師と共に歩む道   作:ひろせとら

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師と共に歩む道(2/2)

 さっそく行きましょう!と元気よく歩き出した広瀬ちゃんは急に立ち止まると、いかにも気まずそうにぎこちなく、振り向いてみせた。せわしない子だ。

 

「あのお、もしかしてなんですけど、既にどこか目当てのビールをお探しだったりしました?わたしだけ盛り上がっちゃって、ケイ先生を無理に引き回そうとしてないでしょうか?」

 

 消え入りそうな声を絞り出した彼女は、さっきまで意気揚々と喜んでいたのが嘘みたいに不安で満ちていて、周囲の先生たちがいじめたくなる気持ちがわかる気がした。

 

「ううん、特にこれといったものを探しているわけじゃなかったの」

 なるべく笑顔を作ってなだめると、彼女は「よかったあ」とこぼしながら、ほっとした表情を浮かべる。

 

「とにかくブルワリーもビールもたくさんあるものだから迷っちゃって。知ってるところが見つかればなって思ってたところ」

「で、ですよね!フェスとはいえお酒ですから、あれもこれも飲み尽くせるわけじゃないので迷っちゃいますよね」

「飲み尽くそうとする人は少なからずいるけどね」

 

 同意よりも先にぶっきらぼうな言葉が口をついて出てきたことに戸惑う。この気持ちは心配なのだろうか。それとも、隔たりに対する一種の諦めなのだろうか。

 その人が誰かについて、口にせずとも広瀬ちゃんには伝わったようだ。彼女は私の戸惑いを知ってか知らずか、何事もなかったかのように続ける。

 

「えっと、ケイ先生と一緒の時もそうなんですか?ということは、先生たちのお話はだいぶ美化されていたり?」

「まあ、そうね。美化もそうだけど、いいところで〆ておくって感じ?」

「なるほどお。物語は美しいところまでで終わらせるってことですねえ」

 

 広瀬ちゃんは得心顔で頷くと、私を促すように前方を指差して再び歩き始めた。ちょっと誤解があるかもしれないけれど、ユイ先生のことだし、構わないよね?

 

「ケイ先生もご存知となると改めて説明するまでもないと思うのですが、ユイ先生のフェスでの飲み方ってフードファイトならぬドリンクファイトというかアルコールファイトじみてるとこがあるじゃないですか。飲まなきゃいけないものは全部飲む、戦っているのはビールじゃない。本当の敵は自分みたいな」

 

 大量に積み上げられたプラカップを前に苦闘するあの人を思い出して吹き出しそうになる。

 

「うんうん、わかるわかる。傍から見てる分にはいいんだけど、ちょっと心配で」

 

 その場にいないユイ先生のことを話題にするのは憚られる気がしないわけでもない。でも、こういうのも悪くないなあ。共通の友人について話すのは大抵楽しいものだ。

 

 広瀬ちゃんはユイ先生のことをどれくらい知っているのだろうか。もしかしたら、話しぶりからすると、私の知らないことを知っているのかもしれない。きっとそうだ。彼女にユイ先生のことを聞いてみるのもアリなのかもしれない。

 

 そうやってぼんやりと、人混みをかき分ける彼女の背中を追いかけていると、広瀬ちゃんが今度はちゃんと、嬉しそうに振り返った。

 

「じゃーん!というわけで、最初の一杯に飲みたいブルワリーはここです!」

 

 広瀬ちゃんがさも自信ありげに両腕をばっと向けた先には、色とりどりのビールの写真が掲げられた、

「アマクサ、ソナーさん?ユイ先生から聞いたことがあったかも!」

 

「そうなんです!比較的新しめのブルワリーですが熊本の強豪!たぶんユイ先生もチェックされているんだと思います。わたしも大のお気に入りで、スムージーに関しては国内でもトップクラスだと思ってます!ここのはちゃんと甘いので!」

 

 スムージーかあ。サワーはともかくとして、あまり飲み慣れていないけれど、ものは試しだ。広瀬ちゃんが頼んだものと同じ種類を小さいサイズで頂く。彼女はニコニコしながら躊躇なく一番大きなカップを頼んでいた。

 

 オレンジジュースを煮詰めたような濃い橙色の液体は全体が泡立っていて、外見はビールに似ても似つかない。いかにも甘いことを主張しているようだった。

 

「それでは、「カンパイ!」」

 

 広瀬ちゃんは粘度をものともせず、まるで夏場にラガーを飲むかのような勢いで喉を鳴らすと「これこれ!」と満足げに叫んだ。

 

 わたしもひとくち。うん!

