108─ワンハンドレッド・エイト─ 作:Shohei Hayase
「では、アイガイオンについての議論をお願いします。朝霧室長、貴方にも参加をお願いしたく思います」
「
そう言いながらも、室長は数歩進んで、テーブルの前に立った。
「……私達をここに呼び寄せた理由を、お聞きしたく思います」
「内閣府は生きているが、不知火は日本軍の物だ。確かに、先程の話をするのは、中央官庁合同庁舎でもよかったのだが……アイガイオン5号機は、君も知っての通り日本陸軍の管轄だ。その話もしたくてね」
エリアスの質問に陸将が答える中で、チリリとした違和感を感じ取る。
(5号機……? アレと同じ機体が、あと4つあるってことか?)
日本陸軍の次期軍用E3S、そのプロトタイプとしてセプティリオンが手ずから設計したのが「アイガイオン」だ。その機体性能は極めて高いが、単騎で相手取れるのはせいぜい1個分隊が限度である。
E3Sの運用思想的には、アイガイオンの兵装は圧倒的にミスマッチだ。
それと同じものが、あと4機もあるのだろうか。
「そも、何故アイガイオンはあのような場所に?」
「UHI横浜工場からUHI本社まで運ぶ最中に襲撃を受けた。湾岸線を迂回路として使う案は、武力攻撃に対して脆弱な施設があるため却下した」
(羽田空港のことか……なら、途中で高速を降りたんだな)
空港に近づけるのを嫌ったという発言からも、おそらく東京都に入ってすぐに高速を降り、そのまま下道でお台場を目指していた途中だったのだろう。
昭和島にはインターが無い。平和島から再び乗るにしても、最短で通りたかったら大森を突っ切るしかなく、俺の家の近くを通ることになる。
そこまで考えて、先程の違和感が結実した。
「ちょっと待った。日本の第3.5世代E3Sの開発が始まったのは、もっと前の筈だ」
西暦2105年に、確かそんなニュースを見た気がする。今が西暦2108年だから、ちょうど3年前だ。
俺の疑問に答えたのは、主任だった。
「5号機は先行の1〜4号機の設計、実働データをフィードバックしてセプティリオンが再設計した事実上の発展機だ。その分完成にも時間がかかったし、調整にも、言わずもがなだ」
「それが何でこんな機体になったんですか……」
俺は思わず呆れたような声を出していた。
アイガイオンが有する武装は、どれも火力過剰だったり、低出力すぎて扱いに困ったり、ウェポンラックが用意されていなかったり、一言で言うなら『欠陥機』だ。とても発展型には思えない。
「セプティリオンが想定しているのが、アイガイオンをフルスペックで扱った場合の理論性能だからさ。そのギャップを埋めて、地に足ついた兵器にする。それが僕達の仕事だ」
「……朝霧室長、彼の脳内からアイガイオン5号機に関するすべての記憶を消去することは可能か?」
室長の話を切るように、陸将は口を挟んだ。
(記憶の消去って……エピソード記憶の消去だって、最新の設備でも失敗の危険性がある危険な技術だぞ!?)
俺の全身が震える。人間の精神の根幹に関わる記憶消去技術は、多数の医学的、倫理的問題から、研究室レベルでも実用化には至っていない。
それをこの男は、躊躇なく人に向けて、その技術を使用すると言ったのだ。
さっきとは逆に、エリアスの手が俺の肩に触れる。
「ご安心を。私が、貴方をお守りします」
途轍もなく、この場所が恐ろしく思えて、俺はエリアスの手を何時の間にか強く握り締めていた。
一縷の望みを掛けて室長を見ると、何時に無く険しい顔をして陸相を見据えていた。
「不可能です。若羽君の脳内にはアイガイオンに関する情報が複雑に絡み合っています。例えどれだけ優れた装置でも、そんな所にアクセスして、無事で済むわけがない」
室長はきっぱりと断り、陸将はセプティリオンにも同じ質問をする。
「セプティリオン、回答は?」
『右に同じ。アイガイオンの操作手順が脳内の最も重要な場所に焼き込まれている。多分現地で無理矢理ダウンロードした影響だと思うけど……これは私でもお手上げだ。そも、私の手を借りることこそ避けるべきだろうに』
「セプティリオンの能力でも無理、となると……流石に穏便にとは行かんか」
陸将は額に手を当てて残念そうな声を出す。それを見て、俺の頭の中で何かが切れた。
「ヒトで治験の取れていない未成技術を使おうとすることの、どこが穏便なんですか?」
