108─ワンハンドレッド・エイト─ 作:Shohei Hayase
それからしばらく経って、本来予備役の期間に習うべき技術をわずか1日で詰め込まれ、一端の軍人としての実力をつけてから、俺はUHI本社にお呼ばれすることになった。
「すみません、お待たせしました」
マンションの入り口に止まった官用車にそそくさと乗り込み、運転手に一礼する。
「どうぞ、若羽さん」
「……良いのか? エリアスはUHIに行きたく無いのかと思ってたんだけどな」
今回俺はエリアスを連れて行くつもりは無かったが、彼女の勢いに押し負けて同行を許可することになった。
しかし、彼女は政府や「あきつしま」に自らの能力の詳細を明かすことを恐れていたはずで、急な心変わりというのもあって、今一度その真意を聞いておきたかった。
「それは、確かにそうですが……若羽さんには、私の所有者としてその能力を知って頂かなくてはなりません。それは彼らに対しても同様です」
僅かな逡巡の後に伝えられたその言葉は、先日の出来事を経て、彼女の中で何かが変わったことを俺に教えてくれた。
「『あきつしま』にも、か?」
「はい。セプティリオンを通じて大体の情報は入手しているでしょうが……それはカタログスペックに過ぎません」
言葉を一度切って、エリアスはニヤリとあくどい笑みを浮かべた。
「寧ろあまりにも非現実的過ぎて、担当者は頭を抱えていることでしょうから」
「……へぇ」
色々な感想を飲み込んで、俺達を載せた車は臨海地域へと向かっていった。
20分少々で車はUHI本社の前に止まり、降りた先では主任が目に隈を作りながら立っていた。
「お久しぶりです、朝霧主任……えぇと、御機嫌いかがですか?」
「……あ、あぁ。久しぶりだね、若羽くん。それにエリアス君も」
あからさまに心ここにあらずと言った風情ではあるが、突っ込んで聞くことも憚られたので、エリアスに思考通信を繋ぐ。
(国側の担当者って、絶対主任だよな?)
『えぇ。朝霧主任はE3Sの開発者ですが、大学の専攻は疑似人体工学……つまり人型機械の専門家でもあります』
疑似人体工学はE3S、HMAT、義肢、義体など、人型を模した機械の動作を研究する学問だ。
クラウドで動作するHMATと、それ以外を一緒くたにするのは、モーションパターンの解析という点において、ヒトを参考にしたHMATはむしろ叩き台として最適だからという理由もある。
(菓子折りの一つでも持っていくべきだったな)
カレンダーに予定を書き加え、歩き出した主任の後を追う。
エレベーターは研究室がある階の手前で止まり、扉が開く。
大量のモニターが置かれている部屋を通り抜けると、だだっ広いコンクリート打ちっ放しの空間が広がっていた。
「ここは?」
「我が社の誇る地下試験場、体積にして約65万㎥をくり抜いた、日本国内の同種の施設の中では最大の物だ」
(いや広っ)
パッと見た感じはゲート部分から15m程度の壁があって、その上に半球状のドームが乗っている。直径は恐らく100m以上ありそうだ。
(あれは……アイガイオン?)
少し離れた所にアイガイオンが置かれ、数人のスタッフが近寄ってタブレット端末を叩いていた。
「主任、おはよう御座います」
「高橋さんこそ。 ……茅原くん、彼女が高橋さん。アイガイオンのモーションコーディネーターとして、第4室に出向して貰っている」
年若い女性は、顔を上げて俺の方を見る。
「茅原若羽です。宜しくお願いします」
「
握手を交わす。彼女が名乗った所属は、俺の興味を引くものだった。
(陸上装備研究所は、防衛装備庁の下部組織……ならこの人は、軍人ってことか?)
