108─ワンハンドレッド・エイト─ 作:Shohei Hayase
You are my destiny
初めに感じたのは違和感だった。
人から翼が生えている。
だが、それはおかしい。この西暦2108年の世界では、人類にこのような機械的な翼を付ける技術はまだ確立されていない。
自身が今置かれている圧倒的な非日常に目眩がして、体がぐらつく。
それを察知してか、機械の翼を纏った女性はゆっくりと振り返り……
──目が、合った。
「君、は……?」
その容貌を、俺は
青み掛かった白い肩甲骨までの長髪、ルビーのような燃える赤い瞳。若々しい女性のように見えるが、背中の翼と、顔のゾッとするほどの美しさは、彼女が生身の人間とは全く別のものだと思い知らされるようだ。
HMAT。
彼女がその枠組みに属することは、もはや疑いようもないだろう。
「私は……エリアス。エリアス型HMAT一号機です」
呆然と零れ落ちた言葉を拾い、彼女は答える。
6月の夜、銃撃戦によって破壊された街の中で、俺と彼女は出会った。
◇◆◇◆◇◆
ことの始まりは、偶然に近いものだった。
一人暮らしの高校2年生らしく、夜食の一つでも作ろうとしたら、食材が1つ足りなかった。
勿論有り合わせのモノで作れる事は作れたが、夜食を食べるのであれば腹ごなしの一つも必要だろう……そんな算段で、俺は夜の街を歩いていた。
この22世紀では、夜間の治安が悪くなるという事態はほぼ駆逐されたものと言っていい。
監視カメラはあちこちに置かれ、それら全ては警察に……引いては日本全体を管理する『セプティリオン』というマザーコンピューターに情報が集積される。
加えてHMATはそれ自体が記憶媒体の塊であり、日本の総人口8000万人のうち25%を占めるHMATの目は、余程入り組んだ場所に入らない限りどこにでもある。
大通りのスーパーへ向かう途中に、そんなことを考えていた。
夜食のための外出、という初めての体験に浮かれていたのかもしれない。夏の夜、あまりの暑さに自販機を漁りに行ったことはあるが、それは短距離かつ急いでの外出であって、こうしてブラブラと長い距離を歩くようなことは無かった。
首尾よく食材を買って家に引き返す途中に、どこかから炸裂音のような音が響いて、耳横を通り過ぎていった。
「……昭和島の方か?」
俺は安心しきっていた。「セプティリオン」とHMATの目によって齎される犯罪抑制の効果と、夜食に浮かれていた自分自身の愚かさが、俺に「音のする方へ行く」という選択肢を取らせた。
昭和島へと続く、人気のない公園の近く。音はさらに大きくなり、断続的に響いている。
路地を伝いながらそろそろ公園に面する通りに差し掛かろうかという頃だった。
なにか、重い湿った袋を引きずるような音が、した。
ここまで来ると流石に脳天気な状況ではいられず、しかし怖いもの見たさも作用し、ゆっくりと通りの向こう、音のした方を覗き込む。
道端で倒れ込んだ人を見つけると、思わず駆け寄っていた。
「大丈夫ですか? どうかしましたか!?」
俺の声にも僅かに顔を動かすのみで、ゆっくりと前に這いずって動こうとするのを抑え、ざっと状態を確認する。
(この穴、もしかして……銃創か!? 血はそんなに流れていないが……)
『基地局への接続不可能:ジャミングの可能性』
が、網膜投影されたメッセージに思わず腕を落とし、今更ながらに後悔し始める。
(クソッ、こんなんだったら来ないほうが良かった! けどこの人は放っとけない。どうにかしてジャミングの範囲外から出ないと)
倒れ込んだ人を動かして路地に押し込み、通りから見えないように場所を整える。
「……今、助けを呼んできます。出来ればここに居て欲しいですが、危なかったら逃げて下さい!」
怪我人を背負って移動したら出血が却って酷くなると判断した俺は、後ろ髪を引かれるような思いをしつつダッシュでもと来た道を引き返す。
(畜生、ここ十年の犯罪率は東京でも0.1%を切ってるんじゃ無かったのかよ!)
毒づきながらも警察へのコールは欠かさず、足は自然と公衆電話の方へと向かう。直線距離にして300m少々だが、有線通信ならジャミング下でもほぼ確実につながるはずと考え、交差点を通過……しようとした寸前に横から黒いトラックが突っ込んでくる。
「うわっ!?」
思わず横っ飛びで避けると、トラックはバランスを崩し対角線上の商店に激突する。その後ろからは高さ1m程のクローラーを装備した無人機が複数迫ってきていた。
(嘘だろ軍用の武装ロボット!? しかもあれ機関銃積んでるじゃないか!)
