Dr.ロマンのブルーアーカイブ   作:装甲大義相州吾郎入道正宗

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第三部の気配がしたら続きます。


第一節 遮光(2/2)

 

依頼された仕事は先生…すなわちDr.ロマンだけが起動出来るという謎のデバイスが保管された現地へ赴き、機能停止状態にあるサンクトゥムタワーの管理権を連邦生徒会へ移譲するというものだった。

 

無論、キヴォトスに来て日が浅い…実質1時間にも満たない彼に土地勘などあるはずはなく、あらかじめヘリか車による送迎を予定しているらしい。これならば見知らぬ道で迷ったり、余計なトラブルに巻き込まれて無駄に時間を消費する心配はないだろう。

 

…そんな気の緩みがフラグになったのか。

リンの元に緊急連絡が入ったかと思えばその口から信じられないほど逼迫した状況が告げられ、驚いたロマニは思わず復唱してしまう。

 

「だ、脱獄囚がそこら辺の不良達を従えて街中で大暴れ……? しかも全員が完全武装して装甲戦車まで乗り回している…?」

 

ちょっと何言ってるか分からない。

 

しかも最悪なのは不良達が暴れている場所が、よりにもよってデバイスが保管されたビル周辺であり、不用意に近づけば騒動に巻き込まれる可能性が非常に高いという事。しかも最も危険だと思われる脱獄囚は七囚人の一人、厄災の狐と称されるほどの要注意人物であり、単身での戦闘能力はキヴォトス広しと言えどトップクラスだという。

 

(運が悪いにも程度ってもんがあるだろぉ!?)

 

もはや宇宙ネコアルクが第二宇宙ネコ速度に到達してサーヴァントユニバースに旅立つような強い衝撃を受けるロマニ。最近の若者は無軌道でヤンチャな性格が多いと聞いていたがここまでとは…と元の世界では変な誤解に繋がる認識を持ってしまう。

 

「困りましたね…Dr.ロマンは外部の人間。銃弾一つでも致命傷になると聞いていますので、無茶はお願い出来ませんし……」

「えっ……」

 

頭を悩ませるリンの呟きに最も驚いたのはエントランスホールに集合していた各学校の生徒達だ。

 

セミナーのユウカ。

正義実現委員会のハスミ。

ゲヘナ風紀委員会のチナツ。

自警団のスズミ。

 

最初こそ連邦生徒会に直接クレームを具申するべく意図せず集結してしまった彼女らだったが、リンと共に現れたイレギュラー…すなわちロマニという今まで見る機会さえなかった大人の男性と遭遇したせいか、最初の勢いは何処へやら、借りてきた猫のように緊張して背景の一部になっていた。

そこへ銃弾が直撃した程度で怪我を負うようなか弱い存在だと知り、思わず全員に動揺が走って狼狽えてしまった。という訳だ。

 

その瞬間を鷹のような鋭い目で捉えるリン。

ただでさえ多忙の身である自分が荒事になりそうなトラブルを抱えてロマニを先導するのは無理がある。しかし幸いというべきか目の前にはそれなりの実力者である生徒達が集い、件の人物に対して強い興味を持っている。……彼女中で点と点が強引に結び付く。

 

「……貴方達、協力してくれますよね?」

 

連邦生徒会主席行政官 七神リン。

彼女はその優秀と地位の高さ故に生徒会長失踪後のトラブルについて最も責任を問われた立場の生徒であり、毎日のように寄せられる文句や罵倒といったクレームを処理してきたがいい加減限度というものがあった。

 

特に先生がいなければ事態が解決しないと知っているだけに毎日を歯痒い思いで過ごしていたのは間違いなくストレスだっただろう。それこそわざわざエントランスにまで乗り込んできたクレーマーに今までの溜まりに溜まった感情をぶつけても問題無いと思うくらいには。

 

そのせいか、有無を言わせないほど冷徹な声色が出たらしい…。

 