『違います。技官である彼女は交戦権を有する戦闘員の範疇には入りません』
エリアスはそう告げた。言外に俺は別だと言われたような気がして、被害妄想が過ぎると内心で自身を叱咤する。
「取り敢えず、アイガイオンとの接続を。 これまでの戦闘データから、ある程度設定をフィードバックしておいた。最終調整を行いたい」
「わかりました」
一回、試してみたかったことがある。先日アイガイオンが俺に向けた意思のような物は、果たして俺の空想に過ぎないのか。
「……起きてくれ」
生体コンピューターのデータストリーム接続ラインを開放。アイガイオンにコンタクトを取る。
──果たして。
"STREAM OK, POST CHK CLEAR, SUPPLY ALL GREEN, AEGAEON INITIALIZE FINISHED"
脳裏に響く、個性の潰された機械音声。同時に、アイガイオンのカメラアイが蒼く光る。
「重水バルブの圧力上昇……まさか!」
俺はアイガイオンに向けて右足を向け、片足立ちの状態になる。
装甲を展開したアイガイオンは俺を支えながら右足を包み込み、それを起点にして四肢に装甲が絡み付く。
(脊椎接続、問題なし。思考交感率90%、疑似戦術級コンピューター正常起動、演算バックアップオンライン……アイガイオン、全システム起動)
軽く腕を数度振って、今まで通りにアイガイオンとの接続が出来ているかどうかを確認する。
「これではもはや自律起動と変わらない……高橋さん、何か分かりましたか?」
「……駄目ね。ストリーム内容を解析するにはタブレット端末じゃ足りないわ。けど、思考交感率には制限を掛けておくわ」
高橋さんは主任と何やら話した後にタブレット端末を操作し、アイガイオンと俺の距離が遠くなる。
「75%、リミットはここね。迂闊に交感率を上げ過ぎると、持って行かれるわよ」
「……分かりました」
不承不承ながら頷くと、主任は声を張り上げた。
「模擬戦闘用意、研究員は退避!」
(無手で?)
『AR形式での模擬戦です。被弾も跳弾も考える必要がなく、プログラム上の目標を破壊するだけですから、あまり構えずとも大丈夫ですよ』
急な言葉に驚くが、通信チャンネルに飛び込んできたエリアスの解説で冷静さを取り戻す。
「それでは、私も移動しますね」
「あぁ」
扉が締め切られ、ドームの中には俺一人になる。
『平地戦プログラム、9番用意。武装はケルベロスを選択、携行弾数は150発』
立ち所に眼の前に銃を構えたマネキン人形が生成され、何時の間にか、アイガイオンの右手には巨大なライフルが握られていた。
『制御レベルはフルコントロールを想定、地形の盛り上がりは20にセットします』
(実際に地面を動かしてるんじゃ無くて、データの上ではってことか……けど、不思議だな)
地面が乱雑に変化し、色が付く。生えた草は足首まで伸びて、瞬く間に草原へと変化した。
「アイガイオン、戦闘出力に移行」
一度深呼吸をして、FCSを起こす。
アイガイオンに搭載された
その戦闘出力が体の隅々まで行き渡り、アイガイオンと俺を一つにした。
(……レーザー照射、来る)
敵がトリガーを引く直前、ケルベロスを構えてアシスト通りに狙いを定める。
直ちに1機を沈黙させ、ブースターを起動してアンカーを射出。戦術級コンピューターが提供する弾道予測コースに入らないようにしながらも、ケルベロスの照準を保ち続ける。
「……そこっ」
2機目、3機目を続けて撃破し、空中でスピンしながらアンカーを回収し、再度ブースターに点火。
コンパクトな宙返りで敵機の上を飛び越し、4機目を撃破、5機目に向けて4機目を壁代わりに突貫し、諸共にビームブレードで串刺しにする。
右腕を後ろに向けて射撃し6機目を破壊、右ブースターを噴射し180度回頭しながらアンカーを再度打ち出し、7機目の脳天を貫く。
ケルベロスがホールドオープンしたので、腰部アンカーユニットに接続された予備マガジンを掴んで叩き込み、レバーを引いた。
(あと2体……!)
