108─ワンハンドレッド・エイト─   作:Shohei Hayase

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Terrorism on bridge

「さて、エリアスは……案外近いな」

 

授業が終わり、終礼を終えてすぐさま教室から飛び出し、生体コンピューターを起動してエリアスの位置情報を呼び出す。

 

終礼の5分後を指定したが、それとぴったり同時刻に合流地点に着くペースだった。

 

靴を履き替え正門を出て、校舎を大回りしながら裏門へと向かう。

 

膝に手をついて息を吐く俺の横に、バイクに乗ったエリアスが到着した。

 

「お疲れ様です、若羽さん」

 

「わざわざ付き合わせて御免よ。 えーと予備のヘルメット……あった!」

 

バイクの横に付けられているソフトパニアケースを開けてヘルメットを取り出し、被る。

 

続いてケースを後ろに下げてタンデムする人の足がケースと干渉しないようにして、エリアスとバイクの操縦を交代。

 

エリアスの腕が俺の体にしっかりと回されたのを確認して、左足のシフトペダルを一段上げる。

 

デジタルメーターのギアインジゲーターが「D」に移ったことを確認し、バイクをゆっくりと発進させた。

 

都道420号線から国道1号線に向かい、北上してすぐ首都高速2号線に乗る。

 

「さて、久し振りの高速だ……ギアを上げるぞ!」

 

スロットルを手前に回し、趣味と実益を兼ねて購入した電動スポーツバイクのモーターが唸る。

 

西暦2108年の日本では、16歳から大型二輪の免許が取れる。

 

内燃機関を使用した車両が少なくなった事もあって、現在の大型二輪とは「出力65馬力以上」のものを指す。

 

中古の型落ちとは言えそこそこ高価だったこのモデルの出力は100馬力。圧倒的な加速で、料金所を出てから2秒未満で時速70kmまで到達する。

 

一ノ橋ジャンクションで目黒線から首都高速都心環状線に移り、更に浜崎橋ジャンクションで1号線に入る。

 

芝浦ジャンクションに向かう中程になって、エリアスからの通信が入った。

 

「右後方200m、交通管制システムから切断された車両が近付いてきています。『セプティリオン』が補正を実行中です」

 

「……………………」

 

現代において、交通管制システムは自動車両運行の要であり、大なり小なり市販車なら必ず搭載されている筈の物である。

 

というのに、各担当コンピューターを差し置いてセプティリオンが直接介入を行うほどの影響を与える車両が、果たして只の物好きであるのだろうか。

 

「揺さぶりをかける。5km増速、エリアスは「しるべ」……いや、セプティリオンに制限速度解除申請の準備」

 

日本の道路交通を統括する「しるべ」に制限速度解除の申請を行おうとするが、超法規的措置は準省庁級コンピューターに実行出来ないことを思い出し取りやめる。

 

アイガイオンとの接続を失った俺はセプティリオンとの通信能力も失っているため、エリアスに連絡を担当してもらい、制限速度一杯まで加速する。

 

するり、と後ろから車の隙間を縫うようにして出現した黒塗りのトラックをミラー越しに視認し、俺はその図体に仰天する。

 

「ガチガチの装甲に明らかに何か隠してそうな回転部、もとい砲塔が車上に……これは怪しいってレベルじゃないな、もう」

 

近代的な防御理論に基づいた丸と角度を意識した装甲に覆われ、その重量に見合う爆音を奏でている車は、増速した俺達に横付けするように並走する。

 

「……エリアス、バリアを」

 

「了解です」

 

エリアスにそうお願いした直後、装甲車は猛烈な勢いで路肩にバイクを押し付けようと幅寄せをしてきた。

 

「セプティリオンに申請、道路交通法における妨害運転と認定。緊急避難の為一時的に速度制限が解除されます」

 

「サンキュー!」

 

スロットルを全開にし、電動バイクならではの加速力で装甲車の前に出る。

 

「その図体でバイクと勝負できるかよ!」

 

果たして返答代わりにか、ガギンと音を立てて砲塔から迫り出してきたのは馬鹿デカいガトリング砲。

 

「25mm機関砲。思い切りが良すぎますね」

 

「……少しは加減しやがれっ!」

 

高架上で使う武装じゃ無いだろこんなの、大規模テロじゃねぇか!

 

「火器展開を検知。現時刻を以て警察への自動通報を行い、首都高速11号台場線、臨港道路海岸青梅線、東京港湾新交通内の全車両はセプティリオンのマニュアルコントロール下に入ります。続いて日本軍統合戦略級コンピューター「不知火」に陸軍の治安出動要請を実行、受理されました。 ……マスター」

 

「どうした?」

 

「仮に火器使用が確認された場合、私は民法1097条5項に基づいて緊急避難の為の有形力を行使することが可能ですが……これを行使しますか?」

 

この法律は被所有状態のHMATの自己保全に関する法律で、法解釈として(実際に行われるかは別として)有形力の行使が可能となっている。

 

エリアスの提案は願ってもないことだったが、同時に頼るのは出来れば最後にしたくもあった。

 

エリアスの力のみでこれを解決してしまうと、彼女が持つ何らかの力が本格的に衆目に晒されてしまうことになる。

 

それは避けたいのが本音だった。

 

……しかし同様に、俺個人の能力でこの事態を打開できるとも思っておらず、渋々その要請を承諾する。

 

「……わかった」

 

「『不知火』及びセプティリオンから逃走ルートが提示されました。速度の無制限開放を確認。このバイクはセプティリオンによって最終コントロールされます」

 

「OK!」

 

生体コンピューターに直接セプティリオンが介入し、バイクと連動した運動制御プログラムを即座に構築する。

 