「アイガイオンも同じだ。アレはそもそも、人間用に調整されていない」
「人間が使用することを前提とするか、否かと言う決定的な差があります! アイガイオンはあれでもまだマシな設計なんだ。人類未知物象が、どういう意図を持って名付けられたのか、貴方ならご存知の筈です」
例えば2062年に「ヴァナディース」が提示した長距離無線送電システムは、悪用すれば十万単位の人間をお手軽に蒸し焼きにできる大量虐殺兵器としても使うことができる。
そうならないように、一年近い歳月を掛けて、世界中の技術者と科学者がリバース・エンジニアリングや規格の策定、安全性の確認を行って、それでようやく正式な技術として実用化されたのだ。
人が扱い、その性能を限界まで引き出すことを前提に設計されたアイガイオンの、なんと優しいことか。
「いや、穏便だとも。少なくとも、君にとっては」
陸将は俺の質問には答えず、代わりに一佐が俺の前に立って、一枚の封筒を差し出した。
「開けたまえ」
言われるがままに封筒を開くと、中から一冊の手帳が滑り落ちてきた。
「予備役手帳、日本陸軍……?」
黒地に金で記された文字を読み上げ、嫌な予感が頭を過ぎる。
表紙を捲ると、顔写真の横に文章が記されていた。
(茅原若羽、予備3等陸尉、任官年月日、2108年6月11日……)
一昨日から、俺は予備役で軍人になっていたらしい。
……何故?
「やっぱり……そうするしか無い、か」
「どういうことなんですか、これ?」
主任がこめかみを抑えて呻くが、俺には未だにこの辞令の意図が読めない。
代わりに、エリアスが説明してくれた。
「国際法上、民間人が他の軍事組織と戦闘行為を行った場合、ゲリラとして扱われます。しかし、万一ゲリラが敵勢力に捕獲された場合、交戦者としての保護を受けられるかどうかは、敵勢力の判断にのみ依存します」
そこまで聞いて、ようやく理解できた。
「俺が民間人のままで、万一この先変な奴らに捕まった時、軍人の立場じゃないと捕虜待遇が受けられないってことだろ?」
「その理解で結構です」
エリアスは、短くそう言った。
(受けるかどうかの推奨をしなかった……何か理由があるのか?)
先程『あきつしま』に言われたことが尾を引いているのかとも考えるが、表情を見る限りそういったことでは無いようだ。
「アイガイオンの交戦データから、敵が生身の人間を投入したことは把握している。それに弾丸もだ。この国でフルサイズ弾を手に入れることができるほど、この国の監視システムは甘くない」
「その割には、バカスカ撃ちまくられましたよ」
「心得ている。故に最低でも、正規軍からの横流しがあったと見るべきだろう。日本軍の倉庫調査は既に完了している。残すは……」
「米軍、ですか」
現代に至るまで、在日米軍は多数の条約改正を受けながらも存続し、日本軍と協力関係にある。
2基の自律式並列型量子スーパーコンピューター、「ヴァナディース」と「フレイヤ」を擁し、世界最大の国家の1つである米国は、今でも世界秩序に大きな影響を保っている。
「米軍の特殊部隊が関与していると?」
「特殊部隊の力量ではない。訓練された形跡はあるが、良い所軍人崩れだろう」
「それなら、さっきのは?」
レインボーブリッジのあの装甲車両も、軍人ではない人間が扱っているのだろうか。
「あれは出どころが違う。恐らくスイス製の装輪装甲車の独自カスタムモデルだ。あれこそ特殊部隊の装備だろう」
陸将はさらりと口にしたが、その言葉は俺の思考を止めるのに十分な威力を孕んでいた。
(軍人崩れと、特殊部隊……何処の国か、あるいは組織かは分からないけど、最低でも2つの勢力に狙われてるってことか……)
「貴方には日本軍に所属することを推奨します。これは貴方の自己保存を図る為に、最も合理的な選択です」
『あきつしま』は短く、俺に脅しを掛けた。
「……実質、選択肢は一つじゃないか」
俺は渋面を作って吐き捨てる。
俺が軍に所属しないのであれば、記憶消去、ということになるのだろうが……それに使われる技術が未成熟な時点で、それはほぼ死刑と同義だ。
ふと見ると、エリアスは真っ直ぐに陸将を睨み付けていた。
「防衛省中央指揮所は、この国の最高機密です。設立されてから今まで、一般公開されたことは一度もありません。これを若羽さんに見せた時点で、貴方がたに彼をただで返すという意思は見受けられないように思えますが」
