108─ワンハンドレッド・エイト─ 作:Shohei Hayase
帰り道、折角ここまで来たのだから、買い物の一つもしていこうと言う思惑の元、俺はお台場の超大型ショッピングモールに足を運んでいた。
「……とは言っても、買うのは俺の物じゃなくて、エリアスの服なんだけどな」
色々なすったもんだの末、俺はアイガイオンのテストパイロットを務めることになったが、その処理に忙殺された結果、優先順位を下げざるを得なくなっていたのだ。
「本当に宜しかったのでしょうか?」
「良いって。いつまでも俺のお古を着せてるんじゃ、こっちの居心地が悪くなる」
申し訳無さそうな顔をするエリアスに、問題ないと返す。俺だって、何もウインドウショッピングをする為にここに来た訳ではない。
一人暮らしをするに当たって、俺は両親の仕送りに加えてバイトをしている他、複数の企業に個人情報をビッグデータとして売り付けるバイト……モニター? のようなものもしていた。
それが一月で大体3000円くらいだ。この額を高いと見るか、人ひとりの行動全てを覗き見する代金にしては安いと見るか、それは個人の自由だ。
(それに加えて、今後はアイガイオンのテスターとしての収入が入るわけだが……)
一応俺の身分は軍人であるため、俸給表に照らして年収300万円を一日8時間、月22日間労働で割った額──時給にして1400円少々──を貰える契約になっている。
(バイトよりは多少割の良い位だけど、今の俺の身分は唯のテスターでしかない。高額な手当が出る訳もないし、続けていかなければ収入にはならないな)
今回の試験で5000円程度は稼いだということもあって、多少は懐にも余裕が出来る筈という胸算用で、エリアスに服を買おうと思い立った訳だが……
(服……服かぁ)
さほど服には興味がなく、高価な服を買える程の余裕もなかった為、俺自身の服飾センスには期待出来ない。また、俺はファストファッションを主に着るので、女性用の服の相場にも明るくない。
(予算は1万から2万。3万は超えて欲しくないけど……まぁ成るように成れ、か)
蓄えもあるし、そもそも一着だけ買うという訳にもいくまい。
「取り敢えずファッションフロアに行って、それから考えようか」
「わかりました」
エリアスと連れ立って三階まで登ると、立ち並ぶショップ店の数々に、思わず辺りを見回してしまう。
「若羽さんは、こういった所に来られた経験は無いのですか?」
「バイトで忙しかったのと……中学までは明石にいたし、俺でも知ってる有名ブランドの店を見るのは、初めてでさ」
気恥ずかしさを押し隠しながらもエリアスの質問に答え、目についた女性用ファッションブランドの一つを見てみることにする。
「いらっしゃいませ……お連れの方の服ですか?」
「はい。えっと……店員さんが似合いそうだなって思う服はありませんか?」
少なくとも、俺が選ぶよりは店員に選んでもらった方がミスはないだろうと考え、情けなく思いつつもエリアスを店員に託す。
「そうですね……」
店員はエリアスを数度見つめ、それから服を数着ハンガーラックからピックして戻ってきた。
「こちらになります。ご試着なさいますか?」
「お願いします。 ……いいかな?」
エリアスは頷くと試着室へと向かい、俺は一人取り残された気分になりながらも、店の外になんの気無しに視線を向ける。
(……疎外感が酷い)
女性向けショップである以上仕方無いのだが、全く縁もゆかりも無い場所であるのもまた事実。
ショッピングモールを歩く人から時折厳しい視線を貰いつつも、しばらく時間を潰していると、カーテンの開く音と俺を呼ぶ声が聞こえた。
「……どうですか、若羽さん」
似合っているよ、と言おうとして、思わず全身が固まる。
白地に青いアクセントを施し、要所にフリルをあしらったブラウスと、紺色のスカートは、シンプルながらエリアスの魅力をこの上ないほどに引き上げていた。
魚もかくや、と言わんばかりに口を開け締めする俺を見て、エリアスはくすりと笑う。
「……凄い、綺麗だと思う」
「ありがとうございます」
荒ぶる心臓が吐き出した言葉はやはり震えていて、それでも普段通りに返してくれるエリアスに有り難さを覚えつつも、俺の思考はこの服を買うか否かというところに移っていた。
「実際に着てみて、どうだ?」
「とても良い着心地です。デザインも良好だと考えます」
「そっか。なら買おう」
決断した俺とは対象的に、エリアスは渋い顔をしていた。
「他のお店に良い物があるかも知れませんし、コストパフォーマンスも考えるべきだと思いますよ?」
ちらりと視線をやって値札を確認すると……1着1万円。
(……エリアスが渋る理由がわかった気がする)
確かに高い──少なくとも俺の感覚では──が、払えない金額でも無い。
「別に今すぐ破産する程に素寒貧って訳じゃないし……エリアスにお礼がしたいんだ」
「お礼……ですか?」
彼女は怪訝そうな顔をする。彼女にとってそうでは無かったとしても、俺にはとても大事なことだ。
「そう。エリアスが所有者候補に上げた人達の中から、俺を選んでくれたお礼」
あの日、あの場所で、エリアスが俺と契約し、力を振るってくれなければ……俺は成す術なく死んでいた。
その点において、彼女は俺の命の恩人とも言える。
「褒められるようなことではありません。私は、貴方を利用したのですから」
「それでも嬉しかったんだよ。俺は」
「若羽さんはお人好し過ぎます」
エリアスの窘めるような声に、思わず苦笑してしまう。
「お人好しで大変結構。 ……それとも、他に欲しい物とかあったか? 有るんだったら言ってくれ」
「いえ、特にはありませんが……その、本当に宜しいのでしょうか?」
遠慮がちな視線を受けて、ここで不安にさせる訳にも行かず、俺は至って普通の口調でダメ押しにかかる。
「もちろん。心配しなくったって大丈夫さ」
「………はい。ではお願いしますね、若羽さん。ありがとうございます」
エリアスの了承を受けて、俺は店員に購入の意志を伝える。
決済を終わらせ、どうせならと服に付けられていたタグを外すようにお願いする。
新しい服が入る筈だった袋には、エリアスがそれまで着ていた服を入れさせて貰った。
店員にお礼を言ってから店を出ると、心なしか俺達に向けられる視線の量が増えたような気がする。
無論、俺が自意識過剰であるというわけではなく。
(やっぱ、エリアスだよなぁ……似合ってるからな)
やはり彼女は人目を引く。顔貌の美しさや均整の取れた身体は、とてもこの世のものでは無いように見えて……完全な作り物ではなく、どこかヒトらしい。
セプティリオンが作ったモノに
唐突にエリアスが腕を絡ませ、顔をこちらに寄せてきた。
「……っと、どうした?」
『数人が私のことを撮影しようと、カメラを向けてきました』
返答は思考通信で、ちらりと視線を巡らせてみると、何人かが気まずそうに目を逸らす。
(人目を避けたほうが良かったか?)