喰らったら確実にミンチになる。そんな予想をしながらこの場から離れようとするが、それが悪かったのだろう。武装ロボットが一斉にこちらを向く。
(あ──)
死を覚悟したその刹那、破裂音が立て続けに聞こえて1体の武装ロボットが体勢を崩し、残りの武装ロボットが照準をトラックの方へと向ける。
「逃げろ!」
誰かの声が聞こえ、俺は
熱風に体が押し出されて倒れ込む。受け身は取ったはずなのに体のあちこちが痛く、頭も不自然に揺れているような感覚が抜けない。
「何なんだよ、これ……何が、どうなって!」
どうにかして体を起こしながら、つま先の向こう側、恐らく爆発で吹き飛ばされたのだろう、
これで暫くは安心できる……そんな予想は、コンテナの扉を立て続けに襲う爆発と甲高い……銃弾が弾かれる音によって打ち砕かれる。
(マジかよ諦めねぇのか! とにかく奥へ……)
若干斜めになっていて歩き難いことこの上ないが、恐怖心が体を突き動かす。
奥まで行こうとすると、何か硬い物にぶつかって尻餅をつく。
「痛た……何だこれ?」
ペタペタと硬い物を触っていると、段々これの形が解ってきた。
(これが手……で下が足、右にもう一本足。人型? だけど、HMATって感じじゃない。軍用ロボットが奪いに来る程の……軍事用途?)
人型の硬い軍事用途の品。それには覚えがあった。
(まさかこれ……E3Sか?)
E3S、正式名称を
元々、フランスが有するマザーコンピューター級電算機『マリアンヌ』によって提案された
しかし、ここまで独特な──触った感じ2mは超えていそうな──形状のE3Sなど見たこともない。
そうこうしている内にも爆発が激しくなり、コンテナが大きく揺れる。
「つっ……クソ! ……え?」
横壁に叩きつけられ、空を切った左手がインターフェイスパネルと思しき板に触れる。
『Aegaeon, STANDBY Mode』
意図的に個性を潰したような低音の合成音声が鳴り、コンテナ内部に薄く常夜灯のような光が灯った。
「E3Sが、開いて……」
腕部、胸部、脚部が開き、人が入れるような構造に変形したE3S。中に入った瞬間にデストラップが作動しないように祈りつつ、所々穴が開いて炎が内側を這い回るようになったドアから逃げるようにE3Sに搭乗する。
『Aegaeon, CONTACT Mode』
両手両足をガッチリとインナーフレームが拘束し、各部の装甲が閉じる。棺桶に閉じ込められたような気分になりながらも、顔の装甲裏のホロディスプレイに投影されたプログレスバーが進行していくのを見守る。
『提示条項:内山重工テストユーザーライセンス契約Rev.1.37A2(最終契約)
──この契約は内山重工業株式会社(以下「甲」)と日本陸軍(以下「乙」)の間で、当社が所有するE3S「アイガイオン」の使用許諾に関わる契約(以下「本契約」とする)です。甲は乙が本契約に基づき「アイガイオン」を性能試験の対象として使用する限り、所定の許諾条件に基づき使用者にこれを貸与します。「アイガイオン」を装着して民法及び軍法にて定める不法行為を行った場合、または所定の施設以外でアイガイオンを起動、使用した場合、当社は任意でその契約を解除できるものとします。また、アイガイオンの使用に係る問題によって物的損害、賠償が生じた場合、当該事由が甲の責めに帰すべきではない場合、甲はその責を負いません──』
プログレスバーの99%で表示された長い文章をスクロールで流し読みして、やるしかない、と静かに腹を括った。
最下部まで到達し、受諾ボタンをクリック。
『Lording...Input the instructions』
(へ?)
眼前に踊る文字に疑問を覚えた矢先、生体コンピューターを通じて莫大な情報が脳に逆流してくる。
「っつつあ゛ぁ゛ぁぁぁっ!!??」
頭が一瞬焼けるようにスパークし、漏れた声がヘルメットの中で反響する。
(痛い痛い痛い……けど、コイツの操作方法は解った。『ゲート開放』!)
一瞬の内にブチ込まれた情報量によって、痛みという形で悲鳴を上げる頭を揺らしながらも、完全思考操作によってゲートロックを解除する。
(主機安定、各モーター、スラスター異常なし。投影システム、装甲システム、武器システムオンライン。戦術データリンク確立、IFFコード認証、量子通信によって非常警報を送信。……全システムオールグリーン、ケーブル排除)
トラックの電力供給が途絶えていたため、機体が内蔵するジェネレーターでの駆動に切り替え、これによってドックとの接続は全て絶たれた。
パッシブレーダーに反応。無人機12。IFF変更、無人機をターゲットとして設定。
一歩、重い音を立てながらも、軽く滑らかな動きでE3S……アイガイオンが動く。
とうとう扉が破壊され、コンテナの中を舐めるように見回す無人機。そのカメラがこちらを捉える寸前……
「おおぉっ!!」
右腕部のビームブレードを展開して突撃し、無人機の一機を串刺しにした。