そして。

 

 

 

 

 

「くっ…事前想定より火力が高いわね!」

「私の狙撃も効果が薄いようです…なるべくヘッドショットを心掛けているのですが」

「先生…いえDr.ロマン。ここからどうしましょうか?」

「ど、どうすると言われても…う〜ん」

 

4人の引率に連れられて徒歩での移動を余儀無くされたロマニは案の定というべきか、ヘルメット団なる不良連中に目をつけられてしまい、そのまま交戦状態へ陥ってしまった。

 

幸い、偶然集まった四人の生徒達は防御面に秀でた能力の持ち主が多かったため誰も深刻なダメージを負う事なく膠着状態に落ち着いているが、それは同時に目的地に辿り着くために必要な攻め手を欠いていると同義であった。

加えて普段は十把一投の不良集団でしかない相手が妙に手強いという声も聞こえてくる始末。

何とか目眩し用の閃光手榴弾を投擲して仕切り直しの時間を稼ごうとしたスズミはロマニに向かって恐る恐る判断を乞う。

 

失礼な話になるが彼女達にとって大人の男性というのは生まれて初めて遭遇する未知の存在に近く、先生という役職は知っていても警戒心が拭えないでいるのだ。

 

「そうだね…少しだけ時間をくれるかい?」

 

ここは是が非でも期待に応える場面だと判断して作戦を練る。

幸いにも守るべき存在を抱えての戦いは非常に身に覚えがある状況だった。

…あの子は決して後ろに引き篭もって戦いを任せるような人間では無い。サーヴァントという一癖も二癖もある仲間に囲まれながらも積極的に前線へ身を乗り出して状況を確認したり、命の危機が及ぶ囮役ですら買って出るのも珍しく無かった。そしてそんな戦いぶりをずっと見守ってきた経験がロマニの中にはシッカリと蓄積されている。

 

…なら、それに倣ってみるだけだ。

 

「よし。ハスミはその場で狙撃を続行。ユウカとスズミ…それからチナツも一緒になって今から指定する場所まで前線を押し上げてくれ。細かい指示はその都度出すよ」

「えっ!? それじゃあ誰がドクターを守るっていうんですか」

「自分の身は自分で何とか出来るさ」

「…お言葉ですがそれは認められません。私達には貴方の護衛も重要な任務なのです」

「大丈夫、大丈夫! 攻撃は最大の防御って言うだろ?」

「しかし…」

「おぉっと、話の途中だがヘルメット団の襲撃だ!」

 

伝家の宝刀で強引に話を遮って少女達に戦闘を促す。

文句が言い足りない面々だが、このまま躊躇していては確かに危険性が増すのも事実。歯痒い思いを抱きながら各自が武器を構えて今まで以上に集中力を上げて引き金を絞る。

 

ーーすると不思議な事が起こった。

妙に強さを感じるヘルメット団に対して劣勢に回っていた4人だったが本格的に彼の指示を受けながら戦いに挑んだ途端、心なしか思考がクリアに晴れ渡り、銃弾に込める神秘も力強く感じたのだ。

加えて飛んでくる指示は常に的確で、普段以上に実力が湧いてくるように感じるのは決して気のせいではなかった。

 

事実、拮抗していたはずの戦況は徐々にだがロマニ側の優勢へと傾き始め、最後には堰を切ったかのように呆気なく目的地の入口近くまで歩を進める事に成功した。

 

「す、すごい…」

「いやぁ〜それほどでもないさ」

 

素直に漏れた感嘆の言葉は、今まで多くのサーヴァントと接するも素っ気無い態度を取られてばかりだったロマニの胸に深く染み渡っていく。

久方ぶりに浮かべる会心の照れ笑いを見せ、もう立ち塞がる障害は無いと格好付けて勝利宣言する直前。……全員が油断していたのは間違いない。

 

