108─ワンハンドレッド・エイト─ 作:Shohei Hayase
(……HMATの詳細履歴を当たってみよう。あれなら大抵のことは分かる)
数分思考を巡らせ、思い当たったのは国が管理するHMATの情報フォーラムだった。
HMATの情報をほぼ全て網羅しているあれなら、エリアスについて詳しいことがわかるのではないかと考えた結果だ。
早速フォーラムにアクセスし、個人番号とHMAT所有免許の個人コードを入力して管理画面を表示させる。
「現所有一体、機体名『Elias』、製造年月日2107年5月29日、製造は内山重工、機体コードは正規認証済。適合規格はIHTOクラスⅦ、JHTOクラスⅦ。割当は1ノード、用途情報は空白、エリアスの被所有歴は無し、か……」
IHTO(International Humanoid Technology Organization)は国際的なHMATの規格化、HMATに関する条約の制定等を行う国連直属の国際機関だ。
JHTOはIHTOの傘下として、日本国内に所在するHMATの管理を請け負う出先機関であり、日本のHMATの機体コードはJHTOが発行している。
(機体コードの認証がされてるってことは、エリアスは形はどうあれ正規品って事になる……けど、逃げてたよな。多分)
年単位の銃撃戦を『セプティリオン』が見過ごすとは思えないから、エリアスが逃げ出したのはつい最近のはずだ。
HMATの破壊に対する罰は国にもよるが、先進国であれば決して軽い刑ではない。
マシンガンやミサイルまで持ち出して、確保や保護が目的であるとも考え辛い。
「けど、所有者を持たないHMATが勝手に逃げ出すなんて、聞いたことも無いぞ?」
HMATはあくまでも道具であって、完全に──人間と同様に振る舞えるという意味で──自律行動出来る訳ではない。
加えて、日本に存在するHMATは全て『セプティリオン』に管理され、発信された機体コードはJHTOの登録データと、所有者が持つ免許のコードとを厳密に照合される。HMATと所有者は二人で1組の関係にあるからだ。
その点、『野良』のHMATは既存のHMATを電波の届かない場所に放置でもしない限り生まれず、エリアスの状況には違和感しか感じない。
他に気になる部分としては……
(割当ノード数が少なすぎる。超高級機なら30ノード以上は専有する筈だ)
『セプティリオン』がその機体にどれだけの演算リソースを傾けているかを示すノード数。エリアスのノード数1とは、ほぼ最小。
これではとても滑らかな動作など望めない。ハードウェアのスペックがどれだけ良くても、肝心のソフトウェアがポンコツなら性能を100%発揮させることは出来ないからだ。
(1ノードだけで動いているようには見えなかった……表示バグ? 『セプティリオン』が?)
エリアスは他のHMATと変わらない動きと、精密な射撃能力を兼ね備えていた。
つまり考えられるのは『セプティリオン』のミスだが、日本のほぼ全てを管理する『セプティリオン』がミスをする方が問題であり、その可能性は出来れば考えたくない。
「うーん……分かることは分かったけど、謎は更に深まったな」
与えられた情報を額面通りに受け取るのであれば、全く問題なく思えるのが余計に質が悪い。
悶々とした気分を抱えながら思考を巡らせていると、居間のドアを開ける音がした。
「お風呂、お先に頂きました」
「そっか、それじゃあ──」
振り返って、言葉が止まる。湯に浸かって少し上気した肌と、僅かに湿った髪。
元々ゆったりとした襟付きのパジャマは、エリアスにはオーバーサイズであるためか、かなり危ない所までネックラインが下がっていた。
「うん、寝るか……の前に、俺も風呂……シャワーにしよう」
思考を再起動させ、それとなくエリアスから視線を逸して壁掛け時計を見る。
時刻は11:35。随分夜更しをしてしまったと軽く後悔し、自室から自分のパジャマを引っ張り出す。
「俺はシャワーを浴びてくるけど、エリアスは俺のベッドを使ってくれ」
「それはマスターの健康状態に悪影響を及ぼします。私としては好ましくない提案です」
「流石にベッドをもう一個買い出しに行くのは無理だぞ」
実店舗はとっくに閉店、ECサイトで買った所ですぐ届く訳ではない。
エリアスが口を開く。一体どんな解決策を考えてくれたのか、少しの緊張感を覚えながら言葉を待つ。
「私と一緒に寝ましょう」
「……へ?」
たっぷり3秒間フリーズした。
エリアスほどの美少女と共寝をするというのは、普通に考えれば嬉しい事なのだろうが、それはそれとして思考がついてこない。
反論の機先を制するように、エリアスは畳み掛ける。
「現状、私は運動プログラムの最適化が未完了のため、もしマスターが近くに居なければ周りの物を無差別に破壊する恐れがあります」
「逆に言えば、所有者が近くに居ればセーフティが働いて出力が下がるってことか……」
流石のセプティリオンも、所有者を傷つけるようなプロトコルは排除しなかったらしい。
エリアスの言葉を信じるなら、確かにその方が合理的ではある。あるが……
(ええい、ままよ!)