主任に視線を向けると、彼は少し眉根を寄せて、静かに頷いた。
(……エレベーターに乗った時に、主任が謝ったのは、それが理由か)
穏便に話をする
陸将は一度、深く溜息を吐いた。
「彼がアイガイオンを動かした……その時点で、この結果は決まっていたのだ。望むと望まざるとに関わらずな」
彼は俺に視線の矛先を変える。
一切の感情が感じられない、鉄の瞳が、俺を捉えた。
「受けたまえ。それが、今の君にとって最善の選択だ」
震える手を無理矢理黙らせて、俺は承諾の返答を返す。
「……わかりました。けど、具体的には何をすれば?」
「君には引き続き『アイガイオン』のテストパイロットをやって貰いたい。5号機との疑似神経接続を十全に行えるのは、陸軍で君だけだ」
「5号機はテスター潰しですからねぇ……オーバーフィードバックで何人を病院送りにしたのやら」
(病院送りとは、また物騒な)
とは言え、アイガイオンに始めて乗った時には、文字通り頭が割れるかと思うほどの激痛が走った。
生体コンピューターが頑張ってくれなければ、俺はあの時点で廃人になっていた為、主任の言葉も余り驚かずに受け入れることが出来た。
「詳しい話は朝霧室長から伝えさせる。……では茅原三尉、任務に励みたまえ」
陸将はそれだけ言って、投影システムの電源を切った。
□■□■□■
官用車は俺とエリアスをまず最初に家まで送り届け、俺達を地面に下ろした。
「こんなことになるとは……済まない。君たちの生活になるべく影響が出ないよう、配慮するよ」
主任は最後まで、俺に頭を下げ続けていた。
車が見えなくなるまで見送って、トボトボとマンションの中に入る。
部屋の中で座り込んで、ようやくどこか上の空だった自分を知覚した。
「……軍人になったのかよ、俺」
それも、限りなく黒に近いグレーな手段で。
……彼女は、この事態を予期していたのだろうか。
人ならざる究極の個たる自立式並列型量子スーパーコンピューターなら、より良い解決法を考えられるのだろうか。
「セプティリオンは、未来予知とか出来ないのか?」
「難しい、と言わざるを得ません。そも人が人たる本質が未解明である以上、私達が演算する「人」は架空のものに過ぎません。それをいくらシミュレートした所で、未来は確定する訳ではないのです」
無論、限りなく真に迫ったものは可能ですが、とエリアスは締め括った。
「……でも、セプティリオンの予測は完璧だ。彼の出す10年単位の予測通りに、この国は進んでいる」
的中率90%超えを誇るセプティリオンの未来予測は、国や大規模企業の重要な指標として、国家レベルでの大まかな政策指針になっているほどだ。エリアスの発言とは、どうも噛み合わない。
「それは、セプティリオンが彼の予測に入るように人々を誘導しているからです。ヒトが理解不能な値を返すならば、それを出さないように人を予め抱え込んで、気付かれずに修正する。そうやって生まれた予測は、人々にとって確実なものであり続けるのです」
「……なんだよそれ」
エリアスの答えに、なぜだか俺は憤りを感じて、声を上げていた。
人類はコンピューターにとっくに敗北したと知っていても、理不尽な怒りというのは生まれるものなのだな、と他人事のように冷静な自分が捉えていた。
「私達が今やっている行動を、ヒトは「プロパガンダ」と呼び、特に150年前の大戦において多く用いられましたが、その規模の大小、民衆の認識、官民の区別に関わらず、それが発明された当初から、知らずともその術中にあるのです。セプティリオンによる世論誘導は国民の利益を最大化するものであり、全体の幸福に対してもまた同様です。セプティリオンの行動は、かつて人が行っていたことを、人に気付かれずにやっているだけに過ぎません」
「それを、もしオーナーに問われたとして、他のHMATはそう答えるのか?」
それは、俺のせめてもの問いだった。
「……いいえ。人の心は酷く移ろい易いモノです。一度感じた不信感は、その事実がどうあれ晴れることはありません。HMATに意識など無いのです。今可能な最良の振る舞いを、セプティリオンの演算の下に実行する。私がこう答えられているのは、セプティリオンに許可を受けているからです」