 これは、すごい!スムージーの看板に偽りなし。どろりとして濃厚で、柑橘系の甘さが凝集したような、

「まるでビールじゃないみたい……?」

 

 彼女の目をそっと確認する。伝え聞くところによると、これって彼女のNGワードだったような?

 

「お口に合いましたか?ケイ先生、実はビールが得意ではないとうかがっていたので、こういうのであればアリなのかなと思いまして」

 

 広瀬ちゃんは私の漏れ出た感想を特に気にとめた素振りも見せず、何かを期待するように目を輝かせていた。彼女の好物に寄せているとはいえ、こうした気遣いに悪い気はしない。

 

「確かに、これならいくらでも飲めちゃいそう」

「でしょう~?へっへっへ……。これでスムージーの同志がまたひとり……」

 

 悪巧みするような怪しい顔付きでひとりごちる彼女を前に、ビールと言われて出されたら首を傾げるかもしれないけれど、とは付け足さなかった。知らぬが仏、言わぬが花だ。

 

「それで、広瀬ちゃんは変わったビールが好きなんだっけ?」

 代わりに無難な問いを投げかけてみる。

 

「変わった、というわけなのかな。そうかもしれません。ちゃんと甘いビールは変わってることが多いので、そういうことになりますね」

 

「探すのが大変だったりするんじゃない?」

「ええ、最初の頃は大変でした。クラフトビールのジャンルも知らなかったですし、結局飲んでみないとわからないので艱難辛苦、数々のビールに文字通り辛酸をなめさせられました。が!今は違う!」

 

 苦労したと話すにしてはとても上機嫌で、彼女もまたクラフトビールに並々ならぬ熱意を注いでいるのがわかる。私も同じ熱意を持てているのかどうか、自信がもてない。

 

「というと?」

「細かい話は割愛しますが、手っ取り早いのは信頼できるブルワリーを見つけること、何が入っているのかを確認すること、のふたつでしたね」

 彼女はピースサインまで出して、実に楽しそうだ。

 

「甘いといって宣伝されているビールは数多あるのですが、ブルワリーによって甘さの匙加減がまるで違う。ですので、ビールの説明と甘さが吊り合っているところを見つけてマークする。そしてスムージー系ならクッキーやケーキ、アイスが入っていればもう確定で甘い!」

 

「アイスって、アイスクリームも入れるの!?ビールなのに?」

「今お飲みになってるビールにも入ってますよ」

 

 やられた!

 思わず手元のカップを落としそうになる私に、彼女は茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせた。お店のメニュー表に目を移すと、確かに果物の他に天草産ソフトクリームと書かれている。

 これがウワサの彼女の洗礼ってやつね。

 

「ふふ、一杯飲まされたみたいね」

「後出しでスミマセン。わたしもどうにかしてケイ先生を驚かせてみたかったので。でも、ユイ先生みたいにはやっぱりうまくいきませんね」

 湿っぽい声音の割には、からりとした笑顔で彼女は続ける、

 

「変わり種でびっくりさせるのは、今のわたしみたいにまあ誰でもやれるわけじゃないですか。その上でユイ先生なら持ち前の”ヨタ話”で驚きを納得まで持っていける。これはなかなか、一朝一夕にはいかないですよね」

「それは、そうね」

 

 未だ連絡のつかないユイ先生が聞いたら喜ぶだろうなと感慨深く、そしてなぜか誇らしい気持ちにもなる。一方で、そんなユイ先生が私に何を求めているのか、私はその求める水準に達しているのかを思うと、素直に喜べなかった私はぽつりと返すことしかできなかった。