ブースターを駆使した起動で8体目の横に回り込み、スラスターの加速も加えたシャイニングウィザードを叩きつける。
着地すると同時に9体目に照準、発砲。
『ふむ……お疲れ様。では続けて、機動力の試験をさせて貰えるかな』
ホロディスプレイに「戦闘終了」の文字が表示されたが……試験はまだ終わりではないらしい。
主任の提示した試験内容をこなしている内に、いつの間にか数時間が過ぎていた。
『今日の試験はこれで終了だね。少し話をしたいから、一旦こっちに来てくれるかい?』
「分かりました」
アイガイオンを元の位置に戻し、装甲を開放する。
簡単に身だしなみを整えてモニタールームに入室すると、主任は満面の笑みで出迎えてくれた。
「改めて、お礼を言わせてくれ。君が試験に協力してくれたお陰で、アイガイオンの設計改良に向けて
「いえ、そんな……」
互いに頭を下げあっていると、主任の後ろから高橋さんが近付いて来て、彼にタブレット端末を渡した。
「モーション解析はそろそろ完了するわ。あと一つ、気になる点が」
「……それは?」
「交感率は上限張り付き、アイガイオンの発揮性能はほぼ80%……問題はこれよ」
(Neurotransmitter……神経伝達物質?)
主任が俺に画面を見せると、中央に一本の線が引かれた折れ線グラフが表示されていた。
「エンドルフィンとドーパミンの放出量が基準値を大幅に超えてるわ。 ……何か心当たりは?」
「えぇ……?」
高橋さんに詰問されるが、知らないものは知らないので気の抜けた返事を返してしまう。
「特異体質……ではなく?」
「中毒濃度一歩手前の量が体質で済まされる訳無いでしょ……それに良く見て」
高橋さんがタブレットを操作すると、グラフの最大値が強調され、横軸と直角の線で繋がれる。
「分泌量が最大になっているのは、戦闘試験じゃないわ。高速機動試験よ。アイガイオンの発揮性能も、同時刻に最大値を記録したわ」
「つまり……恐怖心によって脳内麻薬が過剰に生成される、と?」
「わからないわ……この装置をつけて、10分くらい走って貰える? 貴方のペースでいいけど、なるべく早くね」
主任の仮説を断定することはせず、高橋さんは追実験の要請をした。自分としても気味が悪く思えて、一も二もなく承諾する。
マラソンほどの速度で10分間を走り切ると、やはりどこか困惑した様子で二人は顔を突き合わせていた。
「脳波、筋電位も異常なし、ですか」
「伝達物質も基準値内、走る速度も良好。限界まで肉体性能を発揮している……普通の人間ね」
「いや、普通じゃない人間の括りに俺が入るんですか?」
あんまりな言葉に思わず聞いてしまうが、高橋さんは俺を咎めること無く、持っていたペンを数度揺らした。
「アイガイオンのデータストリームに耐えられる人間ってだけで珍しいもの。それでいて性能もしっかり出している。 ……良い? アイガイオンは怪物なの。人が触れるのも烏滸がましい悪魔との契約。御そうなんて思わないことね」
彼女はそう言って、くるりと背を向けた。
「高橋さん?」
「部屋に戻るわ。データは明日までに上げとく」
タブレットをひらひらと動かしながら去っていく彼女を、呆気にとられたかのように目で追っていた主任は、数度首を振ってからこちらに視線を戻す。
「悪い人では無いんだけど……」
「……まあ、色々あるんじゃないんですか?」
「そう言ってくれると嬉しいよ。 兎も角、今日の試験はこれで終了だ。エリアス君のところに行こう」
モニタールームの隣には手術室のような部屋があり、そのベッドの上にエリアスは横たわっていた。
「篠田さん、エリアス君はどうです……」
主任が言葉を失い、モニターに視線が固定される。
デスクに座っている篠田さん達は、誰もが一言も喋ろうとしない。
(何が、起きているんだ?)
モニターには海上が映し出され、晴れた空に光る幾つもの爆炎に、まるで花火のようだと場違いな感想を抱く。
「10、200、3000……何てことだ。セプティリオン……君は一体、何がしたかったんだ!?」
主任が飛びつくようにコンソールを操作し、画像が急速にズームされ、一人の姿を捉えた。
「エリアス……」
知っていた、知識としては。
……だがそれだけでは甘かった。全く以て足りていない。
巨大なウイングユニットを背負い、砲門を全て露出させた彼女は、傷らしい傷もなく、汗一つかかずに、涼しい顔で海の上に立っていた。