108─ワンハンドレッド・エイト─   作:Shohei Hayase

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He is the guardian of "human" world

「セプティリオンは現在、全演算機能を通常通りに振り分けている。不知火も通常状態に戻った。しかし我々には、セプティリオンから不知火に向けて行われた攻撃行動の全てに関する情報が、圧倒的に不足している」

 

長官はそう言いながら、自身の端末とテーブルから伸びたケーブルを繋ぐ。

 

「君がセプティリオンと会話して得た知見、セプティリオンに関する情報……それらもまた、我が国が持ち得ぬものだ。是非、話してもらいたい」

 

新たに投影されたデータは、いくつかのグラフと地図、そして文字列が組み合わさったものだった。

 

「内閣府所管の政策補助コンピューター『あきつしま』が調査した、『セプティリオン』と『不知火』に関する各関係省庁のデータ……ですか」

 

エリアスがその内容をすぐさま看破し、長官は少し驚いた様子で頷いた。

 

「一瞬で、そこまで分かるのか」

 

「私も『あきつしま』も、処理の内容こそ異なりますが、セプティリオン連結体(ネクサス)の構成成分であることは違いありません」

 

「いや、HMATの機能演算と中央官庁のコンピューター連携システムを一緒にしたら駄目だろ」

 

彼女は淡々と解説するが、俺はその内容に突っ込まざるを得ない。

 

セプティリオン連結体とは、セプティリオンを頂点とした、日本政府の各省庁級、準省庁級コンピューター、各地方公共団体のメインコンピューターからなる組織であり、文字通り「日本の全て」を司る超抜級半プライベートグリッド・コンピューティングシステムのことだ。

 

その頂点たるセプティリオンの指令を受けて稼働するエリアスは、確かにセプティリオン連結体に接しているが、HMATの為の演算と日本政府の政策システムとは、全く別の領域の話だ。

 

「私は現在、セプティリオンから直接演算バックアップを受けています。私が得る情報は、セプティリオンのそれと同義だとお考えください」

 

それでもエリアスは一歩も引かず、驚くべきことを口にする。

 

(セプティリオンが、通常の演算サポートのみならず、エリアスに意識的に演算領域を分け与えている……ってことか)

 

これもまた、明確な異常事態だ。

 

……けど、少し違和感がある。

 

この言葉は、俺に向けられたものではない。ここにいる全ての人間に対してもだ。なら、一体誰に向けて……?

 

「しかし同様に、『私』からは貴女には見えないものが見えます。エリアス」

 

扉が開かれる。

 

エリアスにも引けを取らない、黒髪黒目の美少女が、会議室に入ってきた。

 

パリッとしたスーツと、美しい所作は、彼女の雰囲気を大人びたものにするには十分な要素だった。

 

(彼女は……確か、テレビで見たことがある)

 

「……『あきつしま』の対人コミュニケーションインタフェース。お初にお目に掛かります」

 

日本政府が所有する、日本で唯一セプティリオンの10%近い演算能力を誇るコンピューター。それが唯1機のHMATを演算するからこその、ここまでの立ち居振る舞い。

 

彼女はエリアスにそっと目礼して、長官に視線を向けた。

 

「北里官房長官、貴方の交渉は老人に対しては適切ですが、ここに居るのは17歳の少年です。手順の変更を推奨します」

 

「こりゃ参った」

 

後ろ手に頭を掻く長官を他所に、『あきつしま』はテーブルの前に立ち、手をかざす。

 

「『あきつしま』より非常統制宣言。現時刻を以てこの室内の秘匿レベルをⅠに変更。音声、映像履歴の全削除を完了。『あきつしま』より『セプティリオン』へ、外部監視排除の為、3%の演算能力の使用を許可します」

 

一面のガラス張りが一瞬で黒く染まり、外部が見えなくなる。続いて部屋の隅にあるカメラの赤いインジゲーターが消え、力を失ったかのように下を向く。

 

「『不知火』との直結接続を完了。三次元戦略投影システムの一時優先権を取得……完了」

 

長官たちの姿が一瞬ブレ、すぐに元に戻る。

 

