面影を一切残さず大きな樹へと成長していました。
そうして、ある時、大地に落ちたザクロの種から、新たな生命が誕生しました。生命はぐんぐんと成長していき、優しくて、温かくて、愛しい妖精へとなりました。
妖精は成長の過程で、暗黒の潮に飲み込まれそうになったこともありました。けれど、記憶と夢を力に、自らを守り抜いたのです。
力に目覚めた妖精は、たくさんの生き物を救いました。時には、戦争で負傷してしまった人達を治療してあげたり。傷ついた心を癒したり。悲しき最期を迎えようとする生命に、幸せな夢を見させてあげました。
こうして、妖精は世界に寄り添い、人に寄り添い、命に寄り添い、新たな光となったのでした。』
「「あたちたち」、妖精のことをずっと架空の存在だと思ってたけど⋯⋯」
「アランナラ、架空? の、存在じゃない!」
「僕はそんな童話、読んだことも聞いたことも無い。本当に信じられるか? 運命卿」
薄い水色の綺麗な髪をした少女が、赤色の小さな子に疑問を呈した。
それもそのはず。アランナラという存在は、夢のようなもので、見ることができる人がいれば、見られない人もいる。存在自体があやふやで、この世界において謎の生命なのだから。童話で綴られたものは全て作り話だ、と言われても納得できるだろう。
赤色の髪をした小さな子が、アランナラと二人の少女のために童話を読み聞かせた。アランナラという謎の生命が連れてこられたことによって、水色の髪の少女は初めて読み聞かせをしてもらったこととなった。
⋯話を戻して、なぜこのような状況になってしまったのか。少しだけ時間を遡ってみると、アランナラをˮ収穫したばかりの野菜を掴むみたいにˮ持ってきた、一人の少女が原因であった。
「カイザー、⋯⋯あぁ、キミもいたのか」
「剣旗卿、ノックぐらいしたらどうなんだ。いきなり扉を蹴飛ばす奴がどこにいる!」
「お、落ち着いて! セイレンスちゃん、どうちたの?⋯⋯もちかちて、その手に持っている人形みたいなのが理由?」
「いたい、いたい⋯アランナラの、頭とれちゃう⋯⋯」
剣旗卿、セイレンスと呼ばれた少女は、アランナラの頭に着いている花とも葉っぱとも見えるものを掴んで、扉を蹴り飛ばして入ってきた。それについて、当の本人は全く反省することなく、早く話を進めようとしている。
アランナラはじたばたと暴れて抵抗するものの、セイレンスの力には到底敵わない。赤色の髪をした少女が、今にも杖を折ってしまいそうな薄水色の髪をした少女を尻目に、セイレンスに話しかけた。
「セイレンスちゃん。その子すごく暴れてるから、離ちてあげてもいいんじゃないかな? 危なそうな子には見えないち⋯」
「トリビー、可愛いからと見た目で判断してはいけない。この小魚が強大な力を隠している可能性もある」
「そ、そうだよね」
セイレンスの口から可愛いと言う言葉が出たのに、少しだけトリビーは驚いてしまった。しかも真顔で言うのだから、アランナラが可愛いと思っているのは本音なのだろう。
トリビーは仕方なくセイレンスの話を遮らないように口を閉じた。また、それ以前にアランナラの容姿に既視感を覚えた気がした。どこかで見たことがあるようで、ないような。こんなに可愛いらしい見た目をしているのだから必ず覚えているはず。モヤがかかって今は分からないけど、少し経てば思い出すかもしれない。トリビーは既視感を脳裏にしまって、セイレンスに耳を傾けた。
薄水色の少女はというと、あとほんの少しで杖がバキッと折ってしまいそうなくらいには、怒りが込み上げている。
「オクヘイマを散歩していたら、この小魚が不審な行動をしていたところを見つけたんだ。妖精やキメラの類かと思ったが、そうではないらしい」
「アランナラは、アランナラ⋯⋯」
「アランナラ? 一体どいう意味かちら」
「カイザーはこの小魚についてどう思う。君の意見を聞きたいんだ」
「ぐぇ⋯⋯⋯⋯」
セイレンスはカイザーと呼ばれた少女へ、アランナラを前へ突き出した。
こんな可愛らしい生き者を躊躇いもなく掴むセイレンスはどうかしてるかもしれない。トリビーはそう思った。
