108─ワンハンドレッド・エイト─ 作:Shohei Hayase
「質量としては10kg少々、駆動系は御陀仏だろ!」
後ろに目がついている訳ではないので詳細には把握で出来ないが、セプティリオンの観測データが次々と上がってくる。
爆発は狙い過たず前部のドライブシャフトを破損させ、装甲車は動力を前輪に伝えられなくなり減速する。
それに加えて照明柱からは車両火災用のABC消火粉末が散布され、装甲車のカメラに付着した。
(足を削いで、目を潰した。これで引いてくれればいいけど……)
これで相手を止められなければ、最悪エリアスの力に頼ることになる。警察や軍がこの状況を注視している中で、エリアスの力を使うことが果たして正しい選択なのか……
そんな思考を遮るように、腹に響く重い爆発音が辺りに響き渡る。
「装甲車が自爆!?」
「肯定します。消火粉末とチャフによって正確なモニターは不可能ですが、内部の乗員は逃げ出した模様です」
レーダー、赤外線による探知を妨害する装置は現代戦では必須装備だ。
昨夜のようにスモークグレネードを使って逃げること自体は不可能では無いが、それをこの10秒程度で実行するのは相当の練度が必要とされるだろう。
……橋の上からでも逃げられる自信があるのは、予想外だったが。
「警察の出動および治安出動要請の解除。記録データはセプティリオンの物を転送しますか?」
「あぁ。それで頼む」
セプティリオンの演算介入が消失し、多少の頭痛を感じながらもエリアスに返答する。
事件発生の際に関係各所に送られるデータは、100年前は監視カメラのデータや、ボイスレコーダーのデータだったと言われるが、現在はそれら全てをセプティリオンが一元管理している。
超法規的措置、緊急避難といった「事件解決の為の違法行為」が正当であったと証明する為には、やはりセプティリオンが記録したデータを使うのが手っ取り早い。
「送信完了。 ……詳細は追って指示されるようですが、現時点で損害賠償は発生しないようです」
時速80kmまで減速し、緊張に固まった手足を振って解して溜息をつく。
装甲車の重量によって損傷した路面、弾痕、爆発の跡と路面にぶち撒けられた消火剤。
もし自分に責任が行ったら到底賠償できるものではない。
「まぁ、あとは祈るしか無いか……」
台場インターチェンジで高速から降りて、お台場の一般道をしばらく進むと、100m以上はありそうな巨大ビルが見えて来る。
そのビル……内山重工業本社ビルの地下駐車場にバイクを入れ、ゲートにゲストコードを読み込ませるとバーが上がって奥に進めるようになった。
指定された場所にバイクを置いて、地下コンコースの受付にゲストコードと要件を伝える。
「朝霧主任をお呼びしますので、しばらくお待ち下さい」
と言われて、5分ほど時間を潰していると、セキュリティゲートの奥から白衣をまとった男がダッシュでやってきた。
「お待たせして申し訳無い。僕は朝霧真也(あさぎりしんや)。UHI技術開発本部、特殊機械開発課第4室の主任を務めている」
「自分は、茅原若羽と申します」
「エリアスと申します」
この時代にしては珍しく眼鏡を掛けているが目つきは穏やかで、顔立ちも若い。ぱっと見の印象では20代くらいだ。
俺とエリアスが名乗るが、男の視線はエリアスに釘付けだった。
「へぇ……彼女がウチの秘匿ラボで建造されてた
何やら壮絶に気になることを口にしつつ、主任は俺達を連れてエレベーターに乗り込み、エレベーターは下へと動き始める。
「……エリアスの事、知ってるんですか?」
先程の言葉が気になって、つい口を突いて出てしまう。
「概要だけね。彼女は一年前にセプティリオンが設計し、ここの地下深くにある機密工場で組み上げられた。我々がその事実に気付いたのは、セプティリオンが彼女の型式証明を取得し、既存の法制上『合法』にした後だった」
「つまり、まだエリアスはUHIの物だ……って事ですか?」
「まず断って置きたいのは、僕に……引いてはUHIに、彼女と君の関係をどうにかしようという意思はない。なぜなら、現状、彼女はUHIのコントロール下に無く、セプティリオンにその全権限を委ねている。こうなればもう手出しは出来ない。セプティリオンから彼女の制御権を奪い取るのは、UHI単独では不可能に近いからだ」
エレベーターの中で他人と隔離されたからか、主任はつらつらとエリアスの詳細を並べ立てる。
「彼女の制御を取り返すには、民間を巻き込んで、かつセプティリオンを納得させるに足る論理を構築しなければならないが……
2057年に制定された「ニューヨーク協定」では、人類未知物象に関するルールと、コンピューターの提案する物象についてのルールが盛り込まれている。
それによると、自律式並列型量子スーパーコンピューターが設計を行ったモノは、必ずその国の審査を経て製造認可を取り付けなければならない。
ではあるが……
「セプティリオンが勝手に……? 自分としてはそっちの方が危険だと思うんですけど」
金融、警察、交通、政治……日本国内のあらゆる事象は各サブコンピューターを通じてセプティリオンに送られ、そこで管理される。
セプティリオンは人間の意志に応じて、それに限りなく沿い、且つ確実な答えを提供する。それがセプティリオンと人間の関係の筈だ。