死角となる建造物の角からキュラキュラと独特な音がしたかと思えば、無骨な形をした砲塔が顔を出し、つんざくような爆発音と共に戦車の主砲が火を吹いた。

 

「あっ……」

 

狙われたのは狙撃位置の関係でロマニ達から少し離れていたハスミ。彼女は中遠距離から援護を得意とし、身を守るような装備は持っていない。無論、キヴォトスの生徒である以上、神秘によって守られた身体は大口径の砲弾が直撃しようとも死には至らない。…ただ少しだけ大怪我を負う可能性があるだけだ。そう判断して目を瞑り、迫り来る衝撃を待ち受ける。

 

…だが、そんな光景を見過ごせない人間が一人だけ居た。

 

彼の名はロマニ・アーキマン。

カルデアなる組織で医療を中心に任されていたのは間違いないが、その素性に関しては一般人と大きく異なる。特にある日を境にして性格が激変しており、過去は非情と陰口を叩かれるほど徹底したリアリストだった。もし以前の彼がこの場に居たとしたら間違いなくハスミを見捨てていただろう。

 

けれど今のロマニは目の前で誰かが犠牲になるのを見過ごせない。

例え無理だと分かっていても、最後まで手を伸ばす大切さを知っているから。

 

だから咄嗟に片手を翳した。

ハスミとの距離がかなり離れていても、その行為が正しいと何故か判断したのだ。

 

虚空を掴むロマニの掌。

そして無意識に口から放たれるのは…永遠に失われた筈の呪句。

 

 

 

「ーー起動せよ、ザガン」

 

 

 

地面を割って噴き上がるのは巨大な水柱。ハスミを守る位置で逆巻きながら唸りを上げ、高速で迫る砲弾を受け止めた。更に、もう一柱が戦車の真下からも間欠泉のように噴き上がり、鉄塊のような車体をまるごとひっくり返してしまう。

 

「い、今のは何が起こったんですか……」

「水道管の破裂? いえこんな都合良く噴き出すなんて有り得ないわ」

「先生? 手なんて伸ばしてどうしたのですか?」

「……」

 

どうやらロマニの行動は戦車の砲撃というインパクトに隠れる形で見咎められなかったらしい。

 

だが彼の胸中は驚きどころでは留まらない。

たった今、己が放ったものは全てにおいて廃却した筈のソレ。太古の昔、聖地エルサレムを治めた魔術の始祖王■■■■が最も得意とした召喚魔術そのものだった。

 

それが何故、自分が扱えるのか。扱えてしまったのか。

ある意味で別世界に転移する事態より深刻な問題が浮き彫りになった事実があまりにも重い。

 

……だが、ここでその疑問に振り回されて本題を見失ってはいけなかった。まずは一刻も早くサンクトゥムタワーを復旧させなければ、今のような事態がキヴォトスの全体に波及していくのだ。それだけは防がなくてはならない。

 

それに幸いというべきか。先程の召喚魔術が扱えたという事は術式の関係上でアレらはロマニの支配下にあると考えてよい。

 

彼は転覆してキャタピラ部分を天に向ける()()()()()()()()()()()()を眺め、今度こそ敵対勢力の鎮圧は成功した事を確信するが、同時にキヴォトスという都市の恐ろしさを実感した。

 

戦車を始めとする大型の軍事兵器なんてものは市販品に比べて量産性が極めて低い上に精密な部品が数多く使用されている関係で目が飛び出るような金額での取引が常とされる。罷り間違っても不良が気軽に乗り回していい車種ではない。何せ弾代だけでもそこらの中古車が買えてしまうほど値段が張るからだ。

無論、正規の手段で手に入れた訳では無いだろうが、わざわざ綺麗に塗装を施すほど余裕がある点にどことなく違和感を感じる。

 

そんな後ろ髪を引かれる気分のまま、その場を後にしたロマニはセキュリティの関係で内部に入らない4人にビル周りの警護をお願いしつつ、単身で内部へと足を運んで目的の品があるという地下に向かって歩いていく。

