108─ワンハンドレッド・エイト─ 作:Shohei Hayase
百隻近い軍艦のVLSから、夥しい数のミサイルが撃ち上がり、噴煙の軌跡を描いて一直線に飛翔する。
一個艦隊程度なら消し飛ばして余りある火力投射に対して、エリアスはただ砲口から8条の光を撃ち放つと、光は複雑に曲がり、一定距離内に侵入したミサイルを全て叩き落とした。
「主任、いつからそこに!?」
「それはいい。現状分かっていることを伝えてくれ。残さずだ」
篠田さんが驚いたように主任を見るが、彼はあくまでも冷静に情報を求めた。
「エリアス……彼女と呼ぶべきか。彼女のスペックノートはセプティリオンから提出された物と完全に一致しています。 ……一致して欲しくない物まで、完全に」
「……そうか。ではやはり?」
「はい。彼女には『ブラウン・ドライブ』が搭載されています」
「ブラウン・ドライブって……『ヴァナディース』の?」
西暦2100年に『ヴァナディース』が提示した、系外惑星航行用の亜光速推進機関。
次元位相遷移放射機関をベースにして開発された、未だ人類には手の届かない技術……本物のオーパーツの1つでもある。
だがブラウン・ドライブは本来宇宙船に搭載することを想定された機械で、エリアスの細い体に詰め込めるようなサイズではない。
そのような前提があったので、俺は篠田さんの言葉にも困惑しきりだった。
「無論発電機関としては下の下だ。ジョン・ハウランドの足元にも及ばない……けど、エネルギー密度では彼女に搭載されている物の方が圧倒的に上だ」
「ジョン・ハウランドは出力の割にデカいですもんねぇ。島ですよ島。 ……主任、解析結果出ました。インフラトン兵装ですね、これ」
「佐島くん?」
主任の解説に口を挟むように、一人の白衣をまとった男が進み出てきた。
白衣をだらしなく着崩し、乱雑に撫で付けられた金髪はとても研究者には見えないが、眼鏡の奥に見える鳶色の瞳は、鋭い光を放っていた。
「彼女が東京で暴れなくて良かった。核兵器でも止められるかどうか怪しいですよ。 ……俺は
「……茅原若羽です」
「あー、まぁこのナリじゃあビビられるよねぇ」
気圧されながらも挨拶を返すと、彼は白衣を着直し、ネクタイをきっちりと締めて、簡単に身だしなみを整える。
「TPOを弁えるのであれば、いつもキチンとして欲しい物だけどね」
「そりゃあ無理ですって主任。タダでさえその機会が少ないんだ。脳のリソースは研究に向けるべきでしょう?」
主任のお小言をサラリと流し、彼は手元の機械を数度操作すると、一つのモニターの画面が切り替わる。
「
「そのエネルギーが、インフラトンか」
「射程は約100万km、出力を上げれば更に伸びますし、既存の装甲は紙同然……ホントとんでも無いですよ」
二人揃って呆れたように首を左右に振るが、俺には一つ分からないことがあった。
「インフラトンって……何なんですか?」
自分の知識では該当するものを見つけられなかったので、おずおずと質問すると、主任が答えてくれた。
「インフラトンとは、宇宙のインフレーション期に原初宇宙を急速に膨張させた斥力場そのものだ」
「化学エネルギーや運動エネルギーではなく、斥力で空間を直接抉じ開けて貫徹するから、複合装甲も液体装甲も意味を為さない……宇宙の原理に逆らえる装甲がこの世にあるんだったら、是非お目にかかりたい位ですねぇ」
「仮設上の素粒子ってこと、ですか?」
二人の説明もいまいちピンとくるものが無く、俺はさらに疑問を繋いだ。
「そうなるね。レーザーとは異なり、逆二乗則に従って遠距離では威力は激減するが、それでも有効射程は長い」
「そこはブラウン・ドライブの利点でしょう。わざわざ高次元エネルギーをD3ブレーンに降ろして使うのは、ミンコフスキー時空からの修正力を限界まで減らすためですし」
(……佐島さん、何言ってるのか分かんないです)
無論口にはしないが、所詮俺はただの高校生、専門用語を羅列されても理解力には限界があるし、ネットワーク環境に接続して情報を引き出しても、それを自分の物にするには時間が掛かる。