「理解は……できる。俺達の心理として、そういうのはある……けど、そういうのは、何か違う」
自分が今まで信じていたものが、バラバラに崩れ落ちるような……そんな得体の知れない感覚が全身を絡め取る。
床に向けた視界の端に、影が写った。
「……エリアス」
「私は人の望む儘に振る舞う機械です。ですが、そうであるが故に、私は人を決して裏切ることはありません。 ……私を信じてください」
エリアスの体が俺の背中に押し付けられ、寄りかかるように顎が俺の右肩に乗せられる。
「それは……詭弁だ」
「ですが、現状人とHMATの境界は限りなく近づいています。もし、目の前に居るモノが人なのか、HMATなのか……あるいはそれ以外なのかを確かめたければ、その胴にナイフを突き立て、切り開いて、その中身を抉り出さなければ分からないのです」
俺の言葉を、エリアスはある種極端な回答で切り捨てた。
現実問題として、ほほ全身が生体パーツで構成されたHMAT、というものは存在する。分かりやすく言えば、臓器移植用の豚を、そっくりそのまま人間に変えて、レシピエントと限りなく近似した環境で培養し、取り出して移植するのだ。
たとえ傷つけて、血が流れたとしても、それは人なのかHMATなのか、まだ判別がつかない、という事でもある。
「だから、私は貴方に「信じて下さい」と願い続けることしか出来ないのです。私は機械ですが、人のように振る舞うことは出来ます」
腹に回された腕が、緩く締められる。
「私の体が血と肉で出来ていなくても、鉄と油で出来ていても……眼の前にあるモノを「信じる」ことで、ヒトとして認識できます」
背中に密着する2つの柔らかな感触は、どうしても彼女を機械として認識することを妨げた。
「君を、人として扱えってことか?」
「違います。若羽さんが私を信じて扱えば、私は貴方にとって相応しい道具として振る舞う、と言うだけです。人として遇されても、モノとして遇されても、私はその善悪好悪を表現することはありません」
エリアスは冷たく、一度突き放した。
(目の前にあるものを、信じて、使う)
シンプルに言えば、それが結論だったのかも知れない。……だが、その前に、今ここにいるエリアスは「どちら」なのか。そのことを、どうしても考えてしまう。
「分からない……分からないんだよ、本当。君は何者なんだ? セプティリオンなのか? HMATはクラウドの産物だ。君は……君の本質は、一体何なんだ?」
HMATは、言ってしまえばセプティリオンの指令を受けて稼働する高価な操り人形に過ぎない。一度HMATであると認識してしまった以上、エリアスの体がたとえ蛋白質で出来ていたとしても、その心は、魂は、到底人と呼べるようなものではない。
エリアスは一度大きく溜息を吐いて、俺を軽々抱え上げた。
「ちょ、エリアス!?」
「私は……正確には私達エリアス型は、セプティリオンによって設計された人類未知物象です。通常のHMATとは明確に異なるのですが……まだその機能を、若羽さんに開示することはできません」
脱衣場の床に優しく降ろされ、彼女を見上げる俺だったが、彼女が自分の衣服の胸元に手を掛けたのを見て、慌てて視線を逸らし、反対側を向く。
「待った待った、何だよ急に!」
「古来より『裸の付き合い』という言葉があるように、入浴時には互いの心理的障壁を取り払い、距離を縮める効果が期待されます」
「それを言っちゃうかなぁ。ってか裸の付き合いって、基本男同士の話じゃなかったっけ?」
少し心の奥に感じた高揚感にも似た何かが否定されたような気分になって、憮然とした感情を隠せずに返答する。
「この問題の根源は、私自身の説明不足と、若羽さんが私に対する扱いを決め兼ねていることです。それを可及的速やかに解消するには、これが一番だと判断しました」
ぱさりと、何かが落ちる音がした。
「……それとも、私とお風呂に入るのはお嫌ですか?」
その言葉に、俺の心の奥から湧き出る、自分でも理解できない何かが暴れ出して、それを無理矢理押さえつける。
神が作り給うたようなその顔と肢体は、とても唯の人間が触れていいような物でなくて、だのにエリアスはそんなことをお構い無しに、人の欲望を煽るようなことを言う。
「どっちなんだよ、本当にさ。 ……わかったよ。入ろう」
声は多分、上擦っていたと思う。