 

直通のエレベーターは無い。

アナログな昇降階段だけが地下室へ続く唯一の道筋であり、電波の類も一切届かないようだ、更に途中で何度もセキュリティを潜り抜けなければ隔壁が開かず、先に進めない構造になっている。

…いくら重要なデバイスを保管しているとはいえ、あまりにも厳重だと感じるのは気のせいではないだろう。まるで普段からこの先に見られてはいけないナニカを隠すために建造されたようだ。

 

それこそカルデアに勤務していた頃、国連に黙って核融合炉を建設したり他所の人間に見せると問答無用で奪われかねない聖遺物などの保管場所のように……。

 

「いやいやいや…これは流石に考えすぎだな。ササッっと仕事を終わらせて甘いドーナツでも食べよう!」

 

不穏な空気を独り言で掻き消して前へと進み、とうとう最後になるドアに手を掛けて内側へと侵入する。

部屋の作りそのものには不審な点は無い。どこにでもあるLED灯に照らされて机や椅子といった必要最低限の備品が並ぶ様は上層階のオフィスと何ら変わりはなかった。ただしその奥の方。部屋の片隅にさも当然のように鎮座している巨大な設備だけが異彩を放っている。サイズも驚きだが、ロマニが一番注目せざるを得ないのはそれが濃厚すぎるほどの“神秘“を蓄えていた点だ。こんな代物があるならこれだけ厳重なセキュリティが敷かれるのも充分理解出来る…いや、リンからの情報では一切説明されていなかったような?

 

思わず謎の設備…クラフトチェンバーに歩み寄ろうとすると、誰もいない筈の部屋から声が聞こえてくる。

 

「あら、あららら……」

 

そこに居たのは狐の面を被った少女。

煌びやかな和風制服に身を包んでロマニを見下ろす正真正銘の不法侵入者だ。しかもキヴォトスの学生らしく手にはライフルがキチンと収まっている。

だというのに彼女は最初の一言以外に警告や脅しを掛ける事も無く、それどころか逃げ出す様子さえ見せず、ただその場で立ち尽くす。それどころか徐々に頬が赤く染まり、いじいじと指先を重ねては離したかと思えば伏せた目でチラリと一瞬だけ視線を寄越すの繰り返し。

…ロマニは素で何も分かっていない。

 

「……」

「………」

 

そんな奇妙な沈黙と対峙。

もし攻撃の隙を窺っているのならどうしよう? 最低限、護身用の拳銃くらいは携帯すべきだったと的外れな考えが過る中、狐の少女は突如として仮面に手を当て苦悶の声を漏らすと、フラリと頭を傾けて立ち眩みのような足取りを見せる。

思わず心配になって声をかけそうになるが…少女の体がビクンと跳ねたと思うと、妙に色っぽく言葉が紡がれた。

 

「うふふふ…これはこれは大変予想外。わたくしだけがここに辿り着いたと思いきや、貴方のような珍客までいらっしゃるとは…サプライズにもほどがありましてよ」

 

頭を過ぎる妙な違和感。

キヴォトスに来てから頻繁に感じる妙な郷愁?を感じながら疑問を口に出す。

 

「……君は…いったい何者だ?」

「さてこれは異な事を。ご覧の通り、キヴォトスでヌテラのように甘い学園生活を送る一介の女学生に過ぎませんわ。そんな怖いお顔で警戒されては…よよよのよ……泣いてしまうじゃありませんか」

 

あからさまに演技だと分かる身振りと手振り。白々しいにも程があるがその部分をいくら追求しても、のらりくらりと避けられてしまうのは目に見えている。

 

「まぁご安心くださいませ。この場で一触即発、拗れて大戦勃発、戦費拡大でウッハウハは大好物ですが、競合企業を野放しでは些か効率が悪ぅございます。今日のところはお暇させて頂きましょう☆」