 

「じゃあ次に行きましょうか」

 広瀬ちゃんは小さく首を傾げながら、空になったプラカップを振ってみせる。

 

「えっ、もう飲み終わったの?」

「そんな驚かないでくださいよ。やだなあ、ケイ先生だって飲み切ってるじゃないですか」

「ほんとだ」

 彼女に言われた通り、私は気付かぬうちに空になったカップを握り締めていた。スムージーとはいえ、普段よりもハイペース。これが飲まずにはいられないってやつだろうか。

 

 広瀬ちゃんはあたふたする私から空のカップを取り上げると、持たせるなんて悪いと取り戻そうとする勢いを利用して「こっちです!」と歩き始めた。なかなかの策士だ。

 

 観音さんたちの教育の賜物なのだろうか。年下の子にいいように操られるのがこっ恥ずかしくて、移動しながら誤魔化すように先の質問を続けた。

 

「じゃあ、それだけ飲んでいるとなると広瀬ちゃんもクラフトビールは長いの?」

 彼女はわざとらしく頭を振ってみせる。

 

「いえいえ、まさか。わたしはそうですね、ユイ先生と初めてお会いする少し前くらいから飲み始めたので、まだ3年も経ってないくらいでしょうか。シロートですよシロート」

 

 ちくり。私とあんまり変わらないじゃない。

 

「素人ってことはないんじゃないかなあ。自分で色々飲み比べていたら」

 

「ほとんどはユイ先生たちの受け売りですから。毎日飲んだり、積極的に足を運んだりは全然です。缶をたまに買い込んで、こうやって時たまフェスを覗きにくるくらいで」

 

 ちくり。彼女の言葉が次々と心の隅に突き刺さる。彼女は私とユイ先生の間に何が起きているのは知らない。彼女は謙遜しているだけで、私がそれに負い目を感じていることなんて気付きもしないだろう。じゃあ、それなら。

 

「詳しくないといけないって、プレッシャーを感じることはあった?」

「今はないです」

 即答だった、考え込む間もなく。

 

「以前はまあ、正直不安でした。ヨーコさんたちにお声掛け頂いた時なんて特に」

 広瀬ちゃんは視線を逸らす。彼女にとっても、甘くない思い出のようだった。

 

「どうして今は感じないの?」

「どうしてって、うーん。無理に合わせようとするのをやめたからですかねえ」

「合わせるのを、やめた?」

 

「はい。わたし、こう見えて負けず嫌いなんで。皆さんお詳しいから話を合わせられるようにしようと焦っていたのですが、そこで追いつこうとしてもしょうがないんじゃないかと開き直る機会があって」

 

 彼女は気恥ずかしそうに頬をかいた。

「そもそもクラフトビールに勝ち負けなんてないじゃないですか。バカバカしくなっちゃって。無理に皆さんに合わせずに、好きなものを好きなふうに楽しめればそれでもいいかなって。それこそ、頑張り過ぎないようにしようって思ったんです」

 

「頑張り過ぎない、か」

 

 彼女の言う通りだ。無理に追いつこうとしてもたかが知れているのだから、私のペースで進むしかない。頑張るかどうかは置いておくとしても。

 

「最近は実のところ、皆さんの話も半分くらいは聞き流しちゃってます」

「半分も?」

 彼女が呵責なく、けらけらと笑うものだから私もつられてしまう。

 

「ヘイジーがどうだの、IPAがどうだの、ホップがどうだの。好みの問題でもありますが、わたし性格的に主流派がダメなんです。反動的といいますか、苦いビールがメインストリームであるなら、それ以外に飛びつきたくなってしまって」

「気持ちはわからなくもないけど、それはまた難儀しそうね」

 

「面倒な性格なのは自分でも重々承知しているんですけどね。でも、これプロの中に紛れるにはすっごくラクなんです。皆があんまり得意じゃないとこにポジションを張ってしまえば、そんなに詳しくなくても、それらしいフリをできるんで。『広瀬ちゃんだから仕方ないね』って」

