108─ワンハンドレッド・エイト─ 作:Shohei Hayase
「よし……さて、どう登るか」
俺が住んでいるマンションの近くまで来て、一旦立ち止まる。
マンションの玄関は、当然アイガイオンが通れるサイズではない。階段も、エレベーターも。
とは言え登攀などしようものなら爪の跡がついて即座にバレるだろう。
アイガイオンにはアンカーランチャーがついている。それを使って……
「エリアス、一旦屋上に行って、アイガイオンが射出したアンカーを捕まえてくれ。 重量的には問題ないか?」
「問題ありません。ではすぐに」
軽く地面を蹴る音とは裏腹に、エリアスは凄まじい速度で10階建てのマンションの屋上まで飛び上がる。
エリアスの識別信号をアイガイオンのHUDを介して把握し、座標を計算しながら腰部のアンカーを射出する。
「ワイヤー、捕獲しました」
「巻き上げはこっちでやる。アイガイオン、静音モードに移行」
念の為駆動音を極力少なくしてからワイヤーを巻き戻し、部屋のある3階の廊下まで上がる。
「足だけ廊下に出して……エリアス、こっちに」
エリアスは飛び降りて俺の横を通り、静かに廊下に着地する。
「俺はここで降りるから、エリアスはアイガイオンを支えてくれ。『アイガイオン』、システムをオフラインに。全装甲を開放」
細かな機械音と共に装甲に隙間が空き、俺の体が解放される。脱力し一瞬ぐらついたアイガイオンはゆっくりと正面に向けて倒れ、エリアスが伸ばしたのだろう不可視の力場に支えられる。
ドアにカードキーを翳して鍵を開け、目一杯ドアを開けてエリアス(とアイガイオン)を迎え入れた。
「ちくしょう、場所が
一人暮らし用として使われるこのマンションの間取りは1DK。
つい百年前に1億2000万人以上の人口を抱え、首都圏は世界有数の過密地域となった日本では、今もその名残として比較的小さなサイズの部屋を集めた大型マンションが主流となっている。
ここもその例に漏れず、居間は6畳、寝室は4畳半。幸いにして私物は殆ど仕舞い込んでいるため、アイガイオンを置くスペースは……頑張ればありそうなのが救いか。
「エリアス、手伝ってくれ。アイガイオンを丸めるぞ」
「了解しました」
二人で……とは言っても力が必要な部分はエリアスにやってもらったが、アイガイオンは体育座りのような体制で部屋の隅に置かれ、特徴的なウイングは壁に沿うようにしてスペースを削減していた。
(……なんか怖いな)
言い知らぬ怖気を覚える。
博物館とかでよくあるアレだ。鎧がこっちを睨みつけているように感じるやつ。尤も、ここにあるのは只の鎧ではなく、日本の技術の粋を集めた試験兵装なのだが。
「エリアス、衛星の通過まであとどれ位だ? 鳥っぽいのは?」
「あと10秒……そこに」
「OK」
エリアスが示した先には先程と変わらない機械の鳥がテーブルの脇に伏せていた。
結構巨大で場所を専有しているため、エリアスにアイガイオンの上へと移動して貰う。
「エリアスの持ち物は……あるな。俺のも……ある」
「衛星、通過します」
最終確認を終えると、エリアスがそう告げる。俺は何とは無しに天井を見上げて、軽く息を吐く。
「残留赤外線は……あんまりブーストをかけなかったし、帰るときも飛ばなかったし、問題なさそうか。 ……食品を買いに行くだけだったのに、何でこんなことになってるんだ?」
疲労困憊で床に転がりながら、俺はそうぼやく。
買い出しの為に家を出てから30分。
物音を聞いて、撃たれた人を見つけて、トラックに跳ねられそうになって、逃げ込んだコンテナには最新鋭の軍用兵器が入っていて、挙句の果てには理解不能な力を行使するHMATと出会う。
行動を列挙していて我ながら思ったが、とんでもない過密スケジュールだ。
「ご飯ご飯……」
と夜食を作ろうと体を起こすが、買ってきた食料では、エリアスと俺の二人分には少し足りないと考えて動きが止まる。
結局、『深夜十一時にキッチリ一人前を食べるのは幾ら何でも健康に悪すぎる』と理性が勝り、起き上がってキッチンに向かう。