「……」

「おっと失礼。わたくしはコ…狐坂タマモと申します。今は七囚人の一人に数えられる小悪党に過ぎませんが…うふふッ、次はキチンと名刺を持ってお伺い致しますわ」

 

言いたい事だけ言って歩き去るタマモの後ろ姿に声を掛けるのは躊躇われた。

武装していないからではない。彼女が持つ武器に恐れを為したからでも無い。ただ単純に、人が突然クマに襲われたように、彼女が内側に押し込めている圧倒的な強さを前にして足が竦んでしまったのだ。掌にはじっとりと汗が浮き上がり、平静を保っていた両足も膝から震えが滲み出している。

 

「あれが…キヴォトスの生徒? ハハッ、本当に?」

 

先の戦いで一般的な生徒の強さは予想していたが、おそらくはトップ層の上澄みがあそこまでとは思わなかった。

過言なく表現したとしても生物としての格が違う。それこそまるで……。

 

ひと時の邂逅だけで感情がぐちゃぐちゃにされたロマニだったが、数分にも渡る深呼吸を経てようやく目当てであるデバイスを手に取る事が出来た。あまり待たせてはリンや延いてはキヴォトス全体に不利益が続いてしまうからだ。

 

幸運な事に先程のタマモと名乗る人物盗まれるという事もなく、何故か無造作に机の上に放置されていたソレを手に取る。

 

「これが…シッテムの箱、か。名前が名前だけに警戒していたけど杞憂だったかな?」

 

形そのものはタブレット端末に酷似しており、あからさまな名前から不安視していた魔術的なトラップも見受けられない。それどころか妙に手に馴染む感覚さえ覚えるのは何故だろうか。少なくともコレは単なる電子機器などではなく、形状こそ現代風にアレンジされているが手に取った感覚だけで判断するならば“力ある魔術書“に近い。

 

…これ以上は頭がパンクすると判断したロマニはざわつく感情を少しでも抑えるため、自分だけが起動出来るというそれに取り敢えず手を翳して様子を見る……つもりが何の脈絡もなく電子画面に光が灯る。

 

淡い水色に彩られたUIと高速で流れる光の筋。そして求められたのはありがちなパスワード入力画面。そこに疑問は訪れない。

 

「……我々は望む、ジェリコの嘆きを。」

 

「……我々は覚えている、七つの古則を。」

 

自然と口に出た言葉は意図しないもの。だが今のところ誰にも明かしていない己の素性から考えれば、全く的を得ていない単語では無かった。

 

ーー主の導きは如何なる時も、それを体現する者に天啓を齎すものだから。

 

そして完全にシステムが立ち上がったシッテムの箱は眩い光を放ったかと思えば画面が真っ白に染まり、思わずを閉じて再び開ける頃には不思議な教室を映し出す画面へと早変わりしていた。

ただし床は浸水し、一面が水面のように揺れており、崩落した天井や壁からは透き通る青が広がり、周囲は突き抜けるような蒼い海で染まった空間だ。

 

「くうぅぅ…」

 

…そんな場所に、生命の息吹を感じない孤独な教室に、机に突っ伏しながら豪快に居眠りをかましている生徒が一人だけ表示されている。

 

「えぇ……」

 

ロマニは緊張しっぱなしだった心がゆっくり弛むのを感じて溜息が漏らす。緊迫した事態を微塵も気にしていない存在が目の前で惰眠を貪る様子は、荒ぶっていた自分が恥ずかしい気分になるほど呑気な光景だ。

 

「むにゃ……カステラにはぁ……いちごミルクより……バナナミルクのほうが……」

 

加えて微笑ましいにもほどがある寝言もセットとくれば、完全に気が削がれてしまうのも致し方ない。思わず彼女の頬を指先でタップしてみると…。

 

「へぷッ? むにゃ……んもう……ありゃ? ありゃ、ありゃりゃ……!? え? あれ? あれれ?」

 

