108─ワンハンドレッド・エイト─   作:Shohei Hayase

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You are my owner

(契約……か)

 

HMATは所有者と契約を交わしオーナーの所有物となることで、オーナーの持つ権利を代行することができる。

 

眼前の彼女は未登録のHMATであり、この状況を解決できる能力がある。

 

だが……しかし。

 

「いきなりすぎるだろ……一度契約を結べば、所有者移転の手続きをするか、行政の監督の元に契約を破棄するまで絶対服従なんだぞ?」

 

HMATは人に逆らうことはない。根本的に「道具」であるHMATは、自発的に所有者を傷つけられない。

 

道具は自ら人を傷付けることはない。もし所有者が傷付くことがあるとすれば、それは道具の使い方を間違えたから。

 

別にそうなるような事をする心算(つもり)はないが、こんな形でいいのか、という懸念はある。

 

「貴方は、信用に足る道具を身に着けていますから」

 

そんな事など関係ないと言うように、少女は俺を指差す。いや、これは……アイガイオンを?

 

「それも私も、『セプティリオン』が設計した、云わば姉妹機です。行動ログの共有は完了しています」

 

アイガイオンの厄ネタ感が数段階上がったのもそうだが、その行動ログを全部参照したこの少女の情報処理能力に恐怖を覚えた。

 

少なくとも軍用クラスのプロテクトをものの数十秒で突破し、ログを解析するほどの能力を彼女は持っているのだ。

 

個人的な気持ちとしては断りたい……が。

 

(俺にこの状況を打開する能力はない。闇雲に突っ込んでいったって死ぬだけだ)

 

少女の謎の力によって銃弾も爆風も遮られ、俺には相手の状態を観察する余裕が出てきた。

 

相当に硬いボディーアーマーと7.62mm口径のアサルトライフル。それを装備しているのが12人。後ろでマシンガンを構えているのが4人と、対戦車ミサイルを構えているのが2人。

 

(18人……ギリ小隊? それとも、2個分隊って所か?)

 

いくらアイガイオンの性能が優れているとは言っても、流石に火器フル装備の約20人を相手に出来るとは思っていない。

 

「……わかった。契約する」

 

そう決断すると、グイっと顔が引き寄せられ、目の前に少女の顔が一杯に広がり、僅かな機械音を立てて頭部の装甲が解放され、10分ぶりに顔が外気に晒される。

 

「網膜、虹彩認証完了。HMAT所有免許の割当番号を……小声で口述して下さい」

 

「……JP-NGM-10213A75076」

 

少女の求めるまま、免許に記載されている個人コードを呟く。

 

「認証完了。貴方をエリアス型Humanoid Multipurpose Assistant Terminal一番機『エリアス』の所有者として登録します。『エリアス』は高度自律判断が可能なユニットであり、状況によっては所有者の意図しない動作を行う可能性があります。また、民法1095条1項に定める所により、『エリアス』とその他付属品の所有権は所有者が持ち、その法的責任は所有者が負うことになります。民法1098条2項に定める所により、この記録は後に官公庁に転送されます」

 

2060年の民法大改正によって追加された条文は、殆どがHMATの存在を現行の法制度に組み込むためのものだ。そして、法律本体は覚えずとも、HMATの所有者になる為の免許を持っていれば、大体の手順は覚えている。

 

「現在提示された許諾事項及び該当法律の承認を宣言する」

 

「承認宣言を確認しました。「ひさしげ」に契約情報の伝達を完了。日本標準時における現時刻を以て『エリアス』は貴方の所有物となります」

 

非常に短い言葉ではあるが、『セプティリオン』を通して俺と彼女──エリアスの間に契約が締結される。

 

アイガイオンの表示するIFFが変化し、『Unregistered』から『Owned』に切り替わった。

 

「所有者の有する刑法第36条1項の権利を代行し、私が所有する武装を用いての敵勢力の撃退を進言します。私の武装であれば敵を確実に戦闘不能にすることが可能です」

 

エリアスの意見具申に、数瞬の間を置いて首を振る。

 

「人を傷つけずに、武装だけを破壊する……出来るか?」

 

「可能です」

 