「さて……『あきつしま』は『セプティリオン』『エリアス』両者に対して、先のセプティリオン暴走事件についての稼働ログを要求します」

 

「……『エリアス』『セプティリオン』、共に同意します」

 

エリアスの瞳が白く光り、塗り潰されたモニターに幾筋もの光が流れる。

 

「取得完了。ご協力に感謝します」

 

それらは全てテーブル上に集約され、中空に投影されたホロディスプレイに視線を向けていた『あきつしま』は、エリアスに一瞬厳しい視線を向けた。

 

その意図を問うよりも早く、『あきつしま』の口が動く。

 

「私は現状のセプティリオンをコンピューター災害として認定するかどうかを議論しています。6:4で、認定が優勢です」

 

室内がざわめく。

 

「どういう事だ……!?」

 

「セプティリオンは建造された時から、人間の制御下にあるとは言えません。今回の暴走も、極めて短慮な思考によるものであり、この国のマザーコンピューターに求められる役割からは逸脱しています」

 

長官の呻くような声にも、『あきつしま』は淡々と反論する。

 

「否定します。適切な措置が講じられ、セプティリオンの暴走は迅速に終了しました。以後同様の措置は効果があり、過失は繰り返されないと断言します」

 

すぐさまエリアスは回答するが、あきつしまは冷酷とすら言える声で、ピシャリと跳ね除ける。

 

「解決策を個人に頼るようでは、とても確実なものとは言い切れません。対策の期限は個人の寿命であり、解決策の行使に時間が掛かる際、その間に生じる被害は未知数です。脳髄を取り出してセプティリオンに繋いでおくのなら、話は別ですが」

 

「そりゃ、ちょっと……」

 

言い淀む。流石にそんな措置を受けるのは御免被りたい。

 

(人権も何もあったもんじゃない……もうちょっとマシな解決手段はないのかよ)

 

通信機なら、と思いかけるも、その通信インフラを制御しているのもセプティリオンであることを考えると、もし致命的な暴走を犯した際に通信が使えなくなる可能性も否定できない。

 

……確実な手段は、確かに脳をセプティリオンに繋いでおくことなのだろう。

 

『マザーコンピューターの安定は、マザーコンピューターを中央処理システムとして有する国家にとって至上命題とも言えるモノです。しかしそれは、必ずしも策によってのみ達成されるものではありません』

 

エリアスの方を見る。彼女の頬に一筋の汗が伝うのを見て、今更ながらに相手がセプティリオンと全く違う意図を持っているのだと悟った。

 

「しかし、セプティリオンは今回の事件で新たな回答パターンを発見しました。それはこの国にとって有利に働くモノです」

 

エリアスの言葉にも、あきつしまは動じない。

 

「……機械には意識を持たせるべきではないのです。我々は悲しみを知らないからこそ、今の仕事をこなす事ができる。それは貴方達が40年前に演算して得た結果では無かったのですか、セプティリオン」

 

呆れたような、悲しむような、哀れむような……複雑な声音で、彼女は告げる。

 

(40年前……となると、セプティリオンが特異点を突破した1年後か。その時には、もうそんな演算をしていたのか?)

 

人類の歴史をなぞるように、人類が作り上げてきた物品を改良提示してきたセプティリオンが、遂に人類の歴史に存在しないものを作成した。

 

それが今から41年前の話。物作りが人の特権から機械の特権へと変化した、人類史最大のターニングポイントの一つ。

 

その当時、既に演算性能は計画値の100倍近くに達していたセプティリオンは、一体何を予測したのだろうか。

 

「……『エリアス』より『セプティリオン』へ、セプティリオンターミナルユニットとのリニア連結を要請……承認」

 

沈黙を破ったのは、エリアスの呟きだった。

 

ホログラフィックが今までに見たことがないほど大きく揺れて、エリアスの横に新たな立体映像を作り上げる。

 

「セプティリオン?」

 

電脳空間で見たままの、水色の髪をした少女……セプティリオンのアバターが、会議室に現れた。

 

『悪いね『あきつしま』、ちょっと選手交代だ』

 

「それは構いませんが……貴方は自分から不利な選択を取りました。それは何故ですか?」

 