「エリアス、今から夜食にするんだけど、君も食べるか?」
「差し支えなければ、ご相伴に与りたいです」
ポリ袋から先程買ってきた冷凍食品……合成された鶏もも肉っぽい何かを取り出し、うどん、固形だし、キャベツ、チューブしょうがを並べる。
「まぁ男料理だし、雑なのは許してくれ」
鶏もも肉っぽい何か、キャベツを一口大に切り、水と固形だし、チューブしょうがを混ぜて火にかける。
煮立ったら肉とキャベツをスープに入れ、うどんを電子レンジで解凍。
肉に熱が通ったか確認し、電子レンジから麺を出して丼に盛り付ける。そして丼にスープを注ぐと完成。
「お待ち遠様。薬味は適当に取ってくれ」
テーブルの中央に刻みネギとゴマを、両端に箸と丼を二人分置く。
「さて、食べようか」
「……はい」
「「頂きます」」
二人で手を合わせてから、麺を箸で掬う。
(ふむ……味は悪くないな。上出来って程じゃないが)
自分で食べられる味であることと、他人に食べさせられる味であることは必ずしも両立し得ない。その為、どうしても辛口気味の採点になってしまうのだ。
元々の一人前を二人で分けたこともあって、二人共10分前後で夜食を食べ終えた。
「ごちそうさまでした……っと。俺が下げるよ」
「いいえ、私が──」
パリン。エリアスの言葉は、彼女が持ち上げた瞬間に粉砕された丼の音によって遮られた。
「えっ」
「えっ」
奇妙な沈黙が落ちる。エリアスにとっても想定外の事態だったらしく、人並みに冷や汗など流している。
丼が粉々になった事で内容物が撒き散らされようとしたが、それはエリアスが透明な壁で受け止めていた。
「申し訳ありません。私のミスです」
「あー……まぁしょうがないや。怪我は無い?」
頭をテーブルと平行にして謝罪するエリアスを見ては流石に怒る気にもなれず、後ろ手に頭頂を掻いて彼女の状態を聞くに留めた。
「ありません。 ……エリアス型は主機が特殊である関係上、他のHMATがセプティリオンにアップロードしている動作データをそのまま反映することが出来ません」
「つまり……動作データを組み直さなきゃ使えないってことか?」
「先程の調理時間を利用して動作プロファイルの再構築を行っていましたが、データの膨大さと演算能力の不足により、まだ80%の反映が完了していません」
HMATの行動データはセプティリオンによって管理され、それらは有料または無料のエキスパートクラウドとして、あるいは無料のエキスパートクラウドから普及可能な動作が抽出され、別のHMATにフィードバックされる。
運用開始から50年近く経過したHMATの行動データは膨大であり、それを活用することでHMATは人間に限りなく近い動作を可能とする。
「成程……力の加減がわからないのか?」
HMATは法的、安全保障的な観点から、災害時などの緊急用HMATを除いて、人間の倍程度の出力しか出せないように制限がかけられている。
しかし、先程のエリアスは非常時では無いというのに、軽く10階の屋上まで飛べる脚力を発揮していた。
……何か、理由がある。
「『セプティリオン』によって直接設計された私は、HMATに掛けられる常用制限の殆どに対応していません」
エリアスの答えは、想像の斜め上を行くものだった。
「待ってくれ。リミッターは機械的なものじゃない。『セプティリオン』によって必ず接続される最重要命令セットだ。それを搭載していないって?」
HMATには国際規格が存在するが、それらとは別にその国々の規格も存在する。もっと言えば、HMAT本体は国際規格で作られるが、その上に乗るソフトウェアは日本の規格で作られ、『セプティリオン』が管理している。
エリアスの言が正しければ、『セプティリオン』は自らの創造物の制御すら放棄したことになる。
「はい。ただし私の行動は常に『セプティリオン』の監視下に置かれ、状況に応じて『セプティリオン』が直接制御権を行使します。これがリミッターの役割を果たしているかと」
「それ、HMATとしては割と普通な気がするけど……」
