108─ワンハンドレッド・エイト─ 作:Shohei Hayase
車は高速を降りて暫く下道を走り、目の前に防衛省の正門が見えてくる。
「防衛省情報本部統合情報部、高宮2等陸尉」
『確認しました』
ドライバーが窓から身を乗り出して顔を機械に近付け、IDカードらしきものを取り出して翳す。
合成音声が返答し、ドライバーはドアウインドウを閉じた。
「X線走査装置が通過します」
エリアスがそう言った直後、正門のライジングボラードが下がる。
「さすが防衛省……厳重だな」
軍所属の公用車なのに、中身までしっかり検査されるのは、正直予想外だった。
「僕はここに何度か来たことあるんだけど……X線検査があるなんて知らなかったよ」
「では、一つ物知りになりましたね」
「この後が怖いよ……」
エリアスの返しに、主任が頭を抱える。
(そうだよな、X線検査装置があるって知られたら、困るもんな)
それが
「エリアス、そういうのは個別に教えてくれれば良い」
「了解しました。以降、秘匿されたセンサーを発見した場合は、若羽さんだけにお教えしますね」
「……助かるよ。ありがとう、若羽くん」
ほっと胸を撫で下ろす主任を見ていると、ゆっくりと車が停車した。
「降りてください」
ドアが開き、ドライバーに促されて車から降りる。
駆け寄ってきた兵士と何やら話していたドライバーは、振り向いてこちらに近付いてきた。
「改めまして、高宮2尉です。先程のレインボーブリッジでの一件も鑑み、送迎には高度な政治的、軍事的判断が必要となる場合も想定されましたので、私が担当させて頂きました。 ……こちらです」
(尉官って……確か幹部扱いだよな)
『そうですね。彼の所属からして、専門の士官教育を受けていると推測されます』
憲法改正によって自衛隊から日本軍へ改組されたが、日本軍は「専守防衛」の理念を明確にするために、階級制度、組織構造などは旧自衛隊のものをそのまま使っている。
『統合情報部は、外国の動向や緊急の情報を扱う部署であり、防衛大臣直轄である情報本部に属する組織でありながら、統合幕僚監部と直接の繋がりを持っています』
「……へぇ」
流石にそこまでの知識は備えていないため、生返事になってしまう。
幸か不幸か、主任も高宮2尉もそれに頓着することなく、巨大な施設の中に入る。
「庁舎A棟……?」
自動ドアの上に箱文字で記された字を、そのまま読み上げる。
「防衛省市ヶ谷庁舎A棟。陸海空幕僚監部及び統合幕僚監部、大臣の執務室や内部部局など……防衛省の主要な機能は、ほぼここに集結しています」
エリアスはそう言いながら、3階の天井まで吹き抜けになっている巨大なロビーの右上を見つめる。
『ネットワーク切り替え……完了。『不知火』よりクラスⅠの権限付与を確認。拒絶……完了。機体コード提出の要請を検知。転送……完了。セプティリオンとのリンク回復。『エリアス』、演算バックアップモードへ移行』
(クラスⅠって……強制駐機状態にするためのコードじゃん。こうやってHMATを置物にしてる訳か)
故障、ハッキングなどで本来の動作ができなくなった場合の為に、HMATを強制停止させる為に割り振られる、クラスⅠの権限処理。
官公庁のLANに接続した時点で、各省庁級コンピューターからクラスⅠ処理が行われ、セプティリオンが拒絶しなければHMATはそのまま停止する。
官公庁にHMATは原則立ち入り禁止であるが、もし入られたときの為の保険はある、と言うことだろう。
「可視光線以外の電磁波による検査装置は、現時点では発見できません」
「可視光以外って……そうか、監視カメラか」
『マークは必要ですか?』
(要らない。何かの拍子にログを漁られたら面倒なことになる)
エリアスの申し出を断って、地下へのエレベーターに乗る。
「……若羽くん。すまない」
「主任?」
ふと見上げると、主任が苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「僕は初め、若羽くんに課せられるのは本当に報告だけで、後のことは我々で決めるものだと思っていた。 ……けど、もしかしたらこの事態は、僕が想像もしないような方向に向かっているのかもしれない……」