 

「なるほどねえ。確かに漫画や創作でもニッチなところを縄張りにするのは戦略のひとつだ」

 

「まあわたしはプロでもなんでもないですし、ビールのプロを目指しているわけでもないので逃げ口上に過ぎないんですけどね」

 

 彼女らしさが少しわかった気がした。臆病に見えて、したたかだ。

 

 それにしてもビールのプロか。ユイ先生は私をどうしたいのだろうか。先生と同じプロになって欲しいのだろうか、それとも。

 

「わたしなんかよりケイ先生はユイ先生と一緒に色々なお店を巡られてますもの、実地でかなり経験を積まれているのでは?」

 広瀬ちゃんは相変わらず毒気のなく、痛いところを突いてくる。

 

「返すようだけど、私だってユイ先生の受け売りだからね。確かにあちこち回ったけれど、正直ちょっと自信なくて」

 

「またまた、そんなことおっしゃって。何もいちいち銘柄を覚えていたり、たくさん飲めばいいってわけじゃないはずですから。きっと師であるユイ先生なら、一番大事なハートの部分をケイ先生に伝授されているはずですよ」

 

 本当にそうなのかな。彼女の言は曖昧なようでいて、適当に吹かしているわけではない空気が含まれていた。

 

 それにしても、師か。彼女にもまた、私たちの関係がそんな風に見えるのだろうか。

 

「広瀬ちゃんだって、ユイ先生の弟子なんじゃないの?」

 いつの間にか新しいビールを手にしていた彼女は、私にそれを手渡しながら、首をぶんぶんと振りまわして否定した。

 

「わたしが弟子でユイ先生が師匠?いやいや、とんでもない。アッ、いや、ユイ先生を師と仰ぐのがイヤってわけじゃないんですよ?ないんですけどね?」

 なぜ二度言う。

 

「ビールに関しては先ほど申しました通りにですね、好きなようにしか飲みませんのでね、先生のご負担を考えますと、ご辞退させて頂きたい次第で」

 

 誰に対して言い訳しているのか、しどろもどろになる広瀬ちゃん。彼女から言い出したのに、どうやら墓穴だったらしい。慌てふためいているのを見ていると、さっきまでアドバンテージを取られていたことが思い返されて、悪戯心がむくむくと湧いてきた。

 

「そういえば前から気になってたんだけど、はるか先生や観音さんとはどんな関係なの?」

 

 広瀬ちゃんは露骨に眉間にしわを寄せて、ばつの悪そうな顔で目を伏せた。

 

「ええっと、何と申せばよいのやら。色々なご縁というか観音さんのご厚意があって少なからずお付き合い頂いているわけでございましてね…」

 

 先ほどまでの威勢のよさはどこに行ったのやら、やたらと歯切れが悪い。

 

「『友達』って言わなくていいの?」

「あああー!それは勘弁してくださいよもう!わたしだって躊躇してるんですから」

「ごめん、ごめん」

「友達って間柄で表現するには、おふたりともわたしとは格が違うわけですから」

 

「じゃあ師匠ってのは?」

 広瀬ちゃんは飲みかけのプラカップに吹き出しかけて、私を恨めしそうに睨んだ。

 

「げほ、ゲホっ!ケイ先生もなかなかに愉快な性格でいらっしゃるようで……。さすがセンセイたちは一筋縄ではいきませんね」

 

 目が怖いよ、広瀬ちゃん。

 

「友達案件と繰り返しになりますが、師匠とか師弟の匂わせ、そういって頂ける機会はあるんですけど、恐れ多すぎて。だって師弟って本来とてつもなく大変な関係じゃないですか。なのにわたし、弟子と胸張って言えるほど、頑張れていないので。観音さんがわたしの師匠なんです!なんて大真面目にいったら迷惑だと思うんです」

 

 また胸がちくりと痛む。でも、それだけじゃなかった。

 

 迷惑、本当にそれだけなのだろうか。もし本当に弟子だと思っているのに、あるいは弟子になってくれるかもしれないと思っているのに、その相手が弟子じゃないと言ったら、どんな気持ちになるだろう。