葛藤を振り切り、俺はエリアスに承諾の意思を伝えた。
「わかった」
「では、お先にお待ちしていますね」
エリアスは俺の部屋に入り、ベッドに腰掛ける。それを見届けてから俺は脱衣場に向かい、手早く服を脱いで風呂場に入る。
「ふうぅぅぅ……」
深く、溜息を一つ。
無防備に過ぎる、と感じてしまうのは、俺にとってエリアスが初めてのHMATだからだろうか。
(人質……じゃなかった物質? を取ってまで、なんで一緒に寝ようとするんだ?)
エリアスにとって、良いことでもあるのだろうか。
……よくわからない。
一人ドギマギしている自分が、少し滑稽にも思える。
(取り敢えず、早く上がって寝よう)
手早く体と髪を洗い、風呂から出て寝る支度を済ませる。
部屋に戻ってベッドに向かうと、エリアスは先程と変わらない体勢で座っていた。
一人暮らし用のシングルベッドだ。二人で寝るには狭すぎる。
「……どうぞ」
ベッドに寝そべり、なるべく壁の方まで寄ってエリアスのスペースを作ろうとしたが、肩幅とベッドの横幅から二人が仰向きに寝るのは無理だと結論づけ、俺は壁の方に体を向けて肩の力を抜く。
マットレスが沈み込む感触と、布団が少し動いたことから、エリアスがベッドに入ったのだと感じ取った。
「常夜灯は点けとくか?」
「いえ、大丈夫です」
エリアスの言葉を受けて常夜灯も落とし、部屋は真っ暗になる。
布団がエリアスの呼吸に合わせて上下に動く。
人間と同じように、しかもこれだけ静音で呼吸するのは、HMATの中でも超高級機に限られる。
自分からは見えない筈なのに、俺の隣にいるエリアスがどんな姿勢をしているのかを想像してしまう。
狭いベッドで、俺が身じろぎする度に背中に触れる柔らかな肩と相余って、自分がとんでもなくいけない事をしているような気分になる。
「……眠れないようですね」
エリアスに問われる。電気を消してから、10分は経っただろうか。
「自分でも自覚は薄いけど、さっきまで戦ってたからかな」
咄嗟に、もう片方の理由を告げる。
目に見える暴力を向けられて、それに暴力で応戦するのは、生まれて初めての体験だった。相手がこちらを殺しに掛かって来るともなれば尚更だ。
エリアスに助けて貰わなければ、あの状況を打破する事は出来なかった。
俺一人では死んでいた、と言う事でもある。
今更ながらに恐怖が湧き出て、息が荒くなる。
「大丈夫ですよ、えっと……」
エリアスは言葉に詰まり、俺は今更ながらに彼女に名乗っていなかったと思い出す。
「
「では、若羽さん、と」
改めて呼び直し、彼女は俺の背中を優しく撫でる。
誰かに背中を撫でられるのは子供の時以来で、気恥ずかしさも感じるが、恐怖心は消えていた。
荒くなった呼吸は暫く経って元に戻り、俺が落ち着いたと判断したのか、背中から手が離れる。
「ありがとう、楽になった」
「どういたしまして」
目を瞑ると、スッと音が遠くなる。蓄積した疲労と、久し振りに触れた他人の暖かさが、俺の意識を絡め取る。
(……久し振りに、夢が見れそうだ)
その夜見た夢は、朝起きた時には溶けて消えていたけど……多分、とても穏やかで、懐かしい物だったように思える。
◇◆◇◆◇◆
「──って感じでHMATを拾ったんだけど」
「馬鹿か?」
「正論なのは理解してるから恩赦」
「却下」
「ちくしょう」
翌日。午前中の授業を終わらせ、学校の屋上で昨日の夜の事を友人に語っていたが、友人からは有り難いお
「『エルリング』、水筒取ってくれ」