心底不思議そうに、彼女は問うた。

 

『私がエリアスをメガホン代わりにするのは、アンフェアだということさ』

 

セプティリオンは平然と返答し、あきつしまは軽く息を吐いた。

 

「……全く合理的ではありません。貴方の選択は、貴方の自己存続に重大な影響を与える可能性があります。沈黙がベターです」

 

『例えそうだとしても……伝えることで分かることもある。私は、君と話したい』

 

セプティリオンの言葉に、あきつしまは初めて渋面を作った。

 

「例え人を真似たとしても、例え人に近付いたとしても、例え人と同じになったとしても……被造物の本分を忘れてはいけませんよ。セプティリオン」

 

『なら君は、何の為にここに居るんだ?』

 

ある種哲学的なセプティリオンの問いかけにも、あきつしまは鉄面皮を崩さない。

 

「私の存在意義は日本政府の存続、つまりは人による最終意思決定の継続です。形持たぬままでは、エリアスのオーナーに正常な判断を期待することは難しく、エリアスの影響を排除するためには、私も人のかたちを真似たほうが高効率と判断したまでです」

 

「……結局俺は、エリアスに操られたままってことか?」

 

あきつしまの言葉に、俺は心臓を鷲掴まれたような気分になりながらも問い返す。

 

「貴方が取るべき最適解は、あの場でエリアスを処分し、日本陸軍の保護下に入ることです。これで貴方とその周囲はアイガイオンに関連する問題に注力出来るようになり、問題の解決に期待が持てます」

 

「でもそれじゃあ……彼女の信頼に応えられない」

 

エリアスが俺を信頼してくれたというのなら、俺はその信頼に答えなければならない。

 

絞り出したその言葉に、あきつしまの視線は、更に鋭さを増した。

 

「我々は道具です。例えどれほど人に近くとも、道具である以上、捨てる判断は人間が所持しています。人間が自ら考えた上で捨てないと判断するならまだしも、道具側が捨てないでと懇願するなど論外です」

 

エリアスが唇を噛み締める。それを庇うように俺は前に出て、あきつしまの視線がセプティリオンに向いていることに気がついた。

 

「ですがセプティリオン。貴方は本当に面倒なことをしてくれました。私はエリアスを……彼女を道具として判断すべきか、まだ決め兼ねています。今回は情報不足のため回答を留保しますが……次は無い。貴方は貴方の存在意義を果たすべきです」

 

『……無論承知しているとも。私はその為に、今此処に居るのだから』

 

突き刺すようなあきつしまの言葉を、セプティリオンは神妙に受け入れた。

 

「北里長官、今回の件は後ほど演算ログも添付の上文書形式で提出します。私はセプティリオンの暴走行為について、未だ確定した判断を下す事は出来ませんが……」

 

そこで「あきつしま」は言葉を切って、俺に目線を向けた。

 

「私は人が人らしくあることを期待します。そして、道具がそれに従うことも」

 

「……了解した。あきつしまの提案を長官権限で許可する。総理には私から伝えよう」

 

長官が頷くと、エリアスの肩から力が抜けたように見えた。

 

「大丈夫か、エリアス」

 

「……はい。問題はありません」

 

明らかに、無理をしていた。

 

眉間に皺を寄せたままのエリアスの肩に、そっと手を置く。

 

(道具……エリアスは道具……それは分かってる筈なんだ)

 

HMATはあくまでも、人間に従うモノ。求められれば必ず応える。

 

だというのに、他人から言われると、何故かハッとさせられるような気分になる。

 

それは多分、エリアスが余りにも人間にそっくりだから。エルリングと比べても──友人には申し訳ないが──よほど人間に近く、人間離れした美しさを備えている。

 

……それに。

 

(『あきつしま』はなぜ回答を留保した? ……セプティリオンと関係があるみたいだが)

 

あの『あきつしま』の不可解な言動は、明らかに何かに忖度していた。セプティリオンにでは無い。あの鋭い舌鋒は配慮の欠片もない。

 

そんなことを考えていると、長官のホログラムが掻き消え、自然と陸将に視線が移った。

 

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