 

 きっと残念で、悲しくて、寂しさでいっぱいになるんじゃないだろうか。

 

「戦前あたりの文豪たちのエッセイを読んでいると、頻繁に出てくるんですよね、弟子を自称する人々が。彼らは名乗るわりには何も書いていなくって、そのくせ文豪の元に押しかけてくるんですけど、大抵は贈り物を押し付けたり下手な文学論議をするだけして帰ってしまう。

 ああいう感じになりたくはないんですけど、でもわたしも同じようなことをしている自覚もあって。それがとても歯がゆくて、師匠なんて口に出せないんです」

 

「そっか」

 

 広瀬ちゃんの、何事につけてもどっちつかずな態度の源泉がわかった気がした。自信がなくて、迷惑をかけるのも嫌われるのも怖くって。私にもルーキーの頃はあったから、その気持ちは痛いくらいにわかる。彼女が悩むのも無理はない。

 

 けれど、

 

「でも、それって広瀬ちゃんが言い始めたわけじゃないんでしょ?聞く限りは、あなたから師匠と呼び始めたわけではなくって、周りや多分、先生たち自身がそう言った」

「たぶん、そうだったと思います」

 

「だったら、そこまで気にする必要ないんじゃないかな。確かに誰を師匠を呼ぶのかは広瀬ちゃん次第ではあるけれど、春河童先生も観音さんも、『あんなのは弟子なんかじゃない』って言ったわけじゃない。本当にそう言われたいのなら別だけど、あんまり拒否してたらもったいないよ」

 

 広瀬ちゃんはびっくりしたようで、目を白黒させながら私の言葉を噛み締めているようだった。私らしくなかったかもしれない。でも、言わずにはいられなかった。

 

 そうだ、そうなのだ。相手の期待がどの程度のものなのか、正確に知ることなんてできないけれど、それに応えるかどうか、応えられるかどうかを決めるのはいつだって自分しかいないんだから。

 

「そういう、ものでしょうか」

「そういうものだよ」

 

 彼女は逡巡しながらも腑に落ちたところがあったようで、小さくはにかんでみせた。

 

 よし。よかった。彼女に言葉は届いたようだった。彼女が納得できたのだったら、私だって。

 

 あと少しな気がするのだ。ユイ先生からの期待には私が私なりに応えることができれば、それでいい。そして、師弟関係は一方的なものなんかじゃない。どんな関係になるかは私が選んだっていい。

 

 まだ足りないものがあるとしたら、

 

「さっき会った時にも気になったのだけど、私とユイ先生が一緒にいないとそんなに変かな?」

「えっと」

「私とユイ先生について、どう思う?」

 

 つい畳みかけてしまった。なにやってるんだろう、私は。藪から棒に話題を変えられた広瀬ちゃんはきょとんとした顔で、暫し考え込む様子だった。と思うと、

 

「お似合いのカップルだと思いますよ」「はっ?」

 

 広瀬ちゃんは私の口調に気付いたのか気付いていないのか、特に気にした様子もみせずに飄々と答えてみせる。

 

「冗談です、半分くらい。真面目に答えた方がいいやつですか?」

 

 なんてことだろう、さっきまで憔悴とまではいかなくとも、たじろいでいた彼女が、今は不敵に笑っている。なんたる回復力。

 私はただ、うなずくばかり。

 

「うーん、と。一文で言ってしまえば、ユイ先生がすごくイキイキするのでふたりは一緒にいた方がいい、ですかね?」

「それはいったい?」

 

「おふたりともいい大人ですからね、あっちはかなーり抜けていて、ケイ先生はちっちゃ可愛いすぎるところはありますがそれはそれ」

 彼女は口を挟ませる隙もみせずにまくしたる。

 

「繰り返しになって恐縮ですが、ユイ先生っておひとりだとアスリートみたいに飲むじゃないですか。飲むためにコンディションまで整えるなんて、マラソンランナーですかってくらい。仕事でもあるのでしょうがないといえばそれまでなんですが、それにしても辛そうに見えることがあって、はるか先生たちも心配されてるんですよね。

