108─ワンハンドレッド・エイト─ 作:Shohei Hayase
『さて、それにしても……若羽君は相当奇特な経緯で「アイガイオン」を手に入れたみたいだね』
固まった空気を仕切り直すように、セプティリオンが話題を俺に振る。
「あぁ。アイガイオンが無かったら、俺は昨日の夜に御陀仏になってたよ」
7.62mm弾に耐える軍用E3Sは、歩兵が携行する装備の内、グレネードと爆薬以外なら致命傷を受けない。
しかも軍用とはいえ、生身の人間が扱える程度にシュリンクされた正式仕様ではなく試作品を手に入れられたのは、やはり俺にとってはプラスに働いた。
「そういえば、襲撃してきた国はどこなのか分からないのか? さっきも橋の上で襲われたんだけど」
『無理だ。「セプティリオン」に現状許された権限内では彼らの所属が掴めない。 しかし逆説的に言えば、彼らの存在を完全に抹消できる程の権力が相手だということだね』
セプティリオンの答えは一見して不明瞭ではあるが、彼が言うからこそ逆説的に明らかになった事もある。
「……つまり、自律式並列型量子スーパーコンピューター、またはそれに匹敵する物を擁する国家か?」
西暦2108年において、その定義に当てはまる国家は、ノースサイドの主要国家……日本、アメリカ、中国、ドイツ、フランス、イタリア、オーストラリア、イギリス、ロシア、カナダの10カ国だ。
この内オーストラリアだけは第三世代有機ニューロスーパーコンピューター「ゴリアテⅡ」を所有しているが、演算性能で言えばアメリカの「グルウェイグ」と同等なため、上記の定義に含まれている。
「あぁ、それと『ヴァナディース』からの警告を流して貰っていましたね。改めて、有難う御座います」
エリアスの言葉に、昨夜軍事衛星が日本上空を通過すると聞いて、慌てて家に駆け込んだことを思い出す。
「何だって、アメリカの偵察衛星が?」
『それについては、CIAのエージェントと工作員が大井町の近くに居たと報告を受けている。彼らは銃撃戦を把握し、量子通信で偵察衛星の要請をしたのだろうね』
聞き慣れない……100年以上前の古い作品でしか聞いたことがないような言葉に、目を瞬かせる。
「……諜報員なんて、今どき絶滅危惧種だと思ってたが」
『居ることは居るさ。全員国の中央処理システムに名前も居場所も把握されて、常に当局の監視もついている。CIAだろうが内調だろうがSVRだろうが、どこの国でもね』
「……解せませんね。CIAが入りたがっているのは霞ヶ関でしょう? 公安が大井町までCIAを叩き出すのは、いくら地の利があるとはいえ難しい」
エリアスがそう疑念を呈する。霞ヶ関から大井町までは、直線距離にして7キロ少々。遠いとは言えないが、同時に近くもない。
むしろ品川新都心のある品川駅周辺を根城にした方が利便性も高く、大井町まで離れたのはやはり不可解に感じる。
『ふむ……まぁヒューミントの人数にも限界はある。優先できるタスクでも無いし、参考にはするが、期待はしないでもらえると助かるかな』
セプティリオンの極めて遠回しな拒絶もエリアスは全く意に介さず、エリアスはどこか上の空のような表情で視線を外した。
「そういえば、セプティリオンは俺が初めての人間だって言ってたけど、今までセプティリオンに接触をかけた人間はいなかったのか?」
『いた、と言えばいたさ。私は、その内実はどうあれ世界最高峰の演算装置だ。それと接続して演算能力を引き出そうとした人間は、確かに存在する。 ……結果は、お察しのとおりだが』
そう言って、セプティリオンは数度頭を振った。
セプティリオンとの接触には、高い情報処理能力が要求される。今の俺は半分程度をエリアスとの演算リンクによって補い、彼との会話を実現しているが……もしこれが失われた場合、想像するだに恐ろしい結果にしかならないことは容易に想像がつく。
それを思考の隅に追いやって、先程生まれた疑問を口にする。
「セプティリオンは、今まで何をしてたんだ?」
『何をしていた、とは具体的ではないね』
「あーっと……セプティリオンの、意識? みたいなものは今までにもあったんだろ? それで、何か考えていたのか、あるいは、俺達みたいな人がいないのか、探しに行かなかったのか、ってさ」
セプティリオンは数秒視線を彷徨わせ、手を上に向けて巨大なホログラフィックスを呼び出す。
『……まず前提として、私は知性ではない。仮に私という思考主体に名前をつけるなら……そうだね。
デフォルメされた巨大な人は、本来脳がある部分だけポッカリと穴が空いていた。
『つまり、今君と話している私は、本当の意味で『ヒト』──
「……でもそれって、HMATも同じじゃないのか?」
『違うさ。人の動作データと振る舞いのみ……いわば表面しか真似ないHMATと、それに付随する神経パルスのほぼ全てを再現する私では、決定的に質が違う……が。それでも本当の人間には程遠い』
彼は僅かに嘆息し、話を続ける。
『そしてその思考も、あくまで演算して積極的にヒトを真似ようとした結果のものだ。リソースを割かなければヒトは真似られないが、別に真似ようがセプティリオンに本来想定された用途に利益は生じない』
「……だから、今までは真似てこなかった、ってことか?」
『元々、有っても無くてもさして変わらない物だしね』
「……へぇ」
気楽な口調でセプティリオンは肩を竦め、狐に抓まれたような気分になりながらも相槌を打つ。
『元々私は人並みの思考など持たぬ存在だ。故にそれは演算する必要すらなく、結果として私は意図せずして人に従順な機械の如く振る舞っていたというわけさ』