即答。アイガイオンのデータリンクには光の軌跡が表示され、それは正確に武装のみを狙い撃ちするように曳かれていた。

 

「よし……やってくれ」

 

「『センチュリオン』目標補足。極低出力で精密射撃を開始」

 

エリアスの翼が下に展開し、薄く光を纏った砲門が片側4基づつ出現する。

 

砲門からの斉射が2度、最後に2発。一発の遊び弾もなく、全ての射撃がアサルトライフル、マシンガンなら機関部、ミサイルランチャーなら照準器を的確に破壊していた。

 

敵は一瞬固まったものの、すぐに使い物にならなくなった武器を投げ捨てサイドアームを引き抜くが、それもエリアスによってすぐさま破壊され、今度こそ打つ手をなくした。

 

(凄い攻撃精度だ……さて、こちらとしては引いて欲しいけど)

 

その願いが通じたのか、数秒の睨み合いの後に一人のマシンガン持ちがグレネードを構え、投げつける。

 

すわ自爆攻撃かと思ったものの、グレネードは猛烈な勢いで白煙を吹き出し、俺達と敵との間を隠す。

 

視覚が駄目ならセンサーは……そう思った俺だったが、真っ白に染まったアイガイオンの赤外線センサーと、ノイズが走っているレーダーを見て肩を落とす。

 

「視界を妨害する煙幕、レーダー撹乱を行うチャフ、赤外線探知を妨害出来る機能も付いているようですね」

 

「至れり尽くせりの安全撤退が出来るってことか……」

 

更に連続して白煙が上がって俺達をも包み込み、二人で背中を預けあって周囲を警戒する。30秒ほど経って煙が晴れると、敵は跡形もなく消えていた。

 

「付近に敵影無し。戦闘終了です」

 

「そっか……ありがとう。助かったよ」

 

警戒姿勢を解いてエリアスに向き直り、礼を言う。

 

「どういたしまして。 ……それで、貴方はこれからどうするのですか?」

 

そう言われて、自然と目線が下に落ちる。

 

無骨な爪が生えた腕と、全身を覆う機械の鎧。

 

アイガイオンを纏った、俺の姿だった。

 

「……ならコンテナの所に戻って、いや、待った」

 

怪我人を置いてきたことを思い出した俺は、その方向へ向けて走り出す。

 

「……居ない?」

 

1分程掛けて怪我人と別れた場所に辿り着いた俺だったが、そこには血痕すらも残っていなかった。

 

「さっき迄はここに居たはずなのに……」

 

「──監視カメラのログを解析……誰かに回収されたようです。映像から判断する限りですが、特段敵対勢力に捕まったという雰囲気ではありませんね」

 

「いきなりハッキングを掛けるのはどうなんだ?」

 

「安心してください。発覚する可能性は0.001%未満です」

 

エリアスのやった事は確かにありがたくはある。しかし同時に、公共の電子機器のハッキングは違法スレスレの行為である。

 

やんわりと静止してみたものの、慰めとも自慢ともつかない言葉を返すばかりだった。

 

「そういう時は、一旦言って貰えると助かる……コンテナに戻ろう。色々置いてきたからな」

 

荷物がミンチになっていなければ良いが……そんな心配をしながらコンテナの場所に向かうと、コンテナとトラックは消えていたが、明らかに事故があったと分かるタイヤの痕の直ぐ側に、俺が落としたポリ袋が放置されていた。

 

「よし、あった! 中身は、まぁ……大丈夫だろう。うん」

 

ポリ袋の中には冷凍された食品が入っていた。手近なスーパーなら少し(くらい)野晒しでも問題ないだろうと高を括った結果だ。保冷バッグでも持ってくれば良かったと、今更ながら後悔する。

 

スマートグレネードの爆風をそれなりの距離で浴びたため、いつもよりは確実に溶けているはずだ。

 

(中身は大丈夫……だと思いたいが)

 

高熱で炙られた冷凍食品が安全かどうかを判定する方法など持ち合わせていないため途方に暮れる。

 

「仕方ない。帰るか……でもアイガイオンはどこに置けばいいんだ?」

 