彼の言葉を話半分に聞き流していると、主任が総括に入った。
「まぁ、兎に角強いビームなんだ。既存のビーム砲の欠点を全て解決する位にね」
そう言い切るのと、コンソールが小さな電子音を立てたのはほぼ同時だった。
主任と佐島さんは揃ってコンソールに飛び付き、画面に目を凝らす。
「1万発のミサイルが、5分も持たないとは……」
「迎撃ルーチンとしては高速なもの、背後に来るもの、攻撃範囲が広いものを優先。これは……若羽くんを守るための優先順位っぽいですね」
「俺ですか?」
唐突に俺の名前が飛び出し、思わず声を上げてしまう。
「そうだね。けどこれは、エリアス君が何かを想定している、と言うことだろうか。あまり考えたくは無いが……」
「しかし、エリアス型の懐となると……比喩抜きで、この世で最も安全な場所ですからねぇ。防御戦術として見てもこの上ない」
佐島さんはキーボードを操作すると、大画面にエリアスの三面図を呼び出した。
「本当、HMATの躯体にこれだけの物を詰め込むとは……こりゃ人類が負けるわけだ」
「まだ負けてはいないさ。希望はある」
ヒトが未だ届かない、至高の設計図を見上げながら呟く彼に対して、主任は瞑目しながら静かに告げた。
「とはいえ、エリアス君単騎であっても戦略的価値が高過ぎますよ?」
「日本の陸海空総軍で、相手になるかどうか、だろうね」
「……えぇ?」
その後に二人が苦々しく交わした言葉は、あまりにもスケールが大き過ぎて、荒唐無稽としか思えないようなものだったが、主任は至極真面目に言葉を続ける。
「ブラウン・ドライブから生み出される次元障壁は、あらゆる物体の貫通を阻む。実体があろうが、ビームだろうが……光すらもだ」
「それを下支えするのは、M理論に規定される11次元から流れ込む高次元エネルギー……三次元物体が保有するエネルギーとじゃ、文字通り
「……じゃあ、砲弾もミサイルもビームも、全部効かないって事ですか?」
「無論全てじゃないけどね。例えばアイガイオンに搭載されているビームパルスジェネレーター……あれなら次元障壁の一枚を、貫通は成らずとも傷一つは付けられる筈だ」
「……あれで、ですか」
アイガイオンの特装砲……余りにも強すぎて使う気すら起きなかった武装で傷一つとは、あまり考えたくは無かった。
少し時間が経つと、再び短い電子音が鳴り、篠田さんが声を上げた。
「第84波壊滅……2万発を3分です」
「ペース上がってません?」
「セプティリオンとの接続で、若羽君の居場所を感知したのか?」
思わず、ガラス窓の向こうにいるエリアスを見る。
……直後、エリアスの目が開かれてこちらを向き、思わず変な声が漏れた。
「朝霧主任、試験はこれで問題無いでしょうか」
「あ……あぁ。大丈夫だ。お疲れ様、エリアス君」
「自力でテスト環境を……ブートストラップ問題もクソも無いのか」
「全プログラム、切り離されて行きます。『不知火』との接続消失、『セプティリオン』が協調制御に入ります」
三者三様の驚きを見せる中で、エリアスはゆっくりとベッドから降りて、地面に足を付ける。
「お疲れ様です、若羽さん」
「エリアスも、……お疲れ?」
先程までモニターに映っていた表情は辛そうに見えず、この表現が妥当かは微妙だったので、ついつい疑問形になってしまう。
「はい。それで、若羽さんの方も……終わったようですね」
「あぁ。アイガイオンを久しぶりに使ったけど、カンが鈍ってなくて良かったよ」
初めての起動は必要に駆られて無理矢理動かしたようなもので、E3Sに関する知識や正しい操作法を活用して望むのは今回が初めてだった。
結果としては杞憂に終わったが、慢心が無かったと言えば嘘になる。
「アイガイオンは期待通りの性能を発揮してくれた。君のおかげだよ」
「ありがとうございます、主任」
お礼を言う主任を他所に、佐島さんはひたすらエリアスの方を見詰めていた。