『……いえ。私一人の都合で、若羽さんのお手を煩わせる訳には行きませんので』
そう言いつつも、エリアスは顔を隠すのをやめようとしない。
……その理由を不思議に思いながらエリアスを見ていると、一つ気になることがあった。
(HMATの管理コードが、別の物になってる?)
人間とHMATを最も簡単に見分ける方法は、HMATが発する識別信号を傍受して、視界に表示することだ。さしたる労力もなく可能なことであり、違法スレスレの行為でありながら、それを補助するサイバーツールの数は枚挙に暇がない。
そんな物がなくても、自らの所有するHMATであれば管理コードを見ることができるが、エリアスのそれは俺の記憶にあるものとは異なっていた。
『
セプティリオンが内山重工の中にある秘匿ラボで作成したエリアスは、当然ながら正規の手順で作られたHMATではなく、製造機体数にも計上されていない。
エリアスの管理コードは、試作機であることを示すXナンバーは変わらずに、年次が一年新しくなったほか、6桁の固有コードも変更されていた。
『若羽さんとお出かけするためには必要な作業でしたので、セプティリオンにお願いしていました』
(……いつから?)
『2日前になります。その時には高精度予測が可能になっていたので』
エリアスの口ぶりから、どうやら今日エリアスを連れて買い物に行くことは、金曜日の時点で予測されていたらしい。
(……なんというか、遅くなってごめん)
『いえ、若羽さんの都合が第一ですから』
エリアスが慰めてくれたのが、せめてもの救いだった。
「時間も良い頃合いですし、お昼にしませんか?」
エリアスは思考通信を切って、昼食のお誘いをしてくる。時計を見ると12時半と、食べるには丁度いい頃合いだった。
「フードコートは……2階か」
エスカレーターで移動し、メニューをざっと見て目についた冷やしたぬきうどんをチョイスする。遠隔で支払いを済ませ、入り口から離れた端の方の席に座った。
「エリアスは、何か食べるか?」
「……いえ、私はこれで」
そう言って彼女が取り出したのは、コラーゲンの入った皮膚ユニットのメンテナンスパッケージと、保湿用の水。
「そんなので良いのか?」
「まあ、これが食事のようなもの……ですから」
とはいえこれでは余りにも……言い方は悪いとは思うが、殺風景に過ぎる。それを口にすることはないが、エリアスは少し時間をおいてから補足を述べた。
「HMATに食事をさせること自体は、不可能ではありませんが……それと同等のエネルギーを得るなら、電気のほうがよほど安上がりですからね」
確かに、成人男性の基礎代謝3000kcalをすべて電気で賄っても、せいぜい100円程度だろう。食事でとなると、その20倍は掛かる。
「……なんか、ゴメンな」
「いえ、若羽さんが気に病むことではありません。 ……それに、お食事をご一緒できるのはとても嬉しいんです。それがどのような形であっても」
タイミングよく配膳ロボットがトレイを持ってきて、受け取り確認の手続きをする。
二人で食事の挨拶をして、俺はうどんを口に運んだ。
「うん、いい味。暑い日には冷えたものが美味しいからな」
連日最高気温が30度を超え、そろそろ猛暑日になるのも近いと囁かれる6月中旬。空調が効いているとはいえ、熱い物を食べる気にはならなかった。
ものの10分程度で食事を食べ終えて、ショッピングモールを後にする。
「荷物、持とうか? 持たせっぱなしっていうのもあれだし」
「……いえ、それでしたら、『センチュリオン』の自律ユニットに家まで送らせましょう。人目の無い所まで行きますので、若羽さんはここで待っていて下さい」
エリアスは辺りを見回しながらそう言い、釈然としないながらも了承する。
ユニットを呼ぶ為にエリアスは移動し、ここ数日一緒にいた彼女の姿が見えないことに一瞬違和感を覚えた俺は、すぐさま自身を叱咤した。
(……少し離れただけで、気弱にも程がある!)
「あの、すみません」
道路の端に寄って立っていた俺を、一人の女性が呼び止める。フードを目深に被って顔は見えないが、声は若い。
「ここからありあけ高速鉄道の駅に案内して欲しいんですけど、お願いできますかね?」
「え? えっと……」
言葉に詰まる。エリアスを待っている今、この場を離れるべきではないということは分かっている。
……だが、どうしても、今だけは彼女と離れていたかった。
「……はい。わかりました」
頷くと、フードから覗く口元が、僅かに弧を描いた。