一軒家であったら庭先に置いておけるのだが、生憎俺の住居は大規模マンションの一室で、駐車場を使おうにも審査が要求される。馬鹿正直に「軍事機密の塊を拾ってきたので置かせて下さい!」等とは言えない。

 

あれこれ悩んでいると、エリアスは唐突に人差し指を立てた。

 

「アイガイオンを横倒しにして部屋に入れましょう」

 

「……えっ?」

 

「私の能力であれば、安全にその機体を保持できます」

 

「……出来るのか?」

 

思わず聞き返してしまう。アイガイオンは全高2.5m、重量400kgオーバーのデカブツだ。横倒しにしたってドアのサイズギリギリである事は想像に難くない。

 

従ってアイガイオンの頭……は無理だろうから脚を持ってドアを通る事になるのだが、今度はアイガイオンのほうが耐えられるかどうか……

 

「では、失礼します」

 

ヒョイっと、まるで発泡ポリスチレンの箱でも扱うかの如き気軽さとは裏腹に、アイガイオンがバットか何かのような姿勢で持ち上げられる。

 

「あ、あぁ……」

 

人間、自分の理解を超える光景を目にすると一周回って冷静になるらしい。横倒しにされているというのに関節部分は全く折れる様子を見せず、試しに腕をゆっくりと動かしてみると、ある一定より下からは腕が地面に押し付けられたように動かなかった。

 

「脚だけで持ってるんじゃなくて、俺の下に板を置いている訳か……」

 

先程の銃弾を受け止める壁の応用なのだろう。それでもアイガイオンの重量を支えるとは、規格外の一言に尽きる。

 

「成程……下ろしてくれるか?」

 

体が地面に近付き、足を着けて起き上がる。先程まで板があった場所に手を伸ばすが、引っ掛かりはなく虚しく空を切るだけだった。

 

「じゃあ、家に入る時にまたお願いするよ。遅くなっちゃったし、今日はもう帰ろう」

 

「了解しました。『センチュリオン』非戦闘モードに移行。ユニットを収納します」

 

エリアスの背中にある翼が光を失い、広がっていたのが小さく折り畳まれていく。

 

小さく……とは言っても1メートルはありそうだが、ウイング基部のアームが大幅に短縮され、背中から取り外された。

 

「それ、取れるんだな」

 

「私はHMATですので。『センチュリオン』はあくまでも付属品に過ぎませんよ」

 

エリアスはおもむろに両手を掲げ、どこから飛んできたのか、それぞれの手にバカでかい剣と筒が収まる。

 

「……それも付属品か?」

 

「えぇ」

 

こともなげにそう言うと、剣と筒を翼の基部に取り付け、地面に置く。

 

背中のユニットに収納されていたパーツが正面を向き、鳥のような姿に変形した。

 

「住居情報の開示を求めます」

 

「あー……えっと、あそこ」

 

指差したビルに向け、鳥が独特な音を立てて飛んでいく。

 

「屋上に置くと、衛星に見つかるぞ?」

 

「衛星はカバーされたところは見えませんから……いえ」

 

驚いたような表情を浮かべ、エリアスは俺の手を取る。

 

「『セプティリオン』が転送した『ヴァナディース』からの秘匿通信です。アメリカ軍の偵察衛星が高度を下げ、日本上空をあと十分後に通過します」

 

「嘘だろ!?」

 

齎された情報は、俺を唖然とさせるに足る物だった。

 

『ヴァナディース』はアメリカが擁する自律式並列型量子スーパーコンピューター。『セプティリオン』と同様、一台で──正確には姉妹機の『グルウェイグ』と共に──アメリカ全土を管理するマザーコンピューターだ。

 

各マザーコンピューター級電算機はネットワークを形成し、常に情報のやり取りをしている。だから『ヴァナディース』が『セプティリオン』にそのやり取りを伝達したのにはなんら不思議はないのだが……

 

「それを『セプティリオン』が転送したのも謎だし、そもそも何で米軍がこっちに来るんだよ!」

 

「……思考は後です。ひとまず家に入りましょう」

 

「しょうがないから付属品一式も家に入れるぞ!」

 

走りながらも会話を交わし、俺達は先を急いだ。

 

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