不承不承ながらも、一応の納得を得ることはできたと判断し、椅子から立ち上がって台所に向かう。
「汁物はこの袋に入れて……動作データの修正は、あとどのくらいで終わりそう?」
「あと6時間少々です」
「そっか。じゃあゆっくりしてて」
エリアスから受け取ったポリ袋の中身を一瞥して、陶器の破片が残っていないかを確認してからシンクに流し込む。
袋は軽く水洗いと水切りを済ませ、自室から卓上箒とちりとりを持って来てエリアスの足元を掃いて破片を集める。
「……服装、どうするかな」
座り込んで床を掃いていると、位置関係上エリアスの足に目が吸い寄せられ、意識から無理やり締め出しつつもそんな事を呟く。
(ECショップで物を買うと、購入履歴から父親にバレそうだな……かと言って、こんな服装で街を出歩かせるわけにも行かないし)
腰、肩、膝に付けられている金属質のアーマーを除けば、エリアスの服装は少々露出の激しいボディースーツと言えるだろう。
一部
「エリアス、ちょっと立ってくれ」
エリアスを立たせて、正面……は色々マズイ気がしたので横に並び、俺の頭の位置と彼女の頭の位置をそれぞれ手で測る。
「エリアス、三次元レーザー測距で手の平同士の距離を出してくれ」
「計測完了。約10センチ。誤差はプラス・マイナス2センチの範囲内です」
「なんでそんなに……いや、俺の手が動いたからか」
自分では気付かない微妙な変化も、エリアスの正確な測定の前では大きな誤差になったようだ。
とはいえこれで差は出た。
「俺の身長から10センチ引いて……165か。前の服は実家に置きっ放しだけど、確か……あった」
自室の押入れから比較的小さなサイズのパジャマを取り出し、エリアスに渡す。
「お風呂、お先にどうぞ」
「ありがとうございます。では失礼しますね」
そう言って風呂場に消えていくエリアスを見送って、俺は深く椅子に腰掛ける。
(風呂に忌避感を示さなかった……となると、大分しっかりした水密構造をしてるってことか)
50年前ならいざ知らず、当初とは比較にならない程進化したHMATは、中位以上のグレードともなると生体部品を一部に使用し、ほぼ人間と変わらない外見を持つ。
だが自らの体を水に晒す入浴は、バッテリーを用いて稼働し、体表面に緊急用の充電プラグを有するHMATにとって自殺行為に等しい。
ほどなくして扉が閉まる音と、水の流れる音が聞こえてくる。
(ほんとに入ってる……っぽいな。調べよう)
生体コンピューターを起動し、検索バーに『HMAT 水密 風呂』と思考入力で打ち込んでサーチを掛けるも、結果は芳しくない。
「駄目か……『HMATには水密性はありません。水に浸かったら可能な限り早く引き上げましょう』って、言われなくてもわかってるっつーの!」
こぞって表示されるFAQフォーラムのスニペットにキレ気味に返答しつつ、今度はHMATのカタログに飛ぶ。
「アクィラ・テクノロジーズの……アルタイル、だっけ」
アメリカのロード・アイランド州に本拠地を置く
友人が所有しているこのシリーズのお値段、驚愕の6000万円オーバー。カスタム費用を考えると7000万は超える筈だ。
(いや確か『彼女』はアイツと年齢同期してたから結構な頻度で素体を替えてた筈……まさか億超え?)
一部の超高級機にオプションで搭載されるという、製造年数の経過に従って素体を替えることで擬似的に「成長」する機能。単純に素体複数分の値段と言うわけではなかろうが、それでも結構な値段はする筈だ。
(おっと思考が逸れた……えっと防水、防水……)
スペック表を呼び出し、防水性の部分を確認する。
「シャワー程度なら問題なし、風呂に浸からせるのは推奨しない、か」
さすがは最高級機、と心のなかで褒め称え、ウインドウを閉じる。
(本体価格は少なく見積もっても6000万円以上、しかも戦闘用装備まで持ってる……ほんとに何なんだ、彼女)
今更ながらに、拾ってきた少女の不可解さが鎌首をもたげ、俺は椅子に座り込んだまま、肩の力を抜いた。