「セプティリオンの稼働開始からは、既に58年が経っているが……セプティリオンは
「セプティリオンは現状、演算性能の3割を日本国全体の管理、運営に、5割をHMATの行動監視、運用に。1割をその他雑事、残りの1割を予備演算領域として充当しています」
どこか困ったような主任と、淡々としたエリアスの言葉に、俺は暫し絶句して立ち尽くす。
(この国の全ては、セプティリオンのたった3割のリソースで賄われているってことか……)
エレベーターの監視カメラを見上げる。
エリアスの言葉に従えば、これもセプティリオンの3割の演算領域の中で動かされている。
無機質なレンズの向こうに何かが見えた気がしたのは、俺の錯覚だろうか。
「ならエリアスは……これからどうなるんですか?」
「それも含めて……アイガイオンと、彼女のことも含めて、これから話をしたい」
エレベーターが停止し、扉が開く。昨夜トラックの荷台の中で見たメンテナンスベッドと同じ物に、アイガイオンが固定されていた。
アイガイオンの関節部には厳重に封印が施され、装甲の隙間から伸びたケーブル類は、メンテナンスベッドを取り巻くように置かれたパソコンに繋がれていた。
「篠田さん! アイガイオンのプロテクトは突破できそうですか?」
「駄目だ主任、うんともすんとも言わん。まるで電源の入ってない機械を相手にしてるみたいだよ」
主任は近くの男に駆け寄り、何やら質問をしている。
男はこちらに近づき、開口一番に俺を詰った。
「君か、アイガイオンに変なプロテクトをかけたのは?」
「いえ、全然俺は何も……そもそも何がどうなってるのか、まださっぱりで……」
男の言葉を全く飲み込めず、しどろもどろになるばかりだった俺に、エリアスが手を差し伸べる。
「アイガイオンは現在、自身にプロテクトを掛けて沈黙状態にあります。マスターはこの件とは無関係です」
「ん? 君は……」
「我が社の眠り姫ですよ、篠田さん」
「あー……資料で見たには見たが、こりゃまたど偉い別嬪さんだなぁ。 それで、アイガイオンが自分にプロテクトを掛けたって?」
一瞬エリアスに面食らった男だったが、主任のフォローによって持ち直し、彼女に質問を返す。
「はい。私からアイガイオンに呼び掛けてみます」
エリアスの瞳が白く光り、近くに居なければ気が付かないほど小さな駆動音が鳴る。
「──なるほど……」
エリアスがそう言って、暫し沈黙した直後、今度はアイガイオンの機体から音が鳴り始める。
「あ、アイガイオンが……」
「機体エネルギー充填80%、疑似戦術級コンピューター起動。アイガイオン、通常稼働モードに移行しました……っ!?」
アイガイオンはただ起動するだけにとどまらず、拘束ワイヤーをブチブチと引き千切り自立する。
「何が……」
「おい君たち、危ないぞ!」
驚愕する主任と篠田さんを他所に、俺は社内ネットワークを経由して、アイガイオンがこちらを探っているのを知覚していた。
ゆっくりとアイガイオンが近づき、俺の元に跪いて装甲を解放する。
『Aegaeon, CONNECTING Mode』
アイガイオンの感覚は微弱で、意志のようなものがある訳ではない。
ただ、「乗れ」という思惟のような物は、明確に感じられた。
「我々では……話にもならないか。茅原くん、危険だと感じたらすぐ緊急停止措置を掛けるんだ。状況はこちらでもモニターするが、過信はしないように」
「わかりました」
アイガイオンに四肢を通す。
昨日初めて身に纏ったのにも関わらず、自分の体だと錯覚してしまいそうなほどに違和感なく、自身の感覚が拡張される。
『Start normally, Connect all logic circuits, Generate pseudo-autonomous operator, Finalize...Complete』
数秒頭の中を何かが動き回るような感覚の後、アイガイオンの演算領域と俺の脳とが接続された。
(うわ、すげぇ……)
エリアスからは物凄く太い線が一本飛び出て、どこか遠くまで繋がっている。
何処までだろう……箱根?
(やっぱり、HMATはセプティリオンが動かしてるんだな……)
一旦戻ってあたりを見回す。案外ネットワークに接続している人は数が少ない。若そうな見た目をしている人の内幾人かは、ひどく頼りない線が伸びている。エリアスに比べれば雲泥の差だ。
……これはどちらの視点だ? 俺か? アイガイオンか?
その思考に答えるように、昨夜の記憶が呼び出される。だが視点が違う。俺の目ではない。つまりアイガイオンの視点でもない。
……監視カメラ?
「セプティリオンか!」
アイガイオンとの接続からセプティリオンの演算が逆流してくる。
人間の脳のキャパシティを容易に上回る情報量に一瞬廃人になることを覚悟したが、アイガイオンのサポートによって相当量が軽減される。
「何を、しに来た……!」
情報の濁流に耐え、言葉を投げかける。
セプティリオンは人間を超越し、人間と同等以上の自意識を獲得した
“今後の為の、調べ物?"
「……は?」
女性らしくもあり、男のようでもある。
不思議な声音で紡がれた、ただの人間のような理由に、思わず呆気にとられてしまう。
しかしその理由を咀嚼する前に、箱根から松代まで伸びる巨大な光の帯を知覚した俺は、その正体を理解し立ち尽くすことしかできなかった。