 

 でも、そんなユイ先生が楽しそうに飲んでいる時はやっぱりケイ先生と一緒の時なんですよ。単にテンションが高いってだけじゃなくていい顔をしているといいますか、とにかくイキイキされている」

 

 イキイキねえ。そんなに違うものなのかしら。

 

「人の気持ちなんてわからないので、実際に何をどう思われているのかは推し量ることしかできませんが、ビールに限らず教え甲斐があって、ちゃんと話を聞いてくれる人って珍しいじゃないですか。

 ユイ先生はケイ先生の仰ったように飲み仲間はたくさんいらっしゃいますが、皆さん手練れで玄人ですし、そこに初々しさとか新鮮な関係はたぶんなくて、成熟している」

 

「でも私、ビールが得意ってわけじゃないし」

 

「またまた!そこがいいんだと思いますよ。あるいは、まさにそこかもしれないです。だって苦手かもしれないのに、付き合ってくれてるってすごいじゃないですか。自分が好きなものを好きになろうとしてくれているって、素敵だと思います。

 そこにありがたみを感じなければ人ではないですよ、もう。確かにユイ先生は宇宙人じみたところはありますけど、それでも人のはず。

 ケイ先生が、自分が好きなものを好きになろうとしてくれている。その一点だけでも、ユイ先生にとってケイ先生は特別なはずなんです」

 

「そういうものなのかな」

「そういうものだと思うんです。散々他人の気持ちがわからないと言われるわたしですけど、そこは間違ってないんじゃないかなと」

 

 今度は私が納得させられる番だったようだ。広瀬ちゃんは意味ありげに続けた。

 

「むしろわたしが気になるのは逆なんです。ケイ先生はなんでユイ先生に付き合ってあげているんですか?」

 

 考えたこともなかった。

 

 ユイ先生には手取り足取り、クラフトビールのイロハを教えてもらって、関東の北から南まで色々なところに連れて行ってもらって。お世話になりっぱなしだと思っていた。

 

 でも広瀬ちゃんの言った通りに見方を変えれば、私が付き合ってあげているのだと言えなくもない。それにユイ先生はどこか肝心なところで抜けていて、飲み始めるとなんでも任せるには不安なところもあって、ダメダメなところも多いけれど。

 

「一緒にいて、飲んでいて、楽しいから?」

 

 そうだ。単純で、簡単で。でも、一番に大切なのはそれだけだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 ケイと広瀬がビール片手にあちらこちらで盛り上がる中、それを遠くから見つめるふたつの影があった。

 

「アナタね、ケイ先生を迎えに行かないで何やってるわけ?」

「しっ、今いいところなんですから邪魔しないでください!」

 

 その影は言わずもがな、ユイとヨーコだ。

 

「あれってケイ先生と広瀬ちゃん?珍しい組み合わせがふたりきりで、あっ」

 全てを悟った顔でヨーコは意地悪い笑みをみせる。

 

「なるほど、なるほどね。愛する弟子ふたりがビアフェスで楽しんでいるのを後方師匠顔で眺めて悦に浸っているというわけですか。ユイセンセ、なかなかいいご趣味でいらっしゃる」

 

 ユイはケイと広瀬から視線をそらさず、鬱陶しそうに答えた。

「わかって頂けたようで何より。お願いだから黙っていてくれません?」

 

「これって世間一般でいうところのストーカーじゃないの?」

 

「実際に師匠なんですから後方から眺めているだけで何が悪いんですか?私は今!努力が実を結ぶ瞬間を目の当たりにしているんですよ?これで何杯ビールが飲めるのやら。いいからわかったらさっさと新しいクラフトビールでも持ってきてください!」

 

「多少のことは目をつぶろうかと思っていた矢先にアナタね……!」

「なんです!?」「なによ!?」

 

 女二人の取っ組み合いが始まったのは別の話。

 ケイと広瀬がこの見苦しい現場を目撃せずに済んだのは幸いなことであった。

 

(師と共に歩む道 おわり)

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