「ほー……やっぱ主機がイカれた性能してるなぁ……FCSも段違いだ。ここまで小型化するのに幾ら掛けなきゃなのやら。VL、IR、UVと光学系も一通りかな? 兵装がコレだけなのはやっぱり3機運用が前提っぽいね。とすれば……おっと、感情系は敏感と見た。独自プロトコルかな?」
僅かに顔を顰めたエリアスから、佐島さんは飛び退くように距離を取る。
「佐島くん、君ねぇ……」
「いやぁすみません主任、つい知識欲が出ちゃいました」
言葉と裏腹に鋭い視線を見せる主任を見てから、佐島さんはエリアスに頭を下げてそそくさと退散した。
「……全く、どうしてこう、ウチはマナーのなってない人間が多いのやら」
主任が嘆息しながら呟く。どう返せばいいのか困っていると、意外なところから言葉が飛んできた。
「無理もありませんよ主任、貴方くらいの才能があれば、あるいは違うのかも知れませんけどね」
「……篠田さん」
モニターの方を向いて、手を動かし続けながら、彼は主任と目を合わせようとしない。
「俺は新卒からずっとここで働いてますが、
篠田さんは深く溜息を吐いて、こちらに向き直る。
「……それと真正面から向き合える程、俺達は人間が出来ちゃいないんです」
怒るでもなく、悲しむでもなく、彼は淡々と告げると、主任は呆気にとられたように黙り込み、部屋には暫しの沈黙が横たわった。
結局硬直した雰囲気のままに試験場を後にし、UHI本社の地下ゲート前で、見送りに来た主任は俺たちを呼び止める。
「折角来て貰ったのに、済まないね」
「いえ、こちらこそ……お邪魔してしまって」
一頻り頭を下げ終えた後、彼はこちらをしっかりと見据えた。
「……篠田さんはああ言うけど、僕はそうは思わない。人には進歩する力がある。たとえ今は無理だろうと、いつか必ず、彼らを超える日はやって来る」
「それが、主任の信念なんですか?」
「信念じゃない。当たり前のことだよ」
傲慢とも取れる物言いだったが、彼の声音は至って真面目だった。
「地上に降り立った原人は、外敵から身を守るために炎を得た。コミュニティを作り、役割を決め、敵味方を識別するための言葉を得た。自分には無い爪と牙を石で作った。そして時を経て、ヒトは苦役を"モノ"に代替させることを思い付いた……悪い表現かもしれないけどね」
主任はエリアスに一瞬申し訳無さそうな視線を向けて、すぐに俺に向き直る。
「ヒトは環境に適応し、超克し、時には自身を変容させて生き延びることができる。それが人の強さであり、生物の強さだ。人が
あるいは、それが主任の人生哲学なのかもしれないが、俺に感銘を与えるには十分だった。
人は環境に適応する……その言葉を心に深く刻み付ける。
「……だからこそ、主任は私という存在が気に入らないのではないですか?」
唐突に、エリアスが口を挟む。主任は僅かに目を見開くと、緩く口元に弧を描いた。
「そんなつもりは無いが……そうだね。悪い印象を抱いていないと言われたら、嘘になる」
今度はその言葉に俺が驚く番だった。
少なくとも、エリアスと主任の間には互いの関係を悪くするような要素も、遣り取りも無かったはずだ。
「エリアス君。君が冠するのは「サガルマータ」で間違いないね?」
俺の疑問をよそに主任は質問すると、エリアスは静かに頷き、彼はほんの僅かに顔を顰めた。
(サガルマータ……セプティリオンもエリアスをそう呼んでたな)
エリアスと初めて会った時、アイガイオンが表示していた文字列に、それらしい物があった筈だ。
確か……
「
「サガルマータとは、世界で最も海抜高度の高い山……
主任の言葉に、俺は口をだらしなく開けたまま固まってしまう。
世界の頂点……セプティリオンがエリアスに込めた思いは途方もなく大きく、彼の言を借りるなら、人から
「霊長を機械に代替させることはあってはならない。しかし……頂点、深淵、そして最遠。エリアス型3機の冠する名前がこれとは、皮肉にしては良くできている」
男はそう言って、首を左右に振る。少し傾けた顔の向こうで、初めて彼は弱気な表情を見せた。