セイレンスに問われたカイザーは、何も言わずただ可愛い生き物に目を凝らしている。そして、口を開いたと思えば、呆れを含んだ声でセイレンスに言った。
「はぁ⋯お前は、キメラや大地獣が不審な動きをしていたら、わざわざ僕のところに連れてくるのか? セイレンス、元に戻してこい」
「⋯カイザー、だが」
「聞こえなかったのか? もう一度言う。元に、戻してこい!」
まるで、野良猫を拾った娘と、元に戻してこいと言って言い訳を聞こうとしない母だ。トリビーは微笑ましそうに二人を見守った。
「──じゃなくて! ねぇ、セイレンスちゃん、カイザー、少ちだけ「あたちたち」の話を聞いてほちいの。その子について何かわかるかも。セイレンスちゃんだって、その子について知りたいから、なんでも知ってるカイザーに聞こうとちてたんでしょ?」
「⋯⋯あぁ、そうだ。最初からそう説明すればよかったな。すまない、トリビー、」
「そういうことなら早く言え。僕の時間を奪うことに変わりないが⋯⋯僕もその生き物に興味がある。少しだけなら聞いてやらんでもない」
「⋯⋯離して⋯アランナラ、千切れる⋯⋯」
「それと、その子に害意はなさそうだち、離ちてあげよう」
「わかった」
ようやく手を離してくれると安心したアランナラだったが、セイレンスの荒っぽさによりまたもや瞳に涙を溢れさすことになった。
セイレンスはアランナラを放り投げるようにして手を放した。
「いだっ」
「セイレンスちゃんもうちょっと優しくちてあげて!!」
「うぅ...」
♩
トリビーがどこからか取り出した本を手に、その内容を二人と一匹に読み聞かせた。その後、彼女たちは穴が空いてしまいそうなほどアランナラを見て一言こぼした。
「素敵な話だな」
「続きはないのか?」
「妖精…」
本のタイトルは「一炊の夢」
タイトルだけ見れば、アランナラと全然関係のない物語のように見える。この童話が本当にアランナラのことを書いた物語だとしても、きっとアランナラについては何も分からない。今知ったことは、出自と一人の少女が込めた思いだ。
本は古くて、とこどころ描かれている絵は色が褪せ、しかも形をあまり留めていない。だけれど目を凝らして絵を見れば、三人の前にいる生物がこの童話に出てきた人物だとわかった。
「なにそれ、知らない…」
童話に関心している彼女たちを他所に、アランナラは頭に多くのはてなマークを浮かべていた。
アランナラはアランナラで、アランナラは自分の全てを知っている。だけれど、本の内容を読み聞かせられてどうだ。話が進む度に自分ではない誰かの話と思いながら聞いてしまう。それに、本の登場人物である少女のことも何も知らない。
アランナラは忘れてしまったのか。そもそも、絵本が古すぎて何が何だか覚えていないだけなのかもしれない。アランナラはもう何百年、何千年と生きている。昔のことを忘れてしまっても仕方がないのだろう。
「童話を信じるか信じないかは、二人次第だよ。…アランナラが童謡の登場人物じゃなかったとちても、この子は悪い子じゃないし、心配はいらない。セイレンスちゃん、もし気になることがあるのなら、この子に直接聞けばいいと思うな」
「ありがとう、トリビー。ではそうさせてもらおう」
「はぁ…乱暴に扱うなよ」
♪
身体を剣が貫き、地面には黄金の血が落ちてゆく。
ケリュドラの体は冷えていくのに、黒色の服を纏った剣士から感じる熱はやけに暑かった。
虚ろな目で見上げるケリュドラに、剣士は非情にも体から剣を抜いて、軽々とケリュドラを放り投げる。もう抵抗もできなくなった彼女は、地面に向かって自分の身を任せるしかなかった。
きっと打ちどころが悪かったら死んでしまう。でも、体を貫かれたのだからそんなの関係ない。
ずっと、ずっと、脳裏に残っている。
あの、アランナラという生物について。もしも、あの生物についてもっと話を聞いていたら、少しは考えられることが違ったかもしれない。今際の際で、頭を悩ます存在もきっといなかっただろう。
あぁ、どうして。