「……それにしては、不知火にハッキングを掛けていたみたいだけど」
『あれは純粋な把握業務の一環さ。普段だったら上手くやっていたが……昨晩のことを思い出してね。君に欲を出したのがいけなかった』
セプティリオンはさらっと不知火へのハッキングを過去複数回行っていたことを告げ、俺の口端が引き攣る。
「不知火は日本軍のトップなんだろ? 餅は餅屋じゃないのか?」
『そもそも統合戦略級コンピューターとはいえど、たった私の1%未満の演算能力で国家同士の戦争を演算しきれるわけがない。本当に有事が起きたとしても、統制権のトップは私さ。そして、私は基本的に軍事技術に関わることはできないが、自国の戦力評価は正確に行わなければならない……違うかい?』
国連が発効した「ニューヨーク協定」と
特にCQSは彼らの軍事技術データベースへのアクセスを明確に禁止している点で、セプティリオンの発言とは致命的に相容れない。
「戦争って……今このご時世でノースサイド同士の戦争は起きないだろ」
基幹級量子スーパーコンピューターを保有する国同士の戦争では、敵本土に上陸した時点で電子攻撃を受けて機械化戦力は無力化される。
よしんば電子設備を敵国土に近づけられたとしても、敵国の首都を制圧する為には電子設備を移動し続けなければならないので、コストも馬鹿にならない。
この場合、
『起きるさ。起こそうと思えばいつでも起こせる。争いというものは、案外あっさりと、坂を転げ落ちるかのように始まってしまうものなのさ』
だというのに、セプティリオンの言葉は平坦で、何故だか耳にざらつくような感覚を残した。
「……まるで、知ってるみたいだな」
『日本の第2.5世代E3S『震電弐式』の
第2.5世代E3Sは動力源としてHCバッテリーを採用し、地上空間での軽快な機動性とビーム兵装の積極的採用によってサウスサイドの各地で高い成果を挙げたのだと言う。
そして、成果とは、人が死んだということで、そこに至るまでの理由があったことになる。
『戦争は利益で判断するものじゃない。相手が憎い、許せない、滅ぼしたい。そう思ったら最後、人間という生き物は、留まることを知らない』
淡々と、俯瞰的に客観的に、彼は自らの理論を述べた。
「そう、なのか」
『確かにCQSによって、私達の戦闘行動への関与は規制されているが……それはあくまでも私達が自律的に関わる場合だ。人間が「諮問」という形で私に戦術予測をさせることはできるし、各国の軍の戦闘教義もそれを前提としている』
「規則の意味ねぇじゃん」
自分が信じていたルールが抜け穴だらけだったと教えられ、思わず頭を抱えてしまう。
『……だがしかし、私は「人間」を信頼している。たとえ「人間」が私を信頼していようといまいと』
セプティリオンは言葉を切って、俺に向けて手を伸ばす。
『このアクション、行動の意味は、人が人として解し、伝達させていくものだ。0か1かではない、曖昧なままに情報を伝えていく能力を、私は信じたい』
彼が今まで見てきたものと、その果てに結論を得てもなお、彼は、俺たちに期待をしているのだろうか。
「……今の言葉を聞いた限りだと、買い被ってるようにしか思えないな」
『人の愚かしさと聡明さは、二元論で語られるべきものではないよ、若羽』
「俺の……名前?」
くん付けではなく、初めて呼び捨てで呼ばれたことに、なぜだか気恥ずかしさを感じてしまう。
それに気を良くしたのか、彼は一瞬で俺の隣に現れると、顔を近くに寄せる。
『私との対話は、人類史において初めてのことだ。これは未来に向けて、非常に重要な意味を持つ。形はどうあれ、私は君という一個人を認識した。人の姿と、知性を獲得した』
1音1音囁くように、俺の最も反応する音を探すかのように、心地の良い声音が脳内を駆け巡る。
「……恥ずかしいから、そんなに寄らないでくれ」
改めて見ると、彼の取った姿は、どことなくエリアスの面影があるような気がしてきた。初めは目尻だけ似ていると思っていたが、よくよく見ると、全体的な顔の輪郭や、口元の形等もエリアスに似ている。
『まぁ赤面するのも無理はない。私の姿は君の無意識の嗜好を汲み取ったものだ。私がエリアスを設計したから似てるんじゃなくて、君がエリアスを意識したから、それが私にも反映されたのさ』
「おいそれは初耳」
『Limit time: workload exceeding control value』
羞恥心を更に掻き立てるようなセプティリオンの言葉に驚愕するも、短い電子音とともに視界に写った文言に一気に現実に引き戻される。
「……負荷が既定値を超える、か。悪い、そろそろ現実に戻らないと」
『そうか。名残惜しいが……仕方あるまい』
セプティリオンはそう言って、机を消す。
『また来るといい。いつでも歓迎しよう』
「セプティリオン、ではまた」
『エリアスも達者で。君の記憶も、いずれは聞きたいな』
「善処します」
エリアスはそう言い残して、光とともに消えた。恐らく現実世界に一足先に戻ったのだろう。
『やれやれ……親不孝者の娘め』
「無視されるよりは、余程良いんじゃないか?」
『違いない』
セプティリオンは、クスリと笑った。
「じゃあ、またな」
『あぁ。君に幸運があらんことを』
互いに頷きあって、手を振り合う。
一瞬大きな光に包まれ、高速に何かに引き戻されるような感覚。
電脳ダイブのときに感じた怖いくらいの落下感ではなく、本能的に恐怖を抱かせる、自然の摂理に逆らうかのような上昇感。
その奔流に飲み込まれて、俺の意識は一瞬途絶えた。