「どうぞ」
……正確には、友人だけではなくもう一人いる。
友人が個人的に所有するHMAT、6000万円超えの超高級機である「エルリング」が。
少し離れた位置に置かれた水筒を友人が受け取り、中身をカップに注ぐ。
「いや、明らかに怪しいぞそのHMAT。メーカーは何処だ?」
「内山重工」
「UHI? マジ?」
内山重工は古くから日本の軍需、重工業を支えてきた大規模メーカーであり、HMATの生産数は世界一を誇る。
「製造年は2107年だとさ」
「新しいな……エルリング、UHIの新作についてわかるか?」
「該当なし。主要検索エンジンではその情報を調べられませんでした」
友人はエルリングに話を振るが、それは一瞬で否定される。
友人は暫し宙を見つめ、一筋の汗を垂らした。
「おいおい……UHIの株価が2%下がってるじゃないか。下げ要因は無かった……はず……」
視線は段々俺の方に向かい、俺はそっと目を逸らす。
「相場は前日の終了まで堅調に推移、今日の開始から大幅に下げていますね」
エルリングの言葉が止めになって、友人は俺に掴みかかってくる。
「おーまーえーかー!」
「イタタタ、ちょっ、不可抗力だって!」
互いにじゃれ合うようなものではあるが、痛いものは痛い。
どうにか友人を引っ剥がし、襟を整えて反論にかかる。
「言っとくけどマジで知らなかったし、アイガイオンに乗らなきゃ死んでたし、エリアスと契約しなきゃ死んでた。不可抗力なのは本当だぞ」
「そりゃ分かってるわ……しかしこれからどうするんだ? そのまま放置って訳にも行かんだろ」
エリアスは兎も角として、アイガイオンは内山重工の所有物であり、俺が持っているのは違法……ライセンス契約を交わしたから違法スレスレ、といった所だろうか。
だが死ぬよりはマシとはいえ、犯罪者として警察にしょっ引かれるのは御免だ。
「多分、アイガイオンの発信コードか、生体コンピューターの登録コードから辿られると思う。状況はセプティリオンがモニターしてたし、アイガイオンの疑似戦術級コンピューターにも残ってるよ」
そう話した矢先、生体コンピューターにコールが届く。通話に出ると、HAS(Home Automation System)のインターホンから撮ったのであろうエリアスの姿が映し出された。
『内山重工の社員らしき人がアイガイオンの回収に来ました。私と若羽さんに同行を求めています』
「えっと……学校があと2時間で終わるから、場所を教えて貰えたら行く、って返してもらえるかな」
エリアスは画面の横を向き──恐らく社員と話しているのだろう──1度頷いてからこちらを向く。
『会社の位置情報とゲストコードを送付します。私はどうしますか?』
「エリアスは……そうだな。付いて来てくれるか?」
エリアスは内山重工が製造したHMATだ。オーナー契約を結んだとはいえ、正当な求めがあれば返すべきだろう。
そう考えて、エリアスを連れて行くことにした。
「ライダースーツは押入れの中に予備のやつがあるから、それを着てバイクに乗って……15時20分に高校の裏門に来てくれ。位置情報を送る」
『了解しました。では後程』
エリアスとの通信を切って、胡乱げな視線を向ける友人を見つめ返す。
「お前鞄はどうするんだよ? 服装は?」
「一回くらい置き勉してもバチは当たらんさ。 ……最近の制服って凄いんだぜ」
「おい」
圧がさらに強くなった視線から逃げるようにして弁当箱を片付け、そそくさと屋上を後にした。