半端なアプリでは到底表現出来ない滑らかさで少女が反応し、パチクリと目を動かして周囲を見渡す。眠気まなこで首を振りながらやがて画面越しのロマニに気が付いた様子の彼女は幼い顔立ちに喜びの表情をこれでもかと浮かべて駆け寄ってくる。

 

「シ、シッテムの箱をこうして起動出来たと言う事は……貴方が私の先生ですね!?」

 

グイッと擬音がしそうな勢いで近づいてきた少女はロマニに確認を取る。

 

「そうだね…ボク個人の肩書きを無視して立場だけを表すなら先生で間違いないよ」

「? えっと、先生…なんですよね?」

 

どうやら画面内の彼女は見た目が幼いと思っていたが、知性というか感性も子供に似ているらしい。誤解を与えないようシンプルに先生だと伝えると薄い胸をゆっくりと撫で下ろした。

 

「私はアロナ! この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そして先生をアシストする秘書の役目もあります!」

「…………」

 

それはつまりアロナも名乗る少女はデジタル信号で構築されたAIなのだろう。まるで本物の人間のように感じる。

 

「では初めに、お手数ですが悪用されないためにも生体認証をお願いします。お好きな指を1本だけで構いませんので、私の指先に重ねてください」

「こうかな?」

「はい、バッチリです! ……うんうん、これをこうしてああなって、と……出来ました! これでシッテムの箱は先生を所有者だと完全に認識しましたよー!」

 

何はともあれ目的であった謎のデバイスを起動するという目的は達成された。そして次にこなすべきタスクはもう決まっている。

 

「えぇっと、アロナ? 早速で悪いんだけどサンクトゥムタワーの管理権を連邦生徒会長個人から生徒会そのものに移譲出来るかな?」

「む? 今の管理者は先生ですよ?」

「え……あぁ、そうか。細かい設定は抜きにして管理権の移譲自体はボクの一存でも可能かい?」

「それでしたら出来ますが…」

「なら頼むよ」

 

恐らくアロナはシッテムの箱の持ち主=管理権を持つ人物と認識しているので認識のすれ違いが発生したのだろう。AIは高度な柔軟性と知性を得たとしても経験から生じる文脈の読み方が非常に困難な場合があるからだ。

仕事柄、そういった機能を活用してきたロマニは特に疑問を挟む事もなくアロナの仕事が終わるのを待つ。

その間に観察するのはやはり部屋の片隅で存在感を放つ巨大な装置だ。

 

「……アロナ。作業を止めずに聞いて欲しいんだけどアレはいったい何をする代物なのか分かる?」

「当然です! あれこそはシッテムの箱と同様に先生だけが扱える聖遺物(オーパーツ)。クラフトチェンバーですね!」

「へ、へぇ…」

「特定の素材を投入して頂ければ、理論上はどんなものでも製造出来る夢のマシンなんですよ! えっへん」

 

ーーそれはつまり、神秘を消費してどんなもの…奇跡でも起こせるという意味にも聴こえる。

 

「それって、聖杯……うっ…」

「先生!? バイタルが突然悪化しましたけど何があったんですか! 先生? 先生ぇ!?」

 

ロマニ・アーキマンは別の世界に転移したはずだ。

だというのに今日一日だけでも厄ネタに繋がる要素や単語が目白押しでとうとう頭の許容量を超えてしまいそうだった。

 

これから始まるであろうキヴォトスでの生活。

慣れない環境以上に逃れられない運命のようなものを感じながら、ロマニは胃の辺りを抑えるのだった。

 

 

 




ソロモンの指輪:ー
神から授かった十指に嵌める指輪。 魔術の祖、王の証でもある。
十の指輪がすべて揃っている場合、人類が行うあらゆる魔術を無効化し、また配下に納める。
現在のロマニ・アーキマンからは永遠に失われた筈の物。
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