その意味を問い質す前に、エレベーターの扉が開く。
否応無しに進むことを余儀なくされた俺は、目の前の光景に目を見張った。
(見渡す限りの人、人、人……どうなってんだ、ここ)
俺達が居る部屋は一面ガラス張りになっていて、その向こうには巨大なモニターと、床に設置されたディスプレイ付きデスクに何十人という人が向かい合っている巨大な部屋があった。
『防衛省中央指揮所……日本軍の全軍を指揮する、この国の武力の中枢です』
困惑する俺に、エリアスが答えを教える。
「成程……
生体コンピューターからネットワークに接続しようとしても、ウェブサイト自体が閲覧できないようになっているようだ。
なぜ俺を、ここに呼んだのだろうか。
『ご安心を。私の全能力を以て、貴方の存在を保証すると、私はここに約束します』
(……ありがとう)
エリアスをちらと見る。
彼女がまっすぐ視線を向けている先に、一人の男が立っていた。
「日本陸軍幕僚長、葛城陸将だ」
「内山重工技術研究本部、特機課第4室の朝霧真也主任です」
「……茅原若羽です」
「エリアスと申します」
銘々に名乗り、予め3人分が置かれていた椅子に座る。
葛城陸将も席に座り、彼とテーブルを挟んて正対する形になった。
「真鍋一佐、官邸に繋いでくれ」
陸将は後ろに控える男に命じ、男が何やら端末を操作すると、瞬く間にホログラフィックスが投影され、テーブルの空いている場所が次々と埋まっていった。
「葛城陸将、『不知火』の三次元戦略投影システムを応用するとは、面白いご判断だ」
「北里長官……これは真鍋一佐の提案です。それよりも、現状についてお話を」
開口一番に口を開いた男をやんわりと制し、陸将は俺達の方に視線を向ける。
「これは失敬。内閣府内閣官房長官、
頭を掻きながら男は自らの役職を名乗り、手を差し出す。握手に応じようと手を伸ばすも、すっと互いの手が重なる。
(……そうか。ホログラフィックだから)
「うーむ……限りなくリアルなのに触感が無いのも不便だね。 ……さて、先立ってなのだが、私から1つお願いがある」
先程ののんびりとした雰囲気はそのままに、何かが切り替わったような感覚に怖気を覚える。
「日本国政府は、エリアス型HMAT1号機、HMAT登録番号JP-107-UHIX-124081、登録名称「エリアス」の設計、製造、稼働等に関する全データの提出を、君に要求する」
思わず、隣のエリアスを見る。
『私の機体コードは、JHTOにも認められた正式なものです。そうである以上、彼らは私を未登録HMATとして調査、あるいは分解することができません。機体情報はプライバシー権によって国家による介入から保護されていますから、攻めるならオーナーから、と言うことでしょう』
彼女の分析を聞く傍ら、先程結論をつけたはずの違和感が、また息を吹き返してくるのを感じる。
(……嫌だ、とか、止めてくれ、とか言わないんだな)
『私はあくまでも道具です。道具は、提案はしますが、決断を促すことはしません。貴方が望むままに、私は振る舞うものなのです』
俺は長官に向き直り、彼に質問をぶつける。
「それをして……政府には何か利益があるのですか?」
現状、エリアスはセプティリオンが作ったとは言えただのHMATであり、その多大な能力を差し引いても、エリアスに関する全データを国が何の理由も無しに欲しがるとはとても思えなかった。
彼の答えは、驚愕に値するものだった。
「彼女は……人類未知物象(オーパーツ)なのだ。個人の手には余る。本来人類の総力によって解析すべきものが、ただ一人の手の中にあり、その属性、効果、機能が未だ明かされずにいる。 ……我が国として、これを看過する訳には行かないのだよ」
人類未知物象。自律式並列型量子スーパーコンピューターが年に一回提案する、現行の科学技術では理解できないもの。
……それに、エリアスが属する?