ミラーに映るガトリング砲がスピンアップを始め、俺の体が一気に強ばるが、エリアスが肩に手を置いたことで幾分か緊張が和らぐ。

 

発射される直前にギリギリまで車体を倒して右にスライドし、その少し横を砲弾が抉る。

 

セプティリオンが作成した運動プログラムは急造品だというのに、俺にプロライダーレベルの操縦技能を与えてくれた。

 

「掃射終了。次サイクルまであと4秒」

 

「了解」

 

砲身冷却で敵が撃ってこない隙にアクセルを吹かして距離を離しに掛かる。

 

モーターが甲高い音を放ち、スピードメーターの針がぐんと上昇した。

 

(120、140……)

 

いつもなら素早く感じるバイクの加速がこんなにも遅く感じるのは、後にも先にもこれが一度だろう。

 

「来ます!」

 

今度は左にハンドルを切り、同時にスロットルも入れて着弾予想地点からずらす。

 

結果として弾痕はバイクの僅か後方を穿ち、二度目の掃射も全弾回避することに成功した。

 

「その重さと容積でガトリング弾を何発積めるのか見物だな!」

 

一応虚勢を張ってはみたが、複雑な回避機動を取ったのにも関わらず先程よりも着弾点が近かった事に冷や汗が頬を伝う。

 

(クソ、次は直撃が……いや、まだだ!)

 

「──行ける!」

 

自分を鼓舞し、時速180kmもの高速でレインボーブリッジのループ橋に突っ込む。

 

「振り切れば、射角は取れないだろ!」

 

気を抜けばすぐに壁を突き破って海にダイブしてしまうほどの速度を、セプティリオンの演算バックアップと運動プログラムによって制御し、レインボーブリッジに到達するまでの20秒間で何をすべきか考え直す。

 

「陸軍は後どれくらいで来る?」

 

「残り5分、攻撃ヘリはあと2分で到着します」

 

「……マズイな。2分でもレインボーブリッジを超えて……湾岸線に入る!?」

 

頭の中で軽く計算し、出た答えに愕然とする。

 

湾岸線は都心部随一の交通量を誇る区間だ。そんな所にガトリング砲装備の装甲車を誘い込んで、万一暴発でもしようものなら、それこそ洒落にならない事態が起きる。

 

「ですが敵にもリミットが生まれました。あと2分で、敵も私達を倒さなければならない。そこに私達の勝機があると考えます」

 

「……勝機? あれを倒すのか!?」

 

エリアスの言葉に瞠目する。向こうは装甲車とガトリング砲を持っているのに対してこちらは只のバイク、武器だって無い……エリアスを除いて。

 

しかし彼女には、何らかの自信があるようだ。

 

「現代標準の装甲車。高機動、小人数、重武装を両立し、最低でも20mm弾を防ぐ装甲は底面までを強固に覆い、歩兵の火器程度では傷一つつかないでしょう」

 

彼女は現状をつらつらと並べ立て、次にある一言を放つ。

 

「ではこの車……一体どうやって私達を識別しているのでしょうね?」

 

「それは……テレビカメラとかじゃないのか?」

 

現代の装甲車両は、外部の情報をほぼテレビカメラによって得ている。

 

レーダーによる探知は、敵国家の勢力圏内にある場合マザーコンピューター級電算機からのジャミングを受ける可能性があるため、一世紀前と比較しても余り進歩していない部分だ。

 

「つまり、逆に言えば……カメラを潰せばアレは動けない」

 

「それは暴論過ぎるだろ。ハッチだってある筈だ」

 

視界確保用のハッチやキューポラは装甲車両の標準装備だ。当然アレも備えているはずで、それでもエリアスは揺らがない。

 

「セプティリオンの演算能力なら、たとえ目出し帽を被っていようが中の顔を丸裸にできます。車両を捨てたとしても、警察や軍の追撃からは逃れられない。従って……」

 

「視界を潰せば、詰み……ってことか」

 

長いカーブが終わり、レインボーブリッジに突入。数秒遅れて、装甲車もミラーに映る。

 

「緊急事態発生により、所有者の刑法第37条1項の権利を代行し、「エリアス」から「セプティリオン」に超法規的措置の実行許可を要求します……承認を確認。先行車の予備水素タンクをパージします」

 

「水素爆発かよ!」

 

「マスター、ライターなどはありますか?」

 

俺は左手を右胸の上に置き、エリアスはライダージャケットの胸ボケットからターボライターを取り出す。

 

「モーションメーカーとの交信レベルを上げてください。回避タイミングはこちらで指示します」

 

現実の知覚に「セプティリオン」がオーバーライドし、交通管制システムと直接接続する。

 

反応時間を0.5秒としても30m近く進む高速領域では、いきなりタンクが路上に見えても対応できない。

 

(あと500m、時間は9秒……位置は把握。交感率40%、動作作成……!)

 

橋の終わり際、バイクに跨るエリアスは火の付いたライターを投げる。

 

通常のライターとは異なり、極限環境での使用を想定されているターボライターは、時速200kmという速度から来る風圧にも耐え、煌々とした火を灯し続けた。

 

エリアスがライターを投げた直後、俺は体を横に傾け、路上にある水素タンクをギリギリで躱す。

 

ライターが水素タンクに衝突する寸前、セプティリオンの制御によって、タンクから大気中の酸素と釣り合い理想的な混合気を作れるだけの水素が噴射される。

 

装甲車がハンドルを切る前に、キュバッ!!と水素爆発特有の甲高い燃焼音が大気を震わせ、続けて猛烈な風が俺の体を叩いた。

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