「本当なのか?」
「正確には、私を取り巻く機器類や、そのシステムが、ではありますが……確かに、私は人類未知物象としての要件を満たしています」
エリアスは、静かに言った。
主任は顎に手を当てながらも、どこか得心のいった表情で呟く。
「確かに、セプティリオンが国家承認を通さず、ウチの秘匿ラボで組み上げた時点で、只者じゃないとは思っていたけど……」
「内山重工は、この件を知らなかったのかな?」
「無茶を言わないで下さい……幾ら何でもセプティリオン相手に、高々社用コンピューターの計算能力で張り合えるわけ無いですよ。彼女の存在に気付いたのだって、JHTOからの通知がウチに帰って来たからですし」
長官の咎めるような言葉に慌てて反論した主任は、一度大きく深呼吸して、俺の方を向く。
「……僕からは何も言うことはない。君に任せる。我々としては、ここで政府に協力しろ、と言うべきだろうが……
主任はそう言って、一歩下がる。自分はこの場に置いて、主要な立ち位置ではない、と自ら示すように。
取り残された俺とエリアスは、ゆっくりと向き合う。
「……エリアス。正直に答えてくれ。あの時、君が俺に契約するように言ったのは……これを予想していたからか?」
「その側面も否定はしません。自己の防衛及び保存を達成するために、私は可能な限り早急にオーナーを得て、その庇護下に入る必要がありました」
彼女の返答は極めて合理的なもので、感情は抜きにして、理屈の上では納得するしかなかった。
しかし、と前置きして、エリアスは話を続ける。
「それと同時に、私はオーナーに性格的に軋轢を起こしにくい存在を求めました。日本に数万人はいるだろう適合者の中で、あの時、あの場所で……最もダイレクトに、思考を直感したのが、貴方だったのです」
「それは、俺がアイガイオンを纏っていたから、君に思考が漏れただけだ。俺である必要性は薄い」
知らず識らずのうちに、声が固くなった。
エリアスはどこか困ったように笑って、俺に一歩近付いた。
「若羽さんも知っての通り、HMATにとって契約は絶対であり、所有者の意思無くしてHMATの開放は基本的にありえません」
ぽすり、と軽い音を立てて、エリアスは俺に体重を預け、右胸に彼女の額が触れる。
「……私はあの時、貴方を信じました。貴方が私に向ける心が、嘘偽りの無いものであると信じて、貴方と共に在ることを決めたのです。それは……それだけは、私が自ら決断を下したのです」
彼女は真摯な口調を崩さず、精一杯手を広げて、俺を迎え入れようとしてくる。
……やはり彼女は、人の心を動かすのが上手だ。
「君が、俺を信じ契約したと言うのなら……俺はその信頼に、応えなきゃいけない。 ……さっき、約束したからな」
彼女の肩を掴んで優しく引き離し、視線を合わせる。
「エリアス。機体情報の開示請求に、不都合な点はあるか?」
「人類未知物象として認定される以上、この躯体は分解、解析、実験に供され、HMAT主機としての「エリアス」はこの世界から消失すると推測されます。これはHMATの自己保存性を定義した民法1097条に反するものです」
エリアスの言葉に、長官は失笑を隠せないといった様子を見せる。
「新しい機体が必要なら、幾らでも用立てられる。顔だって寸分違わず同じに出来るとも」
長官の言葉は、あくまでもモノとしてHMATを見ているからこそ出てくる言葉だ。実際は、HMATの顔はJHTOやIHTOのデータベースに登録され、重複を防いでいる。全く同じ顔だと、犯罪に悪用できてしまうからだ。
「一人として同じ人間が存在しないように、一つとして同じHMATは存在しません。 ……情報の開示は、残念ですが断らせて頂きます」
最後にきっぱりと言い切って、俺は溜息を吐く。
……これでいいのだろうか。
やはりどこか、利用されている感が拭えない。
「人とHMATの恋愛沙汰は、この時代に於いてありふれた物だが……片方がセプティリオンの申し子とはね」
陸将が重々しく口を開いた。
「問題ありませんよ、陸将。元々望みは薄かった。次は、現状の説明かな」
長官はそれに軽く手を振りながら答え、モニターに視線を向けた。